殺人ゲームのその後の話。 後編
結局坊主頭が仕切ったパーティが終わった後、俺は『天才カルテット』の四人と、スマホの連絡先を交換した。
LINEとメールと、電話番号。三人ともスマホを持っていただなんて、少しばかり驚きだ。名門中学を目指すならスマホは買わない、と持たされそうになかった人だと思ったが、何だ、管理できているんだ。三人とも。
LINEのグループ名は、『天才カルテット(仮)』。周りに流された的な感じなのか、とは聞けず。
俺自身、LINEというものは初めてで、アプリは一応入っているってだけだった。とりあえず無料のLINEスタンプをダウンロードし、早速それを使い、「宜しくお願いします」と打ち込んだ。
既にグループが始まった時から、ハイテンションの然闇さんが、「『天才カルテット』の一員のさくらでーす! 宜しくお願いしまーす!」と絵文字付きで送ってきた。俺の知らないキャラクターのスタンプをぽんぽん送ってくる。名前は「さくらんぼ」。然闇さんに似て、プリティーな名前だな、と思った。髪型えげつないけど。あとアイコンが盛った自撮りだけど。
続いて結崎さんが「宜しくお願いします」と送ってくる。名前は「シオリ」。うん、本名を打ち込むわけでもなければ、平仮名を打ち込むわけでもない。しかもアイコンはネットから引っ張ってきたのか、東京スカイツリーの夜景だ。うーん、お洒落。
それに対して俺は、まだアイコンすらまともにいじくってないから、「一誠」という変わり映えのない名前に、初期の人型アイコンのままだ。
SNS系のスマホアプリは、インストールしてあるってだけで一度もいじくったことがない。大人にとっては、最早生活と欠け離せない存在になっていると聞くが、俺達の年代だと、会って会話が普通だから、正直言ってあまり必要ない。
最後に送ってきたのは絵糸さん。「お願いします」と簡潔な一言だけ。スタンプも何も送らず、アイコンも俺と同じ人型アイコン、名前も「えいと」だった。
すぐに絵糸さんにも既読がつき、「さくらんぼ」から「もーちょっと」「はしゃいでこうよー」と送られてくる。
「シオリ」は、「然闇さん」「片桐君のペースが」「あるかもしれないし」となだめる。
「えー」「でもー」と「さくらんぼ」は駄々をこねる。
「絵糸君」「いつも無口で」「全然喋らないからー」「少しは」「ここで」「はっちゃけてよーって」「思ってー」
伸ばし棒。絵文字、スタンプ。
それらを一気に多用してくる「さくらんぼ」に、俺は少しだけイラッ、と来る。
ってか、そうなんだ。絵糸さんって、コミュ力ある人なんだな、と思ったけれど、全然喋らないんだ。
「てゆーか」「明日皆で集まらない?」
然闇さんからの、突然の号令。
突然の反応に、「シオリ」もびっくりしたらしく、「何で?」とスタンプが送られてくる。「さくらんぼ」が使っている露骨に可愛いスタンプではなく、シンプルにセンスが良いな、と思えるスタンプを使っている。うーん、ここにもセンスの差っていうのが現れるんだな。
「いいと思う人ー」
「さくらんぼ」の強制的な進めにより、「シオリ」がOKを出した。俺も、と思ったところで、「明日サッカーじゃん!」と思いだし、「ごめん」と送ろうとした。
が。
そうだ。心が丘のサッカーチームに、俺は、所属していないんだ。
今度は藤咲中のサッカーチームに入るんだった。
だから、明日は空いている。
あーあ。俺ったら、何ていう勘違いをしてしまったんだ。
いくら六年三組が恋しいからって、こんな勘違いすることって、ないのに。
俺も「いいですよー」と送ったところで、絵糸さんからも「OK」と簡潔な返事が来た。
「じゃあ明日」「藤咲中の近くの」「公園に」「集合!」
「さくらんぼ」から連絡が入る。
……藤咲中近くの公園って、どこだ?
そう思って、サイトで調べる。
◆◇
藤咲中の近くの公園、藤牡丹公園に、俺達四人は集まっていた。
もうかなり暖かくなったため、結崎さんも、以前のような赤紫のコートを着てこなくなった。代わりに白黒ボーダーTシャツに、サスペンダーつきの黒いミニスカートに、猫のニーハイソックス。編みこみに小さなリボンをつけている。
うーん、やっぱり可愛らしい。
ってか、女子力の天才だと言われた然闇さんも、結崎さんに負けているんじゃないか?
……まぁ、結崎さんは、近辺ではトップの児童数を誇る心が丘小学校でも、見たことがないくらいの美人なんだから、女子からは嫉妬とか湧き上がると思う。でもぶりっ子でもなければ、人の悪口などを言う人でもない。
そんな人だから、俺の第一印象というものは、何となく良い感じだった。
「はーい! 折角集まったんだから、「天才カルテット」の計画立てましょうよ!」
冬坂さんは今日もツインテールを丸く巻いているのかと思ったら、お団子にしてあった。そこに小さなリボンをつけていて、小さな編みこみが幾重にもある。白のブラウスにハイウエスト……? と言われるスカートを履いている。しかもスカートの裾にレースが沢山ついている。見えている足は靴下で隠れているものの白く細い。
うん、やっぱり女子力高いな。冬坂さん。「さくらんぼ」なんてつけている辺り。
だが、その冬坂さんの言うことは、少々、いやかなりぶっ飛んでいるらしい。
「計画って、何の?」
結崎さんもきょとんとしている。
「決まってるじゃないの! 「天才カルテット」の活動計画を立てるのよ! 藤咲中の栄えある生活のために、この段階から良い生活をしようと思って!」
……何言ってるんだこいつ。可愛いから許されるかもしれないけれど。
またイラッとする。幼馴染みなら何か言ってやれよ、と絵糸さんを見やるが、そうだ、絵糸さんはあまり喋らないんだった。
上原に似た絵糸さんを見てると、何だか妙な懐かしさを感じる。
……もう二度と上原に会うことはないんだと思うと、戻れない過去っていうものがやはりあるんだと思い知らされる。
「まずはぁ、名前呼びをしよう!? 二人とも、堅苦しいよ~。ウチのことは、然闇とか、然闇ちゃんって呼んで!? で、絵糸君のことは、絵糸君か、絵糸って呼ぶの! 紫織ちゃんは紫織ちゃんか紫織、もしくはシオリン、一誠君のことは、一誠君か一誠って感じ!」
……強制的に決められている。
絵糸さん……絵糸の方を見ると、もう手遅れだ、という表情をしていた。うん、俺もそう思う。
まぁ、女子力溢れているからモテるはモテると思うけど、やっぱどうしても納得いかない。こいつがリーダーみたいになってんじゃん。
「天才カルテット」、半年も経たないうちに、ぶっ壊れそうな予感がしてきた。
……ってか、そんな予感しかしない。
「……ねぇ、「天才カルテット」って、それで本当に決定なの?」
結崎さん……紫織が、険しい顔つきで然闇さん……然闇を見つめる。
「もっと、別のやつとか……」
紫織のお願いに、然闇は「うーん」と首を捻る。
「じゃあ、「天才」とよく似た、「カリスマ」で、「カリスマカルテット」ってのは!?」
しばらく間を置いて、紫織も、それなら、と納得していた。絵糸は極力喋らないから、返事もただ頷くだけだった。
……いや、でも、俺! 俺!
「カリスマカルテット」!? 却下も却下! 却下に決まってんだろ! 何故最悪の思い出を掘り返すようなネーミングで、三年間……いやもっと長い期間、過ごさなきゃならないんだ!?
「だ、駄目!」
思いっきり反論した俺に、然闇は「何で?」と首を捻る。
「……だ、だって、カリスマ……って、あの、その……」
「カリスマって、何だか良い響きじゃない! 何でも出来ちゃうって感じがするし!」
然闇はまた頬を膨らませる。癖かよ。
「もー! 折角シゲ君が提案してくれた「天才カルテット」を否定するなんて、一誠君、天才として終わってるよーもー!」
あの坊主頭、シゲって言うのか。うん、何だか似合っている。
「……じゃあもう、「天才カルテット」でいいわよ」
しぶしぶといった様子で紫織が頷く。
恐らく紫織は、何かを察したのだろう。俺にも、「カリスマ三人組」にまつわる、何かがあったということを。
それに気付いて、紫織は自分の思い出が残る選択を選んでくれた。
俺なんかのために。
「よしっ、じゃ、シゲ君の考えた「天才カルテット」で、決定ね!」
以後、俺達は「天才カルテット」と名乗っていくことになるのだ。
◆◇
あれから数日経ち、学校にも行かず、ゴロゴロしていた俺の元に、何故か絵糸から電話が来た。スマホの画面に「絵糸」と表示される。三人とも学校に行っているから、この時間に連絡が来ること自体稀だった。
しかも絵糸は中々喋らない。必要最低限のことしか喋らず、いつも俺にかかってくる電話は家族だけ、LINEでは殆ど「さくらんぼ」の独壇場、「シオリ」と俺が聞き役に徹し、絵糸はLINEを見てすらいないのか、「さくらんぼ」や「シオリ」の既読は、いつまでも「二」のままだった。
だから、そんな絵糸から電話がかかってくるなんて、珍しいの一言だった。
「……絵糸? どした? 今水曜の一時だけど」
『ちょっと体調が悪くて、学校早退してきた。今日、地元の中学校見学だし、行く意味なくて』
何それ嫌味か。俺も同じ中学行くんだけどさ。
制服採寸も、藤咲中の合格お祝いの入学説明会に組み込まれた。俺は身長が少しだけ平均より高い割に、かなり細い。男ならもっと筋肉ぐらいついてもいいはずなんだけどな。
「おぅ。それで、どうした?」
『……実は、LINEや然闇達の前で言えない話があって』
何だ、男同士の話か。それなら聞くけれど。
でも、「天才カルテット」という、一応簡単な絆で繋がれたグループにも言えない話って、何だろう。
『その……。殺人ゲームって、やっぱり、夕月さんも、死んだん……だよな?』
俺は頷く。そして、電話越しで頷いても分からないということを思い出し、「あぁ」と声に出す。
……また思い出した。
死んでいくクラスメイト。大切な人の、友人。
必死にもがき叫んでいた、あの、四人。
絵糸が何故夕月のことを聞いていたのか、それはあえて触れないでおく。
「……おぅ、死んじゃったよ」
『殺人ゲーム中、夕月さん、俺のこと、何か言ってた?』
「別に言っていないけど」
もう、これ察す以外の何物でもないだろう。
絵糸、夕月が好きだったんだ。
今この場に絵糸がいなくてよかった。俺今めちゃめちゃニヤニヤしてたもん。
へぇ、へぇ、夕月のことを好きだったんだ。絵糸って。まぁ確かにおしとやかって感じがするし、雰囲気がもう大切にされてきたって感じだもんな。
「ふ……ふへ……」
『夕月さん、心が丘住んでるじゃんって気付いて、ショック受けたし』
俺が変な声を出していることに気付くのかどうか分からないが、絵糸は電話越しで、モジモジとしているようだった。
『……その、夕月さん、死んじゃった、し。どうして、殺人ゲームなんかに巻き込まれるのかって、分からなくて』
絵糸、いつもより変にカタコトしているな、言葉が。
やっぱり、夕月のことが好きなんだ、と感じた。
「夕月のこと、好きだったんだろ? 生前に、告白しとけばよかったな」
しみじみとした言い方をしたつもりだったが、絵糸は、『そんな言い方、あるかよ』と声を荒らげた。
『一誠だって、好きな人、六年三組にいただろ? その人に告白できなくて、泣いてたんじゃないか』
「なっ」
こいつ、意外と攻撃的なんだな。男にはこういう風な感じなんだな。絵糸は。それとも、攻撃的なのを、隠しているだけなのかな。
確かに俺だって、何で有村に告白しなかったのかと悔やむ時は今だってある。
でも密かに、あれ? と思うことがある。
何だか、有村のことを思い出しても、胸が痛くなることが、さほどなくなったのだ。
何故そうなるのか確認も出来ないまま、俺はため息をつく。
「……もういい。切る」
俺は少々怒りを抑えるために、電話を即、切る。
何だこいつ。俺、そんな気に障ること言ったっけ。怒りの沸点が浅いだけなのか。
まぁいいや。そんなことより、入学説明会に配られた資料読まないとな。
◆◇
俺が寝ようとしている頃、急に然闇から電話がかかってきた。
「……はい?」
『ねぇ、今日絵糸君の家に遊びに行ったら、絵糸君すっごく不機嫌だったんだよ。何か聞いたら「天才カルテット」をやめるとか、もう一誠とは顔も合わせたくないとか言ってるの。喧嘩したのかなって思って、今、聞いてるの』
然闇と絵糸、流石は幼馴染みなだけはある。年頃の男子の家に遊びに行く女子なんているのか。この世に。
「……あいつの怒りの沸点が浅いだけ」
『絵糸君、クールでSっ気たっぷりで、すっごくカッコいいんだよ?』
「お前にはそう見えるかもしれないけれど、絵糸は攻撃的だ。……あいつが「天才カルテット」やめるなら、それでいいよ」
自分でもぶっきらぼうな言い方なのは、充分分かる。
絵糸は然闇の幼馴染みで、絵糸の良いところも悪いところも、沢山見てきたのは分かっている。
でも、俺だって人だ。いくら殺人ゲームを生き残っても、それで心が広くなった訳じゃない。
『一誠君には、分からないと思うけどさ』
突然、然闇がぶすっとした声を発する。
『絵糸君、ずっと格好良くて、ウチの憧れの幼馴染みで……ずっとずっと、近くで見てきたの。だから、絵糸君が何で傷付くか、何で喜ぶか、ウチにはよく分かるの。今回は、一誠君のことで、絵糸君が傷付いてるの。
だから、絵糸君と仲直りしてよ。「天才カルテット」、なくなっちゃうよ? シオリンも乗り気じゃなかったし。一誠君と絵糸君が仲が悪くて、喧嘩ばっかりで「天才カルテット」抜けちゃったら、ウチ一人だけになっちゃう。そしたら、ウチら、もう話すことなんて出来ないよ?』
……はぁ。
紫織も絵糸も乗り気じゃないなら、もう解散で良いじゃないか。何で「天才カルテット」に執着するのか。結局は自分の自己満足だろうが。
「俺がどうしようが、絵糸の機嫌なんてしったこっちゃねぇし」
『なっ』
電話の向こうから、息の詰まる音が聞こえてくる。
『そんなこと言って、いいの? 絵糸君みたいなすっごく格好良い人と、もう話せなくなっちゃうよ!?』
「あっそ、別にいいじゃん」
確信した。然闇、絵糸が好きだな。
幼馴染みって聞いた瞬間から、そんな予感がしていたけれど。
しばらく沈黙が続いた後、「もう!」と叫び声をあげたのは然闇だった。
『もう、いいから! 一誠君も絵糸君もそんな態度なら、ウチがごり押しで仲直りさせるから!』
ぷつっと切れる電話。あーあ。
何でこの幼馴染み組は二人も揃って、これほどまでに面倒くさい性格をしているのだろうか。
絵糸は死んでしまった夕月を未だに好きでいるし、然闇も絵糸に想いを寄せていて。
面倒くさい恋をしているし、こうやってすぐ自分で決めるような、面倒くさい性格をしている。
こんなお邪魔虫みたいな奴らと一緒に行動しているぐらいなら、一人でいる方がマシだ。
……でも。
紫織とは、一緒にいたいかも。
紫織とだったら、刺激的な生活を送れそうな予感がする。
そんな予感がしていた「だけ」だったということも知らずに。
◆◇
絵糸が、LINE内で「ごめん、一誠」と謝ってくれた。
一体幼馴染みである「さくらんぼ」がどういう説得をしてくれたのか分からないが、とりあえず感謝は感謝だ。
俺が満足げに「いえいえ、こちらこそ」「勝手に怒って」「ごめんなさい」と送る。
すると、何というタイミングだろうか、絵糸が電話をかけてきたのだ。
『もしもし、一誠か?』
「おう、一誠だ。……絵糸、サンキュな」
『うん』
絵糸は相変わらずぶっきらぼうだ。まぁ、そういうところが良いんだろうけど。
……しかしこいつ、すごく声が格好良い。然闇が「カッコいい」と言っていた理由も分かる気がする。ハスキーボイスというか、想樹とはまた違う、綺麗な声というか。
イケボ、と言うべきか。
こいつ本当に六年生、新中一かよ、と疑いたくなる。声だけ聞いていたら大人だし、しかも良い声の育ち方してるし。
天才カルテット、男子唯一の大人だ。俺はいつでもサッカーやってるし、ガキっぽいし。
……きっと有村だって、俺より断然絵糸派だろう。
あぁ、でも、何か。
最近、有村のことを想像しても、胸がドキドキしないし、本当に有村のことを好きなのかどうなのか、分からなくなってきたのだ。
もちろん、有村のことは大切だ。サッカーに触れている女子だし、真面目だし、六年三組のことを考えてくれたりしたのは、神楽かもしれないけれど、有村もちゃんと考えてくれている。
大切なんだけど、「好き」というのとは違うような気がする。
心の中にいつまでも留めておきたい、六年三組にずっといてほしい、そんな人。
だから、今は、「好き」じゃない気がする。
「好き」じゃなくて、サッカーやっている俺を、分かってくれる人とか。そんな感じだと思う。もちろんサッカー部には女子だっているけど、そいつらは俺のことを一人のチームメイトとして接してくれてるだけだから、「一誠、すごい」と憧れの視線を向けてくれているわけじゃなかった。
でも有村は、向けてくれた。
有村の、「スポーツの良きお手本」みたいな感じで、頑張ろうって意気込みだったんだ。
うん。有村は、「好き」ではない。「有村の理想の、本田一誠でいることが幸せだった」ってことが、俺の本当の気持ちだったんだ。
「……夕月のこと、まだ根に持ってる?」
俺は絵糸にそう呼びかけた。すると向こうから、不機嫌そうな声が返ってくる。
『根に持ってるって何だ。心に残ってるって言い方にしろよ。それだと、俺が夕月さんに何かされたみたいな感じになるだろ』
確かに。
「……で、夕月のこと、何で好きになったの?」
そこで俺は、一気に路線を変えて、恋愛を掘り下げていくことにした。
『……何でそれ、一誠に言わなきゃいけないんだよ』
「えー、だって俺の方が、よく夕月のこと分かってるし。夕月のどこ好きになったのかって、教えてくれよー」
電話越しからうっと何かを呑みこむ音がした。
よし、俺は、有村のこと、ずっと黙っていよう。
然闇にはもちろん、絵糸にも、ずっと。
そして、紫織にも。
『……まず、個別指導塾で同じ先生に担当してもらったってことだろ?』
「あれ? そうなの?」
俺はグループ指導の塾に以前通っていたから、個別指導というものはよく分からなかったけれど、「個別」指導と言うのだから、複数の生徒を担当してもらうってことは、ちょっとおかしいんじゃないか?
『俺の通ってた個別指導は、大体二人一組で成り立ってた。他の塾もそんなもんだろ。個別指導と言っておきながら、一人で二人の生徒を担当するなんてこと、結構あると思うが』
へぇ、そうなんだ。何だか一つ、不思議を解いた気分になる。
『その時から、夕月さんの持ち物がちょくちょくなくなってた。俺も、知らない他校の生徒だったんだが、妙に気にかかってな。夕月さんが「貸してください」って言ってくるもんだから、俺も頷いちゃって』
段々絵糸の声が高くなっている。思い出しているな。
『で、そのなくなっているシャーペンやら消しゴムやらは、何故か毎回授業が終わるたびに返ってきてな。絵糸君、貸してくれてありがとう。ごめんね、なんて言うからさ、……ついつい、気になっちゃって……』
あー。そういう感じするよな。夕月って。学校でのキャラがそのまま塾にまで押し通されてる感じ。
『……俺が貸していたが最後、授業が終わって夕月さんがバッグを開けたら、筆箱自体が粉々になって入っていたんだ』
は?
ほんわかした絵糸の恋から、まさかの急展開。プロ野球選手が投げた球が胃に当たったような感覚。
「え、ちょっと待って、急展開すぎない? 何で夕月の筆箱粉々になってたの?」
『……そして夕月さんは、逃げるようにして塾を去って、そして二度と塾に来なくなったんだ』
おい待て無視すんな、と言おうと思ったが、夕月が逃げ出して、塾を辞めたのか。
それほど、筆箱壊されたのがショックだったんだろうな。うーん、お人好しで繊細な心を持った夕月らしい。
でも、そっか。
夕月達、「カリスマ三人組」も、死んでしまったのか。
何だかんだ言ってあの三人も良い奴だった。……遠藤? ……まぁ、あいつも馬鹿だったけど、良い奴だったよ。
もう絵糸の好きな人である夕月と学校で話すことも出来ない。
今更六年三組が消えた事実が押し寄せてくる。一瞬泣きそうになるが、そんなことを気にしている暇などない。
『まだ、話はこれからなんだ』
俺は密かに息をのむ。
『シャーペン盗んだり、挙句の果てに筆箱ぶっ壊した奴が、冬坂然闇なんだ』
…………。
まさかの事実。
然闇、そんなことしてたのかよ。
あんな裏表なさそうな表情でぶりっ子しやがって、本当は俺のクラスメイトいじめてたのかよ。
途端にLINEではしゃぐ「さくらんぼ」が悪魔にしか思えなくなってきた。
『然闇は、俺が問い詰めても「何のこと?」ってすっとぼけやがった。ふざけんなって感じだよ。俺がどんなに夕月さんがいなくなって寂しい思いをしたか知らないで……って思った。口には出さなかったけど』
何だか、然闇と一緒に「天才カルテット」をしていることが不安になってきた。何故俺達は、人の筆箱を粉々にして、挙句の果て謝らずに知らんぷりする、髪型えげつないぶりっ子とLINEをすることが出来たのだろう。
『だから正直、もう然闇から離れたいって思った。自分に安らぎを与えてくれる存在をなくした然闇が、正直本当に嫌だし、幼馴染みって関係も辞めたかったし、あいつに「一誠君と仲直りして」って言われた時は、何でお前に説得されなきゃならないんだって思った。……信じられるか? あいつ、夕月さんが塾を辞めたって分かった途端に、俺に「絵糸君」だのまとわりついてきたんだぜ』
……何と言うか、すごく、衝撃的だ。
どうして然闇は、夕月をいじめることが出来たのだろう。
然闇は小さい頃から、ずっと絵糸のことを好きだったんだろうな、と、誰でも痛いほど分かる。けれど、夕月を陥れるほど、絵糸のことが好きだったんだろうか。
『もう然闇のことは信じられないって思って、一誠に話した。……そこで、俺、ちょっと思ったんだ』
ってことは絵糸、俺のこと信じてくれたんだ。
地味に感動しながら、俺は「何だ?」と尋ねてみる。
『これからは、一誠と紫織と行動したい。表では「天才カルテット」として行動するけど……一誠達と一緒にいたい。その方が、俺、過ごしやすいから』
俺は、「あぁ、分かった」と頷き、「じゃあな」と通話を終了させた。
そして、紫織に電話をかける。
これから、藤咲中の生活が始まる。
部活なんてものは山のようにあり、実績があるし、どの部も必ず何かの賞は受賞しているというスーパー中学校。
食事会で、これほどまでに親しくなれ、「天才カルテット」として活動していくことになった。そして紫織とは、受験番号を隣同士で確認していたという偶然。
そんな偶然が生んだ奇跡に感謝したいと思っていた。
でも、あの事件が起こって、こんな偶然、なかった方が良かったんじゃないかって、思うようになっていた。
はい、最終回です。
今まで本当に、クレイジー・スクールを読んでくださり、有り難うございます。
毎週水曜二十時更新とか言っておきながら、木曜、金曜、更には土曜と、長続きさせてしまい、読者の方々に「けふまろはクソ」というイメージを徹底的に植え付けてしまったクレイジー・スクールですが、この作品、本当にとっても思い入れがあります。
特に卒業してしまった小学校を思い出すときとか、これを読むと懐かしくなれます。廃校になったわけではないけれど。それでも私の知り合いや友達をモデルに度々登場させたので、本当に思い出です。
そしてクールホーク様は年内に完結したというのに、私のクレイジー・スクールはずるずると新年度まで引きずってしまった事実。
しかも私自身、一誠達と同じように中学校に上がってしまうので、これからのペースが更に遅くなります。けふまろ=カタツムリと誰かに言われそうな気がします。
クールホーク様のクレイジー・スクールの方が、サクサク進んで読みやすいので、是非読んでみてください。
最後になりましたが、今まで読んでくださり、有り難うございます。誤字脱字も多く、何度も「変換間違ってる」と思われたかもしれませんが、すみません。
第二部の方も読んでいただければな、と思います。
クレイジー・スクール第二部、中学校が落ち着いてきてから投稿したいと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




