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出席番号十四番 笹川啓介

 クールホーク様は完結したというのに、私の方は完結しません。むしろ、これからどんどん佳境に入っていくスタイルです。一応今年度が終わるまでには完結させたいなと思っております。ですが私の方も「卒業シーズン」に入っていくので、バタバタして、もしかしたら毎週更新がストップしてしまう可能性もありますが(フラグ)、そのときは死んでもおかしくはない状況でカバーしていきますのでよろしくお願いします(とんでもないぐらいヘビー)。

 小学校三年生の頃。

 俺は、公園で、妹の茜と、夕月琴音と遊んでいた。

 妹は病弱で、特別親しい友達が、菱川学の妹、菱川絵里奈(ひしかわえりな)しかいないのだ。その菱川絵里奈も、今塾に行っているのだという。「絵里奈ちゃんがいないからつまんない」じゃねぇよ、もうちょっと頑張ってみろよ。

 待ち合わせをして遊ぼうとなったわけではなく、偶然、のことだったのだ。

 今も昔も相変わらずお嬢様な雰囲気で、市内のピアノコンクールはトップスリー常連の夕月琴音。

 三年生の頃も、のびのびと練習を続けており、市内のピアノコンクールは三十位から出たことがなかったという。彼女が才能を発揮し始め、トップスリー常連となったのは、五年生の頃からのお話である。

 あぁ、話が逸れてしまった。

 そんな夕月琴音と俺は、公園で出会うまで、今までまともに話したことがなかった。同じクラスでもない。俺は二組、彼女は四組。一年生の頃は、同じクラスでまだ話す機会もあったのだが、二年、三年、と離れてしまい、更には遠藤奈名子、近藤秋枝、有村夏実とも行動を共にし始めて、グィィン、と距離が置かれてしまったのだ。……まぁ、一年生の頃も、深い関係はなかったのだが。


 夕月はピアノの帰りに公園に立ち寄ったのだという。他にも塾、テニスなども習っているらしく、お嬢様な習い事は今も昔も変わらない。更に、有志参加である、学校の音楽担当の先生率いる「心が丘小吹奏楽団」にも三年生の頃から入っている。現在の六年三組の「心が丘吹奏楽団」部員は、夕月と藤川美玖と渡辺彩未と佐藤香奈枝である。意外と少ない。

 そんな俺は、まぁ、サッカーと塾ぐらいしか行っていない。サッカーもあんまり上手くないし、……まぁ、夕月とは格が違うのだ。


「あ、琴音お姉さん」

 砂場で遊んでいた茜が、夕月を見付けるなりそう言って手を振るもんだから、俺は目を見開いてしまった。

 当のご本人夕月は、「茜ちゃん、こんにちは」とお辞儀をしていた。そして、「啓介君、こんにちは」と改まってお辞儀をしてくれた。

 っていうか、夕月と茜って、会ったことあったっけ? ……記憶にないんだけどな。心が丘小吹奏楽団? 違うな、あれは三年生からだし、入団希望者の見学はまだだし。


 じゃあ、何でだろう。


「こんにちはぁ。琴音お姉さん、今日はピアノの帰り?」

「そうだよ。今日は公園で、お兄ちゃんと遊んでるんだ」

 俺をチラッと見て、また茜に視線を戻す。その瞳は、優しげな光を放っている。うるうるとした大きな瞳からは、夕月の持つ優しさが滲み出ているようだった。


「……茜、夕月と、知り合い?」

「ん? そうだよー。お友達ー」

「正確に言うなら、教え子……かな? なーんちゃって」

 夕月は、クスッと笑っている。

 茜から話を聞くに、彼女は公民館にあるピアノで、不定期で演奏をしているらしい。

 皆が知ってるメジャーから、知る人ぞ知るバラード、更にはゲームの音楽だって弾けるから、茜の同級生が大絶賛したらしい。それを聞き、茜は公民館に行き、彼女と出会った。

 そして、茜の同級生の誰かが、「お姉さんにピアノを教えてもらいたい!」と言い出したのだという。そして、周りの男女が口々に「教えてもらいたい!」と言い出したのだという。ノリが完全に教育アニメである。


 それから夕月は、よく公民館に顔を出し、ピアノを教えているらしい。自分の練習はどうなのかと聞くと、「私、家でいっぱい練習してるから!」と自信満々に答えてくれた。頼もしい。


「ねぇ、また明日も、公民館で演奏してくれるの?」

「どうかな? 明日は演奏できるかな?」

 茜のテンションに合わせて、夕月も柔軟に対応している。


 何だろう。何だか、夕月がすごく頼もしく見える。

 自分の妹の、憧れの存在って雰囲気なんだよなぁ。すげぇな、夕月。クラスが離れてから全然見なかったのに、まるで久しぶりって感じがしない。

 ずっと近くにいましたよ、って感じがする。……でも、俺の知らない彼女が、どんどん増えていくのだ。

 それがもどかしいし、茜しか知らない夕月が増えていくのは、何故かは分からないが、悔しいような、でも嬉しいような。

 夕月は元々優しい性格で、一年生の冬の国語の音読の時間に、急に号泣し出した有村を彼女はただ一人、保健室まで運んでいったのだ。そんな夕月が、茜と友達の関係に(正確に言うならば生徒と先生だけど)なってくれたのは、嬉しい限りだ。これで争いに自分から突っかかっていくような性格が、少しだけ温和すればいいのだけれど。


「……ありがとうな、夕月」

「ん? 何が?」


 俺がふと呟くと、夕月は視線を茜から俺に向けた。

「いや、こいつ病弱でさ、喘息とかかかることが多くって、友達が少ないんだ。だけど、夕月がそんな風に茜と仲良くしてくれるからさ、ありがたくってありがたくって」

「もう、そんな堅苦しいこと言わないでよ。茜ちゃん、可愛くて明るくて、教えてて楽しいもん」

 夕月は微笑みながら俺と視線を合わせた。夕月のうるうるした大きな瞳に、しっかりと俺が映っている。


「それに、友達の妹だもん。一緒に遊びたいし」


 …………。

 待って。今、夕月は衝撃的なことを言わなかったか?

 俺を、友達って……。

 一体どこが友達なのだ。一年生の頃、クラスが一緒で、それで少し話したことがある程度だったのに、それからどんどん夕月は俺から離れていったのに……。


 そんな俺を、友達だと言ってくれた。

 今の六年生の俺は、「は? いや、女子となんて友達になりたくないんですけど」と悪態をつくことだろう。

 だが、自分で言うのも何だが純粋で素直な小学三年生だったときの俺は、その言葉で胸が高鳴ったのを覚えている。

「……友達? 俺と、夕月が?」

「えっやだぁ啓介君。友達だって思ってるの、私だけだったの?」

 口元を手で押さえて笑う夕月。それが妙に可愛くて、俺は一瞬見とれてしまった。

 だが次の瞬間ハッと我に返って、夕月に向かって叫んだ。


「ばっ馬鹿。俺だって、友達だって思ってる……けど」

「けど?」


 威勢よく答えたはいいものの、しかし、友達……とな。やっぱり、小学三年生でも、男女というものを意識しているものである。そんなんでよく純粋だの素直だの過大評価出来たな、と今更ながら矛盾点に気付くが、そんなことは三年の頃は気にも留めなかった。


「……け、けど、本当に……夕月と俺なんかが……」

「私と啓介君が?」


 男女を意識していないのか、夕月は。何だこいつもどかしい。妹が「男の精神年齢は女より二歳年下なの!」と二年生らしからぬ言動をしていたが、夕月は俺よりもっと年下のような純粋な瞳をしている。

 ほら、目をうるうるなんかさせちゃってさ。あー、何か見てるこっちが恥ずかしくなってくる!


「なっ、何でもない……」

 もどかしさに耐えきれなくなった俺は、慌てて夕月から目を逸らす。

「茜、行くぞ」

 俺の言動にきょとんとしている茜の手を引いて、俺は公園を出る。もどかしい空気に耐えられなかったのだ。

「……じゃあな、夕月」

「えっ? あ、うん」


 

 帰った後も茜は、「お兄ちゃん、恥ずかしかったの? 琴音お姉さんが好きなの?」と直球で聞いてきた。こいつはどこで道を踏み間違えたのだろう。

 しかも好きじゃないし。俺が「好きじゃない」とそれはそれは尖った口調で答えると、「本当に?」とガンを飛ばされた。やめろ。


 ……でも。


 心の中で思っていたんだ。


 もしかしたら、夕月が気になり始めたんじゃないかって。



 彼女は、自分のことを友達だと言ってくれた。

 一年生の頃、少ししか話していない自分のことを、友達だと言ってくれた。

 そんな彼女を好きになってしまうのは、不釣り合いだと、自分でも分かっている。

 優しくて純粋な瞳を持つお嬢様と、病弱な妹を持つ取り柄もない平凡男。……お嬢様が俺のことを友達だと言ってくれたのは、本当に嬉しかった。


 六年生になった今でも、そうだ。

 彼女は、「お人好し集団」の一人だと称されている。この前調べてみたら、「お人好し」は褒め言葉ではないらしい。夕月が「お人好し」と言われて嬉しそうな顔をしているあたり、恐らく夕月はお人好しが褒め言葉ではないことを知らないらしい。そして皆が笑顔で「琴音ちゃん達、本当にお人好しだよね~」と言うあたり、皆お人好しが褒め言葉ではないことを知らない……のだと思う。そうだと信じたい。皆が皆「あいつら嫌いだから皮肉ってやろう」と思いながら言っているわけではないと思いたい。

 

 夕月は、相変わらずピアノが上手くて、相変わらずお嬢様だ。緩いツインテールが、編みこみのときもあるし、避難訓練の時に使うハンカチは、いつもアイロンがかかっている。藤川とかが無駄にキラキラしたラメの入ったハンカチとか使っているけど、ああいう派手な物じゃなくて、シンプルだけど清潔感が感じられるハンカチが、夕月らしい。

 お嬢様だけど、自分から突っかかっていくような、茜のような戦闘民族系の肉食系女子ではない。むしろ肉食動物に食われた草って感じだ。それほど頼りないのに、なのに茜のような戦闘民族から慕われている。こんなに小さな背中に、溢れるほどのカリスマ感を背負っている。

 ……こいつは、本当にすごい。それも、遠藤や近藤のような雰囲気とは違う、頼りなげで儚い印象を受ける。遠藤はお馬鹿キャラで、近藤はクールタイプだけど、夕月は、儚い。


 多分、俺が今「自分が守りたいと思う女の子は?」と聞かれたら、間違いなく夕月琴音と答えるだろう。それほど、夕月を守りたいと思った。


 例えば、去年の運動会の時。



 運動会で結構盛り上がるのが、借り物競争だ。

 一年生から四年生までの借り物競争も、大盛況だった。中には、「好きな人」という超絶なお題が出て、カップルにまで発展した年もあったぐらいだ。


 そんな借り物競争が、今年も行われようとしていた。

 だが今年は、一味違う。今年は、「借り人競争」なるものが行われたのだ。


 コースの途中に置いてある紙に、「赤色の服を来た女の人」や、「校長先生」や、「担任の先生」などが書かれている。そのお題に合った人達を連れてくるのがルールだ。有利な人が一人もおらず、誰しもが平等に戦える競技だと先生達は大絶賛しているが、「好きな人」とお題を出されるような人の身にもなってほしい。


 五年生の頃も変わらず夕月が好きだった俺は、「好きな人というお題が出たら、迷わず夕月を引っ張ってこよう」と考えていた。

 だけど、その借り物……正確には借り人競争で、まさかの大事件が起きたのだ。


 ◆◇


「よーい、スタート!」

 先生の合図で走り出したのは、我が五年一組の誇るマドンナ、津田桃華(つだももか)

 一年に一回、一学期の初めにクラス替えを行うこの学校。津田と一緒になる確率も高く、そのたびに一部の男子が「よっしゃ」とニヤけていたのを思い出す。……俺は夕月が好きだったから、全然盛り上がらないけれども。逆に、夕月が四組でショックを受けた。おいおい一番遠いじゃんかよ。


 そんなことを想像していると、早速津田がテーブルの上に置いてある紙をひっくり返した。

 そして、紙に書かれた文字を見た後、観客席に走っていき、二十秒後、一人の初老の男性を連れてきた。


 彼女が二番目にゴールに向かって行き、そのまま初老の男性の肩につかまってぜぇぜぇ息をしていた。

 先生が「お題は何ですか?」と津田に聞くと、「お父さん……」とマイク越しに津田が答えた。

「お父さん? マジで?」

 老けてるーと女子の誰かが言う。「何言ってんだよ?」とやはり津田好きな男子が反論したが、津田はそれに答えるまでもなくこう叫んだ。……というか女子の悪口も反論した男子の声も、聞こえてないだろう。


「大切なお父さんなんです。お爺さんみたいって馬鹿にされるけど!」

 

 それに会場中が震撼したのを、俺は覚えている。

 一瞬全員が沈黙した後、そこから仕切り直しで、先生が「他の人は、どうでしたか?」と聞きにいっていた。


 

 俺の番が来た。

「頑張れ、啓介!」

 水川想樹が、俺に向かってはにかみながらエールを送る。俺は、「応!」とガッツポーズをしてみせる。

 ……彼の足の骨折は、まだ、完全には治っていないらしい。四年生の頃、塾の帰り道、友達との話に夢中で、トラックが迫ってきていることに気付かなかったらしい。一歩間違えていれば即死で、アクセルとブレーキを踏み間違えて歩道に突進していった運転ドライバーが悪いのに、彼だけが、重い怪我をしたのだ。

 俺のすぐ後に出番なのに、紙の置いてあるテーブルに行くのも一苦労だと思う。

 見世物のように、水川はされるのだろうか。足を引きずりながら、お題を取るのだろうか。その時は、一緒に走ってやろうかな。俺はそう決心した。


「よーい、ドン!」

 先生の合図で、俺は走り出す。そして、紙をひっくり返して、見て、唖然とした。


「怪我をしている友達」


 …………。


 これ、水川しか、連想できないんですけど。

 見世物じゃあないって反論したのに、これは完全に見世物じゃないか。しかも、原因が俺。

 ……あーあ。どうしよう。


 でも、いいか。

 怪我をした友達。それだけのキーワードで、誰もが「トラックに轢かれて全身を骨折した人」とは想像がつかないだろう。擦り傷や捻挫、悪くてどこかが骨折ぐらいしか想像は出来ないだろう。

 よし。

 俺はダッシュで、水川を連れていった。


 

 やがて水川の順番が過ぎ、夕月の順番が来た。

 正直言ってしまうと、「好きな人」を引いて、そのとき俺を連れていってくれないかななんて考えたりもしていた。

 考えただけだ。別に、期待なんてしていない。

 

「よーい、ドン!」

 夕月が走り出す。

 そして、お題の紙を取る。


 その顔が、青ざめた。


 途端に、俺の心がざわめきだす。

「……夕月っ」

 俺は思わず呟いたが、会場は大盛り上がりで、誰にも気付かれなかった。


 夕月以外の人達が皆走り出すというのに、夕月は立ち止まったまま、紙を握りしめていた。

 流石に皆異変に気付いて、ざわざわと騒ぎだす。


「ちょっと、琴音ちゃん、どうしたの? 大丈夫!?」

「琴音ちゃーん!?」

「顔色悪いよー!? 私と一緒に行こうかー?」


 迷わず声をかけたのは、一緒にいる遠藤、近藤、有村だった。

 だが夕月は、ふるふると首を横に振るばかり。俺も走り寄ろうとしたが、「よそ者が近付いたら殺す」と言わんばかりの近藤の睨みに震えあがり、立ち止まるしかなかった。


「おい、夕月、マジでどうしたんだよ?」

「このままじゃウチら最下位だよ?」

「ふざけんなよ夕月! 早くお題の人連れてこいよー!」

「あ、もしかして好きな人? 好きな人出ちゃった系?」

「マジか! 一年に一度の青春来たってか!?」

「おーい夕月、これは運動会だぞー!? 早く連れて行って告れよ!」


 好きな人。


 もしかして、彼女が引いたお題は……、好きな人……なのか?

 あぁ、そんなの、答えたくもないよな。今更ながら先ほどの空想を訂正いたします、申しわけありません。


「う……うぅ……」


 夕月と一緒に走っていた走者が、次々とゴールし始め、残るは夕月と一人の走者になってしまった。

 その走者も今必死に探し求めているが、今も尚夕月はテーブルの前で突っ立っている。


 流石に夕月と同じ白組の人達が、ブーイングを始める。


「おい夕月! いい加減にしろよ! 早く走れよ!」

「走れよ! いいから早く走れよ! 嘘でもいいからお題の人連れてこいよ!」

「お嬢様ぶって人に助け求めてんじゃねぇよ! ぶりっ子!」


 馬鹿か、こいつら。そんなこと言ったら、夕月は怖がるに決まってんだろう。

 何がぶりっ子だ。お前らに、夕月の何が分かる。病弱の茜の、友達になってくれた夕月。それが決して、病弱の少女の友達という自己満足ではないことを、俺はちゃんと知っている。


「ちょっと、そんなこと言わなくても良いじゃん!? 待っててね、琴音ちゃん!」


 遠藤がそう言ったのを先頭に、近藤と有村の三人が夕月に向かって走っていった。

 ……やっぱり、友達なんだ。

 三人の後姿を眺めていると、夕月が泣き崩れたのが見えた。


「っ!」


 親友の姿に、思わず泣き出しちゃったってか。

 やっぱり夕月は、か弱くて頼りなくて、儚い。


 それでも、俺の好きな、夕月なんだ。



 遠藤と近藤と有村が、俺達のいるゴールまで、夕月を抱えて歩いてきた。

 途端に白組男子からのブーイングが一層激しくなる。

「お前、何で走って行かないんだよ!」

「あーっ、ほら見ろ、お題好きな人だ!」

 誰かが叫ぶと、女子からも「純情ぶって」「やっぱぶりっ子じゃん」と非難が飛ぶ。

 

 ……やっぱり、好きな人だったんだ。

 言いたくないよな、そりゃ。やっぱり、「好きな人」というお題は、停止するべきだよ。

 男子だったらまだ何とかなるのに、女子に「好きな人」というお題を出すだなんて、デリカシーがなさすぎるし、運が悪い。



「……っめんなさい……」



 か細い声。

 それに男子達が気付くまで、数秒かかった。

「は?」

「今の、夕月?」


「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。……隠してばっかで、戸惑っちゃって、本当にごめんなさいっ」


 夕月が、必死に守っている遠藤と近藤と有村の手をするする解いて、男子達に向かって頭を下ろしていた。


「純情ぶって、ぶりっ子ぶって、好きな人が知られたくないからって、勝手に固まっちゃって、本当にごめんなさい」


 しっかり謝られると、逆に責めるのも罪悪感と言うのが湧いてくるのか、男子達は「いやぁ」だの「まぁ……なぁ」とどっちつかずの返答をしていた。


 だが、そこで怯まないのが女子。


「は? 何言ってんのよ琴音ちゃん。私達、琴音ちゃんのせいで負けるかもしれないんだよ?」

 同じく白組の渡辺である。「十年に一度の最強ケバ子」と男子の間で恐れられている、筋金入りのめげないケバケバ女子である。女子に厳しく男子にも厳しく、自分には菓子のように甘く。まさに清々しいぐらいのギャル系クズである。


「もっとちゃんと謝ってよ。誠意が足りませーん」

 これは酷い。

 男子だけでなく、遠藤達三人や、優等生神楽藍花、栗沢麗羅、渡辺と同じくギャルの田中華菜も引いていた。藤川も引いていた。お前、そんな性格だろうが。

「……ご、本当にっ、ごめんなさい……」

「よーし、まぁ、それでよし」

 渡辺はやっと許したらしい。妥協させたみたいな言い方はやめろよ。お前だって、そんなお題が出たらこんな態度とるだろ。

 だが、それで更に許しはしないのが、春日巧という男である。


「いやいや、あのさ、夕月、俺達こんな頑張ったのに? 夕月のせいで台無しなんだけど?」


 そんなことはないだろ。夕月が最下位でも、俺達白組は、特に本田とか頑張ってくれたじゃないか。

「ごめんなさい……。自分勝手で、本当にごめんなさい……」

 ぽた、ぽたと地面に涙が滴り落ちる。夕月の涙だ。

「……そんなこと」

 言わなくたっていいだろ。

 か細い、頼りない、俺の声。


「本当に……ごめんなさい……」


 泣いて謝る夕月が、まるで儚いガラス細工のように脆い存在のように思えた。

 悪いのは、このお題だ。なのに、何でここまで夕月が責められなきゃいけないんだろう。

 確かに、夕月も少しは悪いのかもしれない。「好きな人」と聞いて、男子のことじゃなくて、女子の大事な友達も、「好き」に入るんじゃないか。そう考えられなかった夕月が、責められるのは、もしかしたら、仕方のないことなのかもしれない。


「……誰だ? 今、そんなことって言ったの」

 びくっと、肩を揺らす。

 嘘だ、渡辺に、聞こえてた?

 最早コンビかと言うほどに一致団結していた渡辺と春日の視線が、夕月から周りへ移った。

 それを俺は見逃さずに、夕月に言った。


「大丈夫か?」

「…………」


 俺の声が聞こえなかったわけではないだろう。ただ、突然のことに驚きを隠せない。そんな表情だ。

 夕月は、俺をひとたび見つめる。


 三年生のあのときと同じ、大きい純粋な瞳で。


「うん」

 夕月は、一瞬だけ笑顔になると、すぐさま俺から視線を逸らした。

「……大丈夫だよ。ありがとう」


 その言葉が、魔法のように聞こえて。

 俺と夕月の周りだけが、一斉に薔薇のように綺麗になったのかと言われても、過言ではないほど、キラキラ輝いた。周りの景色が。


 渡辺達とかに聞こえてなくて、よかった。あのとき、春日と渡辺は、「そんなこと」と呟いた犯人探しに夢中だったから。


 夕月にそう言われた俺の頬が、赤く赤く染まっていることに、気付かれなかった。


 ◆◇


 あれから約一年が経過した今でも、その奇跡を忘れずに、生活をしている俺の元に、まさに人生がひっくりかえるような出来事が起こった。


 六年三組殺人ゲーム。


 先生が突然そう言い放ち、春日を撃ち殺した。

 ……その事実が、今も尚、信じられない。


 午後八時。夜まっただ中。茜が楽しみにしている女児向けアニメが放送される時間帯だ。茜は今頃どうしているのだろうか。帰ってくるのが遅い俺を、待ちくたびれているのだろうか。ウチは夜遅くまで両親が共働きだから、茜が一人で俺を待っているのかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになる。

 ごめんな、茜。お兄ちゃん、殺人ゲームに巻き込まれてるんだよ。……帰ったら、絶対、一緒にゲームしような。言っておくがこれは死亡フラグではない。決して死亡フラグではない。絶対ない。帰ったらベッドで眠ろう。フラグではない。

 ……にしても、本当に茜が心配だ。今頃、お腹をすかせて俺を待っているのだろう。ウチは「お菓子」っていうものがないから、茜がずっとお腹をすかせて待っているのだと思うと、本当に申し訳ない。

 早く夜が明けてほしい。夜明けがタイムリミット。夜が明けたら、先生は……どうするのだろう。まさか「逃走中」みたいに停止するわけではないだろう。職員室に立てこもるのだろうか。放送をするのだろうか。学校の門が、開くのだろうか。


 ……そうだ、学校の門。

 彼は確か、「学校の門を封鎖した」とは、一言も言っていない。

 だったら、学校の門に行けばいいんじゃないか。

 そんな考えが頭に張り巡らされたとき、心の奥から、何かがふつふつと沸き上がってくるのを感じた。


 嘘だろ、裏ルート見付けちゃったよ。ゲームの裏技を見付けたような感覚だ。何か体中がぽかぽかしてくる。今は殺人ゲーム中だというのに、温かい気持ちになるというのは少々不謹慎だが。

「……よし」


 待ってろよ、茜。

 ……こんなことを言っている辺り、俺って結構妹にべったりなのかもしれない。可愛い妹なんて所詮幻想だが、可愛くはなくたって、大切な妹に変わりはない。そんな妹が、寂しげに寒い夜、何も食べずにずっと俺の帰りを待っているなんて、申しわけないし胸が張り裂けそうだ。

 だから、俺はきっと、帰ってやる。そして、両親が作ってくれたご飯を食べるんだ。そして、茜と一緒にゲームをして、今日は一人でゆったりと三十分風呂に浸かって、そしてベッドで眠ってやる。明日はきっと小学校で会議が開かれるだろうから、学校を休んで、ゆっくりと夢を見る。


 そうしよう。明日だけは、誰に何と言われようとずる休みしてやる。そして、茜が帰ってきたら、ゲームをしてやるのだ。そしてこれからも、茜が病気になって休んだら、俺は絶対その日休んでつきっきりで看病する。

 寂しい思いをしている妹。どれほど辛いのだろうか。

 こんなことばっかり心配していると、シスコンなんてからかわれてしまうだろう。

 ……でも別に、からかわれても構わない。これから茜が、「お兄ちゃんゲームして」なんて言うことなんて、なくなる。きっとなくなるから。

 だから、俺はそれまでずっと、茜と一緒にゲームをしたい。

 それがささやかな願いだ。


 ◆◇


 俺はそんなささやかな願いと共に、校門まで足を運んだ。

 そして、校門の鍵を見て、唖然とした。


 嘘だ。閉まってる。

 まさかこれ、管理員さんが閉めちゃった系か。

 ため息をつく。うわー嘘だろ。マジかよ。逃げられるのこれ。学校の塀は俺の身長ぐらいある。つまり、飛び越えるのは無理ってことだ。

 このクラスで一番背が高い男子は上原だ。女子の方は、十年に一度の「クソギャル」こと渡辺彩未である。


 しかしその二人しても、この塀の高さが顔とかそのへんである。このクラスの平均身長は、他のクラスよりも低い。おかげで、クラス対抗バスケは、俺達のクラスだけ変に工夫をしなくてはならないのだ。しかも一番背が高い上原が勉強以外かなり駄目な奴だったので、本田にアドバイスを受けて成長をしていっている。だが問題は渡辺で、一向に本田やら鈴木、大田のアドバイスを聞かずに、自分の爪をいじっている。それに慣れて、もう誰も渡辺にパスを送ろうとする奴はいないが、ただ一人、春日だけ、渡辺に熱心にパスを送っているのだ。

 去年の運動会からずっと思っていたことだが、春日は渡辺のことが好きなのではないか、と思う。

 運動会の時に、夕月を責めた渡辺に便乗していたし、パスを送ったり何かと気にかけている。おまけに橘と鈴木の二人へ送る視線がもう既にあれである。


 って、何だか話が逸れたな。

 まぁつまりは、渡辺とか上原でも、ここを乗り越えるのは無理ってことだ。他にも運動神経の良い背の高い女子とかいるけど、そいつらはもう多分どっかで……。

 ……いや、やめよう。そいつらはもう多分どっかでダウンしてる。どっかへ隠れてる。うん、そうだ。



「おや、笹川啓介ではないですか」

「……っ」

 来た、聞きたくないあの声が。


「……渡辺碧」


 やっぱりな。渡辺彩未と家族なのかってぐらい、馬鹿みたいに性格が似ている。

 こんなふざけたゲームを作りだして。ただで済むとは思わない方がいい。

 そう言いたかったけど、言い終わらないうちに撃ち殺されそうだ。まさに出落ち。

「はいはい、呼び捨てですね。構いませんよ」

「?」

 驚いた。先生は、呼び捨てにしたら構わず撃ち殺してしまいそうだ。


 それにしても。

 先ほどまで絶対帰ってやる、と意気込んでいたというのに、早速先生に見付かってしまうなんて、運が悪いのか、先ほど立てた死亡フラグが原因なのか。それは、分からないが。

 ただ一つ分かっているのは、こいつは危険だということだけ。気を悪くしようものなら、平気で脳天をぶち抜きそうだ。


「何故校門が開かないのでしょう? ……正解を言いましょうか?」

 急に先生がクイズ口調になる。ただウザいだけだ。だから俺は、「言わなくていい」と答えを遮った。

「どうせ、自分がセキュリティをいじくった、とでもドヤ顔しながら言いたいんだろ? 自信過剰な人は嫌いなんだ」

 別に、自信過剰な人が嫌いなんじゃなくて、ただ単にこういう残忍なゲームを思い付いて、ゲームと言う体で人を殺すこいつが嫌いなんだ。自信があってちゃんと物事をやり遂げる人は、結構好きだ。


「正解です。よく分かりましたね。流石、女子に優しい紳士なだけはある」

「……馬鹿にしてんだろ」


 何だこの掌で踊らされてる感。無性に悔しい。

 こんな奴が春日を、上原を、田中を、神楽を、天海を、大田を、内村を、殺したんだ。

 ……許せるはずがない。そしてまた、こいつの掌で踊らされる俺が、情けなくて、許せない。

 早く茜の元へ向かわなければ。そうしないと、茜は寂しさでどうにでもなってしまうだろう。


「馬鹿になど、してないですよ。それにしても、校門を閉めてない、と僕が言っていないことを逆手にとりましたね。残念ながら、それに気付いたので僕がセキュリティをいじっときましたけど」

「てめぇ……」


 今ほど先生に怒りを覚えたことはない。「ゲーム」と主張するならば、逃げ道ぐらい用意しろよ。そんなことも出来ないのかよ。

 怒りがふつふつと込み上げてくる。あのときの運動会と一緒だ。



「そして、残念ながら、貴方の恋も、これで終わりですね」

「は?」


 

 先生の言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 確かに、こいつの開いた「六年三組相談室」で、夕月が好きだ、と相談したことは確かだ。

 でも……、何で俺の恋が終わるだなんて? ……まさか、夕月からも、相談をされていたのだろうか。


「何でそんなことが分かるんだよ……?」

 震えた声なのが、自分でも分かる。

 そして先生は、心底意地悪な笑みを浮かべて、ポケットから手紙を取り出した。


「大田太雅の下駄箱に入っていた、手紙です。読んでみてはどうですか?」

「!?」


 淡いピンク色の封筒の隅に、見慣れない小さな文字で「夕月琴音」と書かれている。小さな文字といっても、ギャル文字ではない。夕月らしい儚い文字だった。

 それって、もしかしなくても……。

 ラブレター……だよな。


 足元の床が、がらがらと音を立てて崩れ去っていく……ような気がした。


 ……そんな、まさか、夕月の好きな人が、大田だったなんて。

 いや、確かに有り得る話だ。お調子者でイケメン。運動神経抜群で、フレンドリー。そんな奴が、大抵小中高とモテるのは、男子の間で暗黙の了解となっている。大田は、自分がモテていることを知ってて男子にもあんなにフレンドリーに接するのか、それとも自分がモテてるなんてつゆ知らず、俺達と接しているのか。どうか後者であってほしい。そうでないと、俺は夕月を応援できそうにないから。

 ……まぁ、この先、応援できるのかどうかも危ういけど。


「開けてみてください。どうせもう、夕月琴音の愛を綴ったラブレターが大田太雅の目に届くことはないのですから」


 というか、さっきからずっと気になっていたけれど、人が目の前にいるのに、何故先生は殺さず、こんな猶予を与えてくれるのだろうか。

 ……もしかして、このラブレターを見付けた時から、これを俺に見せて、絶望で染まったところを殺そうとか、そんなこと考えてたりして。

 あらぬ想像をして、俺は封筒をびりびりと破る。


 正直、俺はラブレターなんか見たくなかった。

 好きな女子が、他のイケメンを好きだった。

 そんなの、いくらでもあり得ることなのに、妙に悔しさや悲しさが増してきて、このラブレターなんか、直視したくなかった。破り捨ててしまいたいぐらいだ。


 俺は、夕月のラブレターを、一通り読むことにした。

 ……何で好きな人とその人の好きな人との秘密を、俺なんかが共有しちまうんだろう。……いや、先生が言ってるんだからいいよな。うんうん。



『 いきなりの手紙で、驚いたんじゃないでしょうか。

  驚いている姿が目に浮かんできそうです。

  そうですよね。驚くことを期待して、これを書いたんですから。

  ……用件は分かっていると思います。

  こういうこと、日常茶飯事じゃないでしょうか(笑)?

  私、夕月琴音は、大田太雅君が好きです。

  ……多分、分かってると思います。いっつも、視線を向けてましたから。

  気持ち悪いですよね。きっと私のことなんか、好きじゃないと思います。

  でも、私はちゃんと気持ちを伝えたいな、何て思っていました。

  だから、想いを伝えました。』



 目の前が、一気に真っ暗になる。

 嘘だ嘘だ。……大田? 何であいつなんだよ。

 もしかしたら「嘘だよバーカ」とか行頭に書いてあるのかと期待したけれど、正真正銘、遠まわしなことなんてない、ドストレートで夕月らしい、純情なラブレターだった。

「……嘘だ、嘘だそんな」


「嘘じゃないですよ。夕月琴音、いつから大田太雅が好きだったんでしょうかね。……少なくとも去年の運動会の前から好きだったことは明らかですよ」


 先生の言葉が、頭に入ってこない。


「まぁ、今の君には、僕の言葉は届いていないと思いますがね」


 足元の支えが、ふっつりとなくなった。

 音を立てて、俺の積み上げてきた夕月への想いが、なし崩しに崩れ去っていく。


 夕月を好きになって初めて気付いた、自分より弱い子を守ろうと思った気持ちが、消え去っていく。

 浄化なんてもんじゃなくて、もっと、大切な物がなくなったような、そんな感じだ。

 あぁ、もしかしたら俺は、夕月を好きという気持ちまで、捨ててしまったのかもしれない。

「夕月琴音が好き」という淡い淡い想いは、どこかへ消え去ってしまった。



「では、さようなら。笹川啓介」



 最期の最期まで、俺は、夕月が好きだったのか、と問われたら。



 多分、いつまで経っても答えられない。

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