表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

出席番号十三番 近藤秋枝

 冬休みに入ったので書き進めていこうと思います。宿題ありますけど。

「最優秀賞、近藤秋枝さん」

 

 小学校生活最後の九月。市民会館で行われた「夏休み思い出絵画コンクール」の授賞式には、私の友達や家族、その他受賞者方の関係者達が来ていた。

 今回の絵も、私は最優秀賞を貰っていた。

 今回は正直、夏休みの宿題の絵日記の方に手一杯だったから、死ぬ寸前まで頑張ってやった結果が、最優秀賞。それが、本当に嬉しかった。


 ◆◇


 初めてコンクールで私の絵が表彰されたのは、二年生の九月のこと。

 遠藤奈名子ちゃんが、「秋枝ちゃーんっ」とダッシュで教室に走ってきた。


「大変だよ! 秋枝ちゃんの絵が、都内の絵画コンクールで、佳作に選ばれたって!」


 その一言で、私の頬は真っ赤に染まった、ような気がする。

 周りから、「すごっ」「秋枝ちゃん、マジー?」と声が上がった。無性に嬉しくて、受賞した喜びと、友達に祝ってもらった喜びが混じり合って、私はただひたすら、体を震わせていた。

 興奮したときって、こんなにも体が震えて、胸が高鳴るものなんだと、初めて知った。


 その中で、ただ一人、何も言わない男子がいる。

 内村一樹。

 本当は、私なんかに興味なんてなかったんだ。そう思う。だって、この浮ついて落ち着きのない空気の中、私を一瞥して、それからまた読んでいた本に熱中してしまうなんて。

 私のことに興味がなかったんだと、今考えたら思う。

 

 まだ二年生なのに。

 このクラスの、騒がしい空気を「下らない」と笑うだけで済ませてしまうような、そんな大人っぽさを、私は持っていなかった。

 私は、ただ無性に悔しかったのを覚えている。……正直言っちゃうと、私のいる二年四組全員が、私を祝ってくれるものだと思っていたから。

 だけど、一樹だけは違うから、悔しかった。

「俺はお前のこと、祝わない」って突き放されたような気がして。

 


 その一件以来、私は一樹を気にするようになっていった。


 ◆◇


 九月の授賞式の時も、私の浅はかな期待とは裏腹に、彼は来はしなかった。

 それが普通なのに、何だろう、悔しいって言うか、悲しいって言うか。そんな感覚。不思議な感覚。

 これは、何という感情なんだろう。


 もし、『恋』というものならば、私は……。

 

 ◆◇


 彼が髪を伸ばして、髪を結ぶようになったのは、六年の初め。

 元々少しだけ長かった髪を、きつく結んだのだ。

 卒業式の時に撮った「五年最後の記念撮影」の時とはまるで印象が違っていた。だから、学年のリーダーシップを仕切る一組の菱川学(ひしかわまなぶ)が、「マジ? あいつ超ウケるんですけど。厨二病?」と陰口を叩いていた時は、殴りかかろうとするところだった。

 誰に何と言われても、「俺はこの髪型で行く。何が何でもこの髪型が良いから」と断固として決意していたのを覚えている。

 そんなに一生懸命になれるんだ。髪型に。それが羨ましい。

 絵のことに集中できることも、良いと思う。だけど、男なのに髪を結んで、それで堂々と毒舌を吐くなんて、勇者も良い所。憧れるなぁ、そういうの。

 自分がしたいことが出来る。……正直に自分の趣味はこれですって、言いたかった。

 お母さんの前で。


 私の母親は、姉の千秋(ちあき)にひたすら愛情を注いでいた。

 勉強の成績は、中学で殆どトップの座。眼鏡で三つ編みの、優等生の直球ど真ん中を行くような姉。

 小学四年生まで、私は姉がそんなに気にならなかった。むしろ、憧れていたくらいだ。

 真面目で勉強が出来ていた姉。地味だけど、ちゃんと自分の居場所がある。そんな人を、カッコいいと思うような時代が、私にもあったのだ。


 ウチのお父さんは画家を目指していた。大きな賞でそこそこの賞を貰っているくらいの、かなり実力派の一般人って感じ。小さな絵画教室も営んでいて、そこに何人か生徒さんが来ている。私と同じくらいの年齢の人もいれば、もっと年上の、下手したらお父さんより年上って感じの人もいる。

 そんな人達に、お父さんは丁寧に教えている。一回、軽度の認知症を患っている人が通っていたこともあった。同じ質問を何度も繰り返されても、お父さんは丁寧に教えていたし、その人が帰ったら「ムカつく!」なんて怒鳴ることもなかった。「何度も何度も同じこと教えて、ウザいなって思ったりしないの?」って尋ねたら、「馬鹿、秋枝。そんな風に思ってたら、失礼だよ、駄目だよ。僕から学びたいって思ってる人に、怠けて接しちゃ駄目だ。感謝をこめて接しよう。リスペクトだよ、何ちゃって」と、逆に説得された。

 ちょっとずれているけど、人として大切なことは忘れていない、優しいお父さん。

 そんなお父さんが、私は大好きだった。

 お父さんに教えてもらって、絵を描くようになったのは、四歳の頃。

「自分の思ったように描けばいい」と、お父さんは教えてくれた。それを守って、私は自分の赴くままに絵を描いている。

 

 だけど、そんなのほほんとしたマイペースなお父さんと私が、勉強一筋の教育ママであるお母さんは、気に入らなかったみたい。

 いい? 世の中全て勉強よ。秋枝、千秋を見習いなさい。塾の模試でも良い成績だし、あんたなんて塾に通っていても、てんで成績が駄目じゃない。絵なんて将来何の役に立つの? 勉強以外に長所を見出せない弱者が、そんな趣味を持つのよ。あぁ、貴方がこんな人だったなんて思わなかったわ。自分の子供に出世をしてほしくないのね。千秋がこんなにも将来有望なのに、貴方ったら秋枝を構うの?

 その言葉を聞いて、温和なお父さんが、いきなりブチ切れた。


 絵を馬鹿にするなって。


 それは、本当に、そうだと思う。絵が役に立たなくても良い。絵はすごいじゃないか。絵を描くことで、心の気持ちを表すことが出来るじゃないか。なのに、何で「弱者の趣味」だなんて言われなきゃいけないんだ。勉強を頑張らなくたって良いじゃない。幸せならそれで良いじゃない。

 なのに、何でお母さんはお姉ちゃんばっかり持ち上げるの?

 少しは私を持ちあげてくれても良いじゃない。


 私が受賞したときだってそうだ。

 私が二年生の頃、初めて賞を受賞した時。

「ねぇねぇ、お母さん! 私、賞を取ったよ。佳作だよ、すごいでしょ?」

 私がフローリングでぴょんぴょん飛び跳ねると、ランドセルがごとごと揺れた。そんなことお構いなしに報告すると、お母さんがため息をついて、私に言い放った。

「そんなこと、まだしていたの? どうだっていいじゃない。それより、宿題を終えなさい。お姉ちゃんなんか、もう終わっているって言うのよ。それなのに、秋枝ときたら、帰ってきたらすぐ「佳作だ佳作だ」なんて慌てちゃって。絵に力なんか入れちゃって、バカバカしい。そんなことより勉強の方が、よっぽど大事よ?」

 

 お母さんの言葉で、私の弾んでいた心が、一気にしぼんでいった。

 自分の娘が受賞したことよりも、勉強をはやし立てる。

 ねぇ、何で……?


 その時、ふっと思いだした。

 お母さんの顔。

 下らない、と言っているような顔。

 

 一樹に似ている……。


 何で……?


 二人とも、私のどこが嫌なんだろう。勉強が出来ないから? 佳作ではしゃぎ回るから……?


 下らないから……?


 分からない。

 分からないから、すっごく悔しい。

 何でこんなこと言われなきゃならないの。私がせっかく頑張ったのに、お母さんは認めてくれないの……?

 何でお姉ちゃんばっかり褒めるの?

 心にぽっかり空いた穴は、どうすれば元通りになるの?

 どうしたら、お母さんに褒められるの?

 勉強をすればいいの?

 眼鏡をかければいいの?

 髪を三つ編みにすればいいの?

 勉強をひたすら頑張って、やることなすこと全て、勉強って、言えばいいの?


 絵を描くことを、やめればいいの……?


 そう思った途端、私の胸の鼓動は早くなった。

 嫌だ、そんなこと、出来るわけない。


 絵を描くことを楽しいと思えるようになったのは、お父さんのおかげだ。

 去年の秋、写真を撮りに行った。

 近所の小さな公園。私がブランコに乗って、お父さんは写真を撮った。

 それをモデルに、ちょっと恥ずかしいけれど、自画像、なんて描いたりもして。


 楽しかった思い出を、全否定するのは、嫌だ……。

 

 そうだよ、やっぱり、絵を描くことをやめたくない。

 


 そう思ったのが、六年の初めだった。

 私は、夕食の時間に、お母さんに宣言した。


「絵を描くのを、やめたくない! 誰に何と言われようと、決してやめない! 勉強だけを頑張りなさいって言われても、私は絵を、描き続けるからね!」


 そう宣言した途端、お父さんは盛大な拍手を私にくれた。

「よく言った秋枝! お父さんも、同じように絵を頑張るから、宜しくな!」

 私は、そう言ってくれて、とても嬉しかったけど……。


 お母さんが、大反対した。

「勉強をして、立派な会社に入らないと、将来ホームレスになって、誰も助けてくれなくなるわよ!? 仕事でバリバリ働いて、むしろ男の方を養う気持ちでいなさい!」

 その言葉を聞いて、私はいてもたってもいられなくなった。

「何で男の方を養う気持ちでいた方が良いの? 沢山勉強して、一流企業に勤めている方が、人生は幸せなの? 自分の大好きな絵を描くのより、自分の大嫌いな勉強を無理して頑張って一流企業に勤める方が、本当に幸せなの? そう言いきれるの?」

 お母さんは、今度は私に何も言わない。

 私が怒りながら座ると、お父さんは「なわけで」と話を進めた。


「秋枝は、こんなにも絵を描きたいと言っているんだ。それにほら、見てごらん、秋枝の貰った賞の数々」


 お父さんが優しげに微笑んで、リビングを見渡す。至る所に、私の貰った賞の賞状が飾られてある。

 私とお母さんとお姉ちゃんが額縁に入ってる賞状を見渡していると、急に私の頭に、温かい手が乗っかってきた。

 お父さんの手だ。


「数えきれないほどあるってことでもないし、賞状の置き場所に困るだなんてことは、ないだろう? 程よく賞が取れるってことは、才能があるっていうことだ。……羨ましいなぁ。僕から教えたのに、いつの間にか僕より上手になっちゃってさ」

 

 羨ましい。

 憎いとか、妬みとか、そういうのじゃなくて、羨ましい。自分の教え子が自分を抜かしたら、悔しいとか憎いとか、思うはずだけど、そういうのを思わず、ただ「羨ましい」と一言だけ言えるお父さん。

 純粋で、優しくて、温かい。そんなお父さんが描く絵は、いつだって、私の憧れだ。


「秋枝がこんなにも頑張っている絵を、簡単に否定するのは、親じゃないと思うよ。秋枝が頑張ろうと思っている絵を否定するのは、僕が許さない」


「お父さん……」


 認めてくれた。私の夢を。

 ありがとう、お父さん。


 それから、お母さんは、私が絵を描くことに、ケチをつけなくなった。「勉強しなさい」とは言わなくなった。むしろ、応援してくれるようになったのだ。

 それが嬉しかったの何のって。

 筆が進む。誰にも邪魔されないから。むしろ、応援してくれる人の方が多い。これほど嬉しいことはない。

 奈名子ちゃんや琴音ちゃん、夏実ちゃん。両親に……お姉ちゃんはどうだろう。でも、邪魔はしてこないから、趣味に没頭できる。たまにお父さんと一緒に画材を買いに行く。その時にクレープを食べることが密かな楽しみ。そこから生まれた甘い気持ち。甘い気持ちを絵にしてみたら、どんな色になるのだろう。

 黄色? ピンク? エメラルドグリーンだったりして。ふわふわな綿あめみたいな感じかな?


 なんてことを想像しながら帰って、そしてキャンバスにその情景を思い起こしてみるのも、大好き。


 そして、そのふわふわとした感情の中に、何故か突然一樹を登場させて、この何故かきゅんっとする心を楽しんで、それをキャンバスに思い起こしてみるのも、またひとつの趣味。

 そんなこと、誰にも言えないけれど。


 ◆◇


 一樹は、いつでも毒舌だ。

 私がいくら優しくしようとしたって完璧無視する。


 図工の時間、残って絵を描こうとした時から、少しは距離が縮まったと思ったのだが、やっぱり見当違いか。

 やけに私の描いた絵を、凝視しているかと思ったら。それほど、意識はしていなかったのか。


 やっぱりそうだよね。


 どっかの本で見たことがある。

 両想いの確率は、とても低いと。

 だからって、この気持ちを捨てようという気持ちにはならない。この気持ちが私に伝える、独特のときめきを、覚えておきたい。


 この感情があってこその絵が、描ける気がする。きっと。


 一樹が、自分のことを想っているとは、思わない。

 ただ、告白だけはしたいな、なんて思っていた。

 お母さんに認めてもらいたい。

 そして、一樹にも認めてもらいたい。


 彼は、一年生の頃から一風変わった人で。

 二年生の頃、木戸君が転校してきたときも、「へぇ、そう」みたいな感じだったし。いじめを見ても、「下らない」と囁くように一笑して終わっていた。

 彼は一体、どのように毒舌的となったのだろうか。


 そうそう、彼は、何故か姉の好きなタイプだったのだ。

 姉妹揃って好みは似ているというものだ。六年二回目の授業参観、彼女は珍しく髪の毛をアップスタイルにしていた。

 理由を聞くと、珍しく「妹の学校に、ダサい服装で来たくないんだよね。何でだろう? 思春期特融って感じ」と普通で話すよりかは少々大きいんじゃないかというような声を発したのだ。

 よく家に来て遊ぶ奈名子ちゃんと琴音ちゃんは、「今日のお姉さん、ひときわ美人になってるね」なんて褒めていたけれど。確かに、姉は美人な方だ。女の私から見ても、シャープな瞳と、小さく高い鼻は、目を見張るものがあると感じている。だがそれを隠して、眼鏡をかけて三つ編みをしている。優等生ド真ん中をいくような姉が、まさか私と好きなタイプが同じだなんて、思いもしなかったのだ。


 姉も、私の好きな人に、恋をしている……のだろう。

 かなりの年の差だ。しかも相手は、小学生。中学生の女子が、小学生の男子に恋をした。真面目系女子と、不良系男子。あっ、後者の方がまだ可愛げがあるかもしれない。

 嫌だな、私ったら。姉より自分の方が有利だなんて考えちゃって。

 恋のスタートは、誰でも一緒なんだ。


 姉がお洒落をして授業参観に来た日の、翌日。

「あのお団子頭の美少女は誰だ!?」と男子達が騒ぎ立てた。……その中に一樹がいなくて、少し良かったと思ったけれど。

 どうやら、私のお姉ちゃんは恥ずかしながら男子達の間で有名人になっちゃったらしく。

「あっ、私の姉です」とそろそろと手を上げると、「マジ? 超美人なんですけど!」と男子と女子が騒ぎ立てる。美玖ちゃんも、「あの人、美人だよね。アッキーに似てる!」と私の手を取って言ってくれた。アッキーって誰だよ。


 その騒ぎの最中、私は、一樹をチラリと見やる。

 案の定、彼は決して騒がずに、本を見ている。

 けれども……けれども……、一樹のほっぺたが、ほんのり赤いのは……気のせいなのかな?


 気のせいであってほしい。

 姉は美人だ、私より。決して私が美人なんじゃない。彼女が、本当は血が繋がっていないんじゃないかってほど、美人なのだ。

 一目ぼれでもしちゃったんじゃないかな。


 ◆◇


「なぁ秋枝」

 号車を挟んで隣の席にいる一樹が、私に呼び掛けた。

「何?」

 今は算数の授業中。私達は一番後ろの席だから、黒板で問題を書いている先生からは見えない。

「あのさぁ、この問題教えてくれない?」

 そう言って彼は、教科書を差し出した。今やっている問題より一問前。

 解けてなかったのか。この子、ちょっとお馬鹿なのかな?


「いいけど。隣の席の人に頼めばいいじゃん?」

「頼めるかよ。あのぶりっ子に」

 そう言われて一樹の隣の席を見やると、美玖ちゃんがいた。


 頬をふくらませて、可愛いデザインの鉛筆を頭にこんこん、と当てている。眉をつりさげ、さも教科書とにらめっこしているような表情をしている。そして、「うーっ、分からないよー」と頭を左右に振る。ツインテールが揺れて、ダブルモチーフゴムが電気に反射している。


 なるほど。こんなときでもぶりっ子モード炸裂か。後ろの席の人と話すことしか、することのない馬鹿男子達が、美玖ちゃんを見ることなんて、そうそうあることがないのに。

 これ、マジの天然説ありますよ。


「あぁ、分かった。えーとね、ここは単位に気をつけると……。ほら、ここは九リットルになってるけど、こっちは五デシリットルってなってるでしょ」

「あ、本当だ! ありがと秋枝」

 爽やかな笑みを向けられ、一瞬私の脳は思考停止してしまう。


 思考停止から現実まで戻してくれたのは、以外にも美玖ちゃんだった。

 美玖ちゃんが、そのぶりっ子ポーズをやめ、ひときわ一樹を見やり、上目づかいで話しかける。

 すると一樹は、嬉しそうにしながら私を指差して、それから教科書を指差す。美玖ちゃんの表情がみるみる変わっていくのに、一樹は気付いていないようだ。

 そして美玖ちゃんは、一樹の後ろから、私を睨みつけた。


 それで思考停止から我に返り、何故睨まれるべきなのか、少しだけ考えることになった。

 別に私は美玖ちゃんが嫌いではない。むしろ、その可愛さから学ぶことも多い、と感じている。

 移動教室では、売店で「この石を持っていると、恋愛運アップするんだって」と言われて、私もついそれを購入してしまった。

 可愛い彼女は、もちろん女子として外見を磨いている。爪はいつも切りそろえているし、服はいつも違う服を着ている気がするし、肌はいつもぷるぷるしていて、ニキビなんて見たことがない。

 そんな可愛い女子が、別に嫌いではない。なのに睨みつけられた。何かしたっけ。もしかして彼女も一樹が好きなのかな。先を越された、と悔しかったのかな。あれ? でも彼女の好きな人って大田君だった気がするんだけど……。

 女子として尊敬するところがあるのは分かっているけれど、やっぱり内面的に真似するべきところは、あるのかないのか分からなくなってしまう。

 マジの天然フシギちゃん説がなくなってしまった今、彼女は男子の前でぶりっ子だ。そんな彼女の悪口を大々的に言う人がいないのは、このクラスの良いところと言うべきか、コソコソと言っている悪いところと言うべきか、微妙なところだ。


「……許さない」


 彼女からそんな言葉が聞こえたのは、果たして気のせいなのだろうか。


 ◆◇


 なんてことを思い出していると、急に肩に手を置かれた。

「ひゃうっ」

 人が懐かしい過去を思い出しているのに、何てことを。ムッと睨みつけようとすると、それよりも数倍怖い、まるで射殺さんばかりの表情を顔にへばりつけた奈名子ちゃんが、「ちょっと、秋枝ちゃん?」といつもとは違う高さで言った。いつもより低い。

「殺人ゲーム中に、何ぼうっとしてんの? 相手は、銃を持ってるんだよ。私達がこっちの居場所分かってなくても、相手が私達の居場所分かってたら、殺されるからね?」

「分かってるよ。そんなこと」

 ごめんなさい。分かってるなんて嘘です。今、我に返って思い出しました。何で薄暗い階段の下にいるんだろうなんて一瞬思ってました。マジでごめんなさい。


 そうだ、今は殺人ゲーム中。

 絵画コンクールの話から美玖ちゃんの話まで、何から何まで思い出しているのが、生死の境を彷徨っているときなんて、ちょっと不謹慎でしたね、ごめんなさい。


「ごめん、ちょっとぼうっとしてて」

「そんなに怒らないで、奈名子ちゃん。この状況が理解できないのは、皆一緒だよ? だからさ、そんな、戸惑いを秋枝ちゃんにぶつけないで?」


 琴音ちゃんが、奈名子ちゃんを慰めてくれる。それで一気にクールダウンしたのか、「分かった」と奈名子ちゃんは縮こまっていく。


 珍しく気まずい空気が流れる。

 それを緩和してくれたのは、一誠と夏実ちゃんだった。


「くくっ……」


 何故か噴き出した一誠に、私達四人は戸惑っていたが、一誠につられて、夏実ちゃんが噴き出した。

 おいおい何がおかしいんだ。それともこの二人の笑いのツボがおかしいだけなのか。

「お前ら三人の中に、気まずい空気は一切流れないと思ってたのに」

「気まずい空気が、今この瞬間流れましたね」

 漫画やアニメでしか見たことないような台詞の繋ぎが、今、目の前にある。

 それがおかしくて、私は笑ってしまう。

 残る二人もそれがおかしかったのか、笑いだしてしまう。


 もしかして、私達って、笑いツボが皆おかしいのかな?

 想像してしまうと、私はまた笑いだす。


 それが、一分ぐらい続いて、一誠が言った。

「ねぇ、もうそろそろ見付からないところ探索しようぜ?」

「そうですね。皆さん、そうしましょう」

 夏実ちゃんが反応する。この二人が前より親密になったと感じるのは、気のせいだろうか。

 まぁ、気のせいでなかったとしても、別に悪いことではない。

 小学校六年生の男女仲は深刻である。男子と女子の間に深い川が流れていると言っても過言ではないこのご時世、逆に想樹や実月ちゃんのような仲の良い爽やかカップルは、本当にごく稀にあると言って良いほど、男女仲は深刻なのだ。

 私はちらっと琴音ちゃんと奈名子ちゃんの方を見やる。琴音ちゃんは、この雰囲気を感じ取っているのか、「ふふっ」と私を見て微笑んだ。


「うん、そうしよう」

 ただ一人、三人の中でも馬鹿キャラで通っている奈名子ちゃんは、そんなこと気付きもしなかったけれど。

 そんな奈名子ちゃんを見て、私達二人は苦笑する。

 本当、奈名子ちゃんはいつもそうだ。大事なところを掴んでいるように見せかけて、日常生活では、「マジで!?」って思うほど馬鹿。

 そんな奈名子ちゃんが、私は少しだけ、良いと思うのだけれど。


 ◆◇


 今は、六年三組のベランダに隠れている。「確認したい」と自分から名乗り出た私は、教室を確認する。

 前方ドア、誰もいない。後方ドア、誰もいない。天井、這いつくばっている人いない。床、女子のハンカチを顔に被って死んでいる春日以外、誰もいない。


 本当、不思議なほど誰もいない。

 何故誰もいないのだろう。ちょっと怖いくらいだ。ほんの数時間前まで、私達は帰りの会をしていたのに。「マジ? パーティー!?」と、大田君が大騒ぎしていたのに。やっぱり、殺人ゲームから数時間経って、色んな人が、死んじゃったのかな?

 自分の想像に、私は全身に鳥肌が立つ感覚を覚えた。

 ま、待って。そんなわけないじゃん。何で勝手に想像して勝手に震えてんのよ私ったら。今は一人でも生きていることを願うべきでしょう? なのに、私が想像で皆を殺しちゃって、どうするのよ。

 それに、絶対生きてるって思わなきゃ。そうしないと、自分の想像通り、人が死んじゃってるなんてこともあるかもしれないのだから。

 お父さんも言ってたでしょう。「絶対幸せがあると思いなさい」って。「絶対幸せがあると強く願ったら、必ず幸せは来る」って、言ってたでしょう。それを信じないと。私が。



 そう思っていると。

 開け放たれた六年三組の教室のドアから、先生が入ってきた。

 ひゃあっ、来た!

 心の中でそう叫ぶと、私は出来るだけ冷静に、と押さえつけながら皆に言った。


「来たよ、先生」

「……っ」

 誰かの息をのむ声が、聞こえてくる。

 そうだよね、怖いよね。私だって怖い。

 これから沢山絵だって描きたいよ。勉強なんて出来ないけれど、勉強をしたいよ。美玖ちゃんからいっぱい可愛いの秘訣を教わりたいし、奈名子ちゃんの馬鹿さも、琴音ちゃんのおしとやかさも、憧れるし、見ていて楽しい。

 そして、一樹にだって告白したい。

 付き合えなんて無理なことは言わない。ただ、自分の気持ちを伝えたい。それだけだ。

 こんな狂った事件が起こるから、そんなことを思ってしまったのかもしれない。

 お姉ちゃんが、自分はこんなに美人だってことを包み隠さず、授業参観の時に押し出した。でも、だからってなんぼだ。私が頑張れば、いつかはお姉ちゃんを超すことが出来るはず。人の個性だ。お姉ちゃんは美人で頭が良い。でも私は、優しい友人に囲まれて、絵を描くことが大好きな、たった一人の人間なんだ。

 そのこと、毒舌家の一樹は、わかってくれるだろうか。


 そのことを伝えるためには、私がまず逃げなくてはならない。


 だけど、友達を置いて自分だけ逃げるなんて、まっぴらごめんだ。

 だから、私は奈名子ちゃんの腕を掴み、「逃げなきゃ」と囁いた。

「うん」と奈名子ちゃんは頷き、私は逃げようと足を地面に着いた。



 バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!



 唐突に、銃声が鳴り響いた。

 何が起きたの?

 振り向こうと思っても、私の体が酷いぐらいの悲鳴を上げる。熱い。痛い。何なのこれ。怪我とか、そういう時空を遥かに超越しているような痛みに、私はいきなり立ち上がったわけでもないのに、目まいを覚えた。


「おやおや、君達は、馬鹿かな? まぁ、馬鹿ならしょうがないですねぇ」


 先生の声だ。今、一番聞きたくない声。


「先生……何で、こんな……ことを?」


 これは、……悲痛そうなこの声は、夏実ちゃんの声だ。先頭切っているから、皆の表情はもちろん、先生の表情も見えない。だから、声だけで判断するしかない。でも、多分私の表情は、皆に見えているだろう。そんな状況下が、少しだけ悔しいと、この状況になって思い始める。


「……可哀想に、綺麗な顔がぐしゃぐしゃですよ?」

「お前が言うな、クズ教師めが!」


 つい、私が牙を剥いてしまうと、先生は何が面白いのか「あはははっ」と笑っていた。

 何だこの状況。空しい。悔しい。ぽっかりと空いたこの穴は、収まることを知らないのか。

「面白い、実に面白い。……君達のような、お人好しで良い人の中に、こんなに人に向かって罵詈雑言を吐く人がいるとは。

 僕はね、人が壊れていく姿を見るのが好きなんですよ」

「ざっけんな、この異常クズ教師!」

 たまらず、私は叫ぶ。何だこの発言。別に私は壊れてなんかいない。罵詈雑言を吐くのは当たっているかもしれないけれど、それよりも先生達も、お人好しだと思っているのか。それが妙に悔しくて。


 火に油を注ぐような発言を、この人は間違いなくしている。私達を殺人ゲームという残酷なゲームに巻き込んで、弄んでいるというのか。


「そうだよ! 秋枝ちゃんの言うとおりだよ! 何で先生は人を殺しちゃうの!? 最低ですよ、異常ですよ、クズです!」


 琴音ちゃんも、私に同意するかのように叫んだ。嬉しさで私の口角がつり上がると同時に、先生は言った。


「……おやおや、君達は、どうやら死にたいようだね」


 かちゃり、と音がする。


「さようなら、貴方達は、才能を持っていながら、実にアンラッキーガールだったようだ」


「ざけんなよっ」


 最後にそう言って反論したのは、私の親友、奈名子ちゃんだった。


 ありがとう。反論してくれて。今までずっと黙っていたけれど、その言葉には、その分深い重みがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ