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出席番号四番 内村一樹

 昔から、口の悪さには定評がある。

 口を開けば出てくるのは「馬鹿じゃん」「お前アホ」「頭どうかしてるんじゃねぇの?」の三つが殆どだったと、姉から聞いたことがある。

「あんたって、ホント、ウチとは似ても似つかないくらい毒舌だよね」


 毒舌……って、何だ?

 そう思って、俺はネットで調べてみることにした。

 椅子に座ると、椅子の木がきしむ音がした。舌打ちをして、デスクトップパソコンの電源を付ける。

 親父のお下がり、ゲームのことを調べるにはうってつけの、自分用のパソコン。五年以上も扱ってきたからなのか、最近動作が少しだけ遅いように感じる。「現役の時はこんな遅いこと、滅多になかったんだけどなぁ」なんて、親父が言っていた気がする。

 

『「毒舌とは」


 他人に対して辛辣な言葉、悪口や厳しい皮肉を言うこと』


「あ?」

 何だ、結構俺に合ってるじゃないか。

 俺はパソコンを閉じて、学校に向かう。

 毒舌の意味を調べるために、学校に行く前にパソコンを起動したのだ。

 俺って結構偉いな感覚を覚えながら、俺は学校へ向かう。


 ◆◇


 学校に行く途中、前を歩く華やかな三人組に目を奪われてしまった。

「あ、内村さんじゃん」

「おはよ~、一樹」

「おはようございます」

 三人が俺に挨拶をしてくる。俺は三人のうちの一人に目を奪われながら、そっと会釈をした。

「おう」


 その三人のうちの一人とは、紛れもしない、近藤秋枝。


 栗沢麗羅と並ぶほどの、端正な顔立ちをしている、六年三組ツートップ美少女の、近藤秋枝。

 六年三組美人総選挙などがあったとしたら、間違いなく、ベストスリーには食い込む美少女、と言えば理解してもらえるだろうか。

 元々、六年三組にブスはそんなにいない。むしろ、顔立ちが良い奴が揃っているのだ。校長先生はどういう基準で決めたんだというほど。

 だが、男子の方が、顔は整っているが心の歪みが生じて、顔が台無しになっている場合もある。

 春日巧がその良い例だった。

 彼はイケメンなのに、その性格の悪さが顔ににじみ出て、いっつも睨みを利かせている表情をしている。

 後は渡辺彩未だ。彼女も、悪くない顔をしているが、非常に性格が悪い。だからなのか、口角が常時上がっている。


 しかし、元々六年三組に悪意のある男女はあまりいない。あの二人を除いて、他は人を思いやれることが出来る人達ばかりだった。受験経験をしている人だっていたが、決してその人達は高ぶらず、普通の小学生と同じように一日を過ごしている。本田一誠とか、上原遼平とかが受験経験組だ。


 そして、優しい人の代表格とも言われるべきなのが、今通りかかった華やかな三人組だ。

 遠藤奈名子、近藤秋枝、夕月琴音。そして、三つ編み眼鏡少女、有村夏実もよく一緒にいる。


 だが、優しいだけでは終わらない。

 彼女達は、数々の賞を受賞している。

 遠藤奈名子は以前、小学生の為の文学コンクールで優秀賞を取ったことがある。それを代表格に、数々の文の受賞歴を誇る。

 近藤秋枝は、繊細なタッチと、綺麗な色遣い、色彩感覚が優れていることから、絵画コンクールの賞常連だった。都内の全年齢対称の絵画コンクールで、最優秀賞を取ったことから、一気に注目を集めている。

 夕月琴音は、小学生向けの、市内、都内、全国のピアノコンクールで受賞歴を持つ。全国ピアノコンクールは十位以内に入っているし、市内のピアノコンクールはトップスリー常連。

 そんな三人組に相まって、有村夏実。神楽藍花とは違う優等生だが、壮絶な家庭事情を抱えているという根も葉もない噂が付きまとう不思議な少女。敬語で話すことから、誰からも信頼される、大和撫子らしい少女だ。


 六年三組に集ったカリスマ集団は、当然後輩からも人気を集めているわけで。

 休み時間、彼女達に絵のことや、ピアノ、文を教えてもらいたい人達で、六年三組は溢れ返る。

 六年三組に入り浸り過ぎて、休み時間にふらっと入ってきても、全く違和感のない生徒だっている。

 つまり、それほどあの三人は完璧なわけだ。

 しかも、彼女達は決して「他の奴らお断り」性格ではない。むしろ心優しいというか、お人好しと言った方が良いかもしれない集団だ。そもそも人を突き放す性格だったら、後輩に人気など出ない。


 だからなのか、俺が近藤秋枝に恋をしたのも、まさしくこれが原因だ。



 五年の頃、図工の絵が中々終わらないからと、俺は休み時間、図工室に足を運んだ。

 図工のテーマは、「大好きな風景」。

 俺の「大好きな風景」は、パソコンに向かいゲームをやったり動画サイトを常々眺める。日々それの繰り返し、それが一番「大好きな風景」だと先生に言ったが、「もうちょっと考えてみてはどうですか?」と思いっきり突き放された。突き放された、という言い方は間違っているだろう。よく考えてみれば、あのまま描き進めていたら黒歴史確定だった。図工の先生に、何とか道を踏み外すのを止められた、と言った方が良いだろう。

 そして、ネット以外にと練りに練って考えたのは、紅葉が綺麗な山だった。これも、世界設定が秋になっている、ネットゲームの影響だ。

 しかし、その日、ちょうど休み時間にいた、近藤秋枝の絵に、目を奪われてしまった。

 近藤は、図工の絵画の時間になると、毎回必ず居残りをする。「近藤さんは偉いよね」なんて、渡辺先生がよく言っていたな。

 それほど近藤の絵は凝っているものなのか。俺は気になって、近藤の絵を覗き込んだ。


 タイトルは「夕焼けに染まる空」。芸術家らしいというか、まぁその通りだよなぁ、とも思う。

 でも、絵が他の六年とは引けを取らないほど流麗だった。

 深い藍色と快晴な水色が、綺麗に混じり合った海。子供達が、帽子を被りながら砂のお城を作っているのも見えた。夕焼け空は、ピンク色に染まっていて、海と空の間に、白く丸い太陽が、形良く描かれている。


「すげぇな、お前」

 ふいに漏れてしまった、そんな一言。

 すると近藤は、はっと振り返り、俺を見た後、ニヤリと笑った。

「へぇ。毒舌家の一樹でも、そういうこと、言う時あるんだね」

 何だかムッとするな。近藤は、お人好し集団「カリスマ三人組」の中では、少しだけ冷たい印象を受ける。

「でも、ありがとう。私の絵褒めてもらって、嬉しい」

「お、おう……」

 お礼を言う近藤。美人が作る気さくな笑顔が、俺の心に沁みこんでくる。


「私、絵を描くの、すっごく大好きなんだよね」

「そりゃあ、大好きじゃなきゃ、絵なんか描かねぇもんな」

 俺は、絵に向き直る近藤に向かって頷く。サラサラと描かれていくその画用紙は、俺の画用紙とは到底紙質が違うように思えた。


「私のお父さんねぇ、画家を目指してるんだ」


 唐突に話された父親の話に、俺は相槌を打つのを忘れた。

「でも全然、人前に出したくない性格だからねぇ、すごい良い絵なのに、隠しちゃうんだ」

「へ、へぇ……」

 休み時間、俺達以外、誰もいなくて良かった。

 近藤に、俺の心の悲鳴が聞かれてしまうかもしれないから。

 

 つい先ほど、近藤の絵を見たときから、俺は何故だか近藤が気になっている。

 冷めたような、温かみのあるような瞳からは、想像もつかないような、流麗で繊細で、コンクールで最優秀賞を取ってしまうような、絵が描けるんだから。


「私は見せてもらえるんだけどね。その絵は、お父さんのものとは思えないほど繊細で美しくて。目を奪われてしまいそうだった」

 そして、パレットに筆を移す。今度は赤色。何を塗るかと思いきや、子供が作っている砂のお城の近くにある、バケツを塗ろうとしていた。

 

 驚いた、そんなところまでこだわるんだ。俺なんか、バケツなんか視線すら送らないで、さっさと終えてしまうのに。

「こういうところに目を配れって、そうしないと上手な絵は描けないぞって、お父さんいつも言ってるんだ」

 俺の心を見透かしたかのように、近藤は言った。

「だから、いっつもこうしてる」

 近藤は目を細めて、バケツの線からはみ出さずに、赤色を綺麗に塗った。



「これで、完成かな」

 しばらく時間が経ち、近藤はパレットを洗いに、図工室の水道まで走っていった。

 俺はその絵を見て、そして、俺の絵を見て、ため息をついた。


 こんなに流麗な夕焼けの空を描く近藤と、赤と黄色とオレンジを適当に塗りつぶして描いた俺。

 作品に掛ける力量がまるで違いすぎるし、絵の質も、そして、絵に込める気持ちも、まるで違いすぎる。


 多分、俺がこの先、一生懸命アイディアを練って、意気揚々と画用紙に向かい絵を描いたとしても、近藤には勝てない。多分っていうか、絶対勝てない。

 俺はため息をついて、近藤の背中を見つめた。


 今、そこに、俺が絶対に勝てないクラスメートがいる。

 俺よりも小さくて、華奢で、俺よりかは少しマシな冷めた目をしている。そして、六年三組のツートップ美少女で、セミロングの髪の毛は、いつも綺麗で。


 そして、俺は絶対勝てない、近藤秋枝。

 素敵な絵を描きたい、と夢を追い求めるクラスメートの姿が、そこにあった。



 俺が彼女のことを気にし始めたのは、まさしくこのときで。


 それからほぼ一年が経った今。

 俺は、人生最後の日を迎えることになった。


 ◆◇


「当然です。とっておきの楽しみは、『六年三組殺人ゲーム』なのですから」


 先生が言い放ってから、おおよそ何分経っただろうか。


 俺は今、人生に絶望していた。


 

 二階の職員室前で、神楽が死んだ。

 そんな情報は、俺に伝わってきた。その情報は、生き残っていた六年三組の生徒を震撼させた。

 まさかあの優等生が死んでしまうとは。いや、神楽に限ってそんなことは有り得はしないだろう。きっと何かの間違いだ。神楽が死んでしまうだなんて。誰かに、先生の目の前に突き飛ばされたかしないと、神楽は死なない。

 そんな言葉が飛び交うほど、神楽の死は、衝撃的なものだった。

 大人しい瀬戸口とかが死んだのなら、まだ分かる。栗沢が死んでも理解できる。あいつは、神楽と一緒にいる割には馬鹿だから。上原は、このゲーム最初の被害者になってしまったが(一番最初は春日だったか)、あいつは聖ハスカの受験経験がある、と、お高く留まってる雰囲気があるから、調子に乗っただけだということも理解できる。

 でも、神楽が死んだのは。それだけはどうやっても理解できないじゃないか。

 

 生き残った俺は、そんなことばっかり頭に駆け巡って、どうしようもなかった。

 だって、あの優等生が死んだんだ。無理もない、の一言で片付けられれば、それでよかった。

 

 俺も神楽の殺された現場に向かってみることにした。

 するとまぁ、どういうことだ、絶望に顔を歪めた少女が、茜色の夕焼けに照らされている。

 すぐさま俺は神楽の死体から目を逸らした。神楽が助けを求めているようで、物悲しく、切ない、十二歳の死体がそこにあったから。


「神楽、安らかに眠れよ……」

 

 俺は、目を逸らしながら、両手を合わせた。そして、廊下の窓のカーテンを、近くにあったハサミで切る。そして神楽の顔に被せてやった。

 明日の朝学校で先生達に何と言われようが構わない。こんな非常事態。警察が突入して、大混乱になる中、カーテンを破ったことなど相手にもされないだろう。


 早く夜が明けてくれないだろうか。そして、これ以上犠牲者を出さずに、生き残ることは出来ないだろうか。

 そんなことばかり考える。


 時刻は、午後五時半。気がつくと先ほどの夕焼けは、もうなくなっていて。代わりに、藍色に染まった空が、俺を照らしていた。


 神楽藍花。

「藍花」って、どうやってつけたんだろうか。

 藍色の花? どうなんだろう。神楽の両親に聞いてみた方が良いだろうか。


 現実逃避をしている最中、トコッ、トコッ、と音が聞こえてきた。


「……先生?」

 俺はこっそり呟いて、柱に身を隠す。


 すると、職員室の隣の校長室から、イヤホンを耳に付けた先生が現れた。ポケットの中には、ビスケットならぬ拳銃が入っている。

 彼が拳銃を発砲すると、ビスケットが一つ二つ増える……なんてことはなく、一発二発と発射していく度に、死人が一人、二人と出てくる。

 そして、その被害者が、神楽、上原、田中、天海という奴らなわけだ。


 しかし、こんな状況にイヤホンを付けて、音楽を聞いていそうな渡辺先生、いや渡辺。どんだけ調子乗ってるんだよ。鬼は気楽で良いってか、ふざけんな。


「あれぇ? おかしいですね。随分前にカーテンを切る音がしたと思ったんですが……気のせいですかね」

 そうだ気のせいだ全て気のせいだ。

 だからもうこんな狂ったゲームなんかやめてくれ。もう二度とこんなことはするな。お願いだから、もうこれ以上犠牲者を出さないでくれ。

 

 特に近藤秋枝は、殺さないでくれ。

 他の奴が死んでも、本音を言ってしまうとどうだっていい。だけど、近藤だけは。近藤は俺の大切な存在なんだ。お願いだから。


 俺が下を向いて必死に懇願をしていると、下で結んだ髪の毛が、首筋にかかった。

 ひんやりとする冷たい感覚を覚えながら、俺は渡辺の動きを見た。

 

 顎のあたりまで伸ばした髪の毛は、色素が薄く茶色に変化している。幼い頃水泳を習っていたのだろう。彼は水泳の教え方が段違いに良かった。

 だが今はどうだ。暗闇だから、ほんのり茶髪は見られない。取り乱しているようにも感じられないし、神楽を殺したにも関わらず、「罪悪感とは何ですか」というような顔で、辺りを見渡している。こんな奴が四人の命を奪っているんだと知ると、胸の内からどす黒い炎が押し寄せてくる。

 何でこんな奴に、神楽達が殺されなければならない。それが不思議でたまらなかった。

 近藤以外どうだっていいと思うのは確かだ。だけど、殺されて当然かと言えば、頑なに違うと拒否できる。


 俺は、多分、人のことを平気できつく言うことのできる奴だ。それで泣かせることだってできる。人に嫌われることもできる。

 でも、嫌われようと思ったことはない。

 だけど、俺の毒舌のせいで、皆離れていってしまう。


 でも、近藤だけは、俺に「ありがとう」と言ってくれたんだ。

 どんな形で「ありがとう」と言われたって、俺は嬉しかった。近藤が罰ゲームで図工室で絵を描いて、それで俺に「ありがとう」と言うドッキリを仕掛けたという話でも、俺は嬉しかった。


 俺に「ありがとう」と言ってくれる人がいることが嬉しくて。

 そんな人を、危険な目に遭わせたくないのだ。誰だって当然なことだと思う。

 好きな人がいる。その人を危険な目に遭わせたくない。そう言う気持ちは、誰にだってあると思う。

 だから、俺はそれを実行したい。俺も今同じ状況に置かれているから。


 そして、近藤以外からも「ありがとう」と言ってもらえる日が来るのかもしれない。

 俺はそう感じた。だけど、いつ実行に移すかは、それは迷うばかりだった。

 

 後ろを振り向いた瞬間? いや、走り出した所で気付かれて終わりだろう。あぁ、ハサミを神楽の横に置いておくんじゃなかった。手元にあったら、渡辺が銃を発砲するより先に、背中にハサミを突き立てられたからだ。

 そして、俺は渡辺をブッ殺し、校門を開け、皆が警察に通報し、四人+一人の死体は、成仏される……という設定を考え込んでいたが、いやはや、今はそうはいかないらしい。


「しかし、皆さん逃げ足が速いですねぇ。……五人も脱落者が出てしまったようですが」


 は? 五人?

 嘘だ、ってことは、俺達が知らない間に、もう一人死んでしまったということか。


「可哀想に」

 それ以上は何も言わなかった。そして、暗闇に消えていく。

「は? ふざけんなよ」

 人を五人も殺して、何て平気な顔をしているんだ。いくら俺でも、流石に理解はし難い。

「自殺をするだなんて、相当ショックだったんでしょうね」


 え? 自殺?

 ちょっと待てよ、自殺って何だよ、どういうことだよっ。


 渡辺が向こうの暗闇に消えていくのを確認しながら、俺は校長室で人が死んでいるのかと思い、校長室に足を踏み入れた。


 そして、そこに広がる光景に、愕然とした。



 大田太雅が、死んでいた。



 頭には、ぽっかりと空いた丸い穴がある。拳銃で頭を撃ち抜かれたのは間違いなかった。

 え? 大田太雅が自殺したということか?

 じゃあ何で拳銃で頭を撃ち抜いてんだよ。あいつ拳銃なんて所持していたのか。おいおい聞いてないぞ。それよりかは、もしかして渡辺の拳銃を借りて、自分で頭を撃ち抜いたっていうのか。

 何なんだよ。勝手に死んで、ふざけんじゃねぇよ、大田。


 何で死んだ。何で死んだんだよ。

 俺が、犠牲者を出したくないと言った矢先に死ぬなんて、まるで見計らったかのような、フラグじゃないか。それとも、俺が犠牲者を出したくないと言う前から、大田は死んでいたのではないのだろうか。


 しかし、何故大田は自殺なんかした。

 いや、もしかしたら、自殺じゃないのかもしれない。渡辺がわざと嘘を言って、自分は大田を殺していないとでも、言うつもりだったのだろうか。

 そうなのかどうか、微妙なところだ。



「おやおやぁ、やっぱり来ましたか? 内村一樹」

「!?」


 一番今聞きたくない声が、背後から聞こえた。

 振り向くと、そこには、拳銃を俺に向けた渡辺が、いた。


「渡辺……」

「先生を呼び捨てとは心外ですね。……そこに転がる雑魚の死体が、まだ現実のものと理解は出来ないのですか」

 はぁ?

 何言ってんだ、このサイコパス教師は。

 自分の教え子を、雑魚、だって? しかもそれだけじゃない、こいつは四人(もしくは五人)を殺しているというのに、平然とした顔をして、また一人人を殺そうとしてる。しかも、その相手は、他でもない、俺だ。


「雑魚だって? お前、大田に向かって、そんな口利くのかよ」

「内村一樹、君こそ、教師に向かってそんな口を利くと言うのですか」

「あぁ利くさ。だって、そうするしかねぇだろ? 調子者の大田も、優等生の神楽も死んでしまった。受験経験のある上原だって、あのギャルの田中も、女子リーダーの天海だって死んでしまったんだ。……そんな良い奴らを殺したのは、他でもない、渡辺碧。あんただ。

 まさか教え子を殺すだなんて、俺も思ってなくてな」

 髪の毛をワシャワシャと掻く渡辺。月明かりに照らされて、色素の薄い髪がさらさらと元に戻る。

 女の子らしい髪の毛。近藤と髪質は同じものだろう。なのに、性格はこんなに違う。人に感謝の心を持つ近藤と、人を無差別に殺したがる渡辺。六年三組は人権をないがしろにされて、既に五人、命を奪われている。大田だって、被害者の一人だ。


「大田太雅は、自ら死を選びましたよ。つまり、大田太雅は自殺したんです」


 渡辺は、とっておきの秘密を話すようにして、唇に右手の人差し指を押しあてた。片手には、拳銃の銃口が、しっかりと俺を見据えている。

「……それ、さっき言ってただろうが」

「おや、聞いていたんですか。さっきの独り言。なら、話は早いですね」

 渡辺は、一瞬目を見開き、それからクスリと笑いながら、「そうです」と話し始めた。


「大田太雅は、神楽藍花が僕に殺されたのを知り、ここで自ら命を絶とうとしました」

「は?」


 そこで神楽登場。思わずの登場に、天国の神楽もびっくりだろう。

「何でそこで神楽が出てくんだよ?」


「彼は、神楽藍花が好きだったようです。……想い人であり、初恋の少女が死んでしまった。……なら、もう一そのことここで命を絶ってしまおう。そう考えたようですね」


「はぁ?」

 俺は、またもため息をついてしまう。まさかここで恋愛事情登場かよ。天国の神楽はどう思っているだろうか。

 何が面白いのか、渡辺はククッと笑いながら、言った。

「そのとき、ちょうど僕と、鉢合わせをしてしまいましてね。……そして、彼は校長室に逃げ込みました。そして、校長の大切な花瓶を割って、こう叫びました。

『神楽を六年三組にしたから、神楽はこんな狂ったゲームに巻き込まれて、そして死んじゃったんだ! 全て、お前、ハゲのせいだ! お前こそこのゲームに巻き込まれれば良かったんだ!』ってね。

 いつもの彼からは、想像もつかない暴挙でしたよ。そして、また叫んだんです。

『神楽が死んでしまったなら、俺は生きる意味なんてない。俺を殺せ!』って。

 まだ殺すわけにもいかないじゃないですか。だって、自分から死を選んでしまうだなんて、何と情けなく、格好悪い」


「てめぇが言うかよ!」

 俺は叫んだ。

 ふざけんな。今の話を聞いていれば、全くもっておかしいことだらけだ。

 大田の神楽への想いが、バタフライエフェクトのように、巡り巡って、校長が神楽を六年三組にしたことに、怒りを覚えた。

 そこら辺は、俺も理解できないことはないのかもしれない。

 でも、その先の、渡辺の言葉。

「自分から死を選んでしまうだなんて、何と情けなく、格好悪い」という、その言葉に、俺は怒りを覚えた。


 何が情けないだ。何が格好悪いだ。俺は、大田が選んだ道が、何故だかすごく格好良く見える。

 

 そんなことを思ったら、いよいよ頭がおかしいと思われてしまうだろうか。

 ううん、でも、それでもいい。


「そしたら、彼、何をやったと思います?」

「大体予想がつく」


 俺は強気でそう言ってやった。嘘、本当は全然分からない。

 もうこいつの、惨たらしい裏の顔を、見たくなかった。だから、渡辺の口を塞ぎたかった。

 死しても尚、何故か潔い大田。そんな奴が、神楽を、校長を憎むほど想っていただなんて、信じられなくて。校長の大事な物を壊しても尚、神楽を想う姿勢が、少しだけ、怖かった。


「僕の拳銃を奪い取り、自分の前頭葉に撃ち付けたんですよ」

 あぁ、そうなんだ。

 やめてくれよ、とは思わなかった。

 何故だか、威勢がすぅっ……となくなってしまったのだ。

 大田の神楽を想う気持ちは分かった。そして、神楽がいない世界は意味がない、と、軽々しく命を絶ってしまうような奴なのだ。恐らく、大田は神楽に飢えていた。

 そうだそうだ。そんな奴なのだ。大田は。

 もう良いよ。大田、そんな無理して、神楽を想わなくていいから。


「大田太雅は、潔かった。神楽藍花の死後、自分の生きる意味はないとまるで馬鹿らしい見当違いをしていたらしくてね。……彼は、僕の拳銃を奪い取り、自殺をしました。

 それでも、格好悪い。過度な勘違いをし、自分が他の人にどれほど必要とされているか知ろうともせずに、自ら命を絶った。格好悪いと思いませんか?」

「……大田は、格好悪くはねぇよ」

「……あぁ、君はそういう人でしたか」

 大田は格好悪くなんかない。むしろ、格好悪いのは渡辺だ。

 教え子を殺し、沢山の葛藤を抱えて、人生に絶望し、暗い道を数時間で辿っていった、そんな奴を情けないと罵る理由が、どこにあるだろうか。お前のせいで神楽は死んだと言うのに。お前のせいで大田は自殺したと言うのに。

 むくむくと、俺の中に黒い感情が巻き起こる。そして、パンドラボックスのように、渡辺の悪口が、噴水のように噴き出した。

 あぁ、いっつも春日ってこんな気持ちなのかな。下らないことを考えながら、俺は呟いた。



「てめぇなんか、死んだ方が良い」

 

 

 ぽろっと出てしまった一言。



 それが、俺の人生最後の言葉だったことは、頭の中で、どこかで予想していた。



 それを発した直後。


 渡辺の、屈辱と哀れみの入り混じった顔。

 悲しげで、切なそうな瞳。

 そして、渡辺は、こう言った。



「なるほど……。君もまた、犠牲者になってしまうわけだ」



 最後に、俺に向かって微笑みを投げかけると、ゆっくりと、拳銃の引き金を引いた。

 あぁ、分かっていた。こんなこと、頭のどこかで分かっていたんだ。

 だから、俺は「死ねよ」なんて言ってしまったのかもしれない。

 

 でも、最後に。

 最後に近藤だけには、俺の気持ち、伝えたかった。

 でも、しょうがないか。

 これも、俺が招いたことなのかもしれない。


 狙う場所は、きっと、頭だったに違いない。

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