出席番号十二番 栗沢麗羅
毎度遅くなって申しわけありません。今回は結構長め(?)なので、読むのが面倒な方は回れ右をしてください。
木戸をいじめから救ったのは、紛れもなく私自身なのだと、木戸の弟から聞いたことがある。
木戸は二年生の頃、この学校に転校してきた。都内の名門校の藤咲小学校から転校してきたという。頭が悪いのだ、はっきり言ってしまえば。
私の知っている彼は、優しくて人の目を気にして息をするような、空気のような存在だった。元々私が目立つような存在だったからか、その彼がどうしても妙に映ったのだ。
ヤンキー家庭に生まれ、そのまま私の妹、優羅の姉として育ってきた私。お父さんとお母さんが夜な夜な言っていた。「自分の思い通りに事を進めたかったら、必ず自分の意見を言いなさい」。だから私は両親の言うとおりに、自分の思い通りにしたかったら自分の意見を言う。
なのに木戸は。自分が何か意見を言ったわけではないのに、物事が決まると、「うげっ」という顔をする。本人は気付いていないようだが、実は顔に出ているっていうものだ。
顔をしかめる癖はしょうがないとして、そんなに嫌なのは、本人自身が気付いているだろう。なのに何で意見を出さない。意見を出さないでそんな「うげっ」という顔をして。自分勝手なんじゃないの? と何度思ったことだろう。
だけど私は、彼が意見を言えない理由を知らなかった。
いじめられているのを知ったのは、彼が五年生の時だ。
◆◇
当時、私は麗羅という名前が大嫌いだった。
周りは皆普通の名前なのに。まぁ、私の親友の藍花ちゃんは、多少キラキラしているかもしれないけれど、それでも多少レベルだ。誰だって振り仮名をつけなくても、「あいかちゃんね」と分かる。
だけど私はどうだ。「麗羅」なんて画数の多い文字を使う名前。面倒くさい。死ぬほど面倒くさい。六年生になった今でも、テストの時間などに書くのを面倒くさいと思うほどだ。一年生の頃は「れいら」と平仮名で書いていたけど、それも出来そうにない。それに、「麗羅」なんて当て字もいいところだ。就職の面接の時に一発で、「こいつの両親頭悪そう」と思われるに違いない。本当に頭が悪いのだけれど。
だから私はこの名前が嫌いだった。キラキラネーム。どっからどう見てもキラキラネームだ。保護者会の時も、「ねぇ、あの子、麗羅ちゃんって言うんだって」「親が頭悪いのよきっと」という話し声が聞こえて、死にたくなったほどだ。
私、あんまり頭悪くないんだけど。そっちの想像で勝手に決めないでよ。麗羅なんてキラキラし過ぎな名前、全然嬉しくないんだけど。むしろそっちの名前と交換したいぐらい。そっちの名前は、「麗羅」なんてキラキラネームじゃないでしょうね。交換したいよ。
妹は「羅」が入っている名前を、年齢のせいか「かっこいいじゃん」と言いながらそれほど気にしていなかったけど、私は充分気にするんだよ。いじめの原因にもなりかねないのに、麗羅なんて本当に嫌だ。
両親は二人とも普通の名前だったのが、余計悔しかった。竜蔵と舞なんて、普通もいいところだ。見世物じゃないんだよ。
おまけに家にはメイクグッズが転がっていて、「夜露死苦」なんて書かれたプリクラが散らばっている。「夜露死苦」って何よ。ちょっと脳内にスケバン女子高生がぽんと登場したんだけど。
ホント、この家、嫌だ。
友達の中には「すごいね」と褒めてくれるような人もいたが、いやいや、すごいという人の気がしれない。
素行が悪くて時代遅れ。食べる食事はカップラーメンやらコンビニ弁当だの体に悪そうな食事ばかり。今や私の栄養を支えているのは給食ですと断言できるほど、私の食生活は偏っていた。給食費は毎回一定なので、どれだけおかわりしようが、給食費は変わらないというところが何と素晴らしいことであろう。
世の中のヤンキー全てが、こうじゃないことを祈る。中学生や高校生の頃、大人を困らせても、大人になっても自立できないような情けない人にならないでほしい。いつまでもどこかにたむろしていないで、仕事できるようになってほしい。大人になったら立派に自立して、いつかヤンキー時代の自分を、子供の前で懐かしげに話せる、そんな人になってほしい。それが私の理想像。
二人とも真面目に仕事してるけど、いつになったらアパートから引っ越すことが出来るんだろう。それぐらい私の生活はままならないのに。
でも二つだけ、両親が一生懸命なことがあった。
教育とファッションだ。お父さんは教育を、お母さんはファッションを私達に教えてくれた。
「どういう系が着たいの?」と尋ねられた時は、「カジュアル系」と私は答え、「ガーリー系」と優羅は答えた。お母さんはその数日後、子供向けの服を買ってきてくれた。その服は、今も大事に使っている。
お父さんは、「文房具が欲しい」と言えば、何でも買ってくれた。電動式の鉛筆削りも、お父さんが買ってくれたものだ。
そんなにファッションや文房具にこだわらなくて良いから、と私は思う。優羅はきゃっきゃと喜んでいたけど、正直言って私はそんなに嬉しくない。そんなことより食費や生活費を何とかしてほしい。毎日毎日カップラーメンやコンビニ弁当だなんて、体に悪いにも程がある。もっとこう、手作りとか。そういうのが良い。
でも両親のおかげで、「髪サラサラだし、服も可愛いよね。麗羅ちゃんって」と褒められたこともあるし、「この鉛筆可愛い! お父さんが買ってくれるの? 羨ましいな~」と羨ましがられることがある。
そのお父さんやお母さんには、感謝しているけれど、やはりいくらなんでもこの名前と食住に問題がある。
その鬱憤を晴らすために、私は意見を言ったりしている。……って言うのも何だけど、キラキラした名前と体に悪い食事のストレスが原因で、私は目立つことが出来ている。
だから、私にとって木戸は、まさに「じれったい」の何物でもなかった。
人の目ばかり気にしてひょこひょこ空気を読んで生きている。そんなのつまらないじゃん。何が楽しいの。はっちゃけようよ。つまんないよ本当に。
だから私は、言った。
助けようと思ったのだ、木戸を。そしてあの雨の中、木戸に話したのだ。
絆創膏を貼ってあげただけだと言うのに、どこか嬉しそうな表情をしてお礼を言うもんだから、ちょっぴり可愛いなと思ってしまった。
◆◇
六年生になり、六年三組になると、私の人生は結構変わっていった。
まず、担任の渡辺先生に恋をしてしまったことが一つの原因だと言えるだろう。
今までこんなに綺麗な男性は見たことがなかった。ウチのお父さんは、「喧嘩上等」「夜露死苦」と言いながら平気で街をバイクで闊歩していたような人だから、恋する要素なんて一欠けらもない。それなのに、この先生は、本当に綺麗。
優しげな、二重でくりんとした目に、赤いセルフレームの眼鏡が反射している。睫毛は長く、口が小さいし、鼻が高くて小さい。小顔。目以外全てが小さくて、塩素で茶色くなった髪の毛が、不思議とサラサラしている。女の子みたい。男なのに、女みたい。それがすっごく良い。
更に男らしさも持ち合わせていた。
私がそれに気付いたのは、一学期の頃だった。
中休み、私と藍花ちゃんが鉄棒をしていた時。
何やらジャングルジムの方が騒がしい。私達は顔を見合わせて、ダッシュでジャングルジムへ向かった。
そこには、喧嘩している男子二人がいた。
喧嘩しているのは……そう、確か五年生。騒がしい人達だな。そう思っていた。
だが、一瞬でその感情が消え去っていった。
男子が息をしたタイミングで、もう一人の男子が胸をどんっと押さえつけていたのだ。
「ッ!?」
あれは、両親が子供の頃に流行っていた「失神ゲーム」なのではないだろうか。
本当に失神するかもしれないから、絶対やるな、と両親から釘を刺されている。それを軽々しく喧嘩で使うようなことをしてはいけないのに、この男子は何をやっているのだろう。
息を吸った男子は、胸を押さえるほんの0,01秒前に息を吐いた。そして、ぎりぎり失神を免れた。
「うぉっ、危ねー、ふざけんなよっ、お前」
やられる寸前の男子は、激怒していた。目を見開き、必死にやろうとした男子を威嚇している。
「ふざけんなよ、マジお前、死んだらどうするつもりだったの?」
すると急に、失神させようとした男子は怯み始めた。失神が失敗に終わっても、成功しても、どうせその子は殺人未遂的な感じになってしまう。周りから蔑まれるのは違いなかった。
「うわっ、あいつ伊東を失神させる気だったの?」
「マジ最低じゃん。うわー評価下がるわ~」
女子の方からそんな声が聞こえる。失神させようとした男子は、伊東という男子の胸に当てた手を、そっと下ろした。うつろな目をして、涙を堪えているようにも見える。
「謝れよクズ!」
誰かがそう言うと、その男子は目をつぶって、校庭にぺたりと座りこんだ。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
男子は、地べたに座り込んで、土下座の体勢に入り、何度も何度も伊東君に謝り続けた。
「よーし、それでいい」
「って、伊東マジでそれでいいの? だって殺人未遂だよ? もうちょっと強くしないと反省しないじゃん」
許す体勢の伊東君に向かって、一人の女子が不思議そうに尋ねる。
「あ、じゃあもうちょっと強くするか?」
伊東君の顔つきがパッと変わり、謝っていた男子が、がばっと顔を上げた。その目は見開かれている。
「じゃあもうちょっと強くするわ~。おいお前。殺人未遂のくせして、そんなんで済むと思ってんの?」
「ごっ、ごめんなさい……」
男子はまた頭を下げる。さっきまでの喧嘩腰の男子とは別人みたいだ。
「謝れよぉ、もっとさぁ。背中踏むよ?」
伊東君の表情は、最早完全にさっきの人とは思えないぐらい歪んでいる。
「止めてくださいっ。危ないでしょ?」
私の誇る親友、神楽藍花ちゃんがいじめに発展しそうなこの空気を止めに入る。
「あぁ? 黙れよ」
伊東君は上級生に向かって舌打ちしながらそう言う。だが藍花ちゃんは怯まない。精一杯彼を睨みつけている。
藍花ちゃん、すごいな。……強くて、正義感に満ち溢れている。
優等生とか、不真面目とか、そんなの関係なしに、藍花ちゃんは強いし、優しいし、ヒーローみたいだ。
「殺人未遂とか言っていますけど、下手したら貴方達の行為は、謝ってくれる人の弱みに付け込む、いじめのようなものだと思いますけど?」
藍花ちゃんの正論に、伊東君は一瞬怯む。だがそれも一瞬のことで、伊東君はすぐさま「はぁ!?」と声を荒らげて反論した。
「殺人未遂を責めるのは、当然だろう? お前だって、自分を殺そうとした人が謝ってきたら、弱みを握ろうとするだろう!?」
「しません。私はそんなこと、したくありません!」
「はああぁぁぁあぁぁぁっ!?」
藍花ちゃんは尚も必死に正論をまくしたてるが、伊東君の迫力がまぁすごい。上級生……しかも代表委員会委員長でしっかりした真面目な優等生相手に、私の両親と対等なぐらいヤンキー口調で反論している。
流石の迫力に、藍花ちゃんも怯んで、思わず後ずさりする。私は後ずさりする藍花ちゃんを支えて、伊東君を睨みつけた。
「ってかさ、何? 本当はさ、失神させたこいつが悪いのに、お前ら、何で俺を睨んでるの? 被害者なのに? こいつ殺人未遂なんだからさ、こいつを怒るべきでしょ!?」
いや、そうかもしれないけれど、今はお前が悪い。そう言いたい気持ちを押さえて、私は「それは……」と言いかけた。
すると。
「何やってんの君達! もう中休み終わるよ? それに、何でこの子倒れてるの?」
担任の、渡辺碧先生登場。
痩せた華奢な体に、サラサラな髪の毛。繊細な女の子みたいな顔立ちに、赤いセルフレームの眼鏡。大人しそうな物腰。
私は先生を見た時点で、ときめきのようなものを覚えていた。可愛らしいのに男なんだって思うと、きゅんってなる。
それに、男性らしさも兼ね合わせていると噂されているのだ。
「だって、こいつが……俺を失神させようとか何とか……」
「失神させようとしたのは悪いと思うけどさ、それで、こんな風に謝らせてもいいと思ってる? 僕一部始終見てたんだけど」
先生がそう言うと、途端に辺りがざわめきだした。
「こんな風に謝らせるなんて、酷いと思うけど? 逆にそっちが謝るべきだと、僕は思うけど」
伊東君は、しぶしぶと「はいはい、ごめんなさーいサンドウくーん」と謝っていた。
すると先生は、冷ややかな声で、「もっと」と呟いた。
普段のオロオロしたような頼りない雰囲気の先生からは想像もつかないような声で、私達はまぁ相当ビビった。
「はい、オッケ。……後でちゃんと話は聞くから。もう中休み終わるから、校舎内入って」
先生の声で、この騒ぎを見ていた人達が、一斉に校舎内へ入って行った。
その時、私は先生の笑顔を見た。
そして、私は先生を意識し始めていたのだ。
◆◇
なのに。
何でこんな殺人ゲームに巻き込まれなければならないのだろう。
私は、先生が今もどうしても気になってしょうがなかった。
何が「六年三組は腐っている」だ。本当にどうしてしまったというのだろう。
「先生……、何で……何で……」
それに、大親友の藍花ちゃんまで、私は見放してしまった。
私の好きな人に殺される親友が、見たくなかったから。
先生が人を殺す瞬間を、見たくなかったから。
そんな言い訳がいくつも頭を駆け巡るけれど、結局は「自分が死にたくなかったから」に落ち着く。
最低だ。自分の為に、親友を見捨てた。
彼女の、真面目で真っすぐな優しさに付け込んで、挙句の果て、それを背に逃げた。
麗羅ちゃん、と彼女が私を呼ぶ声がしても、私はガン無視して、逃げまくった。
◆◇
それが、おおよそ六時間前。
今、私は一年生の教室前に来ていた。
六年生は、一年生に学校の色々を教えなければならない。「最高学年だからね」っつって。六年生は一年生に学校を教えて、次の一年生に繋げていかなければならない。
そして来年には、中学校に行く。学校のことを一年生に教えたのに、そのすぐ後にこの学校を去ってしまうなんて、どうなのさ。六年生は、「五年間お疲れさまでした」ってことで、ゆったりまったり過ごしても良いはずなんじゃないの? 忙しすぎて、名残惜しいところが沢山あり過ぎだよ。
って、代表委員長の藍花ちゃんを見殺しにしてしまってから言う台詞ではないけれど。
何でこんなことになってしまったのかは、私は……っていうか、多分クラスの皆にも分からない。先生にしか分からない、そんな事だろうと思う。
先生の独断で、既に何人の人が死んでしまったのだろう。考えもつかない。足に鉛がついたように、体全体が重く感じる。
でも、心のどこかで、ちょっとした期待もあった。
狂った先生を何とか説得すれば、もしかしたら私は、先生とずっと一緒に過ごせるかもしれないって。
随分頭がおかしいのは、自分でも重々承知なんだけど。一緒に住むだなんて下心はない。もしこの学校が廃校になって、私がどこか転校することになっても、半年に一回ぐらいは、先生のいる刑務所に行って面会するっていうのもいいかもしれない。うん、それがいい。
……まぁ先生は、どの道死んでると思うけど。未来のある子供達を無差別に殺す罪は、冗談でも何でもなく海よりも深い。きっと先生も、これを知ってて殺人ゲームを企んでいるんだ。
じゃあ何で、殺人ゲームを計画したんだろう。
一学期、中休みに見せたあの爽やかな笑顔の一欠けらも、今の先生には残っていない。
残っているのは、悔しいけれど、恋する原因となった、女の子らしい華奢な体と髪。
それだけしか、先生の面影は残っていなかった。
「生徒のことを考えて相談も聞く、頼れる新任先生」という先生の肩書きが、ボロボロとはがれ落ちていく。それが、見ていられなかった。
と。
給食室の前で、人影を見かけた。
……まさか先生?
あらぬ想像をして、私はぎゅっと唇を固く結ぶ。
先生が、今、ここにいるかもしれない。
今この狂ったゲームを終わらせて、一人でも多くの犠牲者を出さずに済むには、今、私がこの手で殺すしかない。
……ヤバイ、緊張かな。具合が悪くなってきた。
私は、内ポケットから小型ナイフを取り出した。
さっき、藍花ちゃんと一緒に家庭科室から包丁を取りに行った時、こっそりこれも取ったのだ。
好きな人を殺す、というのも、実は少々ためらいがある。何せ、好きな人を殺すのだ。先生だからといって、好きにならない、と決めつけるのも良くない。
しばらくの葛藤。私は、決意をして、開けっぱなしのドアから、給食室に足を踏み入れた。
誰にも命を狙われる心配がないから、ドア開け放って余裕ぶっこいてるってか。残念ながら、ここに、貴方を想いながら今ここで貴方を殺そうとしている人が、いるんですよ。
「あれ? 実織ちゃん?」
「……ひっ。……な、何だ、麗羅ちゃんか」
って、がくっとなった。ここにいたのは、先生じゃなくて、学年一のエンジェル、実織ちゃん。何だ、大好きな先生を殺すか殺さないかで葛藤していた自分が馬鹿みたい。
でも、まぁいい。よく考えれば、先生は銃を持っている。ダッシュで背中を突き刺したって、振り向かれて頭を撃たれたら人生終わりだ。
実織ちゃんは、片手に、今日の給食の揚げパンを持っていた。恐らく、記録的な残飯記録を作っている一年二組の残飯の揚げパンだ。口が細かく動いている。食べてるのか。まぁ、しょうがないよね。こんな殺人ゲームのまっただ中、人生の中のどの瞬間よりも神経を集中させているはずだもの。お腹が空くのもしょうがないよね。
「大丈夫?」
不意に私は、実織ちゃんに尋ねられた。もしかして、私が酷く具合が悪そうに見えたのだろうか。恐らく、藍花ちゃんが死んだという話は、既に実織ちゃんにも伝わっているのだろう。
だから、さっきから気分が悪くなったと思った。きっと、顔色が悪かったのだろう。確かに藍花ちゃんが死んだのも、自分が見殺しにしたせいだとショックを受けたけれど、それよりも好きな人を殺すか殺さないかで葛藤していたから、随分と顔色が悪くなったのだろう。
だけど、そんなこと言えるはずもない。実織ちゃんと先生を勘違いしたなんて話すのも面倒くさいし、何より「何故殺人鬼を殺すのに躊躇ったの? さっさと殺してよ」と言われても困るからだ。もしどこかで自分がボロを出して、実織ちゃんに自分が先生のことを好きだと知られたら、後々すごく面倒くさい。
だから私は、言葉を選んで、一瞬のうちに声に出した。
「大丈夫なわけないじゃん……。親友が死んで平気な女子がどこにいんのよ」
本当は大丈夫じゃないことには色々な意味があった。けれども、それは言わない。随分キツイ言い方になってしまったのも、きっと実織ちゃんは分かってくれるだろう。
あぁ、何かまた、人の優しさに甘えちゃった。結局私は、何人の人の優しさに付け込んで見放せば気が済むのだろう。
「え……ごめん」
実織ちゃんが、おどおどした様子で謝った。予想どおりの反応だ。予想どおり過ぎて、私は少しだけ笑ってしまった。
実織ちゃんが、そんな私を見て何か言いたそうな目をしている。何を言いたいのだろう。ちょっとだけ不思議だった。
それにしても。
藍花ちゃんか……。
こんな私と、唯一きちんと仲良くなってくれた存在だ。
親は低学歴、家はアパート、食生活は乱れっぱなし、無駄にお洒落に力を入れて、時代遅れ。
そんな親の肩書きをガン無視して私が過ごしてきても、結局は保護者会で噂されてしまう。
「麗羅ちゃんって言うんだって」「キラキラネームにも程があるよねぇ」と、聞こえよがしに言われて、無償に腹が立ったのを覚えている。私のせいじゃないのに。全てあの、真面目に働かず、過去の栄光だけにかじりつく、馬鹿で低学歴の両親が悪いのに。他のヤンキーだって、もう少しマシな生活をしているはずだ。私がそんなことばっかり思ってそんな風に接しているからか、いつの間にか私は、周りから少し浮いてきていた。
もちろん、習い事には通わしてはくれない。「学校の勉強を充分理解していれば、まだ塾にも通わなくて大丈夫」とお父さんが通わしてくれない。しかも何か遠まわしに「塾に行け」って言ってるし。「貴方は顔とセンスがとっても良いんだから、これ以上長所を作らなくても、まだまだやっていけるわよ」とお母さんも言っている。長所を作りたいんじゃなくて、やってみたいんだってば。
正直言っちゃうと、私は年のわりに大人っぽい少女だったと思う。
それは、夏実ちゃんや藍花ちゃんのような、分かりやすい大人っぽさじゃなくて、人に言うこととか、人への態度とか、それを全てナメちゃっているような子供だった。じわじわくる大人っぽさ、って感じだな。
そんな私を、どうやって育てようか。私を担当する先生は相当悩んだみたいで、結局出した結論は、「放っておく」だった。それが五年間ずぅっと続いて、気付いたら、私はクラスで浮いた存在になった。
声をかけてくれる人はいたけれど、お互いの家を行き来するような関係にはならなかった。それほど浅はかな存在だったのだと、今は思う。
だけど、藍花ちゃんは違った。
真面目で礼儀正しくて、真っすぐな優等生。完璧に学校を「こんなもんか」とナメている私のような人とは真反対な少女。真反対だからこそ、気になって気になってしょうがなかったのだ。
私が「宿題教えてくれる? 神楽さん」と声をかけると、藍花ちゃんはぱぁっと顔を輝かせ、「はい」と頷いたのだ。
何故あんなに嬉しそうな顔をしたのかは分からない。けれども、それで私は、「この子とは絶対分かりあえる」と思える親友と出会ったのだ。
塾に行っていて、頭も良いし、まさに優等生って感じなのに、親友になれたのは、正直言って少し驚きだった。だから、一生、この友情を大切にしていこうと思った。
思っていたのに。
なのに、自分が簡単に見放してしまうなんて。
もしかして、浅はかな友情なのだろうか。藍花ちゃんとの友情も。今までの友情も。
このまま生き残れたとして、私は、「人を大切に出来る友情」を育むことが出来るのだろうか。
それが、不安でしょうがなかった。
生き残れることは無理なのかもしれない。……ちょっと恥ずかしいけど、頭の中に、「先生に殺されるなら、それでも少しだけ、ほんの少しだけ良いかもしれない」っていう感情があるから。
「良い精神病院知ってるぜ」と春日が言いそうだ。うん、充分頭がおかしいってことは分かってる。
……でも、普通は頭の片隅にそんな思いがあっても、良いとは思わない? ……思わないか。うん。でも、私にはそんな頭おかしいような考えがあるんだ。頭の片隅、っていう表現でも足りないぐらい、その感情が明確に表れつつある。「えっ……」と、実織ちゃんですらドン引きしそうだ。
まぁ、そんなことは絶対に言わない。言いたくないし、言ったら非常にマズイ。これから生き残っても、それがいつの間にやら広まって、「殺人鬼に殺されてもいいと言った変態女」とレッテルを貼られて生きていくことになるかもしれない。変態女、の前に「ド」を付けられたら意地でもレッテルを食い破って生きようと思う。そう、私が両親の過去を無視したように。
そう、人間、過去にとらわれてはいけないんだ。誰かが失敗しても、責め立てたら時間の無駄だ。解決策を見付けよう。
そう、たとえ、狂った殺人ゲームに巻き込まれて、殺人ゲームを計画した人が、自分の大好きな人だったとしても……。
じんわり、と涙が浮かんでくる。
藍花ちゃんの笑顔が、頭の中に浮かんでくる。
彼女の笑顔は、本当に綺麗で。
抜きんでるほどの美人ってわけではないのに、見る人を虜にするような、そんな美しさを持っている。そんな笑顔だ。
藍花ちゃんは、いつも優しくて。人の言ったことを真面目すぎて素直に受け取ってくよくよしちゃう面もあるけど、それも藍花ちゃんの良い所。
そんな藍花ちゃんを見捨てた自分が、何より情けない。
「……藍花ちゃん、大切な人だったのに」
ぼんやりと言ったその言葉。
実織ちゃんが、必死に謝ってくれたような気がしたけれど、後の記憶は私にはない。




