出席番号二十六番 渡辺彩未
自分がおかしいってことは、重々承知している。
いつまでも人の輪に入ることが出来ない。どうにかして入ろうにも、人の悪口を言っちゃう自分は、入ることが出来ない。
友達の輪から外れて、一人で生きる。そんな日陰の存在の私が、何故巧から想いを寄せられているのか、今でも分からない。
巧が告白したわけでも、噂で聞いたわけでもなかった。ただ、そうなんじゃないかって、そう、思っただけだ。
彼はいっつも運動がそこそこ出来るような私に、パスを送ってくれるし、爪をいじっていても、「何やってんだよ~」みたいな感じでからかってくる。
そこそこ見た目も良いくせに、何故私なんかに興味を持ったり優しく接してくれるのか、非常に不思議なところだ。
巧のことを好きな人って言うのは、密かにいるんじゃないかなって思う。
三輪角なんか、巧に水泳を教えているときもある。それが、他の男子と接する時よりも笑顔に満ち溢れていて……、何だか素敵な表情をしているのだ。
でも私は、彼女のことが正直嫌いだ。……いや、違う。女子全般が嫌い。
人に評価されたり、人に好いてもらっている奴が、大嫌い……。
自分でも思う。何て僻みなんだと。
神楽とか、三輪角とか、津田とか、そういう人気の奴が嫌い。
もちろん彼女達に表立った短所があるわけではない。津田とか人に好かれすぎてどうしようもないし、彼女のことを嫌いな人は、まぁ僻んでいる奴らだけ。その中には私も含まれる。
神楽とかすごく人当たりが良いし、顔も良くて、頭も良い。優等生超ド真ん中で、太雅と両想いなんだろう。彼女は人の好みが分かれるが、とりあえず良い人なので、第一印象はかなり良いだろう。
三輪角も、スポーツが超出来て、爽やかでサッパリしている。好かれる人であるということは間違いない。巧のことが多分好きだ。
ちなみに及川とかは、あれはもう人に好かれるとかそういう概念を突破している。二組の男子でかなり優しい男子が、及川のことを好きとか何とか。及川は多分、天然で優しい故、好き嫌いという概念をぶっちぎっているのだろう。
それに、僻みと言えば、三組の女子の大半がそうなることだろう。
三組の女子は、「何で!? ねぇ何で!?」と言いたくなるほど、好きになられやすい。本当に三組の女子のことを好きな人が殆ど一人ぐらいはいるというとんでもない事例。
恋愛にはかなり興味があるし、丸わかりだろっていう人もいる。
……ちなみに何で分かったかっていうと、六年三組相談室の箱を誰もいない教室で開け放ったりしているからかな。
天海はまずそもそもクラスというか学年公認カップルで、後輩女子から大人気の水川想樹。あと、鈴木にも好かれている感じがする。目を見れば分かる。
有村は多分、本田とかそこらへん。サッカーの試合とか、応援しにいってるからな、弟のこと。
及川はさっきも言った、二組の優しい男子に好かれている。……森尾とか言ったっけ。
神楽は王道である。大田は確実。あと上原も確実。上原は、「好きって何だよ」という表情をしていて、恋がよく分かっていない状況で神楽に恋をしているようである。あとは、橘。巧と鈴木と三人で神楽の悪口を言い合っているとき、どうにも乗り気ではない顔をしているから。
栗沢は超美人だ。私が木戸をいじめていたとき、木戸をいじめから救った人だと木戸が言っているから、木戸は栗沢のことが好き。
近藤は確か、六年生の初めにイメチェンとして髪を緩く結んだ内村に好かれていた気がする。彼女も内村のことを気にしていたようだから、多分両思いなのだろう。
佐藤は、確か異様に年下の奴がくっついていたような気がする。名前は何だか知らんが、かなり可愛らしい男子だったことは確かだ。
田中は白井に好かれている。彼女は白井のことをかばったりするからだ。だが、転校生に恋をするタイプではない彼女、恐らく白井の親友の上原が好きだな。めちゃ淡い恋だな二人とも。
藤川は菱川に好かれている。あの一組の上っ面だけの男子。菱川の態度を見て「好きだ」と分からない辺り、彼女もまだまだ恋愛能力は甘いようだ。
松原は多分、梶山から好意を寄せられている。梶山が彼女を助けた瞬間を私は密かに目撃してしまったのだ。その交差点のすぐ近くのマンションの五階から見えた。
夕月は笹川だが、あんなに女子力溢れる彼女のこと、好きだという人は少なからずいるはずだ。
私は、女子全般がとにかく苦手である。何故か知らないが。
そして遠藤奈名子。
あいつのことを好きな男子が、一人いる。
私は遠藤奈々子のことが、津田とか三輪角とか神楽とかとは、比べ物にならないほど大っ嫌いである。
何か真面目そうな小説書くのに、頭はとんだぱっぱらぱーだ。いつも馬鹿っぽい顔をしている。おかげでクラスでは「大田と並ぶおバカキャラ」として少しばかり名の知れた存在である。
この馬鹿らしいキャラ、何故か生理的に無理になれないのが嫌な所だ。
……遠藤を好きな人が、瀬戸口颯。
瀬戸口こそが、私の好きな人だ。
いつも空気扱いしている瀬戸口を、遠藤は「一人の大切な人間」として扱っている。
もちろん私だって瀬戸口を空気扱いしているが、何も存在感が本当に空気だとは一ミリも思っていない。クラス内でそういう立場なだけであり、私は瀬戸口のことを好きなのだから、空気とは思っていない。ってことだ。
クラスの人達は「瀬戸口、いたんだ」とか「瀬戸口……あぁ、あいつね……えっと、何か特徴合ったっけ?」とか言う人達ばっかりだ。酷い人は「瀬戸口なんて長所ないじゃん。女子っぽいし、存在感ないし」と罵ることもある。
そういうこと言う奴に私は反論したくなるのだが、いかんせん私も好き避けと似たようなそういう行動をとっているもので、いつも瀬戸口を馬鹿にしているのに、こういうときだけかばうのはいかがなものなのではないか、と自分でも思う。
だが遠藤はそうやって「瀬戸口空気~」とからかうような真似をしないから、人をかばうことなどいとも容易く出来てしまうのだ。
遠藤はお人好しで、そのお人好しはたまに人をイライラさせるものでもある。
つい先日、駅前で彼女を見かけたのだが、彼女がダッシュで駅に向かっているときに、改札で困っているお婆さんを見かけ、その人に案内をしてあげたのだ。そしてダッシュで改札の向こうに消えていった。
「うぉぉサイン会!」などとまくし立てていたので、恐らく作家のサイン会なのだろう。
じゃあ助けずに行けよ、と百人中九十人が思うことである。
他にももっと良い方法があったのに、結局は自分で背負いこんでしまい、良い方法を見付けた時にはもう手遅れだった時がある。つまりは真っすぐすぎてそこまで思考が追い付いていないのだ。
かなり人をイライラさせるこの遠藤を、何故瀬戸口は好きになったのだろうか。……うーん分からない。
そもそもモテるという土俵に、上がりすらしないような女子だったのに。男子に色目を使うような人ではない。むしろ男子に「あいつは何故、あんな優雅な奴らと一緒に行動しているのか」と疑問を持たれるほどなのだ。
優雅な奴ら、とはカリスマ三人組の二人、近藤と夕月のことだろう。近藤は美術に優れていて、夕月は家柄的にお嬢様だし、有村は雰囲気が大人だし。とにかくそんな奴らと、あんなバカみたいな奴が一緒にいるっていうのが、皆疑問点なのだろう。
もちろん私だってすごく疑問に思う。何故あんな奴が一緒にいるのだ。下手すりゃ神楽や津田が入ればいいのにといつも思う。
母親を亡くしているのに、いつもめげず、というか「めげる」という言葉を知っていても意味は知らないような、そんな人。周りを「自分も母親が死んでも、ああいう風にめげないでいられるのかな?」と勘違いできる男子やら女子やらが多いことこの上ない。
とりあえず、そんな風にイライラさせてしまうのに、何故か瀬戸口の好きな人である遠藤が、何とも気に食わないので、私は大嫌いなのである。
何故あいつだけが好かれ、私が好かれないのか。そりゃあまぁ、私が愛想悪くて性格が悪いから何だけど。
私だって、お母さんがいないのに。
お父さんがお母さんのことを嫌いになって、離婚した。
子供の頃から知っていた事実。
私の弟、真悟は、お母さんと一緒に行ってしまった。
正直お父さんの方が、料理も上手いし家事もしてくれる。私はそれを見て、一生懸命家事を頑張ろうとするのだが、お皿を割ったり、塩と砂糖を間違えて料理を作ってしまったり。
家庭的な人ってすごいな、とつくづくそう感じた瞬間であった。そして、更にお父さんを尊敬した。
昔から、お父さんが家事をして、お母さんは結婚した時から毎日遊び呆けていた。
育児をしたのも全てお父さん。抱っこしたのもお父さんだし、私達姉弟にご飯を作ってくれたのも、お父さん。
お母さんが遊んでいるんだから別れてもいいじゃない、そう思ったけど、お母さんは我が渡辺家の大黒柱で、収入源はお母さんにあるため、別れたら経済的にきつくなる、とお父さんがぼやいていた。お母さんは年収八百万とかそこらへんで、お父さんは年収四百万のごくごく普通のサラリーマン。普通のサラリーマンが時間をやりくりして家事をしているのに、お母さんは教育費やら給食費、家の家賃、食費やら電気代やらもろもろお父さんに手渡し、他は遊びに行ってしまう。遊びに行くとやら、休日はパチンコに行って、週に千円ぐらいパチンコに使っている。それで三足靴下買えるのに、何でパチンコに使うんだ、と私は心底思う。
私の洋服のお金は、お父さんが出してくれる。でも負担をかけたくないから、安くて可愛い服を買う。ヘアゴムとか、私の興味があるメイク道具とかは百均で買う。でも百均で衝動買いしたら千円ぐらい使いこんでしまうだろうから、お得な物を買っている。
私の家庭は、貧乏ってわけじゃ決してないと思う。お母さんがパチンコやらで使わなければ、私達、もっと気楽に生活できたはずなのに。
私も正直お母さんのことを「遊び呆けているだけの人間」としか思っていない。子供を産んだからって、立派な母親になれるわけじゃないんだ。自然と分かった言葉だった。
お父さんは元々温和な性格で、滅多な事がなきゃ怒らない。だからお母さんが何かしでかしても「しょうがないよ、しょうがない」となだめるだけだった。
そんなお父さんも、毎日日々を積み重ねていくうちに爆発しちゃって、離婚まであっという間だった。
弟の真悟は、何故かパチンコに溺れるお母さんが大好きだったから、真悟はお母さんと一緒に行くことになった。けど、私は真面目で大らかなお父さんが大好きだから、お父さんと一緒にいることにした。
それに、名字も変わりたくなかったから。お金がなくても私達は平和だし、それに少ないお金をやりくりして、お父さんは私にお小遣いをくれる。月千円。私は密かに、文房具やファッションに紛れて、割っちゃったお皿の代わりを買う。
いくら年収が高くても、それの大半を遊びに使ってしまったら、それは生活が豊かとは言わない。たとえば夕月家みたいに、一家が金持ちで、ちゃんと色んなことを管理している人達の生活が、豊かというのだ。
お母さんと一緒にいなくてよかった。温かいお父さんといれて良かった。
真悟とは喧嘩ばっかりだったし、元々大嫌いだから、いい、あいつなんか。大人になったとき、「お父さんと一緒にいればよかった」って思うはずだ。でももう遅い。遅いから、お母さんと一緒に過ごしていかなければならないのだ。
「彩未は、好未みたいな奴になるなよ」
お父さんがよく、そう言っていた。私はお父さんがそう言う度に頷いていた気がする。好未というお母さんの名前が、私は大好きだったのに、その名前を見るのも少なくなっている。今や好未という名前を聞くのすらも久しぶりだった。
話を戻そう。
私の生活とは対照的に、遠藤は明るい生活を送っているっていう話だ。
まぁ、私と遠藤は、根本的に家庭が違ったのだろう。こっちはお父さんがお母さんにブチ切れて離婚した。あいつは家族仲も良かったのに、母親がテロに遭って亡くなってしまった。
こっちは遠藤の両親なんて知らないし、遠藤の母親がどんな人なのかも知らないから、皆が「可哀想に」と言っていても、別に知ったこっちゃなかった。遠藤の母親? はぁ? 何で見ず知らずの人を悼まなきゃいけないわけ。意味分かんない。と思っていたのだ。
こっちは遠藤みたいに家族愛に包まれた家庭で育ったわけじゃなかった。愛なんてとっくのとうに冷めていたのに。遠藤は「離婚した方が羨ましい。だって会えるもん」って思っているだろうが、そっちこそ逆に羨ましいよ。日々耐えるお父さんを見なくて済むんだから。
しかも、テロに遭ったっていうお母さんもお母さんじゃん。何でそんな仕事してたの?
一番許せないのは、その題材で心が丘市の子供向け小説コンクールで、最優秀賞を取ったことだ。母親が死んだ、その苦悩と、母親の温かさを書いた物語が、最優秀賞。
そんなんだったら、私だって書けるよ。母親が離婚していなくなった物語を書けば、あっけなく最優秀賞をもらえるんでしょう。
皆が遠藤の受賞で喜んでいるとき、私は教室でひっそり舌打ちをしていた。
あんな奴が? 何であんな奴が賞を取るわけ? 何にも辛い思いをしてないんでしょ? ただ悲しい思いをしていただけなんでしょう? 母親が死んでしまった悲劇のヒロインぶって小説なんか書きやがって。母親が死んだ小説書いてこんな笑顔して。天国の母親が悲しんじゃうんじゃない? ……あ、地獄かもしれないかー。そっかー。
気に食わない。どうも気に食わない。
あいつの書いた小説が何故か祭りに展示され、遠藤は何かお偉いっぽい人に褒められていた。顔を真っ赤にしている遠藤を温かい目で見つめる周り。そしてボケる遠藤。周りは笑いに包まれる。
何で皆、こんな馬鹿みたいな奴と一緒に笑うの? あいつより私は辛い思いをしたのに。
ふざけんなよ、ふざけんなよ。だからあいつは嫌いなんだ。
嫉妬なのかもしれないけれど、私に嫉妬させるような人間が大嫌いだ。
馬鹿でドジなのに、皆から愛される。不思議と笑いをとれる。皆が「馬鹿だよなぁ」といじる。そんな和やかな雰囲気を作れる。
私だって同じ状況だ。母親もいない。お父さんと二人で生活をしている。皿を割っちゃうドジ。塩と砂糖間違えちゃう馬鹿。なのに何故皆私を腫れものでも扱うように接するんだ。おかしいだろう。
おまけに私の恋は実らない。空気だといじっていたらいつの間にか気になる存在になった。「す、すみません」と何故か照れる瀬戸口の笑顔が、いつの間にか私は大好きで。
なのにそれをあいつに奪われた。
本当に瀬戸口は空気だ。何故なのかと思うほど空気。「あぁ、お前いたんだ」と言われるほどの空気。「六年三組のメンバーは……」と言って次々紹介していった後、「あれ? あと一人誰だっけ?」となるのが鉄板である。そこで瀬戸口が「僕です……」と蚊の鳴くようなか細い声で瀬戸口が言う。「そっかーお前かー! 影薄いよーっ」と男子が叫ぶ。
そんなことがあり、彼らはお遊び半分で「六年三組、あと一人誰だっけー?」と言う時がある。そこで瀬戸口が真面目に「僕です……」と返すと、「来たっ、お約束!」と言うのである。ちなみにそれを言うのは巧だ。最低である。瀬戸口は真面目に言っているのに、だ。
しかし、そんな風にいじられても、一向に存在を覚えられてもらえないのが、瀬戸口の非常に可哀想なところだ。
そんな何故か面白い瀬戸口を気にしているうちに……って感じなのかもしれない。
だけど、私の視線って、いつもすり抜けていってしまう。
私が送る視線に、瀬戸口は絶対気付かない。遠藤を見ているから、周りに気付いていないのだ。
最初は瀬戸口も、遠藤に呆れていた。遠藤に呆れながらも、接してあげているって感じ。
こんな調子なら、瀬戸口も遠藤を相手にしなくなるだろう。これで一人ライバルが減った、と思ったのに。
いつの間にかって感じなんだろうな。私が瀬戸口を好きになったのと同じように。
いつの間にか呆れから憧れの視線に変わっていって、その人と話すのが面倒くさかったのに、いつの間にか楽しくなっている。
それが恋の魔法なんだろうな、と私は思う。
お父さんもお母さんも、こんな感じで恋に落ちたのだろうな。
でも、何で離婚しちゃうんだろうな。人ってそんなものなのかな。
そう思いながら、私は今日も瀬戸口をいじる。
◆◇
先生が今日は随分とおかしい。
昼休みは必ず教室にいる先生が、今日は我先にと教室を出て行った。一体どこにいるのかと思えば、どこの教室にもいなかった。
私には女子の友達というものが、さほど存在しない。藤川がよく一緒にいてくれたり、まともに話せる女子と言うのは存在するが、そいつら全員気に食わないし好きになれないのだ。
女子の友達がいない私には、休み時間ほど自由な時間はない。図書室に行ったり音楽の検定に行ったり、色々なこと全てが自由なのだ。
女子トイレに行ったときに私の悪口を言った人を見かけたことがあるが、しょうがない。私もそいつらのことが嫌いなので、お互い様だ。
そして先生は、どこにもいない。
やがて先生は、裏口から戻ってきた。裏口から近い職員室に入り。
そして、先生達を次から次へと射殺していった。
「は?」
何が起きたのか分からなかった。
一つだけ言えることは、あれはドッキリではないということ。血が噴き出して職員室のドアの窓に血が飛び散っているから。あれが本物だとは考え難い。
……これ、見付かったら殺られるんじゃない?
そう考えて、私は一目散に、と言っても、足音を立てずに逃げ出した。
◆◇
さっきのは、きっと夢だ。きっと夢なはずだ。
……だって、先生が殺しているならば、他の学年の授業はどうなるの? 学校が大混乱だよ?
そうだ。今日の五六時間目は体育だ。神楽達が「私達五六年生で、授業の始まりから終わりまで全てやります」と良い格好したせいで、組体操リーダーがひーひー言う羽目になったのだが。
……学校、一体どうなるんだ?
とりあえず、先生が学校中の先生を殺したのもおかしいし、先生が誰一人いない校庭で遊んでいる児童達もおかしいんだけど、一番おかしいのはこんな状況で発狂することがない私が一番おかしいんじゃないか。
先生達だけではなく、用務事務の人達はどうするんだろう。管理員さんも死んでしまったのだろうか。
先生、何ていうことをしてしまったんだろう。
取り返しがつかない。というか、百パーセント取り返しがつかない。
一体、どうしたんだ。私、どうやって行動すればいいのだ。先生が笑顔で何かやるのを、ただジッと見つめているしかないのだろうか。
「彩未ちゃん、着替えに行こっ」
ふいに美玖ちゃんが、廊下でボーっとしている私に呼びかけてくる。けっ、よりにもよってこんな不安定な状況に話しかけてくるのが瀬戸口じゃなくてぶりっ子かよ。瀬戸口が呼びかけてくるわけ、ないんだけどさ。
「……えっ、あぁ、うん。……行こっか」
「うん! ……そーいえばさ、マジ、菱川ウザいんだけど! 何かさ、偶然装ってツインテール触ってくんのよ!? キモい! 吐き気しかない!」
……まさかの、菱川の好意に気付いていない。予想はしていたが、やはり彼女は菱川の好意に気付いていないのか。
私はちっと舌打ちをしたくなる気持ちを抑えて、教室のロッカーから体操袋を取り出す。
すると、藤川が「たいちゃーん!」と甘ったるい声を出した。どっから出てるんだその声。
「マジ可愛いたいちゃーんっ、女子更衣室行って着替えないのー?」
何言ってんだ、ついにぶりっ子し過ぎて頭おかしくなったのか。とは言わず、私もそれに便乗する。
「たいちゃん、マジ可愛い女子だからさー、女子更衣室に入りなよー」
しょうがなく私も言ってあげるけど、でも本当にウザいよこの人。ぶりぶりしちゃってさ、マジ調子乗ってんのかこいつ。
「美玖ちゃん、流石に女子更衣室入るのはまずいんじゃな~い?」
田中が邪魔をする。
ギャルっぽさを追求したような彼女は、化粧っ気こそないものの、とにかく派手だ。蛍光色のタンクトップに、今はまだちょっと寒いだけなのに、ピンク色のダウンなどを着ている。しかも学校にこっそりイヤリングやら持ってきている。耳に黒い何かがある。あれはホクロなのか、それともピアスの穴なのか。正直誰も分からないと思う。
ぶりっ子ではないから女子の評価はかなり高いけど、ちょっとケバケバしすぎていて、男子からは引かれている。男子って素朴な女子を好きなんだなと思う。
だから可愛らしい服を着ていて、いつも着飾っている女子ほど、女子に人気は高いが、男子からはモテない。所詮は顔だ。
……しかし田中もウザい。私ってどっちかっていうと女子なんじゃなくて、男子寄りなんだな、と思う。
遠藤ほどではないけれど。
マジうぜぇ。私は舌打ちをする。
一瞬、田中が怯んだような気がした。
「ギャルマジウザい。……美玖、行こう?」
「……うん」
何故、美玖、と呼んだのだろうか。
そして、普段は相手に聞こえないように悪口を言っていたのに、何故こんなことを言ったんだろう。
……きっと、先生が人を殺したからかな。
……うん、きっとそうだよ。
先生が殺したから、怯えているんだ。
何故あの気弱で優しげな先生が人を殺すんだ。
……先生がサイコパスに見えてきてしょうがない。
今日、何が起きるかも分からない。だから私は厳重に注意をしよう。何事にも動じずに。そう、先生が生徒を一人ずつ殺すかもしれないけれど。
私は、私一人だけが、先生が人を殺した事実を知っている。
今回は少し方向を変えて、殺人ゲームが始まる前の話にしました。
あと回想シーンで、彩未が一言も喋っていない……んだけど、気付いている人いたかな。




