■「刃中の羽虫」クライマックスシーン
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民家の倉庫に逃げこんだ途端、岩原がとんでもないことを言い出した。自首しよう、と。
ほうぼうを逃げ回って所持金は尽きた。奪った三億円は通し番号が入っていて使えない。使えば居場所を教えるようなものだ。車はガス欠になり、遠出するには足もない。
それがどうした。ほとぼりが冷めるまで逃げ回っていれば莫大なお金が懐に入る。遊んで暮らすには少ないが、いままでのみじめな生活とはおさらばだ。資本金があるのだ、会社を興すのもいい。三人寄れば文殊の知恵。俺達に不可能はない、現に銀行強盗だってまんまと成功したではないか。
岩原は図体に似合わず、頭を抱えて弱気になっている。
「初めから無謀だったんだ。なんでこんなことしちまったんだ」
「ああ、潮時かもしれないね」
田中が眼鏡を直しながら疲れ切った表情をした。どいつもこいつもどうしようもない。計画を練っていたときの自信ありげな物言いはなんだったのだ。
「馬鹿野郎、ここまできて自首なんかできるか。捕まらなきゃ三億だぞ、一人一億だ。それを捨てろってのか。いいや、それだけじゃない。捕まったら刑務所行きだぞ。警官も二人刺した、重罪人だ。あいつらが死んでたら死刑だってあり得る。フリーターよりも最悪な立場じゃないか。お前らはそれで堪えられるのか」
そうだやってやろう、という反応を待った。奮い立ち、逃亡する計画を改めて練ろうと一致団結するのを思い描いた。強みはある。岩原の馬鹿が顔を見られはしたが、俺と田中は面が割れていなかった。それを利用すれば打破できる道がある。
期待が外れる。
二人は俯いて覇気がなかった。
「しょうがないだろ、罪は罪だ」
「僕も自首する」
岩原が立った。田中もだ。
俺は入口を塞いだ。手近にあった西洋刀をもぎ取る。棚が揺れて他の刀剣類がかちゃかちゃ鳴った。骨董屋の所有物らしい。それも刃物専用の倉庫だ。珍しい形の物が種々様々に揃っていた。
「行くなら殺す」
「冗談だろ、やめてくれよ。自首が一番賢明だってお前も分かってるんじゃないのか」
「岩原の言う通りだ。それにそんなに嫌なら、貫井一人で逃げ続ければいいだろ」
切っ先を突きつける。
「俺のことを話すつもりだろう。手掛かりをバラすかもしれない」
「話さない、絶対に話さない、約束する。だから早まるな」
岩原が腕を上げて後退する。
「信じられるかよ!」
風を切った一閃で腕を斬り飛ばした。一瞬あとに血液が迸る。
絶叫。
うるさい。腹を一突きして捻る。赤い泡を噴いて岩原が白目を剥いた。抜く。
刃に付着した赤々しい液体が換気扇から射す月明かりに照らされ、てらてらと輝いた。
下がっていく田中の背に壁が当たる。
「いまなにしたか分かってるのか。僕達、友達じゃないか。なんで殺す必要があるんだ」
「友達? 俺は一度だって思ったことなかった。自分にとっては、いまも昔も敵だ。要は利用できるかどうかさ。お前だって友情があったと言い切れるか。違うだろう、互いの能力を知ってるからこそ協力したんだ。仲良しこよしじゃなくたって、三人ならやれるんだ」
彼はなにも言わなかった。図星なのだ。所詮は綺麗事、俺には通用しない。田中はいつもそうだった。周りにはいい子面を貫いて決して腹の底を見せなかった。表面に差があっても、中身は自分とどこか似ている。
田中は眼鏡を直して肯いた。
「分かった、逃げよう。二人の方がフォローし合える場面もあるだろうし」
「それでいいんだ。お前は岩原とは違うって信じてたよ、逃げ切れたら初めに眼鏡を買い換えよう。そのフレームはお前の細い顔には合ってないんだよ」
ありがとう、と微笑した彼が、すぐ様に緊張の面持ちになった。
「それよりここにいつまでもいるのはまずいよ。岩原の叫び声を聞かれたかもしれない。外はどんな様子だ、追っ手がなければ移動しよう」
顔を知られた岩原を庇っていたから逃げるのに苦労したのだ。二人でならなんとかなる。犬共がいても問題はないが、抜け出るのを目撃されるとあとあと死体と血のこびりついた西洋刀を発見されたときに支障が出る。
扉を開いて外を覗いた。鈴虫の歌が永遠と聞こえてくる。人間は近くにいないようだった。
物音がした。外ではない、内からだ。
田中が日本刀を抜き放っている。
「なにに使うつもりだ、そんな物を持って外に出れば捕まえてくださいって言ってるようなものだぞ」
「この人殺しがっ! お前を殺して僕は自首する!」
月光の元に晒された彼の目は充血していた。雄叫びを上げて斬りかかってくる。
咄嗟にタックルをした。六十センチ以上ある刀身を満足に振るには倉庫は狭い。離れるより思い切って肉薄する方が安全だった。勢いのまま棚にぶち当たる。肩口が少々痛んだ。刃が数ミリ食いこんだのだ。引かなければ斬れないのが刀という物だった。
腕力ではこちらが勝る。柄を掴んで奪い取った。突き飛ばし、尻餅をつかせる。みっともなく悲鳴する田中。刀を逆手に持って狙いを定めた。
串刺し。
肋骨の隙間を通って心臓へ綺麗に命中させた。意味不明な言葉を残して彼はくずおれた。懇願か、はたまた呪詛か、どちらでもいい。馬鹿な奴らばかりだ。警察に捕まってどうする。俺は警察に捕まるぐらいならば自殺を選ぶ。
日本刀を捨てて二人を見下ろす。無意識ながら僅かに友情があって感慨に耽るかもしれないと思ったが、特になにも湧いてこなかった。
死んでくれて良かった。おかげで三億円が丸ごと自分の物になる。当初から一人占めを望んでいた節があったのだ。ポケットに入れたコインロッカーの鍵の硬さを指で確かめる。三億円の感触がそこにあった。頬が緩んでしまう。
先程からなにかやかましい。周囲が、ぎしぎしと軋みっぱなしだった。首を巡らせて薄闇に目を凝らす。棚が揺れているようだった。揺れているのではない、転倒防止用の留めネジが外れかかって倒れてきている。
気づいたときには遅かった。
幾本もの刀剣が体中に突き刺さっていく。あっという間に床に縫いつけられて下敷きになった。口を鮮血が溢れる、止めどなく。
生温さが頬を濡らして伝わった。
外が騒がしくなっていく。耳がおかしくなり、酷いノイズがざわざわと混ざった。誰か倒れてるぞ、と聞こえてくる。
満月がよく見えた。生きてきた中で一番眩しい月だった。目の前が光に包まれていく。
俺は最後に思った。あの世まで警察は追ってこられない。
「なんだ、これでいいんじゃないか」
ノイズも眩しさもなくなった。
次話更新予定は未定です。
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