第19話「マチルドさんの懇願①」
子供の頃の旧い記憶……
今は亡き両親が離婚した時の事……
俺がろくに別れも言えず、幼なじみのクミカを置き去りにし……
母とともに逃げるように故郷を離れ、都会へ出た理由。
それは、母と仲が良かったと信じていた父の裏切り、浮気であった。
辛い思い出を呼び戻された俺は『ジョアンナの事情』を重い気持ちで聞いていた。
もしも俺の家族が崩壊しなかったら……
故郷で幸せに暮らしていたら。
どうなっていただろう?
初恋の相手クミカとの関りも全く変わっていたに違いない。
暗い運命の歯車は回らず、彼女は事故で死なずに済んだかもしれないのに。
何度思い出しても心が痛くなる。
しかし、時間は戻らない。
俺が歩んで来た辛い過去は消えないし、変えられない。
今更、俺が何を考え、言っても始まらない。
それに、これまでの積み重ねがあったからこそ、今の家族との幸せがある。
思い出すとひどく辛いが、後悔するべきではない。
お付きの元伯爵家の使用人マチルドさんは、俺の表情の変化には気が付かない。
主ジョアンナの不運を俺に伝えたいと必死だった。
俺は思考を切り替える。
ジョアンナの事情へ。
……鬼嫁に入り婿して、いくら針のむしろだったとはいえ……
一番の戦犯は、身分を隠し、妻帯者の立場を偽り、ジョアンナの母へ近づいた、サミュエル・ブルゲ伯爵だ。
そしてヴァレンタイン王国においては、一夫多妻が認められているのに、正式な結婚をせず、無責任にジョアンナを産ませた。
このような場合、一方から話を聞き、断定するのは危険だ。
まずは、マチルドさんの発言した内容の真偽を確かめる。
今回は事情が事情である。
緊急時やわけありの時以外しか行使しない魔法を発動する。
ズバリ読心の魔法だ。
俺はマチルドさんの心を読む。
深く深く読み込む。
……成程。
大丈夫だ、マチルドさんは正直に話してくれている。
まったく嘘をついていない。
後はジャンに指示を出し、事実の裏付けを取っておく事にする。
俺は念話で王都のどこかにいるであろう、ジャンへ呼びかける。
『おい、ジャン、応答してくれ』
少し間があって、ジャンからの応答が入った。
『……ういっす、ケン様』
まだマチルドさんと話の真っ最中だ。
俺は手短かに事情を説明し、ジャンへ調査を頼む。
奴の配下、王都の猫の情報網を使うのだ。
『……というわけで調べて欲しいんだ。特にジョアンナの父サミュエル・ブルゲ伯爵について徹底的に調べてくれ。ブルゲ伯爵家の内部事情も含めてな』
『了解っす! 可愛いジョアンナちゃんの為に、王都の猫たちを総動員して頑張るっす! 早速取りかかるっす、じゃあ!』
念話が終わった。
相変わらず女子の為には頑張るジャン。
俺の記憶が甦る。
ソフィの時も、アマンダの時もそうだった。
そして、両方とも上手く行き、ふたりは幸せになった。
今回も、ジョアンナの為に、大活躍してくれるに違いない。
でも……話はここからが『本題』なのだろう。
「マチルドさん、ジョアンナの事情は良く分かりました」
「はい」
「で、単刀直入にお聞きします。俺が、ジョアンナと貴女へどう対処するのがお望みなのでしょう?」
そう、ジョアンナの事情は分かった。
問題はジョアンナがどうしたいのか、何を望んでいるかだ。
それに、マチルドさんがどう関わって来るのか。
心を読めば分かるだろうが、ここはマチルドさん自身から直接聞きたい。
俺が問いかけると、「待ってました」とばかりにマチルドさんが反応する。
彼女の中で、もう考えは決まっているようだ。
「はい! ケン様は陛下の弟君であらせられる、レイモン閣下と直接お会い出来るくらいのお力がある、オベール男爵家様のご宰相ですよね?」
「はあ、そういう事になってますね」
「このようなお部屋に泊まれるほど、ケン様には財力もあります!」
成程。
このスイートルームに宿泊する俺達を見て、オベール男爵家の宰相という身分、
レイモン様と懇意という話も、マチルドさんは信じたか。
何か頼むにしても、経済的に問題がないと。
それで、俺に声をかけ、ジョアンナの事情を明かすと決めたか。
レイモン様のご意向とキングスレー商会の手配で特例として宿泊しているという真実は、マチルドさんへは説明が難しい。
ここは、スルーしよう。
と、俺が「つらつら」考えていたら、いきなり直撃が来た。
「ケン様! ずうずうしいのはやまやまですが、恥を忍んでお願い致します。ジョアンナ様と私をエモシオンへ、オベール男爵家へ受け入れて頂けるよう、ご尽力をお願い出来ないでしょうか?」
「え? おふたりをオベール様の下へ?」
「はい、ジョアンナ様は幼いながらお美しく気高い。極めて聡明であり、お身体も至って健康でございます。そして絶縁されたとはいえ、貴族家の血筋をくむお方です」
主を褒めまくるマチルドさん。
売り込みをしているから美辞麗句のオンパレード。
だが、ジョアンナといろいろ話してみて分かった。
確かに可愛く、頭の良い子だとは思う。
「はい、ま、まあ、そうですね」
「そうでしょう? ケン様にもお嬢様の素晴らしさはお分かりですね! 成人した暁には、オベール男爵家の次期当主様にめとって頂いても! ご正室ではなく、側室でも構いませんので、ぜひ!」
「はあ? ジョアンナを次期当主様の正室とか、側室とか、何ですかそれ?」
さすがに驚いた。
まだ幼いジョアンナを?
オベール男爵家次期当主フィリップの嫁か、側室に!?
俺はマチルドさんの懇願を聞き、とても驚いてしまったのである。
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