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出席番号八番 神楽藍花

「ただいま」

「お帰り、藍花。今ちょうどふーちゃんが出てるわよ」

「えぇっ、ホント? お母さん」

 水色のランドセルを自分の部屋の棚に置いて、リビングに行くと、ソファに座ってお母さんがバラエティ番組を見ていた。

 ふーちゃんこと桐村楓(きりむらふう)は、お母さんの従妹で、芸能人。大ブレイクするわけではないのだが、常に人気を獲得している女優さんだ。


「ふーちゃん、可愛いわねぇ、本当にうちのお婆ちゃんの血が流れているだなんて、思えないもんねぇ」

 

 お母さんは、うっとりと画面の中のふーちゃんを見つめている。私もふーちゃんを見やる。パッチリ二重の小柄なふーちゃんは、笑うとえくぼが可愛い。そんなふーちゃんはどの現場に行っても愛されるのだと、お母さんが昔語っていた。

「今、これ生放送なのね。ふーちゃんに電話したら繋がるかしら~?」


 それは駄目でしょ、と思いながらテレビ画面を見つめると、左上に「LIVE」の文字が光っていた。

「ほら、藍花もふーちゃん見ましょうよ。可愛いわよ~?」

 お母さんの横に座ってバラエティの進行を見る。ふうちゃんは、お笑い芸人にドッキリを仕掛ける役になっている。題は「ふーちゃんに誘われたら男性芸能人はどうするのか?」だった。意外と普通。


『えっと、ふーちゃんは付き合ってる人いる?』

『え~? いませんよ』

 

 テレビからお笑い芸人とふーちゃんの声が聞こえてくる。

 小悪魔な要素があるとネットで話題と、塾の友達が言っていた気がする。確かにそんな感じがするのだ。

「ふーちゃんって、小さい頃どんな感じだったの? お母さん」

「そうねぇ、家が近くて学校も同じだったからよく分かるけど、ふーちゃんは小中高とずっとモテ期みたいなもんだからね。可愛いし細いし、スタイルも良かったから、そんじょそこらの女子なんて一発でけし飛ぶぐらいモテたわよ」

 ふーちゃん、私と会うときはすごく優しい可愛いお姉さんだから、それはそうなのかもしれないな、と思った。子供の私でも憧れるぐらい、顔が整っていて、ノーメイクなのにとっても可愛いし、ノーメイクで充分芸能活動出来るお姉さんなのだ。小さい頃からモテていてもおかしくない。

 

「だからって女子に僻まれることなんて全くなかったわ。男女平等だったからね。今のような小悪魔存在になったのって、芸能界に入ってからじゃないかしらね?」

 

 それって……。すごいな。

 私は、ふーちゃんに憧れて、男女平等にしていても、どうしても仲良く接することなんてできない。陰で春日君達に悪口を言われていることも、薄々感づいているのだ。

「そうなんだ……」


 ふーちゃんの話を聞くたび、胸がチリチリする。

 酷い話だ。芸能人を僻むだなんて。自分に出来ないことが出来る美人なんて、沢山いるのに。

 どうしても手が届かない。アルバムで見たふーちゃんは、私と同じ年の頃、私より身長が低かったのに。なのに、私よりも沢山の、信頼や、可愛さや、センスを持っている。

 何で悔しがる必要があるんだろう。

 テレビでは、ドッキリをお笑い芸人に告げたふーちゃんが、笑い転げていた。

 ふーちゃんの顔には、チャームポイントで、皆に愛されるえくぼがあった。


 また胸がチリチリ痛む。失礼なのに。優しくて、文句も何一つ言わないふーちゃんに今、何で私は嫉妬しているんだろう。

 そんな自分が、また悔しくて。


「あ~、やっぱり、ふーちゃんは可愛いわねぇ。……藍花もそう思わない?」

「うん、そうだよね」

 

 私は、暗くなるまいと必死に気を取り直す。

「もうそろそろ、塾の時間だから」

「行ってらっしゃい、藍花」

「うん」


 お母さんのものではない、お父さんの声がした。


 私が、必死に助けたいと思っている、お父さんの、声が。


 私のお父さんの会社は、今年の初めに倒産してしまった。

 元は雑貨関係の会社だったが、その社長は事業に手を付け過ぎた。更に、追い打ちをかけるように社員の数人が会社のお金を横領していたらしく、それで会社の信頼はガタ落ちし、結局倒産する羽目になったのだ。

 お父さんは副部長だった。学生時代から「真面目君」で通っているお父さんは、もちろんお金を横領するはずもなかったが、複数の横領した部下達の道連れになった。

 それが悔しかったけど、現実は思い通りにいかない。お父さんは借金を背負うことになってしまったのだ。今は中小企業の面接の結果待ち。人当たりの良いお父さんは、多分受かると思う。

 お母さんも、大手企業の会計をやっているからか、こうして二人が揃うのは随分珍しいことだと思う。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「はーい」


 バラエティの呑気な声が聞こえる。私は、ふーちゃんの可愛らしい声を聞きながら、外へ出た。


 ◆◇


 チェックのスカートが、ひらひらと揺れる。スパッツから伸びた足は、青白い。

 初冬の夜七時。運動会も目前だと言うのにこんなに寒いだなんて。

 お母さんが奮発して買ったというカシミヤ素材のセーター。ピンクがチェックのスカートによく合っていると思う。

 それなのに、私が冬の装いをぶっ壊しているような気がする。

 

 学習塾から帰るまでの間、少し腹痛になり、肌を(さら)け出すようにスカートとスパッツを履いたことを少しだけ後悔した。

 

 こんな日に大田君がいてくれたならな、と私は自分勝手な頼みをしてみる。

 そしたら私、すごく温まるんだけどな。こんなに赤い手は、あっという間に黄色に染まるのだろう。

 って、何変なこと想像してるんだろう。

 家に帰ったら、お母さんの温かいシチューが待っている。そうだ、藍人が宿題を教えてと言っているんだった。お父さんと、また色んな話をしよう。そのときは、毛布にくるまって。


「……ただいま」

 

「お帰り~、お姉ちゃん」

「お帰り、藍花」

「藍花~、お帰りなさい」

 

 ドアを開けると、一気に暖かい空気が流れ込んでくる。

 今年は例年に比べ、とてつもなく寒い。運動会をいつやるのかも、ままならない状況だ。


「で、藍人、どこが分からないの?」

「えとね~、この四番目。求め方が分からないんだよね」

 塾のバッグを棚に置いてリビングに向かうと、藍人が早速計算ドリルを開いて私を出迎えた。

「藍人、藍花は塾で疲れているんだから、早めに終わらせなさいよ?」

「はーい」

 お母さんが洗濯物を取り込みながら言うと、藍人は「分かった~」と素直に返した。


「出来たぞ~豚肉の生姜焼き。今日はちょっとお父さん頑張ったからな」

 

 お父さんが、台所から豚肉の生姜焼きを持ってくる。途端に藍人は目を見開き、「やっほ~い!」と飛びついた。おい宿題はどうした。

「藍人~。宿題はどうするのよ?」

「後でー」

「そんなの、後悔するわよー?」

 お母さんがからかうように言うと、藍人は「しないもん、後悔」と自信たっぷり言った。

「それに、また明日も明後日も、お姉ちゃんに宿題を教えてもらえるからね~。はい、そんなことより、生姜焼き! 早く食べないと、お姉ちゃん、お母さんお父さん。俺がぜーんぶ食べちゃうよ~?」

「待ちなさい藍人! それはお母さんも食べる! 藍人ばっか食べてたら、明日何も食べられないよー?」


 そして、その場は、宿題を教える場ではなく、生姜焼きの奪い合いとなった。

 私も、それに参戦し、無事五個もの豚肉をゲットしたのだ。


 

 まさか、これが、家族と過ごす最後の日になるだなんて想像もせずに。


 ◆◇


「麗羅ちゃんっ、大丈夫!?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう藍花ちゃん」

 二年二組で、私と親友の麗羅ちゃんは、ひたすら隠れていた。


 殺人ゲームが唐突に始まり、春日君が殺されてしまった。

 いきなりのことに皆がついていけず、戸惑う六年三組に、先生は言い放ったのだ。

 殺人ゲームを始めると。


「本当に、先生どうしちゃったのよ……? あんなに……あんなに優しかったのに」

 

 麗羅ちゃんは、ただ悲しみに暮れている。まだ殺人ゲームが行われてから数分しか経っていない。なのに彼女は既にダウンしている。その理由は、多分、先生にある。


 彼女は、担任の渡辺碧先生が好きなのだ。中性的で優しい顔立ち。女らしいとからかわれることもある長い睫毛。そこが、彼女にとっては「良い」らしい。

 大人しくて優しい先生。それでもって周りをきちんと見てくれる。新卒らしからぬ頼れる雰囲気を醸し出している先生に、麗羅ちゃんは淡い初恋を抱いていた。


「……どうして、先生が、あんな……あんな酷いことをするだなんて、想像もしてなかったよ……」


 座り込む麗羅ちゃんを、私はただ見つめていることしか出来ない。

 彼女がこんなにも辛い思いをしているのに。何もしてあげることが出来ない。

 そんな自分が、情けなかった。


 誰にでも平等に、均等に接していく、そういう「優等生」を、四年生の頃から作り上げていた。

 優等生を作り続けていたのには、理由がある。

 一年生から三年生まで、ずっと好きだった初恋の男の子。あだ名は、えっ君。榎本君だから、えっ君。

 その頃は、絵に書いたようなボーイッシュ少女で、スカートは履かず、毎日ズボンで過ごしていた。

 初めての男の子の友達、それがえっ君だった。毎日のように放課後公園で遊びつくす毎日。そんな日々で、いつしかえっ君に恋していたのだ。


 だけど、淡い初恋を胸に告白をしたら一気に関係が悪化していった。「俺、こういう子が好き」とえっ君が指差したのは、壁に飾ってあった、可愛くていっつも真面目な、桃華(ももか)ちゃんという子の似顔絵。

 それが、三年生の終わり。

 四年の初めにイメチェンをしようと、ボサボサに伸びていた髪を、顎の辺りで均一にした。ちょうど悪くなっていた目に、眼鏡をかけて、元々得意だった勉強を頑張った。

 いつしかえっ君を見返してやろうと、またませたことを考えて、自分で言うのも何だが、優等生になった。三年生までは頼まれなかった仕事が、毎日頼まれるようになった。そんなことをしても、えっ君はいつだって私の横を通り過ぎる。えっ君、と声をかけたら、一瞬「え? お前誰?」と言われて、酷くショックだったのを覚えている。

 そして、えっ君がまだ、桃華ちゃんを追いかけているのを見て、その恋を諦めた。桃華ちゃんは、去年の「五年一組で誰が一番可愛いか選手権」で見事一位を獲得していたし、料理やお裁縫が得意で、でも勉強はまぁまぁで、隣の六年四組の、天使のように優しいアイドル的存在……。そんな、良い子だったのだ。

 だから、桃華ちゃんを咎める権利なんてない。好きな人の好きな人だからって、その子が何か罪を犯したわけでもないのだ。ただ普通に生きてるだけ。そんな、普通に生きてる彼女に、えっ君は恋をした。仕方がないことなのだ。だから、恨む権利なんて、あるわけがない。


 なのに、これほど苦しかった。桃華ちゃんを、恨んでしまったことだってある。ぶりっ子ではなかったし、性格が悪いわけでもなかった。可愛くて優しくて、大人しい、真面目な子。そんな子を恨んでしまった私がとても情けない。


 そんな私に、まっすぐ生きる大田君は、魅力的に映った。

 五年の頃。私がいつもどおりに読書をしていた昼休み。

 前の方の席で、大田君は友達と一緒にトランプをしていた。ババ抜きをやっているようで、彼らの目には、真剣そのものの瞳が映っている。


「やりぃ、俺上がりーっ!」

 

 男子……橘君が立ち上がる。「マジ!? みっちゃん早っ」と鈴木君の声が聞こえて。大田君はただひたすら無言だった。


「あっ、俺も上がりだっ!」


 鈴木君が大田君のトランプを引いて、ガッツポーズをする。

「うわーーっ! 俺負けじゃん? 最悪~!」

 大田君は椅子ごと後ろにひっくり返る。がぁん、と音がして、教室にいた皆が振り返った。

「一生恨むからな! マジ! ……あ~でも、一生は恨まないかも」

「「どっちだよ、太雅!」」

 

 どっと笑う二人。まだ、二人は春日君とつるんでおらず、二人揃って良い人だったときの話だ。



「だって、一生恨んだらそいつと一生遊べなくなっちゃいそうじゃん? そんなの嫌じゃん?

 誰が好きとか嫌いとかさ、関係なく付き合いたいな~って思って」



「「それは太雅の自論だろうが!」」

 二人がつっこむと、たまらず教室にいた数人が噴き出した。確かに、トランプをしているのにその話題はおかしい。

「え~マジで~? でもさ、ホントにそうじゃない? 恋愛だって一緒でしょ?」

「何でここで恋愛なの?」

 鈴木君が笑いながら尋ねる。



「恋愛も一緒だよ。好きな人の好きな人が自分じゃなかったからって、恨む必要ないじゃん? そこでいちいち恨むんじゃなくて、自分がどうすればいいのかって考えれば良いだけの話じゃん?」


 

 どきんっ。

 不意を突かれた、と感じて、私は大田君を見つめる。

 キラキラと、その顔は輝いていた。


「だってさ、春日とか渡辺とか、性格悪い人は沢山いるぜ~? でもさ、そんな人は自分がどうすればいいのかだなんて考えもしない。……でも、お前らならきっとそれを考えられるって、俺は言いたかったのー。はい、大田太雅様による、道徳の時間終了~」


「「今の、超いらね~」」


 二人は、大田君に向かって笑い転げる。


 でも、私は笑うことが出来なかった。

 胸が吸い寄せられるように、私は大田君から目が話せなかったからだ。


 それから私は、一気に恋する乙女に変わっていった。

 ちょうどその頃は、麗羅ちゃんと仲良くなって、一気に親友になった頃だった。それから、恋心を打ち明けて、恋を応援してもらって、そして今度は、私が恋を応援する番。


 のはずだったのに。

 麗羅ちゃんの初恋の相手は、いつの間にか殺人鬼になってしまったし、今この状況じゃ、恋がどうのこうのと言っていられる状況じゃないのは、小学一年生でも分かる話だ。


「そうだ……ね」

 

 私はただ、麗羅ちゃんの絶望に打ちひしがれた表情を、見つめることしか出来ない。

 優等生で、皆から信頼されている神楽藍花。

 そんなレッテルを貼られていると、田中さんから聞いたことがある。だけど、そんなの嘘だ。

 私は優等生なんかじゃない。ただの、ごく普通の小学六年生なんだ。勉強が出来て、父親を助けたいという夢を持っている。自分で言うのも何だが、毎日のストレッチの成果もあるから、すらっとした足がある。だけど、それだけだ。

 他に際立った長所はない。麗羅ちゃんや近藤さんのような美人なわけでもないし、本田君のような体力測定で毎回A判定の運動神経があるわけでもないし、田中さんや藤川さんのようにお洒落なわけでもないし。

 それだけで優等生だなんて、皆揃いも揃って言いすぎなのだ。

 だから、と言うと言い訳がましいが、本当に、麗羅ちゃんを慰めることも出来ない。「そんなことないよ」って言ったって、殺人ゲームを起こして既に教え子を一人殺しているのだ。何がそんなことないよだ。無責任もいい加減にしろよ、と言いたくなるだろう。

「麗羅ちゃん……起きちゃったことは仕方ないよ。……だからさ、とりあえず生き延びよう」

 涙をぽろぽろこぼす麗羅ちゃんに、私はハンカチを差し出した。

 麗羅ちゃんは嗚咽混じりに「あ、りが、とう……」と言いながら涙を拭いた。こういうところ、本当にヤンキー家庭に生まれたのかと問いたくなる。


 彼女の両親は、小学生の頃、近所が呆れるほどのやんちゃを繰り返していたのだ。それが中高生で一変、あっという間に本物ヤンキーになってしまった。

 中学校の先生が、何を言っても聞かないような駄目駄目な先生だったのだという。それに呆れかえり、二人はよく授業中に学校を抜け出して、教育委員会をも動かす羽目になったのだ。

 中卒で、高校には行かず、父親の方が十八歳になるまで、相思相愛のまま我慢し、十八歳になって結婚し、生まれた子供が麗羅ちゃんなのだ。

「お前の父ちゃん母ちゃん低学歴~」なんてからかわれることもあったが、本人はすごくまとも……って言っては失礼だけど、本当に真面目な子だった。「あぁ、うん、そうだよ。低学歴だけど。それが子供に影響すると思うな、頭すっからかん少年が」と言い返したこともあったのだ。

 そんな彼女が、私はとても気になっていた。向こうから声をかけてくれたため、都合が良いくらい話が進み、あっという間に親友になった。


「さ、行こっか」

「うん……」


 私は、麗羅ちゃんの手を握り締める。麗羅ちゃんの手は、好きな人が豹変してしまったショックなのか、冷たくなっていた。


「麗羅ちゃん、大丈夫……じゃ、ないよね」

 聞くまでもなく、彼女の瞳からは止めどなく涙が溢れている。

「大丈夫だよ……それより、何か武器になる物探そう」


 彼女は強い。


 涙を拭いても、まだ赤い瞳。それでも、彼女は生きようと頑張っている。

 これほどまでに強い人を、私は今まで見たこともなかった。だから、私も彼女に答えて頑張るしかない。

 生きようと、頑張るしかない。


「あっ、これとか良いんじゃない?」

 麗羅ちゃんが取りだしたもの、それは、不審者が来たとき用によく使う大きな取っ手みたいなものだった。正式名称は、知らない。調べようともしたことがなかった。

「良いね、それ」

 私は頷き、二年二組を後にした。


 家庭科室に入ると、棚に包丁が置いてあった。

「あった包丁!」

「えっ、マジで!? よっしゃ」

 麗羅ちゃんは、答えてくれた。そして、「役に立ちそうじゃない?」と家庭科室の中央でぶん、と少しだけ振った。


 しかし、何故包丁なんて持っていくのだろう。先生は確かに殺人鬼だが、もしかしたらドッキリを仕掛けたつもりなのかもしれない。春日君と先生がグルになってドッキリを仕掛けた可能性もあるのに、先生を殺そうとするのはいかがなものかと思う。


「おーい、何してんの藍花ちゃん。行かないと、殺されちゃうよ?」

 がん、がん、と大きな音を立てながら、麗羅ちゃんが私を呼ぶ。

「あ、ごめん!」

 私は走り出す。


 ◆◇


 渡り廊下を歩くと、天海さんと水川君のカップルを見付けた。

 ゆるふわ感が抜けない天海さんと、声変わりをしていても背が小さい水川君のカップルの話題は、六学年全体に及んでいた。

 去年のバレンタインデー以来、ずっとカップルでい続けた二人。心変りも何一つなく、ただ一人だけに恋していると言う、純粋なカップルだ。六年三組の女子が一度は憧れたことがあるだろうカップルを、私は少しだけ、羨ましいと思っていた。


「藍花ちゃん」

 手に瓶を持った天海さんが、私に向かって叫んだ。私が手を振ろうとすると、麗羅ちゃんが手を振ってくれた。

「ここにいたんだ。二人とも」

 走りながら麗羅ちゃんが言う。艶やかなポニーテールが揺れる。

「うん」

 天海さんが頷く。

「私達、家庭科室から、包丁を、二年二組からこれを拝借してきたんだけど……そっちは、その瓶は?」

 麗羅ちゃんは、大きな取っ手を上に上げた。非常に危ない。そして、私と麗羅ちゃんが同時に天海さんの持っている瓶に目を向けた。


「理科室からパクってきました。水酸化ナトリウムの入った瓶です」

「何とまぁ、物騒ですね」

 私は思わず噴き出した。それが周りからは微笑まれているように思えたのだろう。

「これを先生の目にかければ、パニくると思って」

「でも犯罪になりませんか? それ」

 いきなりの天然(?)発言に、私は思わず尋ねた。何を言っているのだろう、彼女は。でも、そこが彼女の魅力だったりするのだ。

「大丈夫よ、先生既に春日君を殺してる時点で犯罪者だもん、しかも未成年だもん。罪は軽いよ。おあいこおあいこ」

 麗羅ちゃんと水川君が噴き出した。私は……天然な発言がどうしても理解できない。

「何よ~」と天海さんが言う。「どうかされたのですか?」と私は半ば皮肉混じりに言った。


 ◆◇


「麗羅ちゃん……」

「藍花ちゃん……」

 二人揃って、私は怯えている。


 目の前に、銃を持った殺人鬼の……サイコパス先生がいるからだ。

 

 今まで殺された人は、上原君、田中さん、天海さんの三人だった。更に、春日君が序盤に殺されて、合計四人目になる。

 私は、この殺人ゲームがドッキリではないことを知ってしまった。

 天海さんが、「先生来てる!」と叫んでくれたおかげで、私と麗羅ちゃんは何とか生き延びることが出来た。だけど、天海さんは、返り討ちにあって、死んでしまったのだ。

 水酸化ナトリウムを被って。

 皮がべろんべろんに剥けて、いつものうるおいのある天海さんの肌は、どこにも見当たらなかった。


 思わず泣き叫んでしまいそうになった。天海さんが何をしたって言うのだ。水川君が好きな女子にとっては憎みの対象になるだろうが、少なくとも先生は天海さんのことを憎んでもいないし、水川君を憎む影すらないのだ。なのに、何でこんな酷い殺し方が出来るんだ。


 そして、天海さんを最悪な形で殺した先生が、今銃を持って目の前に現れていた。


「いやぁあぁあぁあ!」

 

 麗羅ちゃんが泣き叫んで、走り出した。


「れ、麗羅ちゃん!」


 いきなり私を突き飛ばして走り出した親友に、私は戸惑うことしか出来なかった。


「ごめんっ、ごめん藍花ちゃん!」


 麗羅ちゃんが泣き叫び、階下へと消えていく。

「そんな……そんな……」

「裏切られてしまったようですね」


 私の絶望を喜ぶように、先生はニヤニヤと笑いだした。

「今までいなかったような親友が……。まさかこんな形で裏切るとは、きっと優等生の貴方だって、上原遼平だって、そんなことは想像できなかったはずだ。何せ彼は、親友と呼べる親友が、白井大志しかいなかったようですから」

 何故そこで上原君の話題を出す。殺した暗示のようなものか。


「……麗羅ちゃあん」


 掠れた声は、空中に空しく消えていく。かっかっかと笑いながら、先生は銃を傾けた。


「……麗羅ちゃん、ですと? 親友を裏切った栗沢麗羅を、まだちゃん付けをしたんですね?」


 私は、先生を目いっぱい睨みつける。かっかっか、とまた先生は笑いながら、私の額に銃口を突き付けた。



「何と愚かであろう……。神楽藍花。君は、優秀な生徒だと思っていたのに、それほど情を持つ人間だったとはね」

「悪いですか? 人を想ってしまっては」

「いえ。でも、貴方は親友と神に見放された人物だと思いましてね」



 バン! という音がして。


 私はそれっきり、何も分からなくなってしまった。

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