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出席番号二番 有村夏実

 担任の渡辺先生が、『六年三組殺人ゲーム』とクラスの皆に言い放った途端に、私は背筋に凍てついた物が走ったのを感じた。

 既に春日君が殺されていたから、というのもあったのかもしれない。だがもっと別のところで、私は今までにないくらいの寒気を感じていた。


 ◆◇


 遠い遠い記憶。私が一年生だった頃の、十二月二十四日。

 そのとき、私はまだ眼鏡をかけていなかった。三つ編みでもなかったし、暗い性格でもなかった。

 一年生のちょうどクリスマスの頃。そのときに目が悪くなってしまったから、「可愛い眼鏡をください」とサンタさんにお願いして、クッキーも、牛乳も、用意しておいた。


 翌日。可愛い眼鏡が届いたから、早速つけて、「どう? 似合う?」と家族に自慢しようと思っていた。だけど、そのとき私は終業式で、眼鏡を付けるのは、帰ってきてからになってしまった。

 両親は、有給をとって家にいる。弟がいた。夏樹(なつき)という、小さくて可愛い弟だった。三歳離れていて、四年生になったら学校に入ってくるのかな、と思っていた。

 二人兄弟になっても、私の家はそこそこ裕福だったから、洋服も沢山買ってもらえたし、欲しいと言えば何でも買ってもらえた。それでも私は眼鏡を買ってもらえなかった。クリスマスに念願の眼鏡をもらった私は、早く帰りたい気持ち一心で、終業式を迎えたものだ。


 お父さんは、冬にぴったりの美味しいチョコレートを、お母さんは温かいシチューを作ってくれるという約束をしてくれた。料理が得意な両親は、私の密かな自慢だった。友達の琴音ちゃんが遊びに来たとき、お母さんがシチューを作ってくれた。美味しい、と、喜んでいた琴音ちゃんの顔が、私は今でも忘れられない。


 眼鏡と料理が待ち遠しくって、私は帰りの挨拶が終わると、琴音ちゃんに「先に帰ってるね!」と走り際に言って、ダッシュで帰宅したものだ。琴音ちゃんは、私の喜びようを朝から見ていたから、「うん。分かった」と頷いて、それっきり何も言ってはこなかった。



 だけど、私を待っていたのは、地獄だった。


 帰ってくると、急に鉄のような臭いが私の鼻を刺激した。鉄……? と不思議に思って、私はリビングに通じるドアを開けた。


 そこに、お父さんとお母さんが横たわっていた。

 その周りを描くように、赤色が広がっている。

「これから寒くなるだろ」とお父さんが奮発して買ってきてくれた高級なカーペットは、赤色に染まっていた。


 何が起きたのか、理解が遅れた。

 だけど、お母さんの背中に突き刺さった包丁で、大体は理解できてしまう。


「きゃああああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!」

 

 私は叫んで、尻もちをついた。

 最初に思ったのが気持ち悪い、だったのだから、なんて嫌な子供なんだろう、と今も思う。

「嘘、嘘、何で?」

 声が弾んで、裏返って、息も荒くて。それでも、目の前の光景は代わる様子もなく、ただ私の目の前に存在していた。

「お母さん……? お父さん……?」

 私はそっと尋ねていた。とんとん、と倒れているお父さんを叩いてみる。

「ねぇ、起きてよ」

 ぐらぐらと揺さぶっても、両親は起きてこなかった。

 今思い出すだけでも、胸がキリキリと痛む異様な光景は、小学一年生だった私にはさも衝撃的な光景だっただろう。

「ねぇ、ねぇってば」

 今は眼鏡なんてどうでも良かった。お父さんとお母さんに見せなければ、嬉しくなんかない。お父さんが作ってくれたチョコを食べたい。お母さんが作ってくれたシチューを食べたい。


「……っ」


 私は、スカートをギュッと握った。寒かったのに、いつの間にか汗ばんだスカート。汗ばんでいたのは、手の方だったか。あのときのことは思い出したくもなくて、でも、まずそもそもどっちが汗ばんでいたのか分からなくて。

 途方に暮れた私は、異臭に気付いた隣のおばさんが、チャイムを鳴らすまで、床に座り込んでいた。


 ◆◇


 あのときのことを思い出しただけで、胸が痛んで、チリチリと妙な音を立てる。

 そして、今もそうだった。

 

 三つ編みをギュッと握って、眼鏡を人差し指で押し立てる。

 私は、一年生の頃、買ってもらった眼鏡の進化板を持っていた。両親の形見だと自分で豪語して、自分で眼鏡屋さんをあちこち探して、それでやっと、似たような眼鏡を見付けた。それを買って、今でもつけている。細いピンクのフレームが、私に似合わないな、と思いながらも、それでも大好きだから、つけている。

 人間、似合う似合わないより、好き嫌いに左右されるんだな、と感じた。


 あの後、私と弟は伯父さんの元へ引き取られた。保育園にいた夏樹は、お父さんとお母さんが殺されたのを知らなくて、海外出張だと、誤魔化していた。

 でも、優しく朗らかな両親と一緒にいても、私の心は晴れない。そりゃあそうだ、と思っている片隅で、「失礼なんじゃないのか」と反対している自分もいる。

 苗字は変わらず、結局、琴音ちゃんや、奈名子さん、秋枝さんにだけ、教えていた。

 最近、琴音ちゃんは奈名子さんや秋枝さんとよく遊ぶようになってきていて、ちょっとだけ悔しいと思っている自分もいる。



 そして、今も三人で逃げているんだから。

 不思議でもなんでもない。彼女達は、才能があって、その才能がある人同士で集まるべきなんだ。きっとそうだ。

 自分を納得させようと思っても、納得させられなかった。一年から一緒の琴音ちゃん。大好きな琴音ちゃん。もし私が死ぬんだったら、最後に琴音ちゃんの顔を見たいのに。


 あぁ、駄目だ。

 悔しいって気持ちが勝っちゃう。そんな風に思っちゃう私も、また悔しくて。


 ◆◇


 三つ編みが、ゆらゆらと揺れる。

 今隠れているのは、六年二組の教室だった。

 掃除箱の中に隠れて、息を潜めている。


 殺人ゲームが始まって、もう二時間は経っただろうか。

 私は、先生に見付からないように、給食室まで足を運んだ。そこには、明日の分の給食があった。

 私は、牛乳を一つ拝借し、掃除箱の中に隠れた。給食室に行くのも緊張して、そこで三十分以上時間を使ってしまって、情けないなぁ、と私は今更思い出して、クスッと笑う。

 牛乳が腐ると困るので、私は掃除箱の空気穴で外の様子をしきりに確認し、ゴミ箱に空になった牛乳パックを捨てた。そこからもう随分時間が経っている。空気穴から時計をそっと見やると、もう六時になっていた。

 早いもので、辺りは暗闇に染まっていた。こんな時間まで学校に残るのは、生まれて初めてで、殺人ゲームに巻き込まれるのも、また、生まれて初めてだった。

 そして、私はそっと机を見やる。

 そこに、あの人の机があった。

 

 六年二組の中に、私は、好きな人がいる。だからここに隠れたと言ってもいいかもしれない。

 保健委員会書記の、浅野颯太(あさのそうた)

 成績優秀で、家はお金持ち。眼鏡をかけていて、優しくおっとりした物腰が、男子らしくなくて、良いな、と思っていた。

 男子らしくないと言えば、同じクラスの白井君もそうだけど。でもやっぱり同じ保健委員だから、接触する機会もあった。

 だから、どんどん惹かれていったと言ってもいいのかもしれない。


 でも、浅野君は、どうやら初恋の少女が忘れらないらしかった。

 保育園が一緒だった、狗流派喩菜(くるはゆな)という女の子。可愛くて優しい狗流派さんに、怪我したところを助けてもらったことがあると何度か話していた。

 何でも、その彼女は、日本一名門の大学、「(せい)ハスカ女子大」の付属小学校に合格してしまったから。

 聖ハスカは、この、心が丘小学校でも話題になっている、超有名な私立名門校だった。偏差値は詳しくはないが、学校一の秀才と噂される、上原遼平君が不合格になってしまうほどの、超が何個もつくような名門校だ。

 そんな学校に比べれば、私達の学校は下っ端のペーペーだと、上原君が話していた。心が丘と聖ハスカを比べないでいただきたい。あっちは超有名私立。こっちはどこにでもある市立の小学校。心が丘と聖ハスカが合同授業をするなんて、夢のまた夢ぐらい差がある。だから比べてもしょうがないのだ。


「おいっ、ここ、誰かいるか?」

「きゃっ?」


 思わず叫び声をあげてしまう。

「っと、何だ、有村か……」

「何ですか、本田君」

 本田一誠君は、この近隣の小学校でトップの座を誇るサッカーチームに所属している男の子だった。

 弟、夏樹の先輩であり、私のクラスメートでもある本田君は、いっつもサッカーのユニフォームを着ている。今日は、海外の有名なサッカーチームのユニフォームを着ていた。夏樹がテレビを見てサッカーを熱く語っているから、自然にその分野に詳しくなってしまったのだ。


「いや、……有村、大丈夫か?」

「大丈夫ではないですよ」

 俯くと、自分の履いている、赤紫色のスカートが目に飛び込んでくる。その下に履いていた黒のタイツは、埃で汚れてしまっていた。さては六年二組、まともに掃除していなかったのだろう。

「……まぁ、そうだよな、先生、頭おかしくなっちゃったもんな」

「はい。いつもはあんなに優しかったのに」

 俯きながら私は言う。いつの間にか、本田君が隣に来て、座っていた。

「……あ~あ、今日休めば良かったな~」

「そうですね……」

 

 殆ど会話することがなかった本田君と、結構ちゃんと話せている。あまり離さない地味な性格だし、いつも喋っているのは琴音ちゃん達ぐらいしかいないから、男子と話すのは結構久しぶりだった。


「実はな、俺、サッカーで膝怪我しちゃったの。で、しばらくサッカーは休んどけって親父に言われて。(あったま)来たよ、怪我したくらいじゃ俺はやめねぇって」

「サッカー、好きなんですね」

 私は相槌を打つ。

 そして、今、殺人ゲーム中なのだということに、気付いた。

 立ち上がって、カーテンの後ろにそっと隠れる。それに気付いた本田君は、ちょっと笑って、同じように私の隣に隠れた。

 肩がピタッとくっ付いて、私は少しだけ緊張してしまう。


「怪我つってもさ、全然大したことねぇの。ちょっと転んでさ、擦り傷だぜ? そんなの日常茶飯事だってのに、親父ときたらもう馬鹿じゃん」

 

 マイクのハウリングのような声が私の耳元で聞こえた。

「そんなんで俺がサッカー休もうと思うわけないじゃん? でもさ、こんなことになるんだったら、学校休んどければ良かったな~って」

 話題を急に変えて、そして急に笑って、そして話を勝手に終わらせて。

 無礼かもしれないし、律儀ではないかもしれない。それでも、本田君が急に良い人に思えてしまって、私も笑った。

「学校休んでさ、それで全員死んじゃったら、俺、先生見付けて、胸倉つかんで、「てめぇふざけんな、ブッ殺すぞ、お前!」って叫んでさ、そして、ぼっこぼこにして、はい終わり~。俺少年院にぶちこまれて、先生刑務所で終身刑。人生終わり~」

「あははっ」

 面白くって、笑ってしまう。何て、何て本田君は良い人なのだろう。私の緊張を解こうとしてるのか、わざとおどけたような口調で言う。それが更に面白かった。


「ありがとう、本田君。私、緊張が解けました」

 お礼を告げると、本田君は、「お~、そうでしたか~」とのけ反った。

 

 どんっ。


 急に、何かの音がした。


「あ~、クソむかつくっ、何なんだよ、神楽の野郎!」


 渡辺彩未さんの声だ。

「今のって」

「あ~、クソめんどくせぇ奴にご対面ってか」

 本田君は、頭をがしがしと掻いて、カーテンから抜け出した。


 その声は、どんどん近付いてくる。

 六年二組の教室のドアが、がらがら、と開き、右手にカッターを持った渡辺さんが姿を現した。


「どうした、渡辺」

「あ? 一誠、こんな所でどうしたの?」

「今、有村と隠れてたんだ。わりぃか?」

 本田君は呆れたように言った。

「はぁ? 有村って、あの眼鏡三つ編み? 今どこにいんの?」

 渡辺さんはちっと舌打ちをして、本田君に尋ねる。眼鏡三つ編み、に少しだけチクっときた。


「眼鏡三つ編みって、何だよ。……そんなこと言う奴に、有村の居場所は教えられないぜ?」

「何そのもったいぶった表情。……うざっ」

 また渡辺さんは舌打ちして、カッターの刃を出した。

 カチリ、カチリ、と音がして、「何してんだよ渡辺!」と本田君の呆れた声が聞こえた。

 続いて、「サー」と奇妙な音がした。


「こいつ、マジムカつくの。百合華(ゆりか)。いっつも学年中を引っ張って。藤川だっけ? あいつも嫌い。さっき、カッターであいつの机に「死ね」ってやってやったんだけど」

「だからってよぉ」

 呆れた声は、教室中に響いた。

 見ると、カッターで百合華という少女の机を彫っていた。彼女は、環境委員会の副委員長。六年になくてはならない、明るいリーダーだった。

「……っていうかさ、眼鏡三つ編み、あいつ遠藤と仲良いんでしょ?」

「……遠藤か? まぁ、仲良いだろうな、有村は」

 急に話題を吹っ掛けられたので、私はカーテンを開け放ち、頷いた。

 すると、本田君は「出てきちゃ駄目だろ~」という顔をしながら、渡辺さんに向き直った。

「だってさ。で、遠藤がどうかしたの?」

「どうもしないわよ。ただあいつが、気に食わないだけ。近藤と夕月三人揃って「カリスマ」なんて言われてるけどさ、ぶっちゃけどうもなくね? あいつらの演奏とか絵とか文とか、何が良いのか全然分かんないもん」

 渡辺さんは、うざったそうに言う。そこでちょっとムッとした私は、「人がどう思おうと勝手じゃないですか」と反論した。


「あぁ? 眼鏡三つ編み、親友馬鹿にされて、嫉妬ですかぁ? マジウケる」

「…………」

 私は言葉に詰まる。


「にしては~、四人で逃げてないじゃ~ん。裏切り~? それともそんなに仲良くなかったとか?」

 

「っ……」

 渡辺さんは、意地悪だ。

 嫌で嫌で、仕方なくって、私の脆い部分を、的確に狙って、ボコボコにしてくる。


「そんな、こと、ないです……。琴音ちゃん達は、私のことを……真剣に考えて……」

「本当に真剣に考えてるとか思ってる?」

 

 私の言葉を遮るように、渡辺さんは言った。責め立ててるようにも、思えた。

「そんな……」

 親が殺されたことを打ち明けたのは、あの三人だけだ。

 他の皆に……。それこそ、口が固い神楽さんや、ましてや渡辺さんになんか、絶対に言えない。

 私が本当に信頼している人にだけ、そんなことを言った。

 

 でも、相手は信頼していないのだとしたら?

 そう思うと、今までの勢いも、全部なくなってしまう。



「……ま~さ。あいつら、死んでるっしょ?」



「え?」

 渡辺さんがサラッと発した驚きの一言に、私は目を見開いた。

「死んでるって、……誰が?」

 本田君が、渡辺さんに聞く。渡辺さんは、「え~?」とおどけた口調で言った。

「誰がって、琴音とか、奈名子とか、秋枝じゃん」

「……は?」

 

 低く、威圧的な声が、私の喉から漏れた。

「そんな、そんなわけ……。……っていうか、何で渡辺さんが……」

 いつもの敬語も忘れて、私は尋ねる。

「え? 何かね~、私があの三人のそばで叫んだら~。下からものすごい勢いで、誰かが上がってきて~」


「はぁっ?」

 

 私は、ついに叫んだ。声が裏返って、震えて。それでも、必死に私は叫んだ。

「有り得ない……って。渡辺さん、何であの三人のそばで叫んだの……ですか?」

 私は、渡辺さんの肩を掴んだ。「えぇ?」と渡辺さんはおどける。


「そんなん、あいつらがうざったいから、危険に晒したいだけに決まってんじゃん」


 もう、耐えられなかった。

 私は、渡辺さんを突き飛ばしてしまった。


 ガンッと音がして、渡辺さんは尻もちをついた。カッターナイフが、宙を舞う。

「……いったいなぁ」

 舌打ちをして、渡辺さんは転がったカッターナイフを握りしめ、立ち上がる。

「うっぜぇ。お前」

 今度は、眼鏡三つ編み、とも、有村、とも言わなかった。

「……渡辺、今の話、マジ?」

 本田君は、声を荒らげた。

「それだと、お前が人殺しに協力したように思えるんだけど」

「そうに決まってんじゃん? だってあいつらすっげぇうざいもん。自分で殺すとさぁ、(しゃく)だしさぁ」

 まるで当然と言うように、渡辺さんは語る。

 本田君は失笑して、「理解できねぇ、お前の頭」と言って、私の腕を掴んだ。


「有村の大事な人を、殺されるように仕向けるなんて、マジ考えらんねぇ。頭おかしいんじゃねぇの?」

 

 行くぞ、と本田君は言って、六年二組の教室から出た。

 去り際、「……ホントマジ、眼鏡もうぜぇ」と言われた気がした。


 ◆◇


「気にすんなよ。あいつ、春日くらい馬鹿な奴だから」

「……本田君……」

 今私達は、一階の階段にいる。

 六年二組から離れる途中、天海さんの死体を見付けてしまったのだ。

 頬がべろんべろんにはがれ落ち、絶望と苦痛に顔を歪めた、明るくて優しい天海さんからは考えられないような表情だった。

 そこで私は、一気に気持ち悪くなってしまって、しゃがみこんだ。

 本田君は、そんな私を支えて、一階の階段まで来たのだ。

 そこでまた、男女二人の死体を見た。私は涙目になっていたから、よく見えなかったけど、あれは上原君と田中さんの死体だという。

 三人もクラスメートが殺されて、もしかしたら私の親友も殺されているかもしれない。普通ならまず間違いなく発狂するような私を、本田君は支えてくれた。

 だから、本田君には感謝している。


 もし、一年のクリスマスに、本田君がそばにいてくれたら、なんてことは、少しは望んだりもした。

 でも、その願いは叶うものではないと分かっている。本田君は、今自分が巻き込まれているから、支えているだけだって、理解しているから。

 だから、今、ここで本田君にはとても感謝している。


「……ありがとう。色々と助けてもらって」

 本田君は、一気に顔を赤くする。女子にお礼を言われたことがそんなに嬉しかったのか、「大丈夫だよ」と言ってくれた。

「お互い様だろ? 俺だって、有村見付けるまでは、不安でどうしようもなかった」

「そうなの?」

「でも有村は、俺がいても、少しも迷惑そうな顔しなかっただろ。俺がドジしたら、自分も殺されちゃうのに、離れて、なんて言わなかったろ?」

 そう考えてみれば、確かに私は離れて、なんて言わなかった。夜の学校で、いつ自分が殺されてしまうか分かんないときに、本田君が来ても、少しも迷惑だなんて思わなかった。


 だって彼は、私を支えてくれたんだから。


「それで俺、一人で孤独で、いつ殺されるか分かんない時より、有村と一緒にいて、で、安心しながら殺された方が、俺的にも、良いのかなって」

「……本田君、ありがとう」

 私は、その後、お辞儀をした。「お互いさまだって~」と本田君は言っていたが、私は感謝しきれない気持ちだった。


 何だか、この数分で、こんなにも気楽になれただなんて。

 本田君は、もしかして、本当に良い人なのかもしれない。


「あのね、本田君……」

「何だ?」



 そこで私は、全てを話してしまうことにした。

 こんな非常事態に安らぎを与えてくれる。それが、嬉しくて。

 親が殺されてしまったこと。

 それを、伝えてしまった。

 どうせ私は殺されてしまう。本田君と対照的な運動神経。走るのだって遅いし、サッカーをしたら眼鏡が飛ぶし。

 だったら、今ここで全てを話してしまおうと思った。



「そう、だったんだ……」

「驚くよねぇ?」

 呆然とする本田君をよそに、私はクスッと笑う。

「全然そんな感じしなかったでしょ? 伯父さん若いもんね~。しょうがないよ」

 夏樹も、このことを知らない、と言うと、本田君は更に驚いていた。


「……有村。ありがとう」

「へ? 何で?」

 急に感謝されて、私は首を捻った。


「俺を信頼してくれたから、そんなこと言ってくれたんだろ?」

「う、うん。まぁ」

 私は頷く。こんな非常事態にこんなに気楽にしてくれる、そんな人は、今、本田君しかいないのだ。


 ◆◇


 やっと元気を取り戻した私は、一階を探索していた。

 本田君はいつも私を気にかけてくれて、感謝してもしきれない。

 そう思った、その時だった。


 

「あ~っ、なっちゃん!」



 琴音ちゃんの声がした。

 振り向くと、そこに、奈名子さん、秋枝さん、そして、琴音ちゃんがいた。


「っ…………」

 一気にあふれ出た涙を、私は拭うことなく、彼女達の所へ走り出した。


「琴音ちゃ~ん、奈名子さん、秋枝さ~ん!」

 ダッシュで三人の元へ向かう。思わず琴音ちゃんに抱きつくと、ほんのり桃の香りがした。

「三人とも、生きてたんですね!?」

「生きてましたとも。彩未ちゃんが、ちょっとあれだったけど」

 奈名子さんが笑う。渡辺さんに危険に晒されて、それで今ここにいるってことは、逃げ切れたってことだよね?

「もう駄目だ、おしまいだぁってリアルで叫んだけどさ、女子トイレに逃げ込んだのよ、先生、一瞬ためらったわけよ。で、私達、モップとトイレットペーパーで先生を殴って、ダッシュで逃げて、今に至るのよ」

 秋枝さんから説明をされた。でも良かった。本当に、この三人が生きてて良かった。


「そっちこそ、も~、男子と一緒だ~」

 琴音ちゃんがクスッと笑う。本田君がどんな顔をしているのか、分からない。

 私は、本田君を振り返り、本田君に聞こえる声で言った。


「ありがとうっ、本田君!」


 突然、本田君は顔を赤くさせた。

「……有村っ」

 そして、俯いて、それからすぐさまばっと顔をあげて、天を仰いだ。


「あ~、一誠、照れてる」

 奈名子さんの指摘にも、本田君は「ちげぇしっ、ちょっと急に怖くなっただけだし」と言った。

 更に笑えてしまう。


「じゃあ、行こっか」

 秋枝さんが、号令をかけると、皆笑いをやめて、「はいっ」と頷いた。


 そして、私達は、五人で行動をすることにした。

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