第59話 「眠れぬ夜」
今、俺達はエモシオンの町の、とある宿屋へ泊まっている。
結婚前の男女は、健全に3人別々の部屋かって?
とんでもない!
結婚式はまだだが、俺達はきっちりと夫婦約束をしている。
だから、当然同じ部屋。
3台のベッドを合わせて、3人一緒に寝ているのである。
俺が真ん中に寝て、左側にミシェル、右側にレベッカ。
いわゆる川の字って奴だ。
でも落ち着かない。
俺はさっきから、すっげ~興奮していてすぐには眠れそうにない。
ベッドの中が、女の子の甘い良い香りで満ち溢れていて、健全な男子は落ち着かないのだ。
だけど……
さっきから、ミシェルは泣いている。
いつも朗らかで明るいミシェルが、俺にしがみついて泣いている。
ミシェル達が侮辱されたお返しは充分させて貰ったはずなのだが……
口上を思い出し、俺は改めてカミーユの奴が許せなくなって来た。
あんな奴にミシェル……弄ばれたんだ。
そう思うと、メチャクチャ腹が立った。
そんな俺の怒りを、敏感に感じたのだろうか。
レベッカが、そっと囁いた。
「……ミシェルへ声を掛けてあげて……ダーリンが昼間の事でどう思っているか、不安なのよ」
俺は黙って頷いた。
そして、間を置かずに言い放つ。
「ミシェル、俺は今のお前が大好きなんだ」
「…………」
しかしミシェルは、答えない。
声を押し殺して、泣き続けている。
ただ俺の腕をしっかり掴んだミシェルの手に「ぎゅっ」と力が入ったのが分かる。
俺は、更に言ってやる。
カミーユの馬鹿野郎に、言ってやった事と同じだ。
「今のお前が好きって事は、昔のお前もひっくるめて好きになったんだ」
そう!
過去なんか関係ない。
今のお前が、俺には大事なんだ。
「俺から、絶対に離れるなよ」
「あううううう……」
ミシェルは、我慢出来なくなったらしい。
今度は、声を出して思いっきり泣き始めた。
だけど……
ミシェルからは安堵の波動も伝わって来た。
それはとても温かいものであった。
ミシェルの、嬉しい気持ちが分かるのだろう。
レベッカが、俺へ礼を言う。
「ありがとう、ダーリン」
そしてレベッカは一瞬、躊躇うが、何か決意を秘めたように言い切った。
「……ミシェル、お節介だって怒られるかもしれない……だけど……言うよ」
「…………」
ミシェルは、レベッカを止めない。
親友を、いや同じ俺の妻として家族の真っすぐな愛情を感じている。
「ダーリン、安心して。ミシェルはね、カミーユに抱かれてなんかいない。手を繋いだだけ……キスもしていないのよ」
レベッカの言葉に、俺は思わず安堵してしまう。
ああ、駄目だな、俺って。
大事なのは、気持ちの筈じゃないか。
俺が大きく息を吐いたのを感じてか、ミシェルもまた「ぎゅっ」と手に力を入れて来た。
レベッカはなおも言う。
「ダーリンを誘惑したみたいだけど、本当は……私以上に身持ちが堅くて真面目な子なの、ミシェルって」
ここでとうとう、ミシェルが口を開く。
最初に出た言葉は、やっぱりレベッカへの感謝の言葉だ。
「……レベッカ、ありがとう。これからも宜しくね」
ミシェルは、大きく息を吸い込んだ。
何か覚悟を決めて、話すという雰囲気である。
「ケン様、私ね……初めて会った時、貴方がお父さんの生まれ変わりだと思った……それくらい本当に似ていたの」
「ミシェル……」
「あの日……私とカミーユが、草原で初めてデートしていた時にいきなりゴブの大群が現れた」
「…………」
「私達を守る為に身代わりになってお父さんは死んだ……ふたりで幸せになれよって言い残して……」
そうか……
ミシェルのお父さんが、ふたりを助ける際にそう言い残したのか……
それでミシェルは、カミーユと幸せになるって決めたのに……
カミーユ……あの野郎……最低だ。
「だけど私、お父さんとの約束を守れなかった……カミーユとの幸せより、お父さんが守ったこの村に残る事を選んだから」
カミーユは、あっさりとボヌール村を出て行った。
そして故郷を馬鹿にしていた。
ミシェルの気持ち、亡くなったミシェルのお父さんの気持ちなど一切考えずに。
全ての思いを、泥足で踏みにじるような行為をしていたのだ。
「私、悲しいのを紛らわせるよう、がむしゃらに働いていた。働いていなかったら多分悩んで悩み抜いて挙句の果てに……死んでいたわ。お父さんとの約束を破った自分が許せなくて……そんな時にケン様が現れた」
「ミシェル……」
お前……そんなに思いつめていたんだ。
「どうしても傍に居たかった! だけどケン様はリゼットと仲良くなって……私はとても入り込めないと思った」
俺とリゼットは、運命の出会いだ。
相思相愛で間違い無い。
しかし俺達を見たミシェルは形振り構わず……本来の自分とは全く違う、あのような思い切った行動に出たんだ……
「私は完全に出遅れた……そう思ったから、ずうずうしくふるまってあんな恥ずかしい事もした。ケン様が私を好きになってくれなくても良い。私の身体だけ好きになってくれても良かった。何でも良かったの……私がケン様の傍に居られれば良かったの」
自分の気持ちを吐き出して、すっきりしたのだろう。
ミシェルは、また泣き始めた。
話を聞いていたレベッカも、我慢出来なくなったようだ。
静かに、語り始めたのである。
「私もそう……最初はダーリンじゃなくても良かった。だって村にお婿さんになってくれそうな人なんて他には居ないじゃない」
そう言うと、レベッカは「ふう」と息を吐いた。
「年下だったし、ダーリンに対してすごく偉そうにしてたよね、私。だけど良く分かった……オーガから助けて貰って凄く良く分かった」
レベッカはそう言うと、俺にぴったりくっついた。
熱い息が、俺の首筋にかかる。
「命懸けで私の命を拾ってくれた人……拾った命……私のハートの行き先が見えたの! もうこの人しか居ないって。んんん、ダ~リ~ン」
鼻を鳴らして甘えるレベッカ……何て、可愛いんだコイツ。
しかし、ミシェルもレベッカに負けじと甘えて来る。
「私もケン様しか居ない! ……一緒に気持ち良く仕事が出来て、とても強くて思いやりもある。今日も私を傷つけないように優しく気遣ってくれて凄く嬉しかった。……そしてお父さんにそっくりなんだもん! 100点、いいえ200点満点つけられる最高の旦那様よ」
ああ、ミシェルもすっげぇ可愛い。
だから俺は、ここにはっきりと宣言する。
「レベッカ、ミシェル……そしてクッカ、リゼット、クラリス。俺は嫁全員を必ず幸せにするからな」
「ありがとう、ダ~リ~ン!」
「ケン様、だ~い好き」
ベッドに満ちた、女の子の甘い香りがどんどん強くなっている。
これは絶対、愛の強さに比例するのだろう。
ふたりを抱く手に、俺は一層力を入れたのであった。
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