■「刃中の羽虫」作戦決行シーン
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布の袋に詰めこんだ札束を背負って走る。間抜けな銀行員どもは呆気にとられたろう。正面玄関を出るではなくて職員通路へ入りこんだのだ。ここへの抜け道は他にない、ドア一枚を適当な棚で塞いでしまえばかなりの時間稼ぎができる。銀行内の見取り図は事前の調べで既に頭に入っていた。
台車を押す清掃員が歩いてくる。俺は慌てなかった。すれ違い様に台車のかごに入っている物と札束袋を交換する。外見は同じ袋。
清掃員として雇われ、潜入したのは田中だった。眼鏡を押し上げている。
彼の肩を叩いて奧へ行った。突き当たりを曲がる。そこにはトイレがある。窓を開けた。田中の云う通りだった。路地に面していて、建物と建物の間は二人並ぶのがやっとの幅だ。通路として使う者が滅多にいないのは事前に観察していた。
袋の中身を引っ繰り返す。出てきたのはスーツとアタッシュケースと伊達眼鏡、ムース、それと借金して買ったロレックスの腕時計に革靴などエリート風サラリーマン変装セット一式。人間は人間を見るときに印象で判断する。分かりやすいぐらいが良かった。
ジャージを脱ぎ捨て、付け髭と眉間の付けボクロを外し、ぼさぼさのカツラをアタッシュケースに入れる。改造して実弾が撃てるモデルガンも奧へしまった。
痕跡は一切残さない。仕上げにムースで髪型をオールバックにしてできあがり。荷物を表へ出し、窓枠を飛び降りる。完璧だ。あとは裏通りへ抜けて、騒ぎを知らない男を演じればいい。
汚れを念入りにはたき落とす。後ろに気配があった。
腰を折り曲げ、巾着を垂らした婆さんだ。額の深い皺を更に深くさせている。
「あんたぁ、そんなところでなにしとんね」
見られた。
取り乱すな。外に出たときにはいなかった。婆さんは狭い場所で立ち塞がっている俺に声をかけたのだ。それは極自然、心配ない。無難にやり過ごして終わり。
パトカーが数台駆けつけている。なるべく近づきたくない。「犯人は現場に戻ってくる法則」に従う人間は無能だ。姿を見せない限りは手掛かりの要素にはならないのだ。
「おんや、なんの騒ぎだぁ」
頼りなげな足取りで横を行く婆さん。よし、そのまま立ち去れ。俺はその間に退散──と、アタッシュケースを忘れてどうする。胸中で苦笑して腕を伸ばす。
指には寸前で触れなかった。婆さんがつっかかってこけたのだ。倒れた拍子にケースが口を開けた。中身が散乱する。
「なにしやがんだクソババア!」
頭に血が昇ってしまった。理性がコントロールを失う。ジャージを踏んづける婆さんを蹴りつけてどかし、荷物を掻き集めた。アタッシュケースのロックをチェックする。
婆さんが酷く呻いた。苦しみようが尋常ではない。きっと蹴ったのが原因ではないだろう。転んでどこかを打ったに違いない、おそらくそうだ。
声をかけようとしてやめた。
知ったことではなかった。自分でこけて自分でケガをする阿呆。どうせ老い先の短い出涸らしだ、いっそのこと死んでしまえ。
踵を返す。
「誰かあそこで倒れてるぞ。おい、そこの」
男の声。
俺はアスファルトを蹴って裏通りを目指した。少し離れたところで岩辺を運転手にした車が待機しているのだ。アタッシュケースを抱えて落とさぬようにする。捨ててもいい中身だが、これの発見は足が付くのを早める。大丈夫、顔は見られていない。俺を犯人と仮定されたとしても札束を持って逃げたと思われる。最悪は、大金のありかさえ隠し通せればいい。
問題はあの婆さんだ。顔をもろに見られている。下手をしたら荷物の内容も。しかし年老いた人間の目撃情報は信憑性に欠ける。計画には誤差がつきもの、これは許容範囲だ。
夜、黒いゴミ袋を持った田中がアパートに現れた。そこに表情はない。待機していた俺と岩辺が唾を飲みこむ。
ゴミ袋が開放された。
一万円札がピラミッド状に築かれていった。俺達は喜びの絶叫を上げた。たかがフリーターが一日にして億万長者になったのだ。しかも警察は手口に一切気づいていなかった。目撃証言も報道されていない。
俺の真の人生はここから始まるのだ。
次話更新予定は本日(11/17)の18時頃です。
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