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第54話 「ミシェルの過去①」

 なんだかんだあって……

 護衛の仕事を請け負った、ろくでなし商人の『ドケチ親爺』と、綺麗さっぱり縁が切れた。

 

 逆に、すっきりした。

 元々、俺達は忙しいから。

 『大空屋』の仕入れも含め、他にやる事がいっぱいある。

 いつまでもこのようにチンケな奴に関わっては、いられない。


 宿のチェックインとか、荷物の片づけ、整理など「がちゃがちゃ」やっていたら、あっと言う間に夕方となってしまった。

 

 見やれば西に沈む太陽が、エモシオンの町を真っ赤に染めている。

 町は夕焼けに照らされて、物寂しく哀愁漂う光景である。

 俺は、そんな雰囲気もけして嫌いじゃないけどね。


 誰かの台詞じゃないけれど……腹が減った。

 思い切り、腹が減った。

 俺の空腹気配を察してか、ミシェルが素敵な提案をしてくれた。


「今夜、泊まる所を確保したら、前祝いを兼ねて晩御飯を食べに行こう。この町には何度も来ているから料理がとびきり美味しいお店を知っているよ」


 料理が、とびきり美味しい店?

 おおっと、それは朗報。

 

 ボヌール村の食事に文句を言うわけではないが、出張仕事の役得で他の町の料理が食べられるのなら話は別だ。

 留守番役のリゼット、クラリス、そして幻影で食事が摂れないクッカには申し訳ないが。

 いつかは家族全員揃って、ひとつ屋根の下で楽しく美味しい食事を摂る日を夢見る。

 と、いうことで今回は許して貰おう。


「幸い……稼いだお金もたっぷりあるしね」


 ミシェルが人目につかないように、金貨の入った革袋を見せてくれた。

 今回の警護であの親爺から貰った報酬は、約束通り金貨30枚=約30万円である。

 食費などの物価がめちゃ安いこの異世界では、結構な金額なのだ。

 

 しかし、レベッカがすかさず突っ込みを入れる。


「ミシェル、今回の報酬金貨30枚は大空家の売上げじゃなくて、私達ユウキ家へ入るお金って事で良いんだよね」


 おおっと!

 早くも、家計チェックってか?

 レベッカの奴、もう主婦モード全開?

 俺に対して、しっかりした奥様アピールって事?


 レベッカのツッコミに対して、答えるミシェルも、笑顔満開。


「もちのろん! あまり使わないで将来の為にしっかり貯金しておこう」


「OK! 安心したよ」


 しかし俺は話の中にあった、耳慣れない言葉が気になった。


「ユウキ家?」


「うふふ、旦那様。このヴァレンタイン王国の法律では、私達が全員妻になったら苗字が変わる。貴方が一家の(あるじ)だからね、ユウキ家……そうなるよ」


 おお、そうか……

 俺が、一家の主人で『ユウキ家』か。

 うん!

 よし、よしっ!

 ひい、ふう、みい、……嫁が5人で百花繚乱!

 

 クッカを始めとして、居並ぶ美少女嫁達が目に浮かぶ……

 おお、何て壮観なハーレムなんだ。

 管理神様、ありがとうぉ!!!


 気分が良くなった俺達は早速、今夜の宿を確保するとミシェルが知っているという居酒屋(ビストロ)へ繰り出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ミシェルの案内で来た店は切妻造りの2階建て、白壁のちょっと洒落た店である。

 恰好良い看板には綺麗な文字で店名が書かれていた。


 居酒屋(ビストロ)ルイーズ……

 成る程、ルイーズの酒場か……

 

 ん?

 何かどこかで聞いた事があるような、ないような……


 商売柄、社交的なミシェルでも、この町にある普通の居酒屋で飯を食うのは微妙。

 見て聞けば、このエモシオンで飯を食う店は男の体臭むんむんといった冒険者向け居酒屋ばかり。

 女子が単独で入るにはどうか? って雰囲気だ。

 

 しかし、案内された居酒屋(ビストロ)ルイーズは違った。

 

 店内へ入ってみれば、内装も雰囲気も、俺が前世で利用した事のある洋風居酒屋という感じ。

 これは気持ちよく食事が出来そう。

 給仕をしてくれるお姉ちゃんも何とメイド服姿の美少女で、すっごく俺好みだ。

 

 俺達は早速、飲み物を頼んで乾杯する。


 ちなみに……

 俺達が居るヴァレンタイン王国において飲酒は16歳からOK。

 だから、現在15歳の俺は酒を飲む事が出来ない。

 

 とても残念な話だが、違反者には結構厳しい罰則を設けているそうだ。

 だからレベッカ達は遠慮なくワインを頼んだが、俺は何かの果実を絞ったジュースで乾杯。

 まあ、あと1年の辛抱だから我慢するしか無い。


 後から知ったが、結婚に関しても男女とも16歳からなので、エッチもお預け。

 結構厳しい。

 公式な婚約者相手でもキスと抱擁、無理してもおっぱい揉み揉みくらいが限界。

 

 これは全てこの異世界の宗教、創世神教会の教え。

 天界のトップにいらっしゃる創世神様の教えは厳しいのだ。

 あの時、リゼットを押し倒さなくてよかったとつくづく思った。

 

 そんなしょ~もない事を考える俺へ、ミシェルが澄まし顔で言う。


「うふふ、旦那様ったらお酒飲めなくて残念そう。その分、料理は好きなものを頼んでね」


 そんなミシェルの言葉を受けてレベッカも笑顔で追随した。


「ダーリン、存分に食べてね。私もミシェルも男の子はもりもり食べるのが素敵だと思っているから」


 存分に?

 そういや、腹がえらく減っていたんだっけ。

 

 もりもり食べろ?

 おお、ふたりとも言ってくれるぜ。

 ようし!

 おっぱい!

 いや、いっぱい、頼んでやる!


 だが……

 この店にメニュー表なんて気の利いたものはない。

 すべて壁に短冊状の紙に書いて貼り出してある。

 

 え?

 俺がこの異世界の文字を読めるのかって?

 スキルがあるから1回本読んだら楽勝だった。

 ラノベ好きだったし、小説書いてみようかな?

 今の俺ならベストセラー小説だって書けるかも……


 って、いかん!

 メニューオーダーだったな。


「よっし、じゃあ、遠慮なく頼むぞ! 焼き立てパンの大皿盛り、オニオンスープ、フルーツサラダ大盛り、カブとニンジンの酢漬け、ザウアークラウト、プレーンオムレツ、ミートパイに果実入りパイ、鳥の蒸し焼き、鹿肉のソテー、豚のスパイス焼きに、揚げ肉。最後に鳥の串焼きも頼んじゃおう」


 見よ、このボリューム!

 食べて、食べて、食べまくってやるぜ。

 

 さすがにミシェルとレベッカが……呆れてる。


「あっははは! 凄い量。私達の分まで頼んでくれてありがとう」


「ダーリンったら、すっごいねぇ」


 俺はメイド姿のお姉ちゃんを呼んで早速オーダーを入れる。

 小柄な少年の俺がこんなに頼んで、お姉ちゃんが目を丸くしていたのが面白い。


「お客様、失礼ですが……そんなに食べられますか? 残されると困るのですが」


「大丈夫、食べます!」


 お姉ちゃん、まだ疑わしそうな目でこっちを見てる。

 しかし俺がVサインを出すと、やっと納得して厨房へ入って行った。


 その時。


「おおい、ミシェルじゃないか。ああ、レベッカも一緒か」


 少し離れた席に、冒険者のクランらしい一団が座っていた。

 その中の若い男が、こちらを指差して声を掛けて来たのだ。


 男は、ミシェル達の知り合いらしい。


「ああっ、……カミーユ」


「ミシェル……大丈夫?」


「うん……大丈夫」


 ミシェルが呟いた言葉で、男の名前を知る事が出来た。

 但し、何か理由わけありの様子だ。

 レベッカが心配して、ミシェルに声を掛けたがミシェルはぎこちない笑みを浮かべて首を横に振った。

 そっと見ると、ミシェルの魂の波動が乱れている。


 このような時に、気配りしてくれるのがクッカである。

 俺にしか見えない幻影のクッカは、そっと俺へ囁いた。


『旦那様、ミシェルちゃん……気遣ってあげないと』


 女神の自分を、喜んで迎え入れると言ってくれたミシェル。

 それ以来クッカはミシェルが好きになり、それ故心配になったのであろう。


『分かった』


 俺がクッカに答えた時に、カミーユと呼ばれた男が立ち上がった。

 こちらへ、やって来るのが見える。

 残ったクランメンバーらしい男達はにやにやしながら、こちらを見ていた。


 カミーユは俺達のテーブルにやって来た。

 そして……


「なあ、ミシェル。俺達と一杯やらないか? 同じボヌール村出身のよしみじゃあないか」


 こいつ!

 何と、俺を全く無視してミシェル達を誘って来たのである。


 俺が見ると、カミーユは茶色の短髪で顔立ちは整っていた。

 革鎧から覗く腕も逞しく、結構鍛えられているのが分かる。

 こいつとミシェルが、昔に何かあったのだろうか?


 しかし!


 ミシェルはきっぱりと断わった。


「駄目よ、カミーユ。私、もう結婚したの。だからあんた達の所へは行かないわ」


 あっさり断わられたカミーユ。

 ざまあみろ。

 当然だ!

 ミシェルは、俺の嫁だもの。


 自信満々に誘って、あっさり振られたせいか、奴め、プライドが少し傷ついたらしい。


 カミーユは怒りを隠さずに拳を握って振り上げると、一緒に座っている俺を凄い目付きで睨んだのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

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