■プロローグ
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「なんだ、密室殺人か」
比佐麗葉に雇われて数日、まるでファンタジー世界にいるみたいだった。夢を有償配布する遊園地のマスコットキャラ全員が頭部の被り物を脱いで堂々と歩き回ってるかのような匂いがいつもつきまとってた。
古臭いアパートへわざわざ来たのは借金返済のお使いを頼まれたからだった。麗葉はまだ青春を満喫しててもいい歳の少女だ。そんな彼女に金を借りるなんて、きっと家賃を払うのも苦しい貧乏人なんだろう。
親近感が沸いた。僕にも借金がある。
住所氏名の書いてあるメモと真ん中に亀裂の入ったカマボコ板の表札を照らし合わせてインターホンを押した。
鳴らない。
鳴らないどころかボタンが奥へ引っこんでしまった。僕が壊したと思われそうで、爪を掛けてなんとか引っ張る。よし、いいぞ。定位置へ戻ってきた、もう一息。
「あ」
ホコリで詰まって最後に思いっきり引いたのはまずかった。ボタンが外れ、手をこぼれ、うっすら苔の生えたコンクリを転がり、追いかけ、踏んづけ、割ってしまった。
即座に周囲を見回し、残骸から視線を外しながらドア横に設置された二層式洗濯機の下へ蹴り入れた。咳払い一つ、ドアをノックする。
なかなか出てこない。再び叩く。外出中なんだろうか。平日の昼だ、お金を返すために働きに出てるのかもしれない。聞けば、二浪した大学受験生らしい。家賃を払うにも苦しい生活をしてるとも考えられる。
僕も、なりふり構わずお金が必要だった。自分にとっては莫大な三百万円の額。月の返済を守らなければ命はない。じゃなきゃ、雑用係で日給二万の怪しげな誘いなんか受けなかった。
ドアを少し強めに叩く。壊れないよう加減した。耳を澄ます。中で動く気配は一切感じられなかった。案外、鍵が開いてたりするんだよなぁ。試しにドアノブを回す。開かなくてがっかりした。
ドアの隙間にメモでも挟んでおこうか。まさか逃げたってことはないよな、と預かった借用書を見下ろしてみる。こんな物まで作成したのは結構な金額だからだろう。封筒に糊付けはされてなかった。中身を取り出す。
金利五十パーセントの文字がでかでかと載ってた。返済は利子だけで月に百万円超え。借金が借金を生んだ結果だ。てっきり知り合いに貸したお金を返してもらう気軽な作業だと思ってた。これじゃ悪徳金融じゃないか。
僕の日給の高さも必然だった。暴力やお金、薬や女からケジメをつけて抜けたと思っても、つくづく望まない縁が巡ってくる。しかし、雇い主はいままで出会ったいかつい男じゃなく、ヤクザ然とした風貌とはかけ離れてる。もう少し様子を見てみてもいい。たまたまこのお使いが例外なのかもしれない。
日給二万円は捨て難かった。
雇い主へ電話すると、彼女は間もなく合い鍵を響き鳴らして現れた。
「そんなの持ってるなら渡してくれたっていいじゃんか」
「勝手に作ったのだ」
落ち着いた口調でさらりと言い、鍵穴に挿しこんだ。
そしてあの一言が出た。
「なんだ、密室殺人か」
冷蔵庫を開けたら肉の賞味期限が切れてたみたいな呆気ないイントネーションだった。背中に包丁を生やし、四畳半へうつ伏せに倒れてる男の影に全く臆してない。麗葉はスニーカーのまま上がりこんでいった。死体の脇をするりと抜け、はめこみのゆるいガラス窓や部屋の隅を調べてる。
とてもじゃないが僕は無視できなかった。初めて見た本物の死体が信じられなくて、意識が後頭部へ流れていく。バランスが悪くなり、思わずひざまずいてしまった。畳に横になった顔は不精髭を生やした青年。ここの住人で麗葉に借金をした不幸な二浪生。
部屋の一角を見終わった彼女が一瞥して鼻で笑った。視線の先には広げられた血の気のない左手がある。指が四本。僕の目と頭がおかしくなったんじゃない。一本、薬指だけが切断されてた。出血してて、そう時間が経ってるようでもない。
どういうことだ。顔を上げると麗葉は押し入れの二段目に膝をかけるところだった。なにをしようとしてるのか謎のあまり呼びかけるのを忘れた。
遠くからサイレンが聞こえてきて我に返る。パトカーだ。気のせいか、どんどん音量が上がっていく。こっちに向かってる? 通報した覚えはない。したとしてもやけに早かった。
こんな状況を見られたらどうなる。悪徳な金利で借金の取り立てに来て、違法に作られた合い鍵で入って、死体見つけたのに通報もせず、土足で上がりこみ、部屋の隅々を荒らす様は物色してるみたいで、いくつの罪がつくか分かったもんじゃない。
どうしたもんかと考えてる間にパトカーがアパート下に停まった。ここは二階。逃げるならいましかチャンスはない。住人のふりをしてお辞儀でもしてやり過ごせばなんとかなる。死体と一緒にいるのを見られでもしたら言い逃れがややこしくなる。
おい麗葉。
呼んだときには遅かった。
「ついに決定的証拠を掴んだぞ。比佐麗葉、殺人の容疑で逮捕だ」
黒光りする警察手帳を掲げたのはくたびれたグレーのスーツに茶のネクタイをした大男だった。バスケット選手を彷彿とさせる身長は体型を細身に見せてる。短髪の先が玄関のドア枠に擦れて揺れた。
終わった、やり直したはずの僕の人生台無しだ。言い訳すら浮かんでこなかった。
「ずいぶんと迅速ではないか、森里刑事」
黒のワンピースをひらめかせ、麗葉が着地する。腰丈はあるパーマがかった黒髪の汚れをマイペースに払い落とした。知り合いなんだろうか、一目瞭然で疑いをかけられてるのに弁明をするつもりはなさそうだ。
「匿名の通報があったんだ、このアパートに犯罪者がいるってね」
「あの男が日本に帰ってきたのだ。洒落た誕生日プレゼントさ」
首を傾げる相手へ、手に持っていた紙を投げ捨てる。三回ほど宙を往復し、それは森里刑事とやらの足元に落ちた。赤い文字でなにかが書かれてる。文字の端は色濃くなり、ひび割れてた。触れたらぽろぽろ砕けそうだ。殺された者の血だと素人目にも推測できた。
Happy Birthday dear U・H
U・H──雇い主、比佐麗葉のイニシャルだ。
「通報したのもあの男に間違いないだろう」
「あの男って、まさか、立神荘士か」
「そのまさかさ」
二人の間で挟まれる形になった僕はわけの分からないうちに進んでく会話のキャッチボールを左右交互に首を動かして見てるしかなかった。
「信じられないな。第一、電話をしてきたのは女性だった」
「四年ぶりで忘れたのかね。立神は自由に声を変えられるのだよ。そうでなくとも女の仲間は多い。もっとも、あのでしゃばりのことだ、自分自身で率先して動いているだろうがね」
刑事が息を呑む。彼女に指摘されたのを悔しげに眉間へ皺を寄せた。
スニーカーで新たな足跡をつけ、麗葉は彼の横に並んだ。身長差が激しくてほとんど顔を真上へ向ける姿勢になる。双眸を覆うほどの前髪がはらりと流れた。黒く揺らぎのない瞳。
「君らしくないな。あまり私に固執しない方がいい、そうやって盲目になるだけさ。女一人を逮捕するのに躍起になってどうする。私がやったのだとしても、偽善者集団に捕まるくらいならば万引きの罪でも死を選ぶさ」
棒立ちになる男の腕を軽く叩き、玄関をくぐった。連れてこられて外で待機してた制服警官が道を開ける。通路へ出た彼女が、ああそうそう、となにかを思い出して顔を出した。
「立神の逃走経路は押し入れの天井裏だよ。古いアパートだからね、天井蓋が外れるようになっているのだ」
彼女が誕生祝いのメッセージを見つけたのは押し入れだ。そこに侵入経路の手掛かりがあったらしい。麗葉は密室トリックを解き、立神荘士という男はトリックが解かれるのを見越してたんだ。想像もつかない高度なやりとりが交わされたとは彼女の態度からは感じられない。
「行くよ、伊吹」
「て、いいのかよ。こういうのって普通は事情聴取とかあるんじゃないか。俺らがやったんじゃなくても第一発見者なんだし」
「構わない、立神の起こした事件さ。それに私と森里刑事は古い付き合いなのだ」
そうだろう、という問いかけの間に彼は呻いた。にっと笑って麗葉が姿を消す。私服の部下も制服警官も誰一人として止めなかった。なんだか知らないけど捕まらないで済むようだ。
それじゃ僕も、と緊張しながら大男の横を擦り抜ける。
肩を掴まれて不整脈が起きた。ぎくしゃくと顔を向けると大迫力の図体が威圧してくる。
「伊吹、というのは苗字かい」
「いや、名前です。苗字は相原、相原伊吹ッス」
麗葉と知り合いなら変に隠すのもおかしい、素直に応えた。
相原、と呟いて左上へ黒目を動かす。
「どっかで聞いた苗字だなぁ」
「そうッスかー。どこにでもある苗字ッスからー」
アハ、アハハ。
愛想笑いをして丁寧に染めてる頭を掻く内心は冷や汗ものだ。前科こそないものの、補導や危ない橋を渡ったこともある。それはもういまにも切れそうな吊り橋だった。どこで名前が漏れてるとも分からない。上の連中が若い奴に罪を被せるなんてありふれた光景だ。
「じゃあ、相原君」
「はい、なんでしょう」
「あのコにはかかわらない方がいい、きっと君を不幸にする」
聞き捨てならなかった。死体を見る出来事はこれが初めてでも、ヤクザよりはずっとマシに思える。殴り蹴り罵倒され、報酬も幾ばくかで逮捕されかねないんじゃわりに合わない。ヤクザより恐ろしいなにかがあの少女にあるんだろうか。
「彼女はいったい……」
森里さんは背を丸めてドア枠を抜け、階下を歩く麗葉を見下ろして言った。
「犯罪者さ」
出会いは冷たい雨の降りしきる日だ。朝だというのに夜みたいな空で僕はパチンコ屋の裏手にあたる路地で寝ていた。下敷きにした生ゴミの匂いがきつくても動けなかった。全身の節々が痛くてやる気が全然ない筋肉はしぼんでる。生きてるのは肺と心臓、それと頭頂部にある大きな古傷の疼き。
中学卒業後に家を出て、あいつらとは街で知り合った。なにも考えず馬鹿をやるのはそれなりに楽しくて、いつも三人でいた。事情が変わってきたのはヤクザの介入があってからだ。高橋という名の男は組幹部で、初めこそ気前よく振る舞ってくれた。やばい仕事を断りにくくする狙いがあったんだ。しょうがなく、しばらく働いた。
堪えられなくて脱退を告げた。口止め料としてあいつらが現れた。二年を一緒に過ごして積み上げた友情めいたもんは呆気なく崩壊した。僕が普段、高橋に可愛がられて優遇されてるのを二人は良く思ってなかったらしい。鬱憤は拳や爪先に込められて一方的に痛めつけられた。上からもそうするよう命令されたんだろう。僕がなにかまずいことでも警察にしゃべると思ってんのか。しゃべった途端、僕も捕まるっての。
古傷の痛みが酷い、本当に死んじまう。いや、まぁ、それもいいかもしれない。薬に女にイカサマギャンブル、反吐が出る。潮時を知らないのだ。本能の欲求で脳に麻酔がかかって貪欲に発散しようとしてる。
うんざりだった、僕はあんた達と違う。
近くの小さな駅はなぜか急行が止まる。車輪のブレーキがひとしきり鳴るとまた雨音だけが聞こえてきた。なのに、さっきまで全身へ当たってた雫を感じない。皮膚の神経がとうとう機能しなくなったのか。頭の古傷はますます熱を持って脳に直接染み渡る。
腫れた瞼をなんとか持ち上げて薄く世界を開いた。スニーカーと紺のハイソックスが見える。ぱんぱんに膨らんだビニール袋には本らしき形がいびつに浮き出てた。黒いワンピースにコウモリ傘をさした少女。雨風が緩まったわけだ。
視界の端でもなにかが動いてる。パチンコ屋裏の対面側にあたるビルの屋外階段を上がる少女の姿だった。不思議なことに目の前の彼女と服装や背格好が似てる。それどころか傘や荷物も同じだ。二階のドアの前で止まった。
見比べようと首を巡らせる。ビルの少女はもういなかった。混濁する意識じゃ深くは思考が及ばない。
「なにをしているのだ」
「ああ、あんたの家か。不法侵入で訴えないでくれよ、すぐ出てくから」
雨まで吸いこんだ重い腰を上げる。地面がぬかるみ、無様に再びゴミ溜めへダイブしてしまった。頭がぐらぐらする。壁伝いに息も切れ切れ寄りかかり、ようやく立てた。壁の汚れが指にべったりつく。拭う余裕はない。
彼女の前髪は長くて顔の印象は曖昧だ。どことなく幼さの残った雰囲気がある。髪ののれんの隙間から上目遣いにじっとこっちを覗いてた。黒くて暗く、動じない。
「二人にやられたな。一人はチビデブ。もう一人は百八十センチ程度のノッポだろう」
行こうとする僕が止まったのはずばり正解だったからだ。二人が帰ったのはだいぶ前だった、見てたとも思えない。
超能力者ってやつか。
少女は壁を指差した。目線ぐらいの高さの汚れが擦れて一部地肌が露わになってる。
「肩の跡だ。ここをわざわざ擦って進む馬鹿はいない。狭い路地のせいで体型的に当たりやすかったと考えられる」
「ノッポは?」
「足跡さ、歩幅から推測できる。あいにく通り道でもないここには誰も来ないのでね」
なるほど、大した推理だ。僕もそれぐらい頭が回ればこんな目に遭わなくて済んだかもしれない。
「君こそなぜここが私の家だと分かったのだ。見ての通り、一見、家があるようには思えないところだ」
言われた通り周りには家らしきものはなかった。パチンコ屋と、三階建ての鉄筋のビル。後者は民家より業務用のビルにうってつけだ。
「さっき、あんたに似たコが入ってくのが見えたんだ。私服だったし、ああそこに住んでんのか、てなんとなく思った。ただそれだけだ、なんの推理もないよ」
翌日、電話がかかってきた。あの少女が携帯を拾ってくれたんだ。僕は帰宅して早々に寝てしまって紛失に気づかなかった。携帯に登録された情報で住所や名前まで知られてた。ケガと疲労で億劫だったが、行かないわけにもいかなかった。
快晴なのに路地へ入ると薄暗い。ビルの一階はパチンコ屋の換金所になってて、警察巡回の看板と防犯カメラがガラス越しに見えた。ビルの入口は知ってる。隣の板塀に付けられた安っぽい木製のドアを開けた。僕がボコボコにされた細長い空き地が伸びる。目指すは赤茶けて錆びた外階段だ。
一歩上がるたびに底抜けそうだった。二階の重い鉄の扉が蝶つがいを軋らせる。左右に通路があり、ドアは三枚。一番左に入るように言われてた。インターホンを押すと、どうぞ、と返ってくる。
「やぁ、よく来たね。君の携帯電話はここにあるよ。ここへ来たまえ」
重厚さを際立たせる大きな木の机をまさぐり、ドクロのキャラクターが付いたストラップを摘まんでみせた。
僕は行くに行けなかった。ドアを開けた途端に一つの部屋。そこを埋めてるのは本やガラクタの山だ。本当の意味で、足の踏み場がなかった。壁沿いにもびっしり本棚が並べられてて、内容物は溢れ飛び出てる。机へ辿り着くには一苦労だ。
「ところで伊吹、うちで働いてみないかね。日給二万円でどうだ」
携帯を点検してた僕にそんな提案を持ちかけてくる。半年前に店長とケンカをしてバイトをやめて以来、収入は一切なかった。家賃も光熱費もルームシェアしてる中学時代の後輩に任せっきりだ。組幹部の高橋に借金まである。
二年も危うい環境にいた鼻が敏感に反応した。なにか裏があるんじゃないか、と。
「仕事の内容は?」
「掃除洗濯その他雑用。私の身の回りの世話さ」
「怪しいな。その他雑用ってのに、やばい仕事も含まれてるんじゃないだろうな」
「やばい仕事、とはなんだね」
「だからその、薬売ったり、誰かボコボコにしたり、拉致ったり」
少女が口を半開きにし、前髪の内側で目を丸くした。ふっと鼻で笑う。
「そんなことをしたら捕まってしまうではないか」
「そうか。いや、それならいいんだ、ちょっと前までそんなことにかかわってたから、つい疑り深くなってて。そうだよな、捕まるようなことなんて普通しないよなぁ」
ハッハッハ。ひとしきり笑う。
心配の種はなくなった、一つを除いて。
「OK。そのかわりバイト代は日払いだぞ。一ヶ月分持ち逃げされても大きいからな」
断るようなら論外。ここは一番押さえておくべきだった。
少女があっさり肯く。
心の中でガッツポーズした。新しい生活が軌道に乗る目処が立つ。後輩にも迷惑かけなくて良くなる。年中曇りだった心の空に光明が幾筋も射した。
彼女が犯罪者だったなんて知らなかったんだ。これは僕こと相原伊吹が比佐麗葉にかかわったことでファンタジー世界へ呑まれていく犯罪者記録である。