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第5話「本題そっちのけ」

『ケンよ、郷愁をそそるこの建物をいつまでも眺めていたい。……だが、そうしてもいられない』


『ですね!』


……俺とレイモン様は日本の昔ながらの『昭和風銭湯』をしみじみと眺めていたが、時間は限られている。

『次のステップ』へ進まなくてはならない。


『ケン、私は銭湯の内部が大いに気になるぞ! 切りが良いところで、どうなっているのか、見たら観賞を終了しようか』


『了解です。じゃあ銭湯の内部をお見せ致しましょう』


俺は記憶を手繰り、銭湯内部の様子をオープンにした。


……まずはレトロな和式の木製下駄箱、木製番台、藤カゴを備えた脱衣所、

白いタイルを貼った浴槽をレイモン様へ次々と見せる。


『おおおっ! こ、こうなっているのか!』


『内部が透けた状態』となり、レイモン様はうんうんと頷いていた。

ちなみに夢なので、少々離れていても細部までしっかり見える。


但し、俺が考えているのは、このような古き良き銭湯ではなく、基本スーパー銭湯に近い業態だ。


『このようなレトロな雰囲気も大好きなのですが、俺はもう少し近代的な仕様を考えています』


『近代的な仕様?』


『はい』 


俺は更に銭湯内部の様相を変えた。

夢の中だと、瞬時に変えられるから本当に便利である。


ぱぱっと変わった内部を見て、レイモン様は更に感嘆する。


『おおおおっ! 詩心のない私が言うとなんだが、モダンというか、洗練されていて、おしゃれだなあ!』


小綺麗な受付け、カフェ付きの待合室、着替える為のロッカールーム、

衝立付きのシャワールーム、そして巨大な浴槽且つ露店数々の種類の浴槽、サウナ……

まさにスーパー銭湯そのものだ。


郷愁に浸っていたレイモン様の目の色が変わった。


『おい、ケンっ!』


『はい!』


『今更だが! こ、これを! これをボヌール村に造るつもりなのかあっ!』


うっわ!

いつもは冷静沈着ダンディなレイモン様が目の色を変えて興奮している。

こういう時は、釣られてはいけない。

俺の方は冷静で行かないと。


『はい、まあ……その予定です。嫁ズの意見も聞き、いろいろ試行錯誤すると思いますが』


『おい、ケンっ!』


『はい』


『私はぜひ! 銭湯へ入浴したいっ! 完成した(あかつき)には絶対に呼んでくれっ!』


『ええ、こちらこそ。以前のようにレイモン様には変身魔法をかけますから、転移魔法と合わせ技で、お忍びで、いらしてください。……でも、そろそろオベール様ご夫妻をお呼びしても宜しいですか?』


『おお、つい夢中になって忘れていた! スマン、スマン! ……あ、そうだ!』 


『何でしょう?』


『オベール夫妻にも、この「銭湯」を見せてやれ。どうせ事前に話して了解を得たんだろう?』


『はい、村へ造る公式の施設ですし、ご了解して頂き、補助金もお願いしました』


『補助金か! そうか! よし!』


おっと、レイモン様は何か思いついたらしい。


『どうかしましたか?』


『うむ! 良い事を思いついた。とりあえずはこのままで、オベール夫妻をここへ呼んでくれ』


『風景をボヌール村にしないで宜しいのですか?』


『良いから! すぐに呼んでくれ! 早く!』


『はい、かしこまりました』


という事で……

俺は、睡眠中のオベール様ご夫妻の意識をつなぎ、ふたりを俺の夢の世界へ呼んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


スタンバイ状態と言うのもおかしな話だが……

意識をつないだら、すぐにオベール様ご夫妻が現れた。


エスポワール村の風景を、オベール様ご夫妻へ見せるのは初めてである。

やはりというか、ふたりはだいぶ緊張気味で現れた。

レイモン様が『寄り親』というだけでなく、『国王陛下の実弟』という高位の王族だから当然である。


『レイモン様、ご機嫌麗しゅうございます』


『お疲れ様でございます。ご尊顔を拝見し、ありがたき幸せです』


オベール様もイザベルさんもかしこまって挨拶した。


『ははは、苦しゅうない!』


あれ?

おかしい?


レイモン様はこのように尊大な物言いをしない。


と、思ったらやっぱり!


レイモン様は笑顔で傍らに居る俺の肩をポンと軽く叩く。

親愛の情を示すパフォーマンス。

気軽にやりとりしようという、レイモン様からのメッセージだ。


『ははは、かしこまった物言いはここまでだ』


対して、オベール様ご夫妻はきょとん。


『え?』

『と申しますと?』 


『ははは、あれを見てくれ』


緊張のあまり、オベール様ご夫妻は俺が魔法で作り出した『銭湯』の存在に気付いていなかった。


レイモン様が指さす方向を見て、ようやく気付く。


オベール様もイザベルさんも驚愕し、ふたりの目があっという間に吸い寄せられた。


『おおおお! こ、これはっ!!』

『もしかして! ……ウチのケンが言っていた公衆浴場ですか!?』


『ああ、そうだ! 公衆浴場だ! ケンがボヌール村に造ろうとしている「銭湯」だぞ』


『銭湯というのですか! す、凄い! 素晴らしいです!』

『はい! とても素敵です! おしゃれです!』


『うむ! さすがオベール男爵ご夫妻だ! ふたりとも銭湯の良さが分かるだろう?』


『はい!』

『我がエモシオンにも、ぜひ欲しいです』


『ああ、私もだ。従来の公衆浴場とは違い、ケンが造る銭湯は洗練されていてモダンだ。加えて屈強な警備員を店内へ配置し、犯罪を未然に防ぐというぞ!』


『成る程! 安全第一なのですね!』

『素敵です!』


『うむ! 安全に清潔に便利に、その3つを合言葉とし、ケンの銭湯を王都へも導入する! これは良い機会だ! 私は賭博、売春等の犯罪が横行する王都の劣悪な公衆浴場事情を改革するぞ!』


『レイモン様! 同意です! 私は今まで犯罪の温床となる事を恐れ、エモシオンに公衆浴場建設を許可しませんでした。しかし警備を万全とし、健全な施設なら安心です!』

『はい! 私も同意です。女子が安心して楽しめる公衆浴場を造る事が可能ならば、エモシオンでも大人気となりますわ!』


『うむ! これからお前達と相談だが、キングスレー商会を引き込んで、公衆浴場経営にタッチさせる。絶対繁盛するから、彼らへ経営権と引き換えに、建設資金を提供させる。その資金から、オベール家へも援助金を支払うぞ!』


『おお、それは助かります!』

『ありがたき幸せ!』


そんなこんなで3人の議論は白熱した。


だけど当初の目的……

エモシオンの街壁、ボヌール村の村壁新設の確認、了解はどこへやら……という感じだ。


『あのぉ……そろそろ本題に入りませんか?』


熱く激しい議論を交わす3人へ、俺は恐る恐る声をかけたのである。

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