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出席番号二十番 田中華菜

 毎度毎度、遅くなって本当にすみません。

 実は遼平みたいな奴に恋してた時期があったからこそ、こんな話が書けたり書けなかったり。

 私には、お父さんというものがいない。お母さんが、「お父さんはいないよ」って、そう言っていた。小さい頃は、「お父さんは仕事でいないんだ」ってずっと信じていたけれど、生まれた頃からいなかったことを知って、お父さんは仕事でいないわけじゃないって、知ってしまった。

 そんな私は、お母さんと二人暮らしで。


 マンションのリビングで、ぴしゃ、ぴしゃ、という音がする。私が自分の部屋からリビングに通じるドアを開けると、そこには化粧水を塗っているお母さんがいた。

 今は、朝方の五時。お母さんは、今から会社に行くところだという。

 六年三組で、「田中華菜の母親は水商売をしている」と噂されるが、はたまた、水商売の理由というものを知っているのだろうか、六年三組の人達は。

 しかも、私のお母さんは水商売はやっていない。れっきとした会社員で、年収は一千万前後だという。小学校で、テストは毎回九十点から百点を取って、中学校では学年十位以内には入っていて、高校では倍率九倍の高校に入って、大学は都内で有名な大学に入ったというし、まぁ、結構充実した人生を送っていたそうだ。

 それなのに、とんだお人好しで……うん、まぁ、そういうことなのだ。


 そして、そんな賢くて真面目なお母さんの子供が、まぁ、こんな、とんだ馬鹿。馬鹿っていうのもあれだけど、まぁ、ギャルにハマる女子なんだ。美玖ちゃんよりも、多分もっとケバケバしていると思う。男子から、「ババクサい」って思われることを承知しているけど、私は、そんなファッションが好きなんだ。



 それもこれも、……遼平のせいだったのかもしれない。

 小学校一年生の頃、春の花咲く入学式に、出会ったんだ。


 ◆◇


「お母さん、写真撮って、写真」

 小学校の校門。お母さんは、「はいはい」と笑いながら、デジカメを取り出す。当時はさほどスマホが浸透していなかったから、お母さんも、スマホを持っていなかった。それでも、六年生になったら「華菜は遊び歩くし、危険だから」とスマホを持たされるようになったのだけれど。


「はい、チーズ」

「いえーい!」

 私は、校門前の「入学式」と書かれた看板の前で思いっきりピースをした。

 そして、学校に向き直る。私の身長の何倍もの高さがある校舎。早く学校の中に入ってみたい。そんな思いでいっぱいで、私は看板の前から校門まで走っていく。


 新しい学校への、最初の第一歩。


 だけど、その時私は、前を見てなくて。



 がつんっ。



 私は思いっきり尻もちをついて、そして、泣いた。

 小学一年生、つまりつい最近まで保育園せいだった私は、転んだのがコンクリートの上だったのが、辛かったみたい。今じゃ、全然涙なんて出ないのに、当時はわんわん号泣したもんだよなぁ。

 だけど、ぶつかった人が、全然謝ってくれなくて。顔も、涙でぐちゃぐちゃで全然見えなかったし。今じゃ、上級生がこっちにぶつかってきてもこっちから謝っていくような子供になっちゃったけど、入学したてほやほやの私は、相手が謝ってくれるもんだと思っていた。大人なら、子供に謝れよ、みたいな感じで。



「泣いてんじゃねぇよ、こっちだって泣きてぇのに、何お前、泣いてんだよ?」



「ふぇ?」

 だ、誰だよ、お前! って、思っちゃってたんだよね。顔も見えないし、声だけで男って分かってたんだけど、全然、年上なのか年下なのか分かんなくて。

 涙でぐちゃぐちゃになった目元を、私は思いっきり、袖で拭って。お母さんが心配して、「まぁ、まぁ」ってハンカチで涙を拭いてくれたけど。


 そこにいたのは、全然知らない、眼鏡の男の子。紺のブレザーに、紺のハーフパンツ。黒のランドセルが、きらきら輝いている。

 しかも、立ってる。

 私と同じで、尻もちついているのかと思ったら、普通に立ってる!

 なんだか急にむかむかして、私は思わず、「誰あんた!」って、立ちあがって指さして言ったんだ。

 するとその男の子は、「はぁ?」と声を荒らげて、はんっと鼻を鳴らした。

「そっちから言えよ。ぶつかってきたのはそっちだろ?」

「は、はぁ?」

 男の子の失礼な言い方に、私も声を荒らげる。


「あんた、ごめんなさいとも言わなかったじゃないの!」

「はっ、顔が涙でぐっしゃぐしゃじゃねぇか。そんな姿で怒られても、全然謝る気しない」

「はぁっ? あんた、ホンット失礼ね! そう言っていられるのも今のう……」

 私がもう一度男の子を睨み付けようと男の子の顔を見たとき。その男の子の目を見て、何も言えなくなってしまった。


 男の子の目は、私と同じようにほんのり赤くなっていたのだ。泣いているのは確かだろう。

 でも、さっきまであんなに私のことを悪く言っていたのに、私と同じように泣いてるだなんて、不思議。きっと、私と同じように、痛かったんだよね。私もちょっぴり、ごめんなさい。

 私がそう思って、まじまじと見つめていると。


「何見てるんだよ! 気持ち悪い!」

「き、気持ち悪いって……」

 一年生の私でも、気持ち悪いの意味は知っている。見ず知らずの男の子に気持ち悪い、と言われて、私は更に泣き出した。

 校門前でわんわん泣く子供が恥ずかしかったのだろう、お母さんが、私の肩を引っ張る。


「こら、華菜。こんな所で泣いちゃ、せっかくのお洋服が台無しじゃないの。……あぁ、ごめんね、華菜がぶつかってきたのに、責めちゃって……。……こら華菜、謝るのよ」

 お母さんが、ハンカチを取り出して私の涙を拭いて、そして男の子に謝る。

 私が涙を拭かれて、男の子を見て「ごめんなさい」と謝ろうとした矢先。



「遼平、何女の子泣かせてんだよ! ……ごめんね、えーっと、華菜ちゃん?」



 一人の背が高い男の子……私より二十センチぐらい身長が高い男の子が、男の子の肩を掴んで、私に謝ってくれた。

 突然知らない人がまたも登場して、私はしばらくぽかーんとして。

 ふとぶつかってきた男の子を見ると、さっき赤かった目を、更に赤くして、今にも泣きそうな表情になっていた。背が高い男の子を、眉を潜めて見つめている。


「随分と賢い顔をしていますね。お兄さんですか?」

 お母さんが私の頭を撫でながら関心したように言う。すると背が高い男の子は、「はい」とはきはきした声を出す。

「僕、上原龍平(うえはらりゅうへい)って言います。弟の遼平で、今日、この心が丘小学校に入学するんです」

 背の高い男の子は、ニコニコと笑いながら、遼平と呼ばれた男の子の頭を撫でた。だが、その背の高い男の子……龍平さんとは反対に、遼平君はムスッとした顔のままだ。


「あはは、もう、笑いなって。……遼平、聖ハスカ小学校の受験に落ちちゃったから、落ち込んでるんです」


 龍平さんは、しゃがんで遼平君と視線を合わせる。だが遼平君はムスッとしたままで、「もう~」と龍平さんを困らせていた。

 するとお母さんが、「え?」と驚きの声を上げた。

「聖ハスカって、あの頭の良い、日本屈指の名門校でしょう? まぁ、小学校に上がる前から勉強をしていたんですか? すごいねぇ、最近の子供って」

 お母さんがそう言うと、今まで黙っていた遼平君が、やっと口を開く。

「……兄ちゃんは合格しちゃったから……、一緒に学校に行きたいなって思ってて……」

 更にお母さんは驚いたらしく。

「えっ、龍平君、合格しちゃったんですか?」

 今度は、すごいねぇ、という言葉も出てこなかったみたい。瞬きを数回繰り返して、気を取り直したのか、「さっ、遼平君達も、華菜も、入りましょう」と校門を向き直った。


 と。

 私はあることに気がついて、遼平君の方に向き直った。

「あれ? 遼平君、お父さんとお母さんは?」

 すると遼平君は、うんざりしたのか、ため息をついて、言った。

「二人とも、急に仕事がなっちゃったらしい。……って、そんなこと、聞かなくていいだろ?」

「聞いてもいいじゃん、別にぃ」

「あぁー。また泣きそうになってる。涙で顔ぐしょぐしょって、また言うぞ」

「はぁー!? 何言ってんのよ、遼平君」

 私を睨みつけてくる遼平君。もう、失礼すぎる!



「小学校六年間で、一回でも同じクラスになったら、絶対許さないんだからね!」



 私が怒ってそう言うと、突然遼平君は噴き出した。

「ぷっ、絶対許さない? 何でだよ」

 なっ、私を、馬鹿にしてる!?


「もー、絶対、許さないんだから!」

「あっそ、許せるもんなら、許してみろよ」

 会って一時間も経っていないのに、次の瞬間には、もう、口喧嘩しちゃってる。

 そんな私達は、一年生の始まり、入学式の日に、一緒に校門をくぐったのだ。


 ◆◇


 あれから約六年の月日が流れた。

 ところどころ汚れているランドセルを棚に置いて、大きく伸びをする。


「ねぇ、華菜ちゃん、今日、席替えだって」

「えぇ、マージーでー?」

 女子の誰とも仲が良い栗沢麗羅ちゃんが、私の机に走ってきて、話してくれる。ポニーテールがサラサラと流れていく。美人だなぁ、麗羅ちゃんって。

「席替えかぁ、誰の隣かな?」

「前藍花ちゃん、後ろ華菜ちゃんだったら、絶対勝ち確なんだけどなー」 

 何に勝つというのだろう。まぁ、そんな不思議な麗羅ちゃんが、魅力なんだけどね。

「華菜ちゃんは、隣になりたい男子っている?」

「はぁー!? いやいや、いるわけないじゃん!」

 私はふるふると首を横に振る。「だよねー」と麗羅ちゃんが頷く。


 本当は、いるよ。


「このクラスの男子、ガキだし、馬鹿だし、「ゴリラ」とか「ババア」とか女子の悪口言うし、アホだし、ふざけるし、頭悪いし、もう、大人っぽい男子がいないじゃん!」


 大人っぽい男子なら、すぐそばに、いるじゃん。


「知的で格好良くて、大人っぽくて……そんな男子が、このクラスには一人もいないしー」


 いるよ、ただ一人。一樹でも、想樹でもなくて。


「華菜ちゃん、このクラスに、好きな人、いるー?」


 いるよ。だから、ただ一人。大人っぽくて、知的で、格好良い、女子の悪口を滅多に言わない、そんな男子が、いるじゃん。



「遼平くーん!」



 ひらひら、と手を振る白い手が、私の視界に入ってくる。


 白井大志……いや、藤川美玖ちゃんが、遼平に向かって、手を振ってくる。

「おはよぉ~。今日も、カッコいいね!」

「……え?」

 自分の席で一人で本を読んでいた遼平が、かなり引いた様子で美玖ちゃんを見つめる。

「その眼鏡も、超カッコいいし~、マジ似合うよ!」

「……お、おぅ、そうか」

 何だか、まんざらでもなさそうな顔をしているなぁ、遼平。

 まぁ、そんなところが、いいんだけどね。


「でも、俺、本読みたいから、褒めるの、あとにして」

 さらっと言う遼平。美玖ちゃんは、ぷくぅっと頬を膨らませて去っていく。

 それを見て、美玖ちゃんからかなり離れた廊下から、「クソザマァ」と笑う彩未ちゃん。彼女、美玖ちゃんと仲良くしているところもあるけど、実は嫌っているのかな。

 確かに、美玖ちゃんはぶりっ子って感じだ。ツインテールに、いっつも可愛い洋服を着ている。仕草も思わず可愛いって思っちゃうような仕草だし。

 でも、ぶりっ子も、全然良いと思うんだけどな。だって、自分が、好かれようと努力しているんだもの。少なくとも、好かれようという努力をしない人よりかは、立派だと思うよ。ぶりっ子でもいいじゃん。可愛くて、周りから好かれようと努力している美玖ちゃんは、私の何十倍も立派だよ。

 私ったら、遼平に嫌悪感を抱かれているもの。しょうがないよ、しょうがない、うん。


 いつしか、誰かが、「人は、自分にないものを持った人を好む」と言っていた気がする。

 誰か……それは、同じ塾に通う男の子だったかもしれない。


 ◆◇


 同じ塾に通う男の子。その子は、結構頭が良くて、同じ塾に通っているけど、滅多に会わない子。私の通う塾は、進学塾で、かなーり頭が良い。私はそこの一番下のクラスにいるけど、その子は、トップクラスの教室にいる。だから、塾内を歩くだけで、皆が振り返るんだ。

 しかもその子は、かなり顔がカッコいい。塾の中でも、彼を好きな子がいるぐらいだ。


 ちなみに、その塾に、遼平もいる。もちろん、遼平目当てに入塾したんじゃなくて、ただ、偶然同じ塾だっただけなんだ。でも、その子と遼平は全然友達でもないし、お互い、顔は知っているんだけど、って感じだった。遼平と彼は違うクラスだったけれど、遼平はよく、全国模試で良い成績を残しているから、塾内でも結構有名人なのだ。私は、そんな遼平が誇らしい。育てたわけでも、同じクラスなわけでもないけれど、何故だか、同じ学校出身なことが妙に誇らしいのだ。


 その子が偶然、カフェテリアで友達数人と話しているのを見かけた。私は、お母さんが作ってくれたお弁当を食べながら、成績優秀者の話を盗み聞きしていた。



(かえで)、今日も全問正解だったな」

「マジ、聖ハスカに通っている奴は違うな~」

 聖ハスカ……か。

 遼平の目指していた学校だ。超名門校で、超頭が良い、テレビでもよく報道されている、あの学校。馬鹿な私だと、そんな想像しか出来ないけど。そっか、あの子、だから頭が良いのか。

 すると、中央にいるカッコいい男の子が、ぶんぶん、と首を横に振る。


「そっちだって、藤咲行ってるじゃんか~、喩菜の通ってた頭良いがっこ……」


 その子は慌てて口を塞ぐ。友達数人が、ニヤニヤと笑う。

「喩菜って、誰だよ楓~!」

「彼女か? 彼女か? いいなー、聖ハスカ行ってるお坊ちゃまはよ~。どうせ人生、イージーモードだろ?」

 ち、ちがっと否定しまくる男の子。カフェテリアに冷やかす声が広がって、皆が振り返る。

 男の子は「あぁ、すみません、皆さん」とぺこぺこと頭を下げて、友達に「おい、お前ら、ざけんなよ」と笑いながら言った。


「……で、ホントはどうなわけ? 喩菜って」

「お前、マジ懲りろってば。……彼女だけど」

 恥ずかしがりながらも、彼は堂々と宣言した。

「おー、マジかー。羨ましいな~」

 友達達は、口々にそう呟く。


「いいなぁ。……お前って。顔も頭も良いし、優しいから、女子にモテまくりなんだろ~?」


 ふいに、友達数人のうち一人が、ため息をついて呟く。

「俺なんて、チビだし、女子をすぐからかっちゃうし。ほんとはな、好きな女子もいるんだよ? そいつを、からかっちゃう……わけよ。で、そいついっつも、ひどいって、マジな顔で言ってくるわけでさ。……どうしよ、俺って嫌われちゃうのかなって」

 ……おいおい、それ、赤の他人の私が聞いちゃっているんですけど? この子達、私が後ろでひっそりと弁当食ってること知らないのかな。


「そんなわけねぇよ、お前、すっげぇいい奴だよ」


 ふいに、その彼女持ちの男の子が言う。

「からかうのやめたら、その女子と接点がなくなっちまうって思ってんだろ?」

 彼女持ちの男の子……楓君が、その男の子に尋ねると、その男の子は、「まぁ、な」とコクリと頷いた。

「じゃあ、からかうのやめて、もっと接点作ってけばいいんだよ。例えばさ、もうすぐ、夏だからさ、プールとかに誘えばいいじゃん」

「……は? そんなの、出来るわけねぇじゃん」

 笑いながら、でも半分怒りながら、その子は言う。楓君は、ははは、と笑いながら、その子の背中をそっと撫でる。


「頑張ってみろって。こんな俺でも上手くいったんだぞ?」


 頭も良いし、顔もカッコいいし、性格もカッコいいし。……そんな楓君だから、きっと成功できたんだと思うよ。



「自分にないものを持っている人のことを、人って興味持つんだよ」



 そのとき。

 頭の中で、何かがぴかっと、光ったような気がした。

「「……マジで?」」

 私とその子が同時に呟く。私は慌てて口を塞ぐ。聞かれたかもしれない。マズイ。


「あぁ、マジ。だって、俺、喩菜と性格全然違うもん。自分にはないものを持ってたから、惹かれたの。そういうことだよ」


 彼は、そっと頷く。

 途端に、友達数人がドッと笑う。


 それを見た、通りすがりの女子達が、ひそひそと話をする。

「楓君って、自分の学校の友達以外は毛嫌いしているって噂だけどさ」

「あいつら、本当は嫌われてるんじゃないの? なーんて」

 え、嘘……。

 楓君、今笑い合っている子のこと、好きじゃないの?

 うーん。人間って、不思議だ。


 ◆◇


 それが、私の記憶。

 あの後、私は家に帰って、「遼平にはないもの」の徹底調査をした。

 そして結果は、「派手さ」。彼は、頭が良くて、ピカ一の才能があるものの、学校内だと地味で目立たない存在なのだ。

 そして、私は真反対の、派手なギャルっぽい女。そうだ、今のまま。今のままでいいんだと、私は思って今日まで必死に頑張ってきた。


 遼平を好きになってから、ちょっとすぎた頃だ。

 全校朝会の時、委員会の報告で噛みまくっていた私を、唯一救ってくれた遼平。あの時、どれほど感謝し、どれほど嬉しかったか。

 それがやがて、恋心に変わっていったのも、不思議ではないと思う。幼い、一年生の頃から言い争っていた私達。もしかしたら相性が良いのかもと、勝手にそう思っていた。


 現実は、そうはいかない。


 遼平は、自分でこそ否定していたが、藍花ちゃんが好きなのだ。

 優しくて真面目で穏やかな藍花ちゃん。世の法則、「二対六対二」をぶっちぎるような、天使の実織ちゃんよりかは嫌いな人も多いかもしれないけれど、誰からも好かれる超優等生だ。

 自分でも、藍花ちゃんが好きってことに気が付いていなかったらしく。ホント、タチが悪い。


 どんなに勉強ができて頭が良くても、恋愛面では疎い奴なんだ。遼平のことを好きだった女子が三年の頃いたようだが、その子がどんなに「遼平君、一緒に遊ぼう?」とか「遼平君、一緒のグループになろう?」って、そりゃあ周りにバレバレの好意をまき散らしていたのだ。だが遼平はガチの方で「彼女の好きな人は自分」と気が付いていなかったのだ。これは学年でもトップクラスの鈍さである。しかもそれが「気付かないふり」とかじゃなかったから、もう皆呆れている。


 そんな彼が、私の好意に全然、気付くはずもなくて。

 自分の恋が叶わないって、百パーセント、分かってる。でも、せめてこの想いだけは伝えたいって、思うようになったんだ。

 だから、隣の席になったとき、とても嬉しくって、同時に作戦も考えた。わざと週一ペースで、「友達に教科書を貸している」という体で遼平の教科書を見せてもらっているし、給食の班の片付けも、自分が率先してやっている。シャンプーだっていい香りのするシャンプーにしているし、筆箱だって結構可愛い。鉛筆も鉛筆キャップも可愛くしたのだ。

 かなり女子力アップするために色々しているのに、流石キングオブ疎さ。ぜんっぜん気がつくこともない。


 それでも、いいんだ。

 だって、今日、告白するって決めたんだから。


 席が隣だけど、話さなければいいだけのこと。

 遼平は、遼平で生きていればいいんだから、私のことなんか、気にしないで。って、言えばいいんだ。



 そう、そうだよ。私、藍花ちゃんが好きで、いつも完璧な、遼平が好きなのに。

 なのに、何で、こんなに胸が痛くなるの……?


 ◆◇


 おかしい、おかしいよ……。

 こんなに、おかしいことって、今まで、なかったよ。



 先生が豹変して。

 巧が殺されて。

 皆が、誰もいない学校で逃げることになるだなんて。


 殺人ゲーム、と銘打った狂った出来事が起こって、もう、早数分。

 私は、遼平と共に、行動している。


 念願の、遼平と二人っきりが叶ったのに、何故だか全然嬉しくない。って、そりゃそうか。今、命を狙われていて、相手に自分の位置情報が知られたら殺されちゃうんだもの。


 先生が来ることはなさそうな場所。……屋上に向かう階段を、私と遼平は上る。遼平は険しい顔をして、前を見つめている。というより、睨みつけている。

 やっと上り終わると、遼平は何故かムッと顔をしかめる。ここは埃が目立つからな。埃が嫌なのかな。


「……遼平って、聖ハスカに通おうとしてたんでしょ?」

 私は、思いっきり話題を変える。遼平はちょっとだけ目を見開いて、頷いた。

「超名門校だよね、あそこって。遼平が小学校受験で落ちても仕方ないよ」

 なのに、何で学校の友達以外を毛嫌いしているあの子が、聖ハスカに受かることが出来るのだろう。遼平の方が、ぶっきらぼうだけど、優しいはずなのに。

 遼平が、小学校受験で落ちて、入学式の日、涙目で校門の前に立っていたというのに、何故楓君が、受かったのだろう。

 新しい学校の前で泣くほど、聖ハスカに行きたかったと思った遼平が落ちるなんて。世の中、何が起きるか分からないんだよね。

 努力が報われるなんて、きっと、ごく一部の話だよ。遼平は受験で落ちたし、私は、叶わない恋を必死で紡いでいる。

 そして、今日、告白するつもりだったのに、結局、叶わなくなってしまった。伝えたいという願いも、なくなってしまったのだ。


 世の中は、自分の思い通りにいかないんだ。いっつもお母さんは、私に服とかリップとか、色々な物を買ってくれた。「華菜はいい子だからね」って言って、色々な物を、与えてくれた。

 でも、そのお母さんに、何も恩返しできないまま、死んでしまうのかもしれない。


 せめて、遼平にだけは、伝えたい。手紙に書いた私の想いを、今、誰かに読んでほしかったんだ。


 だから、この想い、どうにか、伝えよう。


 私がそう決意して、一人で頷いていると、遼平は馬鹿にされたと思ったのか、「何だよ」とムッとしていた。

「別に。……でも皐ちゃん受かっちゃうんだよね。一誠の妹」


 そういえば、自分でも言っておいて今気付いたけど、一誠の妹、受験で受かっちゃったんだ。一誠は入学式の日、泣いたのかな。泣かなかったのかな。

「あぁ。まぁな」

 頷く遼平。

「偉いよね、ちゃんと勉強してたからかな。すごいよねぇ」

 その点、私は、全然頭が悪くて。遼平の足元にも及ばない。

 皐ちゃんが、羨ましい。その頭脳、交換してほしいな。そしたら遼平と、もっと話が合うのかもしれないのに。

「お前、いつものお前らしくないな」

 遼平が不思議そうに私は尋ねてくる。ここは、軽く受け流しておいた方がいいのか、それとも、受け止めるべきなのか。一瞬考えて、私はどっちつかずの方法をとった。

「やだぁ」

 噴き出して、また、続ける。

「こんないつ殺されるか分かんない状況で、いつもと同じでいられるわけないじゃん」

 私は、わざと、笑う。


 何故だか、無性に叫びたくなった。

 遼平に泣きついて、本当は抱きついて、わんわん泣き叫びたかった。だけど、泣き叫んでみたところで、何も変わらないのは事実だ。

 つられて、遼平も笑ってくれた。

 本当は、こんな笑顔、一瞬でやめたかったのにな。

 でも、出来ない。遼平が、私の言葉で笑ってくれるのが、嬉しかったのに。

 それを止めることって、すごく卑怯な気がするのだ。何故だか、分からないけど。


 だから、私はこっそり、ポケットの中に入っている手紙に触れる。



「ホント、今日がいつもと一緒だったら良かったのにな」



 ◆◇


 屋上に、遼平がいる。

 私は、そこから扉一つ隔てた、屋上へ続く廊下にいる。

 しゃがみ込んでぺたんと座ると、お尻が結構冷たい。


「はぁ……」

 さっき、思いっきり、手紙、握りつぶしちゃったけど、今更ながら、後悔してきた。

 遼平は、私のことなんて、見向きもしないだろう。

 それでも、私と一緒に行動してくれているのは、ただ単に、単独行動が怖いだけ。二人いれば、その分、他の所に目を配れるから、どこに先生がいるかとか、分かる確率がぐんとアップするんだよね。

 ……でも、今私は一人ぼっち。

 遼平は、屋上に一人。

 告白できなかったことが一気に情けなくなった私は、屋上に遼平を置いて、逃げた。


 酷い奴だ。私なんて。遼平は何にも悪くないのに、一人で逃げた。


 立ち上がって、私は屋上のドアを開けた。

 もう、いいや。こんな臆病な私なんて、いらない。遼平に、せめて、想いだけでも伝えるんだ。

 そして、遼平だけは必ず逃がす。告白をして、遼平だけは、必ず逃がす。将来有望な遼平がここで死んでしまうなんて、あってはならない。


 屋上の扉を開けると、意外にも、目の前にいたのだ。


「う、うえぇいっ? 遼平!?」

「田中!」


 まさかの偶然。遼平も私も目を見開いて、そして。

 お互い、笑っちゃって。



「……遼平、偶然っすね」

「偶然……だな」



 遼平は困ったように顔を引きつらせて笑い、私の手を引いて、階段を降りた。

「……下行かないと、見付かる。逃げるなら、今のうちだ」

 リードしてくれる遼平が珍しく、また嬉しくも思って、私は「うん!」と頷いた。



 そこで、言うなら、今しかないって、私は何故か、確信した。



「遼平!」



 私は、彼が掴んでくる片方の手を、もう片方の手で包んで、叫んだ。

 もういい。先生に聞こえても、お構いなしだ。その時は、私が死ねばいいんだから。


「な、何だよ」

 止まったことが嫌だったのか、遼平はムッとして、でも、ちゃんと立ち止まってくれた。



「あの、あのね。私ね」



 心臓が、バクバクと音を立てる。

 言うなら、今しかない、今しかないって。

 遼平が、私を怪訝そうに見つめてくる。

 もう、言い逃れ出来ないんだって、現実が突き付けてきた。




「私ね、遼平がね、……好きなんだ」




 遼平が、目を見開いて。

「えっ」という声と同時に、私の片手を掴む手の力が、一瞬、ギュッと強くなった。


 今、どうなるのか、誰にも分からなかったと思う。


 ただ、遼平は、何も答えずに、静かに、私の手を掴んで、階段を降りていった。


 何で?


 もしかして、届かなかった?

 嘘。私の言葉、届かなかったの……?



 そんなの、鈍い遼平のことだから、当然のことなのに。

 何故だか、涙がじわっと出てきていた。


 ◆◇


 階段を降りると、そこには、先生がいて。


 ここで、死んでしまうんだって、全てを悟った気になった。

 掴んでくれる遼平の手を、私は必死に引き離した。


 遼平だけは、助かってほしかったから。

 私が遼平の手を外して、遼平の前に「手を出すな」と言わんばかりに右手を突き出すと、遼平は何故か驚きの目で私を見つめてきた。



「なっ、何で、俺を?」



 私は、せめてこれだけはドヤ顔で言いたい、って勢いで、言った。



「当然でしょ。遼平のこと、好きだもん」



 そして私は、階下から睨んでくる先生を見下ろした。

 さぁ、来なさい! 先生! 遼平を絶対、殺しはしないんだから!



 この後、もう私はどうせ、一生かっこつけることなんて出来ないんだから。

 だから思いっきり、かっこつけてやるんだから。





 そう、思っていたけれど。

 先生は、フッと笑って、遼平に銃口を向けた。

 息をのんで、私は、遼平を思いっきり突き飛ばす。

 だけど、ひ弱な私が押しても、びくともしなくって。


 ああ、もう、遼平は撃たれてしまうんだ。

 私が、目をつぶると。



 ふいに、何かが、私を包み込んだ。



 あれ? 私、もう死んじゃったのかな?

 でも、その割に、ばんっ! って音がしないんだけど。


 じゃあ、今、ここで包んでいるものって。


 目を開ける。



 そこに、遼平がいて。

 今この場で、顔が赤くなってしまいそうになった。

 遼平が、私を、包んでくれているんだ。



「俺も、お前を……華菜を、守る」



 今、華菜って……。



 私も、包み返そうと。



 包み返そうと、したのに。

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