第30話「号泣」
現れたアマンダは、ジョアンナとマチルドさんへ一礼すると、「はきはき」と挨拶する。
「初めまして! ケン・ユウキの妻、アマンダ・ユウキです! 宜しくね。貴女がジョアンナ・ボレルさん?」
人間と全く違う……
透明感のある大人な妖精の一族、美しいアールヴの貴族令嬢に見つめられ、ジョアンナは緊張している。
「は、は、初めましてっ! わ、わ、私がジョアンナ・ボレルですっ! よ、宜しくお願い致しますっ!」
続いてアマンダは、マチルドさんへ視線を向ける。
「そして貴女がマチルド・コンパンさん?」
「は、はいっ! 初めましてっ! アマンダ奥様、私がマチルド、マチルド・コンパンでございます!」
アマンダは、ふたりの挨拶を聞き、大輪の花のように微笑んだ。
「分かりました。マチルド・コンパンさん、今後とも宜しくお願い致します。では、中へどうぞ、ベアーテも待っていますから」
ジョアンナは、まだ緊張していた。
つないだ手からこわばりが伝わって来る。
俺はそっと、ジョアンナの手を「きゅきゅきゅ!」と握る。
小声でささやく。
「リラックス、リラックス。全然大丈夫さ、アマンダも、中で待っているベアーテも、とっても優しいから」
「は、はい、ケン様……ありがとうございます」
俺の名を呼び、返事をしたジョアンナのこわばりが徐々に抜けて行く。
安心させる為、俺はもう一度、ジョアンナの手を「そっ」と握ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
別宅の大広間、置かれているテーブルの上にはたくさんの料理と数種の飲み物が並べられていた。
ユウキ家の厨房で作った料理と飲み物を、ベアーテが転移魔法で運んだのだ。
そのベアーテは、テーブルの前に立ち、手を振っていた。
俺は、ジョアンナへ小声でささやく。
「ジョアンナ、彼女がベアーテだよ」
「は、はい!」
ベアーテは俺達を見て一礼する。
あいさつは当然、ジョアンナとマチルドさんへ向けられたものである。
「こんにちは! 初めまして! ようこそ、いらっしゃいました。私もケン・ユウキの妻、ベアーテ・ユウキです!」
ジョアンナと同じく金髪碧眼で、小さな顔。
鼻筋が「ぴしっ!」と通って、端麗な顔立ち。
肌の色が抜けるように白い。
そして王族特有の隠しきれない優雅さ、高貴さ。
アールヴ貴族の令嬢に、ひと目で王族と分かる美少女。
他の奥様達に負けません!
という強き心の声がジョアンナから聞こえて来る。
小さな身体をふるわせ、彼女は勇気を振り絞る。
俺の手を離し、二歩、三歩と足を前に踏み出した。
ジョアンナは先ほどより、大きな声で挨拶をする。
「は、初めましてっ! 私がジョアンナ・ボレルですっ! は、8年後に! ケン様の妻になりますっ! 宜しくお願い致しますっ!」
対して、やはりというかベアーテは、アマンダ同様に、余裕しゃくしゃくである。
5,000年の時を超え……
魔王になってまで、俺との愛を成就した自信に裏付けされた余裕だ。
「うふふ、ジョアンナさんは可愛いし、勇ましいわね。今後とも宜しく!」
その後、マチルドさんとも挨拶。
全員が席に着き、早速食事が始まった。
美味しい食べ物は、国境を越え、人種も超えるという。
そんな事は誰も言っていないかもしれない。
でも……いつもの光景は繰り返された。
ハーブ料理の良い香りにうっとりし、恐る恐る、ひと口含んだジョアンナであったが……すぐに大きく目を見開いた。
「な!? な!? な!? な、な、何これ~っ!! お、お、お、美味しい~~っっ!! 美味しいよぉぉぉぉ!!!」
「お、お、お嬢様ぁぁ!! この世のものとは思えない、素晴らしい料理でございますぅぅ!!」
マチルドさんも絶叫気味に、料理の感想を述べた。
初めて食べる誰もがこのような反応をする。
アマンダのエレガントなアールヴ族、ハーブ料理。
ベアーテの、古の雅な人間族、王道ハーブ料理に。
そして、俺と一緒に暮らすようになってから、超が付く達人ふたりの腕は更にバージョンアップした。
高級さの中に、誰もがひどく懐かしくなる……
忘れ得ぬ故郷の味が思い起こされるのだ。
……忘れ得ぬ故郷の味、それは王都生まれのジョアンナにとって、今は亡き母ミリアンさんが作ってくれた懐かしい料理の味かもしれない……
「うわあああああんんん!! マ、ママああああ!!!」
アマンダとベアーテのハーブ料理を食べながら……
ジョアンナは、遠き日々を思い、号泣していたのである。
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