最終話 瀬戸口颯 本田一誠 水川想樹
最終話です。
どうしたものだろう。
いつの間にか僕が逃げていると、午前六時、と僕が起きている時間になった。
外はほんのり明るくなっている。考えれば昨日から一睡もしていないのだ。重たく垂れ下がってくる瞼を必死に押し上げる。
何人もの死体がそこら中に転がる風景は、暴力を振るわれて、何回も血を見てきた僕にとっても、刺激の強い光景だった。
六年三組のベランダに転がる死体が、果たして何を意味するのか。
きっと、絶望を意味していたんだ。遠藤さんが死ぬという、僕にとっての絶望を。
今生き残っているのは何人だろう。僕のことを周りが覚えていないことと同様に、僕はさほど周りのことを覚えていない。二十六人、と、覚えようと思わなくても覚えられる人数を、僕は覚える必要がないから、今まで、十月までまともにクラス全員の名前を言えたことがなかった。だから、誰が生き残っているのかすら分からない。目の前にあった死体の顔を見れば、誰かは分かるが、誰が生きているかなんて、到底理解すら出来ないだろう。
そうだ、先生は、生きているのかな。いなくなってくれれば、僕は登校してきた生徒達に助けを求めることが出来るのに。
昇ってくる朝日を、僕はもう二度と、見ることは出来ないのだろうか。
『生き残っている者達に報告を致します。現在生き残っているのは、瀬戸口颯、本田一誠、水川想樹の三名。以上、生き残っている三名は、直ちに体育館に集合』
いきなり、何の前触れもなく、僕が今隠れていた理科室のスピーカーからそんな声が聞こえた。
この声は、先生のものである。
というか、僕の他に二人も生き残っていたのか。二人は、「あいつが生き残ってたのかよ?」と不思議がるに違いない。
……それにしても、水川君か。
彼は、天海さんと一緒に行動していたのに、天海さんを見離して、この理科室前の廊下に置き去りにした人だ。
水川君は優しく、僕にも面倒くさがらずに接してくれたから、かなり好印象だったが、天海さんを見捨てた人が生き残っているとなると、相当やつれているのだろうな。
理科室を出た前には、天海さんの死体が転がっている。
皮が剥けているのを見た瞬間、吐き気が押し寄せてきたが、今は二度目だから、段々慣れてきている。……慣れているって、おかしいけれど。
天海さんが、どんな様子で死んでいったのか。天然な天海さんのことだから、きっと反撃に遭ったのだろう。
あぁもう、六年三組、本当に崩壊しちゃったよ。
生き残ったら、どうすればいいんだろう。運動会はどうなるのか? それからの行事はどうなるのか? 残された人達はどうなるのか? そうだ、卒業式はどうなるのだ? この六年間、この学校で生きた事実は変わらない。たった一夜でそれがブチ壊されたとしても。
……駄目だ、全然分からない。
「ん?」
前方に、水川君の姿。
手には、ハンマーを持って。
「水川君!?」
僕は叫ぶ。これから、体育館に行く途中だったのかもしれない。
ハンマーは、先生が来たときのための、護身用? へぇ、用意周到なんだなぁ。
水川君は弾かれたように振り返る。顔は遠いから見えないけれど、僕が走ってくるのは見えただろう。
僕は遅い足で走って、水川君の隣に立ち、息も切れながら言った。
「あの、水川君も、生き残ったんですよね? 僕も一緒に生き残ったんです。……あっ、気付きませんでした? ……一緒に、体育館行きませ……」
その瞬間、水川君は、持っていたハンマーを、僕に向かって振り下ろした。
◆◇
「……残っているの、瀬戸口と水川?」
俺はこの非常事態に眠ろうとしている頭に向かって、ばちんっとげんこつをかました。
じんわり痛さが走るが、しょうがない、しょうがない。自分で自分のことを殴るぐらい、俺にはどうってことはない。
大切な人やらが死んだことで、俺は何故か生きる気力を失ったような気がする。
体育館に向かう足取りが、重たい。
職員室前の廊下にいると、神楽の死体があるし、校長室に入ると大田の死体があるし。
おいおい、同じ階で両想いの奴らが死ぬって、運命的すぎやしないか。
なんてな、不謹慎すぎるか。
……そろそろ、頭がどうかしてきてる。
大切な人が目の前で殺され、大事だった妹も、今は遠く離れた名門校にいる。今は起きて歯でも磨いているんだろうな。
同じ兄妹なのに、いる状況があまりにも違いすぎる。何だこれ、名門校に落ちた奴と受かった奴のその後の人生ってやつか、へっ、舐めやがって。
そう思っていたけれど。
皐と同じ学校に入れば、今頃こんなことにならなかったのかな、と。
そう思わずには、いられなかった。
皐と同じ学校にいたら、皐と一緒に、あの、「紫織ちゃん」という美少女やらと話すことが出来たかもしれない。名門校で頭の良い友達だって出来たかもしれない。
心が丘小学校で起こったこの殺人ゲームに関しても、「うわーマジサイコパスだろこの教師最低ー」「本当だよ、死ねばいいのにね教師」などと皐と会話できたのかもしれない。
この辛すぎる現実から、目を背けることが出来たはずなのに。
心が丘小学校にいなくて、聖ハスカで好きな人が出来て。
有村が死んでしまうなんていう、惨たらしい悲惨な現実から、目を向けることなど、しなくて済んだはずなのに。
自分の頭の悪さを、恨まずにはいられない。
誰か、今、俺と変わってくれないかな。なんて、酷いことを考えたりもしている。
もし今ここで皐が死んでしまったら、俺は多分、どうすることも出来ない。皐と有村の後を追って、自殺するかもしれない。
なんて思いながら、俺は体育館に向かう。
◆◇
「マジ、何なんだよこいつ……。影薄かったのに、調子乗りやがって、ニコニコしながら喋りやがって」
俺は、頭から血を噴き出しながら倒れている瀬戸口を見て、毒を吐く。もう瀬戸口は、二度と起き上がることは出来ないだろう。そしてもう二度と、息をすることがない。
何度も殴打してやったら、瀬戸口は変な声を上げながら絶命していった。
……何だこいつ。笑顔であんなこと言いやがって。
こいつが生き残ったとか、ホント、現実って漫画みたいにはいかねぇよな。
普通こういうときって、クラスのボス的存在とか、クラスで一目置かれている奴が生き残る傾向があるのに、何で生き残ったのが、本田とこいつなんだよ。
しかもこいつ、意外とウザい。
「……残ってるのは、本田一人か……」
晴れの日も雨の日も、サッカーを必死に続けているあいつが、頭の中に現れる。
「……どっちが生き残るんだろうな」
にやりと笑いながら、俺は先ほど先生に言われた言葉を思い出した。
先生が俺の目の前に、廊下の角から急に現れた時。
俺はすぐさま、先生の目の前にハンマーを突き出した。
すると先生は、一瞬驚き、そして爽やかな笑みを浮かべた。
「……おやおや、君は、ハンマーを持っているのですか? ……もしかして先ほど見かけた、僕が殺した覚えのない鈴木雄樹が殺されていたのは、君が?」
先生の言葉に、俺は頷く。どうだ、先生と同じ立場になってやったぞ。これで先生と俺は、対等になれる。
「人を殺してしまったのですか。まぁ、何と物騒な。……僕も人のことを言えませんがね」
本当だ。何が物騒だ。お前だって、銃で人をぶっ殺している件については一番物騒じゃねぇか。
「……これだと、ハンマーを投げたりできる君が一番有利ですね。しかし、これまで死んでいった人達は、ハンマーを持とうとか、包丁で僕を刺そうとか、思いもしない馬鹿でしたがね」
そうか。まだ六年三組の面々は、俺みたいにハンマーを持とうという概念がなかったのか。
「……では、君が生き残ったら、水川想樹、君は僕を殺してください」
「良いんですか?」
間も与えず、俺は言う。先生に会った時点で高鳴っていた胸の鼓動が、更に高鳴った気がした。
「随分と食い気味ですね」
「実月を殺した人が目の前にいるのに、正直叫ばない俺の方がおかしいと言うべきなんでしょうが、まぁそりゃあ、食い気味ですよ。何たって、好きな人殺したんですよ?」
一番おかしいのは、こうやって話しているにも関わらず、銃を発砲しない先生だが、気にしたら負けだろう。先生は俺を買っているのかと思うほど、先生は俺を殺そうと身構えたりしない。
鈴木を殺した俺を用心しているのだろうか。
「……折角ですから、午前六時まで生き残っていた人達に、最後のチャンスを与えます。その人達は、体育館に来てくださいね?」
何故先生が、そんなことをしようと思ったのか。それは多分、先生以外誰にも分からないが、今一つ分かることは、先生はとんだクレイジーな人だってことだ。
まぁそう言う俺も多分、相当頭のおかしい奴なんだけどさ。だって、人を殺しちゃって、何も罪悪感がないんだもの、先生だって、罪悪感の一つぐらい、あったと思うが、残念ながら俺にはない。
あぁ、マジ、迷惑だ。
鈴木、橘、藤川と続いて、瀬戸口まで殺してしまった。最初の三人はしょうがなかったが、瀬戸口はチャンスを持った三人のうちの一人なのだ。俺が生き残ったら先生を殺せるというのに、実月を殺した報復を与えられるというのに、このクラスに何の思い入れもなさそうな瀬戸口が、先生を殺すだなんて、ちょっとおかしい話ではないか。
まぁ瀬戸口には、好きな人ぐらいいるのかもしれないが。多分その好きな人とは仲良く出来ないような生活だったんだろうな。誰にも存在を覚えてもらえなかったんだから。
……あぁでも、一人、瀬戸口にめっちゃ構ってる奴いたな。誰だっけ……。
あぁそうだ、渡辺彩未。
あいつが瀬戸口に向かって言うことは間違いなくイジリ発言やら気分を害すような言葉だらけだけど、存在すらまともに覚えてもらえない瀬戸口にとっては、覚えてもらえるだけマシだったんだと思う。
あいつのこと、瀬戸口、好きなのかもしれない。まぁ渡辺なんて、先ほどの放送で名前を呼ばれなかったから、恐らく死んでるようなもんだけど。
瀬戸口、残念だったな。渡辺に、生きているうちに想いを伝えられなかっただなんて。
俺、よかったな、実月が生きてるうちに告白して。
もしかして俺みたいな世のリア充って、非リア可哀想とか、思ってんのかな。
そうだとしたら、まさにそれ、俺じゃん、と自虐しながら、体育館に向かう。
体育館には、既に先生と本田が集まっていた。
「水川想樹ですか。おはようございます」
先生が塩素で茶色くなった髪を掻く。眼鏡の赤いセルフレームが、体育館に差し込む昇り始めた朝日で、キラキラと輝いている。
……何がおはようございますだ。こちとらお前のせいで一睡も出来なかったというのに、それを言うなら「連日ご苦労様です」だろうがよ。
「……おや、瀬戸口颯がまだ見えませんね」
「…………」
先生の不思議そうな純粋な声とは裏腹に、全くもって声を出さない本田。今何か言ったら殺されるとでも思っているのだろう。何しろ、俺の手に握られているハンマーをガン見しているからだ。
「……俺が殺しました」
「は!?」
本田が言葉を発する。
「え? 瀬戸口殺したの? え? お前が? え? お前、水川だよな?」
「正真正銘、水川ですよ。……ふふっ」
今まで見たことのない本田の表情がおかしくて、俺は噴き出した。
「……そんなところだろうと、予想はしていましたよ。鈴木雄樹を殺した貴方のことですからね」
「えっ!?」
「他にも、橘、藤川を殺しましたよ」
「えっ!?」
話についていけない本田の顔面が青白くなっている。
「お……お前……本当に?」
「本当だよ。……大丈夫だよ、俺、自分がおかしいってこと自覚してるし。……ってか、本田は殺さないし」
あからさまにホッとしたであろう本田を見て、俺は意地悪く言う。
「絶対殺さないとは言ってないけどね?」
また顔面蒼白になり、顔が引きつる本田。
先生が溜まらず噴き出し、「あはははっ、面白いですねぇ」と棒読みで言った。棒読みで言われても、全然嬉しくないし、そもそも嬉しくなるような場面じゃないし。
「では、何故僕が君ら二人をここに呼んだのか、説明をしましょうか?」
急に先生が話を変える。
俺は先生の方に向き直るが、本田は顔面蒼白のまま顔を引きつらせながら先生の方に向き直った。動作がいちいち面白い。
「……はい」
「…………」
何も喋らない本田。
「今から僕達は、あそこの、体育館の舞台上に立って、三人で向かい合います。三角形のような感じで」
は?
何をしようとしているのだ、先生は。
隣では同じように本田がきょとんとしている。
「早速行きましょう。ラッキーボーイ」
俺達は頷きながら舞台上に立つ。先生の放った「ラッキーボーイ」という単語には誰もツッコまなかった。というか、ツッコむ気力すらなかった。のだと思う。
舞台上に上ると、早速先生は銃をポケットから突き出した。
本田の顔が曇る。
俺は別にどうとしない。ハンマーがあるから、先生が俺を撃とうとするコンマ数秒の間にハンマーを振り上げて下ろすだけだ。
「そして、向かい合って、それぞれ殺したいと思っている人に向かって、ハンマーを振り下ろしたり、銃を発砲したりします。……あぁ、本田一誠は何も持っていませんから、僕の家にあった包丁を貸しますね」
「「はあぁっっ!?」」
俺と本田は同じことを叫ぶ。……こいつ、中々気が合うな。
先生は本田の右手にしっかりと包丁の柄を握らせて、「では始めましょう」と言い放った。
ごくり、と息をのむ本田。まぁ、そう緊張してもしょうがないよな。本田は人を殺したことがないんだから。
「では、三、二、一で始めましょう。殺したい相手にハンマーを振り下ろしたり、包丁を突き刺したりしてください。これは確実な運ゲーです。生き残るには運が必要です。目をつぶってください。お互い、睨みっこなしでお願いします。では始めますよ?」
何でこんな狂ったゲームに巻き込まれたのか、今となっては誰も分からない。けれど、ここで先生を殺さなければ、被害を生んでしまう。
そうなるのは、避けなければならない。……まぁ、人を四人も殺した自分が言える話じゃないけど。
俺達は舞台上の中央に集まり、目を閉じ、武器をそっと構える。
「三、二、一!」
先生の合図で、俺は先生に向かって、上げたハンマーを振り下ろした。
あ、あれ?
俺に……何も起きていない。
頭にも腹にも足にも腕にも、何も衝撃が走らない。
そっと目を開ける。
そこに転がる、二人の死体。
……一人は頭から血を流している先生で、もう一人は……。
水川想樹。
頭にぽっかり穴が開いて、そこから血が溢れ出ている。
俺は包丁で人を突き刺してなどいない。人を殺すのが、嫌だったから。
……二人は、お互いを、殺し合ったんだ。
水川と先生は、ピクリとも動かない。息もしない。
……つまり、死んでいる。
この六年三組に残っているのは。
俺、本田一誠だけだった。
◆◇
あれから何日か経ったが、あの後のことは、鮮明に覚えている。
直後の七時五十分ぐらいまで、俺は体育館に倒れていたらしい。あの悪魔が死んだのは、意外とあっという間だった。
いよいよこの悪夢が終わったんだと知ると、俺は力が抜けて、そのまま舞台上で眠り込んでしまっていた。
目が覚めたのは、叫び声だった。
目が覚めた直後の俺には、寝る前の記憶がなかった。
何でここは体育館なのだろう。何故、体育館で目覚めたのだろう。何故、外はこれほどまでに明るいのだろう。何で俺は、包丁を持っているのだろう。
何故、先生と水川が倒れているのだろう。
……何故、赤い液体を噴き出して、死んでいるのだろう、と。
体育館の外、どうやら体育館に近い校門から、叫び声が上がっているらしかった。
小さな男の子の声から、聞いたことのある声。
とりあえず包丁を捨て、俺は立ちあがって、舞台から下りた。
俺一人しか生きている人がいない体育館に、ダンッという音がする。
体育館のドアをそっと開けると、大勢の人達が校門前に立っていた。
そこまでボーっとしていた俺の思考回路は、どんどん、というか一気に熱を帯びていった。
そうだ、俺達は昨日、十月八日水曜日から、十月九日、今日、木曜日の午前六時まで、殺人ゲームを行っていた。
主催者は担任、鬼ごっこ形式で開催された殺人ゲームに、六年三組の総勢二十六名が参加した。
……生き残ったのは、水川、瀬戸口、俺の三人だったが、瀬戸口が水川を殺し、そして。
先ほどこうやって対峙し、水川と先生が死んでいたこと。
そして、六年三組の、俺以外の全員が死んだこと。
そこで俺が叫び、校門前に群がっていた人達が一斉にこちら側まで走ってきた。
「何があったの? 校門が開かないんだけど!」と叫んでいた、サッカーメイトである佐々木。心が丘小学校の塀は、網だったので、幸い校門前に群がっていた人達の姿が見えた。
そこで俺は、サッカーメイトの佐々木に、こう、叫んでいたんだと思う、確か。
「おい、佐々木! お前、そのランドセルにくっついてるキッズ携帯、俺に貸して!」
何が何だか分からない様子の佐々木は「は?」と言いながら、キッズ携帯を貸してくれた。いやホント、話しかけてくれた人が佐々木でよかった。あと心が丘小学校の塀が網で良かった。
俺はそんな下らないことに感謝しながら、必死の思いで警察に電話をかけた。
◆◇
何故かは分からないが、そこからのことは、よく覚えていない。
あれから連日家にこもっていた俺に、マスコミが押し寄せてきたのだ。
生き残っている本田一誠君に、一言欲しい、と。
生き残っているにしても何にしても、正直何も言うことはない。
あれほど辛く、忘れ去りたい記憶を、どうして引っ張り出して話さなければならない。
今年のお正月も、いつも通りではなくなった。
どうせすぐ別の話題に切り替わっていくだろう、と調子こいていたお母さんも、今や絶大な社会現象となり、連日報道で騒がれているのを見て、顔面蒼白になり、「早く一誠からマスコミが離れてください……」と神様にお祈りすることにもなり、お正月は紅白歌合戦を見ている途中に入ってくるニュースにも殺人ゲームの話題が持ち込まれていた。
そして、俺の精神状態も、よもや普通ではなくなった。あれから俺は、一向に外に出れない状況が続いていた。
自分が本田一誠だと分かれば、一般の人達が集まって人だかりになってしまうし、地獄に自ら突っ込んでいくようなものだ。もしもあの時、自分が外に出れば、超有名な芸能人が変装無しで行くことよりも目立ってしまうことだと分かっていた。
そして、もう一つ、俺の精神状態がおかしくなり、半引きこもりになった原因がある。
聖ハスカ小学校でも、殺人ゲームが起きたこと。
生き残ったのは、皐がよく話していた、「紫織ちゃん」、結崎紫織だけ。
俺が大事にしてきた皐は、死んでしまった。
有村だけではなく、皐も死んでしまって、俺はそれこそ、皆の後を追おうと自殺しようとすることも何度もあった。
先生からもらった包丁は、回収された。
初めは、六年一組突然大量死事件で死んだとされていたが、この心が丘小学校殺人ゲームの事件と、同じ日に起こったので、関連性を疑われ、そのまま殺人ゲームが二校で同時に起こったと解釈されたのだ。
つまり、聖ハスカ小学校に行っていても、殺人ゲームに巻き込まれていたってわけか。
俺、偏差値が八十もないから、みすみす見離されて殺されてしまうんだろうな。
心が丘小学校でやった方が、まだ生き残れる確率が高かったってわけか。
……うん、俺、少しばかり運が強いのかもしれない。
それに、この先の人生で、このおかげで、色々気を遣われたり、心配してもらったりするのだろう。そう考えたら、勝ち組なのかもしれない。
……こんな最低なことを考える辺り、俺も相当参っているということなのだろう。
でも、そう考えたおかげで、自殺を踏みとどまって済んだのだ。こんな最低な考えに感謝するべきだろうか。
◆◇
連日、朝のワイドショーでは、実際に体験したわけでもない専門家達が、「恐らく渡辺碧や小川幸秀には、こんな心理が働いて……」などと自慢げに語っていた。
テレビでは一時間もの番組を作って、心が丘小学校周辺に住む人達や、聖ハスカに現在通う人に事情聴取をしたりしていた。小川幸秀はどういう人物だったのか、また、渡辺碧はどういう人物だったのか、ということを、二人の知人に聞きに回っていった。
心が丘小学校は、先生が全員死んで、心が丘教育委員会が心が丘小学校をいったん休校にすることを決定させた。卒業式は二学期中に何故か行われており、俺が参加することはなかった。
校長先生の長い長い式辞もなくて、一、二、四組はさぞかし楽だったんだろうな、と思ったが、よく考えれば例年とは全く違うから、さぞかし戸惑ったことであろう。噂では、教育委員会委員長が卒業証書を授与したり、三組の俺以外の全員に黙祷をしたらしい。
卒業式が終わった後の謝恩会も、父母会の人達は予定していたらしいが、あまりにも突然の卒業式で、予約を取れなかったらしく、結局謝恩会は中止になった。
そして、修了式も二学期の終わりに行い、教育委員会扮した先生達が二学期の成績を配り、それから、持ち物を全て持ち帰り、三組の持ち物は全て遺族のもとに返したらしい。
心が丘小学校はいったん休校、隅々まで綺麗にさせた後、来年から復活。
あれから、六年三組に、輝きが戻ることはない。
卒業アルバムももう配られ、俺の所にももちろん配られた。
一番最初のページにはでかでかと、日光移動教室での、大笹牧場での六年生全員の記念撮影写真が、プリントされていた。
一組、二組、三組、四組と、なんとなくクラスで分けて撮った写真。俺の隣には水川がいる。その隣には天海がいる。二人とも、片手でハートなんか作っている。滅茶苦茶冷やかされただろうに、全然動じなかったのを覚えている。
今ではあの思い出も、遠い思い出だ。
いつの間にか六年三組は、俺以外全員この世からいなくなってしまった。
三つ編みを結んで近藤と手を繋いでいる有村。
……出来れば、好きの二文字を伝えたかった。
◆◇
マスコミが報道し続けて、もう一カ月。
捜査が停滞していた時もあったが、今は専門家達が更に謎を拡大していってくれた。
聖ハスカと心が丘の関連性があるなどと勝手に言われており、更に俺が学校に提出した書類なども漁って、聖ハスカに通う皐と俺が兄妹であることも調べ上げた。
何で人の許可も取らずに勝手にそんなことをするんだろう。自分達が事実やらを伝えたいだけなのだろうか。話を盛り付けて、視聴者に与えさせ、ネットや新聞などで騒がせる。
十月十日の新聞には、一面のトップを飾った。ネットのニュースでは閲覧数も鰻上り、ニュースでは番組も組まれるほど、「殺人ゲーム」は世間を揺るがすキーワードになった。
そこで、俺の父親が持ち出してきたのは、「受験」だった。
「お前が公立中学に行くと、勉強もろくにしない奴らがいるから、お前の話題で学校は持ちきりだろう。そうしたら、せっかく一誠が勉強をしようにも、邪魔でしょうがない。そこで、受験をしないか?」
受験。
頭の中にその二文字が浮かぶ。
「どうだ? お金はお父さんとお母さんが全部出すし、サッカーを続けてもいい。心が丘のサッカーチームは、小学校はかなり良い線いってるけど、中学校はそれほど強くないって言われているからな」
「……うん」
本当は、今は大好きなサッカーも、考えたくない。
殺人ゲームを勝手に捜査をする警察を見て、毒を吐いて、精神を保っていたかった。
あと、何で本当のお父さんではないお父さんが、こんなに偉そうなのか。それが知りたい。
「……そこで、お父さんがお勧めするのが、ここなんだ」
お父さんは、ズボンのポケットからパンフレットを取り出した。
「藤咲中学校……?」
それって、確か以前木戸が通っていた学校の……中学校?
「ここは、偏差値七十八にも関わらず公立中学校だし、一誠が本気で頑張れば、倍率も九倍だし、充分通えるかもしれないと思ったんだ。
……お母さんから聞いたんだが、聖ハスカ受験でも、募集人数の順位にギリギリ届かなかったんだろ? 聖ハスカよりは少し偏差値は低いが、一誠なら受けることが出来るはずだ」
お父さんはそう言うが、そう簡単に受験しろと言われて、はいそうですかと合格する奴はいない。
パンフレットをパラパラとめくってみる。
藤咲中学校の制服紹介、スクールバッグなどの紹介のコーナーが設けられている。
藤咲中学校の制服も、まぁまぁ格好良いし、雑誌に紹介されてもおかしくないような制服だ。俺に着こなせるかどうかは別だが。
学校の授業風景などが、写真でありありと伝わってくる。猫背になっている人や、背筋がきちんと伸びている人が分かれていて面白い。
「藤咲、中々制服も格好良いだろう。夏服はクリーム色のベストだろう? フケが目立たなくて済むな」
「そうだねー」
お父さんが語っているが、俺は生返事で答える。ちょっと邪魔だ。しかも俺フケないし。
藤咲中学校は、地元の中学校と同じように文化祭や体育祭がある。文化祭では、食べ物や飲み物などが出店され、毎年文化祭間近になると、一流の職人さんが飾り付けをしたり、有名なクレープ店の店員さんやらが来て、美味しくなるコツを教えてもらえるらしい。
体育祭では今年流行った芸能人が応援に来てくれるらしい。
何だ、藤咲中学校、楽しそうだな。
俺の中に、そんな感情が芽生える。
藤咲中、行ってみたいかも。
部活動も、サッカー部、野球部、陸上部、吹奏楽部、テニス部などのメジャーな部活から、漫研、文芸部、卓球、美術部などマイナーな部活まである。予算の方は大丈夫なのかな。
年間の行事予定も、かなり満載だ。
まず、一年は六月に移動教室、六年と同じだ。行き先は日光。最高級の宿に泊まるらしい。
二年は「大東亜戦争」の勉強をしに沖縄、広島、長崎などを二泊三日で訪れることになっている。
三年は修学旅行、奈良と京都を旅することになっており、行く手段は、飛行機、新幹線、バスなど、年によって違うらしい。
何だか……同じ公立中学校だと言うのに、心が丘中学とは偉い差だ。
どっからお金が発生しているのだろう。……誰かのお金か。
「……どうだ、受験するだけ、受験してみるか?」
「うん」
知らず知らずのうち、俺は頷いていた。
◆◇
それから俺は、猛勉強し、受験に挑み、見事受験に受かった。
と言っても、順位ギリギリ、本当にギリギリ、一点差で受かった。運が良かったとしか言いようがない。一点差で落ちてしまった人は、国語の文章題の最後の「。」を書き忘れたのだ。
本当に運が良かったとしか言いようがなかった。
受験番号があったと知った瞬間に、俺は叫びたい感情に駆られた。
今まで、ニュースに心を閉ざしていたかいがあった。そのおかげで、俺はこれからやっと、青春を掴み取ることが出来たのだから。
さて、受験のお知らせが終わった後は、東京の料理店を貸し切って、パーティをすることになっているらしい。合格した者だけの、パーティ。
参加費は無料、藤咲中学校の校長が貸し切ったらしく、料理が出される間、自己紹介などをするらしい。
俺は参加。合格した人達も、ニュースぐらいは見ているだろう。そこで俺が殺人ゲームで生き残った人だと知ったら、大騒ぎになるだろうが、そのままぎくしゃくしているままでは、学校生活がそれこそ快適に過ごせなくなるだろう。だから参加をすることにしたのだ。両親は参加しない。
思いっきり羽を伸ばすか、と俺は背伸びして、合格発表から帰ったばかりの家を、早々に飛び出した。
最後まで読んでくださり、有り難う御座います。
この小説を書いている間に、小学校生活を終え、中学校生活へと場所が変わっていくのにつれ、第二部の方も、中学校へと変わっていきます。
更新できなかった日もあり、多くの方々(まずそもそも多くの方々は見てくれたのか)に迷惑をかけましたが、この小説を書いている時間、本当に色んなことが起こっても、色々支えてくれたのは、見てくださった方々、コラボしてくださったクールホーク様です。
実はこの小説、私の過ごしたクラスの人達が元ネタになっていたりなっていなかったりします。
今まで読んでくださり、有り難うございます。
そして、これからも宜しくお願いいたします。
良ければ第二部の方も、宜しくお願いします。




