■秘事に囲まれる独り
※お願い
少しでも上達したいので、なにか気づいた点などがありましたらコメントをお願いします。
批評といった大層なものでなくとも、些細なことで構いません。
「ここのシーンが面白かった」や「ここがつまらなかった」など言ってもらえればありがたいです。
素直で率直な意見、お待ちしています。
よろしくお願いします。
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印刷用紙OK、インクOK、新刊推理小説OK、他ハードカバー本五冊OK、醤油OK、米五キログラムOK、買い忘れなーし、出発進行ー。両腕にぐっと力を入れる。肩ごとアスファルトに落ちてしまいそうだった。皮膚がぱんぱんに張って千切れる一歩手前だ。膝にも負担がかかって一歩を出すのに苦労する。地球の重力よ、弱まってくれ。
方向が定まらなくて何度も道行く人にぶつかりそうになる。関節がぎしぎし言ってた。無理だ、いくらお使いだって限度がある。指にビニールが食いこんで千切れ落ちてしまえる重さだ。
休もうとした途端、左腕の米が宙に浮いた。バランスの針が振り切れて反対の肩が下がる。
草加部さんだった。
「麗葉に頼まれたんだ、非力な先生はそろそろ手の感覚を失いかけている頃だからとね」
「分かってるなら一遍に頼まなきゃいいのに、クッソー。今日という今日は控え目に文句言ってやるぞ」
道路脇に停められた車へ荷物を載せる。重い物は免許のある草加部さんがいる時間に注文してほしいもんだ。まぁそうすると僕の仕事はほとんどなくなるようなもんだけど。
助手席へ乗りこむ。後方確認し、アクセルが踏みこまれた。
「彼女はデートに出かけたよ、今日はもう帰っていい、とも言ってたな」
「またッスか。発情した猫でもあるまいし」
「そう言わんでやってくれ、あれでも色々とあるのさ。立神という枷があるゆえ、必要以上の知人も増やせんしな。奴に狙われても生存し得る信用と信頼が必要だ」
「信頼? ないない、俺に限ってはそんなのない。いつ殺されてもいいから傍に置いてんスよ」
じゃなきゃ、こんなにぞんざいな扱いはされない。両手が塞がってる不自由な僕が狙われたらどうするつもりだ。スリーパーホールドで落とされるのは勘弁だった。
ウィンカーを出して左折する。
「彼女のことは嫌いかね」
僕は、う〜ん、と首を傾げる。
「草加部さんはどうなんスか。例えば立神が存在しないとしたら、秘書続けますか」
「ああ、続けるさ。彼女のもとで働くのが私の仕事だからね」
即答だった。
「草加部さんなら他のなにしてもやっていけそうッスけどね。あいつにこだわる理由があるんですか」
「そうだな、理由か」
運転する横顔がにっと笑む。口元の皺が深くなった。
「秘密にしておこう」
「分かった、草加部さんもボーイフレンドの一人なんでしょ」
そんなところだね、と青に変わろうとする信号機を見つめてる。ハズレたかな。他になにがあるんだ。彼の過去も麗葉との関係性もほとんど知らなかった。訊いちゃいけないムードがあった。
事務所の机に封筒が置かれてる。中には二万円。日が昇りきったばっかりで、帰るには雇い主が許しても良心が痛む。部屋を見回し、軽く掃除していくことにする。
本にハンドグリップが埋もれてた。何気なく数度握る。握力鍛錬?
「私も片付けるのは苦手だから助かるよ」
草加部さんは麗葉のように追い返したりしなかった。普段、彼女が座ってる席でノートパソコンを広げる。デイトレードという株の売買をしてるんだ。一日の間でも株価は動くから、その差額で儲ける。知ったかぶり、僕にはよく分からなかった。
「高利貸しはやめたんですか」
「立神が帰国して麗葉にもガードがかかってね、しばらくはお休みさ」
話しながら、凄まじい速さでマウスとテンキーを操作してる。
彼の携帯に電話が入る。当然のように通話の間も操作は止まらない。
「そうか、上方修正は確定か。分かった、ありがとう。情報料はいつもの口座に振り込んでおく」
即座にマウスが高速のスピードで動き、液晶画面へ次々に新しいウィンドウが現れた。注文が実行される。みんなが知ってる有名な会社の株を大量に買ったんだと感覚的に理解した。電話で言ってた会社の株だ。
「いまのってもしかして、違法じゃないんスか。確か、ジュースみたいな名前の」
「インサイダーさ。違法だよ」
さっきの電話といい、この人は本当に何者なんだろう。立神のネットワークよりも草加部さんの方が気になってしょうがない。
「大丈夫なんスか、その、バレたり」
「下手を打てばね。高利貸しの担保に証券口座を作らせてるんだ。名義はどこの誰とも繋がってない一般人。使うのも大きい取引毎に換えてる。ネット取引でならまず疑われすらしない」
お金を借りてる弱味で名義者本人からこっちの情報が漏れる心配もほとんどなさそうだ。それぐらいでいいなら喜んで口座を作って受け渡すだろう。
トランプの大富豪を連想した。大富豪はいいカードが手札になる。逆に悪いカードが集まる大貧民はなかなか下等な地位を抜け出せない。抜け出せるわけがない。特に現実では、革命の奇跡は起こらないんだ。借りる側は永遠に地を這いつくばる芋虫。そんな彼ら自身にも致命的な原因がある。僕は断言に足る現実を知ってた。
空がオレンジ色に染まり始める。本の整理が終わってようやくフローリングの面積が増えた。黒光りする拳銃が夕日を鈍く反射する。埋もれてたデリンジャーを手にする。上戸さんに向けて発砲した物だ。
頬杖をついた草加部さんは昼間よりリラックスしてた。株相場はほとんど午後三時に終わるんだという。
「それは、比佐香葉子──麗葉の母親の形見だよ」
初耳だ。
「本物なんスかね」
「確かめてみればいい」
言われ、銃口を向けてみる。彼は机に平行になるよう上半身を倒して隠れた。ゆっくり顔を出す。再び向けるとイスを下りて頭も隠した。
今度は壁へ向けた。麗葉の撃ち方にならってみる。人差し指を銃身に沿わせ、中指でトリガーを引くんだ。小さい型のため、普通の拳銃にはない構え。安定感が増した。恐る恐る引く。
動かない。どんなに踏ん張ってもなにかが引っかかってるみたいだった。
「おっかしいな、麗葉はこうやってたのに。安全装置があるっていうオチだったりして」
「いいや、そのタイプのデリンジャーには付いてないよ」
スーツについたホコリを払ってイスに座り直す草加部さん。
「じゃあやっぱりオモチャってことじゃないッスかー。妙なリアクションするから俺はてっきり」
「俳優でも目指すかね」
豪快に笑い声を上げる。僕も一緒になった。
きっと上戸さんへの脅しだったんだ。火薬を詰めて撃つモデルガン。しかも壊れてる。そうなると立神の言ってた、母親を撃ち殺した、てのは信憑性が薄くなる。少なくともこのオモチャの銃じゃないようだ。そして森里さんの言ってた、スパルタ教育を恨んでの殺害、てのも気になる。大事にしてないとはいえ、恨みの対象者になる相手の物を持ってるのは不自然だ。
「銃が本物だったらどうするつもりだったんだい」
「そりゃ関わりたくないッスよ。銃持ってるってことは、誰かを殺してるか、これから殺すってことに等しいじゃないですか」
そうだね、と草加部さんが静かに肯いた。
呼び鈴が鳴る。ドアを開けると綾木がいた。僕の顔を見た途端、いきなり抱きついてくる。仕事はどうしたのかと訊けば、今日も早退したようだ。つくづく甘い店長だった。だけど先日の機嫌が直ってくれて良かった。
「それで家に帰ったらこんなのが届いてたんですぅ〜。麻由恐くて」
紙製の小箱だ。蓋を外す。黒い塊が渦を巻いて入ってた。髪の毛だ。
草加部さんもまじまじ見つめ、
「詳しくは知らんが、ある種の人間は自分の物を持っていてほしい心理があるらしい」
差出人の名前は今回もなかった。いよいよストーカーの色が濃くなってくる。綾木を標的にしてるのは間違いない。警察に通報すべきか。普通はこの程度の迷惑行為で動きはしない。
僕には知り合いがいた。
「ダメ元で連絡してみるかな、森里さんに」
「え、誰ですかぁ」
「刑事だよ、最近よく会う人なんだ」
「それって警察に電話するってことですか。駄目ですよぉ、きっときっとなにもしてくれませんよぉ」
携帯を出す腕へすがりつく綾木。
「心配すんなって、なんかしてくれるかもしれないし。襲われてからじゃ手遅れになるだろ」
「大丈夫ですよぉ、手を出されたわけじゃないんで様子見てみます〜」
ダイヤルする手を掴まれた。彼女がそう言うんなら、それに従ってみよう。確かに、ただの嫌がらせかもしれない。
綾木が来たのをきっかけに帰宅することになった。絡みついた腕はまだ離してもらえない。胸の柔らかな感触が歩くたびに当たってる。今回の送り主がストーカーだとして、これを目撃したら逆上して襲いかかってくるだろう。
「先輩がいれば大丈夫ですよぉ」
守ってやる、なんて言葉は返せなかった。僕には守りたくても守れなかった人がいる。いつだって傍にいられるわけじゃないんだ。
「ケガしたのか」
腕を掴む指に絆創膏が貼られてる。可愛いパンダのキャラクターがプリントされてた。スポンジ部分に血が滲んでる。
綾木は隠すよう手で覆った。
「お料理でミスっちゃって」
珍しかった。彼女の包丁捌きは極上なんだ。キャベツの千切りは糸の均一さでふんわか仕上がる。ショウガ焼きの味付け肉汁をかけると草食動物になっても構わなくなる美味さだ。
「やぁやぁ伊吹、見せつけてくれるなぁ」
二人の男が立ちはだかる。チビデブとガリノッポだった。綾木を下から上まで舐め回すように見てる。彼女が巻きつけた腕をきつくした。しまったな、いままで会わせたことなんかなかったのに。
僕は先に帰るよう言った。非常事態を考える。彼女を庇いながら二人を相手にするのは難しい。なかなか離れないのを力尽くで解いた。人を呼んできます、と綾木。僕は大丈夫と言って見送った。
ガリノッポが高い塀のある敷地へ、立てた親指で促す。少子化の影響で潰れた小学校だ。施錠された校門を乗り越える。体育館らしき建物の横で止まった。
チビデブがガムをくちゃくちゃ噛みながら手のひらを上向きに出す。ポケットにしまってた封筒を僕は渡した。変に反抗して面倒にしたくない、こっちはただでさえ大変なんだ。
「そうそう、素直が一番だ。高橋さんも筋通す奴には優しいからよ〜」
「消えろ」
「まぁまぁ、そう言うなって。友達じゃんかよ〜」
お金をくしゃくしゃにしてGパンに詰めこむ。ぱんぱんに脂肪の張ったそれは全く似合ってなかった。膝もまともに曲げられないんだ。
賛同するガリノッポが圧力をかけて迫り、後ろの壁へ手を付いた。チビデブは横について逃がすまいとする。
「さっきの女、紹介しろ」
「てか、追いかければ捕まえられるんじゃね〜か〜」
チビデブの顔面を殴りつけた。鼻血を垂らす局部を押さえてよろめく男。すかさず翻って僕はガリノッポへ回し蹴りをお見舞いする。ふくらはぎを掴まれた。持ち上げられて転倒、背中を打つ。下が土で助かった。
高々に上げられる足が見えた。十六文踏みつけってか。瞬時に回転して躱す。起き上がって突進。腹に頭部を押しつけて壁に叩きつける。上で空気の漏れるがした。二度と下卑た口が利けないようにしてやる。ボディーブローを打ちこむ。
右側で圧迫感。チビデブの短い足で蹴られる。攻撃直後で体勢が崩れやすかった。軽々と吹っ飛んで転がる。続けてガリノッポが突っこんでくる。助走をつけた蹴りがあご先に直撃。脳が揺れて容赦なく倒れ伏す。
腹にチビデブが乗っかった。ガムを吐き捨て僕を睨む。鼻の下には血を擦ったあとがあった。
「俺のクリーミーフェイスをよくも傷つけやがったな」
「ブタ顔の間違いじゃねぇの」
野太い拳が頬にめりこむ。二発、三発。
「もち肌がぷにぷにして可愛いって女にモテるの、おめぇも知ってんだろ!」
そりゃからかわれてるんだ、まだ気づいてないのかブタ男。
意識が消えかかるのを堪えて低い鼻を二指で挟んでやる。油で滑りそうになった。爪を立てる。痛がる奴を横転させた隙に立つ。リーチのある蹴りが振り下ろされた。肩で受け、膝をクッションにやや屈む止まり。足を持って上空へ跳ねる。無防備にガリノッポがこけた。足はまだ離さない。それを軸に周りこんで、腹部を蹴りつけようとした。チビデブに体当たりされる。転びはしなかったが、パンチを繰り出すにはもってこいの隙だ。奴の四発目の拳が顔面を弾いた。
ぶれる視界の中、打たれながら横面を殴りつける。脂肪のある腹には効かない。ひたすらに顔面へ狙いを集中させる。後退するチビデブ。パワーで負けても手数でこっちだ。
いきなり体が宙に浮く。ガリノッポに抱えられたんだ。足が地面を離れて上手く力が出せない。暴れても解けなかった。にやりとするチビデブが拳をぱきぱき鳴らす。もともと腫れたような顔が赤く醜くなってるのは笑えた。金髪のオールバックも乱れてほうき頭になってる。
「馬鹿じゃねぇの、あんなブスは初めから相手にしねぇよ〜。普通にバイバイしてりゃ無傷で帰れたのによぉ〜。もう遅いけどなぁ〜、このことは高橋さんに報告しとくよ」
「言っとくけど、俺には近づかない方がいいぜ。恐い奴らに監視されてんだ」
「はぁ〜? おめぇらしくねぇなぁ、ハッタリなんてよぉ」
「忠告だ。死にたくなきゃ消えろ」
チビデブが背後のガリノッポと目を合わせ、怪訝そうな表情をする。僕は肘打ちをかまして緩んだ腕を肩に担ぐ。思いっきり投げた。たまたまそこにチビデブがいて巻き添えで倒れる。あとは蹴って蹴って蹴りまくった。
覚えてやがれとはさすがに残しはしなかったけど、僕を睨みつけて二人は退散していった。興奮状態が冷めて痛みと疲労でしゃがみこむ。汚れるのも構わず地べたに座り、体育館へ寄りかかった。奴ら仕返しに来るんだろうな、面倒臭い。
沢山の葉のない木が並んでる。プレートには桜と書いてあった。何本かは葉っぱどころか中心の幹から折れてる。中身はすかすかだ、誰も管理せず虫か病気にやられて腐ったんだろう。花を咲かせる日はもはやなさそうだった。
帰ると綾木が暗かった。殴られた顔をしきりに心配するのをいなし、なにかあったのか訊く。彼女はテーブルの封筒を指差した。差出人名はない。中身には便箋が一枚。赤ペンの汚い手書きで「麻由たん好き好き──」とびっしり書かれてた。鳥肌立つ。
イタズラにしては不気味だ。男の仕業なのもほぼ間違いない。切手を貼ってないのは直接郵便受けへ届けてる証拠。いつ襲ってきても不思議じゃない。
「ファンとかに心当たりないのか」
ファンですか、と考えてぽんと手を打つ。
「一人だけ。撮影会にいつも来る人で握手したんですけどぉ、ずっと手を離してくれなくて少し恐かったです〜」
相手の住所は知らないらしかった。ネット上での名前はイカロス。手がかりには乏しい。立神と比べちゃスケール小さい相手だけど、早急に対応策を考えた方が良かった。
ソファーに座って話し合う。
テレビを点けるといまだに捕まらない銀行強盗のニュースがやってる。認知されない犯罪は犯罪じゃない。上戸さんの言葉が思い出される。銀行強盗は認知されてても、このストーカー騒ぎは僕と綾木、そして犯人しか知らない。いまのところ犯罪扱いになってなくても、認知されてからじゃ遅いんだ。
彼女は警察沙汰はやめてほしいと懇願してくる。変に騒ぎになって両親に出てこられるのが嫌だという。
話し合わずして僕の考えは決まってた。
それから毎日送り迎えをした。ストーカー対策グッズも大量に買いこんだ。最近の大手デパートにはなんでも揃ってる。催涙スプレーやアラームキーホルダー、女のコも扱える可愛らしい小型のスタンガン。備えあれば憂いなしだ。
「ストーカーだって?」
身を乗り出したのは麗葉だった。草加部さんに相談したのを又聞きしたようだ。手荷物を事務所の隅に置いて腕まくり。一夜で汚れた部屋の掃除にとりかかる。
「麗葉が出る幕じゃないって。密室殺人でもないし、被害らしい被害もない」
「奴らの心理はファンタジーなのだよ、どんなに拒絶してもそれを好意の裏返しだと思いこむ。小説の参考になりそうだ」
「あのな、人の不幸を楽しむんじゃないよ。なんかあったあとじゃ取り返しつかないかもしれないんだぞ」
印刷用紙をセットした麗葉がイスへ座り直す。
「要するに捕獲すればいいのだろう」
「できるのか?」
「ストーカーの一匹や二匹は朝飯前さ。こそこそとつけ狙う輩など、どうせ軟弱者だ」
マウスを操作してる。間もなくプリンターが動きだした、ボディーを揺らして一枚ずつ紙が呑まれてく。
そんなに簡単に片付くなら麗葉に頼むのは名案だ。どうするか綾木と話してみよう。
「そういえば、忙しくていまさらになってしまったのだが一つ訊かせてくれないかね」
肩肘に体重を預けた彼女の目がこっちを向いてる。
「屋上を脱出するとき、どうして君は雨どい近辺で爆発が起こると分かったのだ」
そのことか。数日、麗葉は落ちこんでて訊く気分じゃなかったようだ。そのあとはよくデートへ外出してたし、正気の精神状態で僕に会うのは久しぶりかもしれなかった。麗葉のことだ、その間に自力で色んな可能性を考えてたとも推測できる。
「俺にもよく分からない、なんとなく見えたんだ」
「見えた、とは?」
「崩れて、あんたが落ちる光景がさ」
結構真剣な態度で聞いてくれた。非科学的なものは信じないと一蹴されるかと思ってた。
「予知能力かね」
「そんな大それたものじゃないだろ。たまたま偶然でしか見えないし」
立神のクソゲームでもそうだった。意識して起こるんじゃない、自分でも不明な現象だ。彼女が期待するような便利な力じゃないだろう。勘や予感が幻覚として現れてるだけ。自由自在に使えたら競馬や競輪で大儲けだ。実際はそんなことない、役立たずな欠陥品。
「そう否定したものでもないさ。人間の脳は七十パーセントが使われていないのだよ。不必要な部位がなぜ退化の一途を辿らず保たれているのか不自然ではないかね。それがなにを意味するのか。人間は無自覚に超越的な能力を発揮しているのかもしれない。もしくは無意識の強い幼少期に使用しているとも考えられる」
おもむろに立って麗葉の傍へ。前髪をめくり、おでこへ触れる。
「熱はないみたいだな」
「なんの真似だね」
瞼を細めてる。
「最近小説の読みすぎだろ。考えは大人びてても、そこらは年相応だなぁ」
頭を撫でてやった。鬱陶しそうに払われる。
「馬鹿にしないでくれたまえ、私は本気なのだ。人間が想像するあらゆるファンタジーは現実になるのだよ」
はいはいそうでちゅねー。もう一度撫でようとする手を前に口が開けられる。剥かれた白い歯が食いついてきた。間一髪で引っ込める。寸前でがちっと噛み合う響き。
プリンターが静かになった、印刷が終わったらしい。文字の並びからして見慣れた感じだった。
「なんだこれ、この前書いたのを改稿したのか」
「触るな、トップシークレットだ」
歯をがちがちさせて僕を牽制する。
クリアーケースに入れ、黒のコートを羽織った。
「どっか行くのか」
「デートだ、悪いか。君には関係ない」
ドアが荒々しく閉められる。少々機嫌を損ねてしまったらしい。なにをむきになってんだ。小説見せる相手は僕が一番じゃないのか。
今日は草加部さんも来てない。外を吹きすさぶ風が窓を揺らす。事務所に一人ぼっちなのは肌寒さを増させた。話し相手がいないと心細い。本の整理整頓だってコツを掴んで早くなってる。盛大に時間が余りそうだ。
携帯が着メロを鳴らす。ディズニーのパレード曲は綾木だ。携帯を買ったときに無理矢理設定させられたやつだった。
「どうした、なんかあったか」
「特になにもないですけど、先輩どうしてるかなぁって。忙しかったら切ります」
「いや、暇でどうしようか考えてたところ。いいよなぁ、綾木は。気の合う友達いるんだろ、そういう職場だとさ」
「そうでもないですよぉ」
「あ、そうだ、相談してみたらどうだ。同じ体験してるコもいるかもしれないし」
無言が返ってくる。
呼ぶ。
「ごめんなさい、一瞬ボーッとしてて聞いてませんでした。なんですかぁ」
質問を繰り返す。
そうですねぇ、としか彼女は言わなかった。気乗りしないんだろうか。
「麗葉に解決してもらうって方法もあるぞ」
「えぇ? 麻由、あいつ嫌いです〜」
「好き嫌い言ってらんないだろ。ああ見えてすごいんだぜ。ぱぱっと手掛かり見つけて捕まえてくれるって。な?」
はい、とは応じない。僕は渋る彼女をしつこく説得した。了承をもらったのは同じようなやりとりを何度もしてからだ。
「あ、先輩」
電話を切る直前。
「いえ、なんでもないですぅ」
「なんだよ、言えよ」
「いいんですっ、内緒なんですっ」
変な綾木だった。改めて、じゃっまたバイト終わりに駅に着いたらな、と切る。
好きです、とかそういう言葉を続けるつもりだったんだろうか。それは日常の接し方で言ってるも同然だ。すると、他になにがあるんだ。
しばし携帯と睨めっこした。
次話更新予定は明日(11/17)です。
Next:「■「刃中の羽虫」作戦決行シーン」
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毎度アクセスありがとうございます^^
正直なところ反応がないので小説としてどうなのか半信半疑でしたが、
今回で10部分目とはいえ結構な長さになっているのに
アクセスがあるということは少しは楽しんでもらえているのだと思っています。
尚、感想などは前書きの通り、いつでも受け付けています。
手段・方法は問いません。
遠慮なくコメントを送ってやってください。
完結まで頑張っていきますので、どうかよろしくお願いしますm(_ _)m