出席番号十五番 佐藤香奈枝
最近どんどん長くなってきております。多分来週からは冬休みが終わってしまうのでいつものペースに戻ると思います。冬休み書き進めるとか豪語していたくせに結局はいつもと同じペースでマジすみません。
そして、「クレイジー・スクール」のコラボ小説は、このお話が完結してから始まります。
自分でも、何が起きたのかは、よく分かっていない。
彼のことが好きになったのは、紛れもない、今このとき。
委員会の、このときだった。
◆◇
「委員長は、佐藤香奈枝さんで、宜しいですか?」
浅野さんが、皆をぐるっと見回す。ウチのクラスの夏実ちゃん、通称なっちゃんも、頷く。他の同級生も、五年の保健委員会の人も、頷く。
今は今年度初の委員会。ウチは、保健委員会に立候補した。同じクラスのなっちゃんと瀬戸口も、保健委員会だ。
軽く保健委員会を五年生に説明した後、次は書記決め、副委員長決め、と話はどんどんまとまり、残るは委員長決めと自己紹介だけとなった。
正直、自分もあんまり、委員長なんかはやりたくなかった。ちょうど保健委員会が余っていたから入った。それだけだ。ウチの興味あるものは、ファッションと恋と友情、あとちょっと勉強。委員会なんてホント論外もいいところ。
それなのに、何故か、投票で私に票が集まってしまったんだ。
事の発端は、五年生の男子の発言に遡る。
「では早速、委員長決めをしていきたいと思います。立候補する方はいますか?」
立候補で書記となった六年一組の菱川学が、皆を見回す。
まとめる能力だけはある菱川は、実に六年生のリーダー的存在だが、実は陰口を言うことがあるという噂だ。……噂と言うか、一樹が髪を一つ結びにした時、「人の好きなこと馬鹿にするとか、有り得ない」と秋枝ちゃんが怒っていたほど、めちゃくちゃ馬鹿にしてたけど。
……まぁ、もちろん手を上げる人なんて誰もいない。そりゃそうだよね。もう高学年だもん。こういうところで立候補して「何あいつ」って悪目立ち、したくないもんね。
もう、これはちゃっちゃか推薦で行きましょうよ。ねぇ、学。
「……では、推薦で行きます」
ウチの願いは届いたようだ。あっという間に推薦へと移行した。どうせウチは選ばれないから、暇でも持て余してようと、ヘアピンをいじり始めた。
だけど、その平穏は、ある男子の一言で、一気にぶち壊しとなった。
「誰か、良いなと思う方……」
「はい、はいはい、はーーーーい!」
やけに元気な声。……聞いたことのない声。
「佐藤香奈枝さんが、良いと思いまーす!」
「っは?」
いきなりの推薦。何だ今の。思わずヘアピンを机に落としてしまう。
「えっ、佐藤? 何で? ……あ、失礼。何でですか?」
意外な推薦だったのだろう、学の素が出た。失礼すぎるだろう。でもまぁしょうがない。当の本人だって驚くんだから。
でも一番驚いたのは。
その推薦した人が、全然知らない男子だったこと。
そりゃあウチも、いつも「ふわふわ三人組」の実月ちゃんや七恵ちゃんと行動してるけど、五年生の顔とか名前とかは分かってるつもりだよ? ……でも、誰だこの子。
こげ茶色のちょっと天然パーマっぽい髪の毛に、優しそうな栗色の丸い瞳。全体的に華奢ですらっとした体型。それに、かなりの美少年。童顔って感じだな。
……うん、ちょっと外見語っちゃったけど、ホント、何だこの子。
五年生の頃の委員会は図書委員だったけど、図書室でもこの子、見たことなかったし。あんまり本を読まないのかな? それともあんまり図書室に来てないとか? ……でも、こんな美少年、覚えてると思うんだけどな。
……じゃあ、まさかの転校生? いや、転校生が何でウチのこと知ってて、何でウチのこと推薦するわけ? 意味が分からないよ!
「……彼女、知ってますか? 放課後、いっつも友達と三人で、教室の掃除をしているんですよ」
美少年がそう言うと、「へぇ」という視線がウチに集まる。
……掃除かぁ。あぁ、あれは確か、七恵ちゃんが「この教室汚れてるね~」と言ったのが原因であって、ウチがやろうと言いだしたわけではなく……。あれ? 確かそれって、五年生のときじゃなかったっけか。この子ホント誰だ? 全然知らないんだけど。
「へぇ、そうなんだ。知らなかった。すごいね」
瀬戸口がボソボソと囁くようにウチに言った。いやだから、褒めるなら七恵ちゃんにしてくれません?
「クラスに貢献していたなんて、ホント有り難いです」
なっちゃんがお礼を言う。……思うんだけど、なっちゃんって藍花ちゃんとキャラ被ってる気がするんだけど、気のせいだよね? うん、気のせいだ。と思うことにしよう。
「だから、僕は佐藤香奈枝さんが良いと思います! 以上!」
そう言って座る美少年。五年生の女子が、「もー!」と叫んでいる。なんだなんだ、学年のアイドルって感じか。
って、ちょっと待って!?
さっきあの子推薦したんだよね? ……ってことは、必然的に、推薦されたウチが委員長になっちゃうじゃん! 最悪だ!
ウチが机に突っ伏すと、例の台詞を学は言った。
「委員長は、佐藤香奈枝さんで、宜しいですか?」
全員が一斉に頷く。
……あーあ。ウチの平凡な保健委員会が、終わっちゃったよ。もう委員長だよ、最悪だ。
……ってか、誰この子? 勝手にウチを推薦なんかして! 許せないったらありゃしない!
そうだ。自己紹介の時、名前を聞いてやろう。そして、電話番号と住所を調べてピザ十枚送りつけてやる。
かなりヤバイ想像をしていると、自己紹介に話が進んでいた。
「おい、委員長。話進めろや」
学が「こいつが委員長とか保健委員会ぶっ壊れそう」という顔をしながら言ってきた。言っとくけどウチだってやりたかったわけじゃないからね!? ってか、たかが「毎日教室を掃除してる」って情報だけで納得する学達も学達でしょ!?
ため息をつきながら、ウチは保健室のボードの前に立つ。
「では、自己紹介へ行きたいと思います。五年生からで、宜しいですか?」
そう言うと、五年生は素直に頷いてくれた。文句を言わない素直な五年生で、六年のしぶしぶ委員長は助かるよ。
美少年の順番が回ってきた。あいつ、どうやら五年四組らしい。
早く名前を言え。ピザ十枚送りつけてやる。きっちり十枚で一番高いやつ。
ウチが美少年を敵視しながらガンを飛ばしていると、美少年はスッと立ちあがった。あいつ立ち方もカッコいい。五年女子から「キャー」という声援が上がる。何だこの子達。麻薬でもやってんのかな。それとも、ウチの方がおかしいのかな。こんな美少年に声援を送らなくて、逆にピザ十枚高いの送ろうとするウチの方がおかしいのかな。
「五年四組の谷崎裕里です。保健委員会では色々なことをして、学校に貢献していきたいです。宜しくお願いします」
谷崎裕里。
可愛い名前して随分と先輩を困らせる真似をしたものだ。しかも結構人気があるみたいだし。ピザ十枚送り付けたら殺されそうだからやめておこうかな。
自己紹介が進み、いよいよウチの番になる。
「えーっと。……佐藤香奈枝です。宜しくお願いします」
自分でもわりと無難な自己紹介だと思う。無難以前の問題だと思うが。
「……はい。では、今年度初の保健委員会を終了します」
いつの間にか委員長のウチより書記の学の方が、色々と進めてくれた。ありがとう。
◆◇
「はぁ。何でウチがこんな雑用しなくちゃなんないんだよー」
保健委員会が終わった直後、保健委員会担当の安達先生が、「保健室へ石鹸を運ぶのを手伝ってくれませんか?」と言ってきたので、しぶしぶ手伝うことにしたのだ。しかも安達先生は「安達先生ー」と校長先生に呼ばれたからって、「宜しくお願いします、委員長」と自分の分まで全部ウチに任せやがった。
だから委員長なんてやりたくなかったのに。何が委員長だ。裕里君って子がやればよかったのに。って無理か。
ため息をつきながら保健室に石鹸数個を運んでいくと、廊下に、見覚えのある女子が立っていた。
ポニーテールで、結んでいるゴムは可愛らしいシュシュ。ウチのような百均のシュシュとは違う、ちゃんとしたシュシュだ。顔の輪郭とか目とか全体的に丸っこい。でも決して太っているわけではなくて、肩を出した服を着ていて、ミニスカートの下にスパッツを履いている。靴下にはレースがついてて、上履きは白。
……確か、保健委員会で、悠里君がウチを推薦した時に、「もー!」って言ってた女子……だったような。
その子は、ウチに気がつくと、ハッとしたような表情になり、それから顔を曇らせた。
……えっ? ウチ? 何かしたかな?
その子は、ツカツカとウチの方向に歩いてきた。手に抱えた石鹸が滑り落ちそうになり、慌てて掴む。
そして、その女の子は徐に口を開いた。
「裕里君、取らないでくださいね?」
「はい?」
裕里君、取らないでくださいね……って、物じゃないでしょ?
思わずそうツッコミを入れてしまう。……いきなり、初対面の先輩に向かって、「取らないでくださいね?」って、何?
訳が分からないんですけど。ねぇ。
「裕里君、あぁ見えて、すっごく心が揺れやすいんです。委員長に推薦されたからって、良い気になって、取らないでください……」
一気にしぼんでいく女の子。……どうやら裕里君のことが好きらしいってことは分かったけど……。え、保健委員会だってことは分かってるんだけど、名前が思い出せない。……名前が思い出せないあたり、ウチったら相当馬鹿だな。
「……えっと、名前は?」
ウチが聞くと、女の子はハッとした様子で、「はい!」と叫んだ。
「五年四組の、中島実有です。裕里君と同じ、保健委員会に所属しています。貴方は、委員長の佐藤香奈枝先輩ですよね?」
「はい」
よく分かったな。ごめんね実有ちゃん、全然覚えてなかった。不肖な先輩でごめんなさい。
ウチがそう思っているときに、実有ちゃんは、ウチを見据えて、こう言ったんだ。
「裕里君は、皆の裕里君なんです。独り占めしたら、駄目ですよ?」
「う、うえぇぇ? 何かウチが裕里君が好きって設定になってない?」
ウチが戸惑ったからか、廊下に石鹸が滑り落ちた。慌てて拾って、実有ちゃんをもう一回見つめて、首を横に振る。
独り占めって何だよそれ。フリーに行こうよ。っていうか、ウチ、悠里君の何を知ってるって言うのよ?
「……好きじゃないんですか? 裕里君が推薦しているから、てっきり仲が良いのかと」
「仲良くないよ? ウチ、あの子のこと全然知らないし、悠里君って誰だしって感じだし」
そうだ。本当に何なんだあの子は。いくら毎日放課後掃除しているって言ったって、何もそういうことを推薦の理由にするのはおかしいよ。大体ウチ、すっごく不真面目って感じの女子だし、保健委員会の委員長って言ったら皆なっちゃんを推薦するもんだと思うんだけど。
「……じゃあ、何で裕里君は?」
「こっちが聞きたいよ! そんなこと!」
叫んでしまってから、ウチは実有ちゃんが一瞬怯んでしまったのが分かった。
「……と、とにかく、ウチは、悠里君のこと全然知らないし、好きでも何でもないから、その……独り占めじゃなくって、フリーに行こうよ! フリー! ね、みやちゃん!」
「……実有です」
やらかした。
ウチの無駄に明るいパワーで接しようと思ったのに、やらかした。名前噛んだ。
「ご、ごめん! 宜しくね、実有ちゃん!」
「はい……」
彼女は頷いた。可愛い頷き方だ。
……しかし、何故あの子はウチが裕里君を好きだと勘違いしたのだろう。お洒落や恋バナに興味があるウチでも、好きな人はいない。一年生から四年生まで太雅が好きだったけれど、太雅に告白したら、見事に振られてしまったのだ。
裕里君は、確かにカッコいい。美少年って感じだし、あんなに悪戯好きな顔してたら、そりゃあモテるかもなって思うけど。でもウチは好きじゃない。太雅みたいに、悪戯好きでもちゃんと周りのことを考える、空気の読めるお調子者が好きなんだ。
それに、悠里君は、ウチを推薦するあたり、かなり周りのことを見ていないように思える。成績は中の下、いや下手すれば下の中って感じなのに、保健委員会委員長だって。裕里君の人を見る目がおかしいに一票を入れて、保健室に石鹸を運んで今日は七恵ちゃんと実月ちゃんと帰ろう。
「あ、委員長」
うっ。
昇降口で、聞きたくない声にバッチリ直面。隣にいた実月ちゃんと七恵ちゃんが、「誰?」という顔をしている。
「谷崎君……」
「委員長就任おめでとうございます。初仕事、石鹸運びでしたね」
何でニヤニヤしながら言ってるの。しかも何で知ってるの。
「えっ、香奈枝ちゃん保健委員会委員長なの? すごーい!」
七恵ちゃんがウチを褒めてくれる。心からって感じが伝わってきて、すっごく有り難い。
「大出世だね!」
実月ちゃんも褒めてくれる。大出世とは違うんだけど、微妙に天然入ってる可愛い実月ちゃんが褒めてくれるんだから、嬉しい。
「って、貴方が推薦したんでしょう?」
ウチが言い返すと、悠里君は、その笑みを引っ込めて、真面目な顔で、こう言った。
「委員長、これから頑張ってください。香奈枝ちゃん」
「っ!」
香奈枝ちゃん?
嘘だろ。さっきまで佐藤さんかフルネーム+さん付けだったのに、もう香奈枝「ちゃん」まで行っちゃったよ。進展速すぎでしょ。
「えー、この子超カッコいいんだけど? 香奈枝、何でちゃんって呼ばれてるの~? もう、この子、私達より年下でしょ~?」
実月ちゃんのテンションが上がっている。
「ストップ実月ちゃん。貴方彼氏がいるでしょ。それもハイスペックな彼氏が」
「あぁ、そうだった。ハイスペックかどうかは分からないけど、彼氏がいるんだった!」
おいおい、それは失礼すぎないか。
実月ちゃんは、今年のバレンタインに、彼氏が出来た。
水川想樹という、声変わりを終えたハスキーな声の男子だ。それなのに、背は実月ちゃんと同じくらいで、クラスで一番背が高い男子、遼平の肩ぐらいの背しかない。
ウチのクラスでは太雅がモテるが、実は想樹も密かに後輩女子人気がある。体育館裏で告白されているのを、密かにウチらは三人で見たことがあるのだ。実月ちゃんは「想樹が人気あるって、良いね。羨ましいな」と後輩を責めるような言動を一言も言わなかった。そういうところが、想樹は好きなんだよなぁ。
想樹は一度、交通事故で全身骨折したことがある。四年生の頃だ。そのときも、実月ちゃんは「大変だね、想樹君」と心配して、何度もお見舞いに行っていた。きっとそれが、想樹が実月ちゃんを好きになった理由だろう。この学年で唯一十回以上お見舞いに行った女子だからだ。
だが、天然少女実月ちゃんは、四年生のことなど現在はすっかり忘れているのである。告白されたときも何故告白されたのかも分からなかったのだという。
それどころか骨折の事実も忘れていることだろう。ウチら周りの人達は、想樹が明らかに「好きアピール」をしていることを分かっているのに、当の本人、実月ちゃんが「そんなわけないじゃん」と反論しているのである。まさに天然。
後輩にモテる、大人で可愛い男子。こんなハイスペック男子を彼氏に持って、「狙われてる」という気持ちを持たないあたり、本当にのんびり、マイペースなカップルと言えよう。
「全く、実月ちゃんは、心配しないんだね。自然消滅なんて絶対しないカップルって、こういう人のことを言うんだな」
七恵ちゃんが感心したように言う。
「カップルなんですか。羨ましいですね」
裕里君が呟いた。
「え? そうだよ、谷崎君。こののほほんとしたゆったりカップルは、自然消滅の確率一パーセントもないカップルなんですよ!」
ウチは、興味を持ってくれたのが嬉しくて、思いっきり自慢する。
六年三組名物カップルの二人は、もう四月からいじり倒されているのである。
「……僕もいつか、……な……と……カップルになりたいです」
な?
それって、もしかして。
……ウチ?
「なわけないよね~」
ほら、中島実有ちゃんだって有り得るじゃん。あの子。すっごく可愛い年下の子。
もう、この裕里君がウチをからかうなんて、何百年も先だよ~!
「か、香奈枝?」
実月ちゃんがビビってる。……もしかしてウチ、独り言呟いちゃった?
「な、何でもないよ!」
裕里君が、こっそり笑っていたのを、ウチは一瞬だけ見た。
もしかして、ウチの反応、楽しんでるわけ?
なっ、ウザい~!
「何笑ってるの? 裕里……谷崎君!」
ウチが指摘すると、彼は驚くべき言葉を口にした。
「裕里でいいですよ。香奈枝ちゃん?」
「う~~っ!」
裕里君、絶対、自分のことを可愛いって自覚して話してるでしょ!
困る、このたらし!
「香奈枝ちゃん、だって」
「やだこの子、超可愛い~!」
実月ちゃんと七恵ちゃんが頬を押さえている。アイドルの応援状態になっているけど、全然違うからね!?
でも……。
ウチが彼のことを気にし始めたのは、まさにこのときだ。
先輩のことをなめ切って!
でも、それが地味に嬉しかったりする。そんな奴だったのだ、私は。
◆◇
あの時。
実有ちゃんの言葉が、頭の中でリピートされた。
「裕里君、取らないでくださいね?」
実有ちゃん。
どうすればいいんだろう、ウチ。……そのお願い、どうすればいいんだろう……。
裕里君のこと、好きになっちゃったんです。
◆◇
「…………」
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
確かに十月四日の六時間目が終わった直後、ウチは、谷崎裕里君に告白された。
ボードとかの片付けをしている最中だったから、皆にはそんなにバレなかったけれど。
確か、誰もいなかった体育館裏に、ボードを運んだんだ。明日は校庭で授業をするから、それまでに校庭の体育倉庫に運ぼうと思って。
そのときに、裕里君に告白されたんだ。
正直、「両想いだ!」って思ったんだ。「マジで?」とウチが叫んだ声は、幸い、辺りには誰もいなかったから、誰にも聞かれていなかったけれど。
「考えておいてください」って言われた後も、ぽーっとしちゃって、数秒後に、ダッシュで教室に戻って。
危うく、帰りの会は始まっておらず、皆着替えている最中だったから、ダッシュで女子更衣室に行って、ものの数十秒で着替えて、教室に戻ったんだけれど。途中で秋枝ちゃんと話しながら。内容は「絵の神秘について」。秋枝ちゃんって地味に面白い。
それから、席について、奈名子ちゃんが帰りの会を始めた。そこで美玖ちゃんが出ていき、「運動会前の地域清掃」について話してくれた。金曜日の三時間目を取り上げての大々的な地域清掃を行うことが決定した。四時間目が体育で運動会の練習だから、終了のチャイムより十分早めに切り上げて、焼却炉にゴミを突っ込んで終わりだという。何故そんなハードスケジュールにするのか、と隣の席の啓介がぼやいていたが。
そこで皆が、一斉に先生の方を見やる。そう言えば先生は、朝の時間に、「全員残れ」と言ったのだった。そこでウチが「は? 嫌ですよ」と反論したのだ。
そこで反論をつき通し、この話をなしにして、一斉に下校させればよかった。先生が、放送をしている間に、下校をすればよかった。
あの後、巧が死んだ。
パーティーだと偽った先生に、「テニスがある」とブチ切れて、巧は先生に掴みかかった。
そして、何故かキレた先生に、巧は撃ち殺されたのだ。
そこで、先生は初めてこう口にした。
「殺人ゲームを始める」と。
◆◇
あれから何時間経ったのだろうか。
午後十一時五十分。
親友の実月が死んだ、との情報が入ってきたのが、およそ、何時間前だろう。
その情報に震撼し、身震いし、涙を流したのは、何時間前だろう。そんなに前じゃないのかもしれない。
ウチは、もう、耐えきれない、という思いでいっぱいだった。
色んなクラスメイトが死んだ。……大切な人が、沢山死んだ。
耐えきれないよ、こんなの。何で耐えろというんだ。狂ったゲームを、何で耐えろというのだ。耐えられる方がおかしいよ。捕まったら本当に死んじゃうというのに。子供達が微笑ましくやっている鬼ごっこじゃないのに。
相手に一方的に居場所を知られたら殺される。撃ち殺される。かくれんぼだ。リアルかくれんぼ。「殺人ゲーム」より「リアルかくれんぼ」の方が、まだ可愛げがある。
それなのに。
実月ちゃんは、彼氏の想樹に見捨てられた。
その想樹が、必死に隠れているところを、ウチは見てしまった。「PTA室」と書かれた教室にいるのを、発見したのだ。
まるで何者かに取りつかれたように、ウチが話しかけても、答えてくれなかった。
「実月、実月……」と床を掻きむしりながら呟いていたのだ。
こっちの方がむしろクレイジーだ。何が実月だ。そっちが見殺しにしたというのに、名残惜しむというのは、どういうことだ。
だから、ウチは思いっきり想樹の背中を叩いてやった。バンッ! という音がする。
「意気地無しのくせに、親友を想わないでくれる!?」と。
ホント、今考えると無茶苦茶な理論だよ。だけどウチは、本気で怒っていた。
失望したのだ。大人っぽい良い男子だ、と思っていたけれど。
見放した揚句、名残惜しそうに名前を呼ぶだなんて。どこの漫画だよ。と怒っていたのだ。
想樹は、何も言わなかった。
ウチがPTA室を立ち去ると、何事もなかったかのように「実月」と口にしていたのだから驚きだ。こいつこそ狂っている。何も言葉を聞いてくれない。カッコよかったときはもう少しまともだったのに、こいつの中での実月ちゃんの存在は相当大きかったんだろう。失ったものは大きすぎた。だから、この世にはいない愛しい人の名前を呼ぶと、心が落ち着くというのだろう。
はぁ、想樹って、ちょっとよく分からない。
……まぁ、それもこの殺人ゲームのせいなのかもしれないけど。
先生は、変わってしまった、殺人ゲームによって。
か弱くて、生徒のことを思っている担任の渡辺碧は、今、この学校にはいない。
殺人鬼と変わり果てた、サイコパスでクレイジーな渡辺碧しか、この学校にはいないのだ。
「…………」
何だか、何も考えられない。実月ちゃんとラブラブだったあの想樹が、実月ちゃんを見捨てるレベル。一体、何が起きているというのだろう。ウチが見た殺人鬼は、巧を殺した、あの殺人鬼だけだ。
……裕里君。そうだ、彼は。
彼はウチを好いてくれた。助けてくれるのではないか、と正直思っていた。
だが、現実はそうはいかない。
いつまで経っても、正義のヒーロー、谷崎祐里君が来てくれることはなかった。
こうしてはいられないのかもしれない。
今こうしているうちに、何人ものクラスメートが死んでいるのかもしれない。
ウチは絶対生き残って、裕里君と遊んでやる。
それがウチの、密やかな願いなんだ。
◆◇
嘘だ。
嘘だ嘘だ。
真っ赤に染まった、給食室。
そこで、実織ちゃんと麗羅ちゃんが殺されるのを。
ウチは見てしまった。
「……っ!」
信じられない、あの二人が殺されるなんて。
おしとやかで男女問わず人気のある実織ちゃん。彼女のことを嫌いだと言う人は見たことがなかった。
そして、学校中の有名人、麗羅ちゃん。彼女は、藍花ちゃんの親友で、藍花ちゃんとは正反対のヤンキー。
そんな二人が、今、目の前で殺された。
こんなこと、あってはならない。
ウチは、給食室から遠ざかるべし、と足音を立てずに走った。
上履きが、たったったっ、と軽快なリズムを刻む。
全然軽快な気持ちになれないウチは、ただ逃げるしかなかった。
居場所は分かった。けれども、どうやって逃げるのかは、考えることもできない。今、そんなことができるような状況じゃないからだ。もっとこう、例えば保健委員会の時とかだったら、集中することが出来るのに。
袖の小さなフリフリが、邪魔だ。
下がデニムのショートパンツなのに、トップスが白のフリル付きの清楚な服装。殺人ゲームが始まるというのに、暢気にこんな服装をするんじゃなかった。こすれて上手く走れないじゃないか。「てんびん座の女の子は、白のフリルの服を着るとラッキー!」なんて今日の朝の占い真に受けるんじゃなかった。
ウチが軽く……いや、めっちゃ後悔していると、突然、銃の発砲音が聞こえた。
「!?」
まさか、追いかけてきた!?
振り向いちゃ駄目だ、と思いつつも、後ろを振り向く。
給食室から、先生が走ってきていた。
「きゃあああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
並みのホラー映画より何百倍も怖い。しかも、足がすくんで、上手く走れない。
どうしよう、このままじゃ、ウチ、死んじゃうじゃん!
もうこれから、ご飯を食べることも出来ないし、学校に行くことも出来ないし、ゲームも出来ないし、洋服だって着れないし、友達なんて出来ないし。
もう一生、裕里君と話すことも出来ないし……。
嫌だ嫌だ!
もうこれから、何も出来ないだなんて、そんなの……。
「嫌ああぁああぁああぁっっっっ!」
カンカンカンカンカンッ。
……これは、外の非常階段の音だ。
ウチ、非常階段、上ってたんだ。ヤバイ、今の今まで音が聞こえなかったから、ウチ、自分がどこにいるかさっぱり分からなかった。
あれ?
ここは一階。
非常階段は、屋上まで。
……つまり、屋上までで……。
嘘、もしかしてウチ、屋上で死んじゃうの?
逃げ場がないじゃん、屋上って。
すなわち、屋上は、死んじゃう……。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁあっっっっっ!」
どうしよう。逃げ場がない。
今、先生が必死で非常階段を上ってきている。
! そうだ! いい考えがある!
ウチは、一気に非常階段を駆け下りていった。
そして、先生を手でドーンッと突き飛ばして。
降りようと……したんだけど。
バンッ!
あれ?
ウチの体が、非常階段を転がっていく。
体中がとんでもない激痛に襲われて、非常階段が、妙に生々しい音を上げて。
がたっ、がたがたがたっ、がたがたがたがた、がたんっ。
痛い。体中が、とてつもなく痛い。
やっと二階と三階の踊り場まで転げ落ちると、先生が上にいるのが見えた。
「っ!」
逃げなきゃ。今度は、一階という逃げ道がある。
でも。
立ち上がろうとした時、ふくらはぎに激痛が走った。
「いっ!?」
足に何が起きているんだろう。恐る恐る足を見やると。
「ひっ?」
足が、有り得ない方向に折り曲がっていた。
足首が、変な方向に折れ曲がっている。……ウチ、今、内股のはずなのに、足首から下だけが、真逆……外側に向いている。
嘘だ嘘だ嘘だ。
激痛を無視しながら、何とか立ち上がり、足を引きずる。
急げ、急げ。早くしないと、先生が来る。……そして、殺される。
殺されるなんて、そんなの嫌だ。助けて。助けて。
「佐藤香奈枝。待ちなさい」
「うぁっ」
追いつかれた。
肩に置かれた手を見て、ウチは絶望した。
渡辺碧の手だ。これは、間違いなく。
後ろを振り返る。
満面の笑みの、渡辺碧。
「嫌ああぁぁああぁぁぁあぁぁっっっっ!」
どうやら、叫びすぎたらしい。口に、血のにおいが広がっていく。
不思議と、痛みは感じない。恐怖の方が、勝っていたからだ。
恐怖の理由は分かっていた。信じていた先生が、殺人鬼に変貌して、ウチを殺そうとしてきたからだ。これが、冗談ではないのは分かっている。撃ち殺された巧の目は、動くことなく、巧は息を吸うこともなかった。あれが演技ではないのは、一目瞭然だ。彼は、四年生の頃の国語の「ごんぎつね」の狐の演技がすこぶるへったくそだったからである。
「……非常階段を使うとは……いやはや、流石ですね」
「……何が流石よ」
何故笑っているんだ。所詮ウチらは掌で踊らされていただけなのか。
「……貴方の親友、天海実月も、階段で死にました。……非常階段ではありませんでしたが、貴方達三人の死には、階段が関係あるのでしょうか?」
「ざっけんな!」
ウチはあらんかぎりの大声で叫ぶ。何が「貴方達三人の死には、階段が関係あるのでしょうか?」だ。人を怒らせる方法でもマスターしてんのか。
「……佐藤香奈枝」
「はぁ!?」
まだ下らないゲームの途中に下らないことを言うのか。本当にお前何様だよ。何で色んな人を殺して、そんな平気なんだよ。有り得ないだろ。
「僕が何故、君達を殺そうとしたのか、分かりますか?」
「は? 知るわけないじゃん、気に入らなかったら、校長に言えばいいじゃん、何でウチらを殺そうとするのさ」
ウチは、突然の先生の言葉に食って掛かる。そんなの分からないに決まってるだろうが。でも知りたい。そんな二つの気持ちが相まって、ウチの心の中に、「複雑」の二文字が刻まれる。
「……この六年三組は腐っているからです」
「……? どういうこっちゃ。腐ってるって何だよ」
ふざけんな。腐女子がいるわけじゃないだろう。何が腐っているだよ。
「何だよ、腐ってるって。腐ってるって、何だよ!」
「貴方達のように、恋愛にしか目が行かない人達がいるからですよ。僕まで恋愛脳になっていく」
「いいじゃないですか、恋愛脳で! 今を楽しんでいるんですから!」
「恋愛脳でいいんですか? そんなんじゃ中学校に行けませんよ?」
「こんなゲームを計画して人を殺した時点で、皆まともに中学校へ行けるわけないじゃないですか!」
もう、何なんだよこいつ!
訳の分からない自論を言い出して。挙句の果て、恋愛脳だと馬鹿にしやがった。
藍花ちゃん見ても恋愛脳だと言えるのか。言えるわけがないだろう。彼女にも密かに好きな人がいるかもしれないが、生活が恋愛中心ってわけではないだろう。
それなのに、……何なんだよ、このクズ教師は!
訳が分からなくて、泣きそうになる。
「……そんなに反論するんだったら、殺してもいいですか?」
「は?」
聞いたかよ、いや誰もいないけど。何だこいつ。問題発言だろうがよ。先生として「殺してもいいですか?」はあるまじき発言だろうがよ。
「嫌ですよ! 何で殺されなきゃ……」
バンッ!
先生が、ウチの足首を撃った。
「びゃっ!」
生暖かい血が、つたっていく。
ふざけんなふざけんなふざけんな。
イタイイタイイタイイタイ。
じんわりと広がる、銃で撃たれた傷。涙まで出てくる。
「ふざけんな。ふざけんなぁ……」
「何をですか? 僕はふざけてはいません。本気です」
バンッ! バンッ!
「あああああああああああああああああああああああっっっっっ!」
ウチの意識は、そこで、ふっつりと途切れた。




