第51話 「奇跡が起こった!」
時間は少しさかのぼり、昨夜……
クッカからの突然の提案に、俺は吃驚した。
どうして、そのような事が出来るのか?
果たして、可能なのか?
そう、思った。
『出来るんです! 可能なんです! この幻影状態である私だったら』
自信たっぷりに、力強く言い切るクッカ。
らんらんと輝く碧眼。
すっごく、真剣な眼差しである。
『幻影状態の私の身体は、魔力の伝導率が抜群なので、恰好の発動体になる事が出来るのです』
『発動体?』
聞き慣れない言葉に、俺がつい反応すると、クッカが詳細を開設してくれた。
『管理神様から教わりました。ケン様が行使する魔法を、あらかじめ私の魂に記憶させておけば、遠く離れた場所に居ても使うことが出来るって』
『おお! そりゃ凄いな』
離れた場所で、俺の魔法を自在に行使する事が出来る?
それって、凄い!
俺は、素直に感動を表した。
そんな俺を見て、クッカは得意そうに説明を続けている。
また、俺の役に立てる!
とても可愛い表情だ。
『はい! ケン様が放たれた魔法を、遠くに居る私の魂で受け止めます。そして私自身の魔力と合わせて威力を増幅し、敵へ向かって放つのです』
『ふうん、難しそうだな……』
『いえいえ、簡単。私が発動体になるのです。もしも例えるのなら、私が便利な魔法杖になる、みたいなものなのですよ』
『成る程! クッカが俺の、魔法杖になるのかぁ……確かに、分かり易い例えで説明だな。でもさ、俺が行使する魔法を、発動体のクッカにどう覚えて貰うの?』
俺が、そう聞いた瞬間。
クッカが、いきなり口をすぼませると、桜色した可愛い唇を俺の方へ突き出したのだ。
『ん~』
はぁ?
何、それ?
俺が吃驚して、まじまじと見る中で……
クッカが……目を瞑って可愛い桜色の唇を突き出している。
辺りを、微妙な空気と沈黙が支配した。
『…………』
『…………』
『…………』
『もうっ! 何で放置するんですかぁ!』
目を開けたクッカが、頬を膨らませている。
頬に比例して目も、吊り上がっている。
『いや……思わず唖然としてしまった……』
『あ、唖然って何ですか! 真面目な話、私にキスして頂ければ今回の作戦に必要な魔法がインプット、登録されます』
お、落ち着け、クッカ。
方法は理解したから。
『わ、分かった! でも今のクッカは幻影だろう? キ、キスが出来るわけないぞ』
『そ、そ、それも! 教わりましたっ! げ、幻影の私にけ、形式的に、ふふふ、触れるだけで良いのです。かかか、形だけでっ!』
クッカは盛大に噛んでいた。
まあ、キスするのだから、分かるけど。
『形だけ……かぁ』
でもさ、幻影のクッカに触れるだけで、魔法が登録されるんでしょ?
だったら、これってキスじゃなくても良いんじゃね?
どうせキスなんか出来やしないし、恰好だけじゃあ、こっちは欲求不満がたまるもの。
と思って、クッカを見たら、すげぇ、真剣な表情をしていた。
ああ、万が一にでもそんな事を言ったら、俺を待つのは確実に死。
『もう! あの子達には、あつ~く愛のこもった情熱的キスが出来て、わわわ、私には出来ないって言うのですか!』
ああ、そういう事か!
嫁ズにはキス出来て、私にはって事?
クッカの……奴。
焼餅なんだ!
可愛いな。
『分かったよ、じゃあ……』
俺は、再び目を瞑ったクッカへ、顔を近付けて行く。
……不思議な事に、また俺の鼻腔には、クッカの甘い香りが忍び込んで来る。
そして……
『うわわわっ』
『きゃ』
俺とクッカは、同時に驚いた。
何と!
唇と唇が触れ合った感触が、伝わって来た!
おいおい!
これって!?
現実?
幻影なのに!?
でも、確かに感じた。
クッカの柔らかい、そして甘い唇。
ぷりぷりふわっ! としている……
クッカを見れば、彼女も驚いて目が真ん丸。
『こここ、これって奇跡ですかぁ!? よ、よ、よし! も、もう1回してみましょうよ』
『ああ!』
天界の女神様なのに、奇跡なんて言って。
まあ、良い。
もう1回、試してみよう。
ちゅちゅちゅ!
やっぱりクッカの唇は……甘い!
村の他の嫁ズも甘いけど……異なる甘さだ。
うむむ、女の子の唇って皆、味が違うんだな。
俺はキスのせいで、つい感極まってクッカを抱き締めようとした。
しかし!
俺が差し出した両手は、虚しく空を掴んだだけ……であった。
ちょっち、がっくりだ……
『さすがに駄目か……キスしか出来ないんだね』
『みたいですね……ここまで来たら、ケン様にきゅっと抱き締めて貰いたかった……』
クッカも、凄く残念そうである。
あ、そうだ。
今更ながら、大事な事に気付いたよ。
『あ? 俺、吃驚してさ。魔法のインプットをすっかり忘れていたよ』
バツが悪そうな表情で言う俺。
そんな俺を、クッカは笑顔になって言った。
言ってくれた。
『じゃあ、旦那様。もう1回キスして頂けます? 魔法と一緒に愛もい~っぱい、込めて』
俺は大きく頷き、また熱いキスをしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
先日クッカと、初めてキスしてからというもの……
更に、彼女が身近に感じる。
魂と魂が、一体化した感覚だ。
これが……愛なんだろうか?
俺はクッカに魔力を送った後、ベイヤールに揺られながら、「ぼうっ」とそんな事を考えていた。
すると!
『ほらぁ、ケン様。ぼうっとしないで! まもなく敵がキャッチ出来ますよ』
ああ、クッカに叱られてしまった。
いかん、いかん。
今は戦闘中だったもんな。
『御免、御免』
『もう! うふふ、仕方がないですねぇ』
俺を、たしなめたクッカも笑顔らしい。
聞けば、クッカが男性とキスをしたのは生まれて初めてだとか……
昨夜のファーストキスの喜びが、波動となって伝わって来るのが分かるのだ。
『うふふ、あ! 今、ケン様の魔力が来ました。私にみ、満ちて行きます』
俺の送った魔力が離れた場所に居るクッカへ、たった今、届いたらしい。
『ああっ、はあっ、あはっ、あああああっ、す、す、凄いですぅ。ケケケ、ケン様が私を……満たして行きまぁす』
俺の魔力に、高い声で色っぽく悶えるクッカ。
何か……すっごく、えっちぃである。
と、その時。
クッカの視線が映し出す光景が俺の魂に飛び込んで来た。
おお、これは便利だ。
クッカの眼が、高性能のテレビカメラになったのだから。
テレビカメラ化したクッカの視線。
映し出されていたのは、武装した10人の男達。
更にズームアップすると、使いこまれた革鎧を身に纏い、様々な武器を所持していた。
おお!
こいつらが、襲撃者だな。
改めて見ても、もろ山賊的な風貌である。
『おうい、クッカ』
『あああ、あふあふあふう』
駄目か……
まだ悶えている。
『おうい、そろそろ作戦開始だぞぉ』
『は、はぁい! 作戦クッカ開始しま~す、パターンBでしたよね』
漸く正常に戻ったクッカが、噛みながらも、何とか返事を戻してくれる。
そして!
『魔法発動!』
クッカから放たれた強大な魔力波が、襲撃者の男達を包むと眩く輝く。
その瞬間。
男達の姿は、忽然と消え失せていた。
片や、もう一方の敵……
索敵によれば、これまた10体ほどの数で、群れをなした魔物オークである。
しかし、そんな兇悪な奴等が躊躇していた。
しっかりと、足止めされているのである。
先へ進みたいが、相手が怖ろしい。
そんな雰囲気。
その恐怖を生み出す原因は、オーク共の前方約20mの先に居た。
俺の指令を、忠実に守る従士ケルベロスだ。
ケルベロスの視点も共有しているから、索敵との合わせ技で、俺には様子が分かる。
周囲1km四方に、人間が居ない事を確かめてから……
ケルベロスは、本来の怖ろしい姿へ戻り、奴らを威嚇していた。
「うおおおおおん!」
いきなり、タイミングを計ったように、ケルベロスが吠える。
そして、忽然と姿を消してしまう。
でも、一体何故なのだろうと考えないのが、悲しいかなオークの知恵の無さである。
厄介な敵が消えてホッとするオーク達が、再び進もうとした時……
今迄、ケルベロスの居た辺りが輝きだした。
おおおっ!
ぎゃうぎゃう!
驚いて叫ぶ、オーク達の前に現れたのは……
何と!
先程、クッカの発動した魔法で、消された襲撃者の男達。
さすがに不可解な表情をしている。
だが、両者の距離はもう10mもない。
全くの至近距離だ。
あまりの突然の出来事に人間とオーク、お互いが固まってしまう。
そのまま数秒……
しかし予想通り、すぐ激しい戦闘が始まった。
雄叫び!
悲鳴!
唸り声!
本能に満ちた声と殺戮の音が辺りを支配し、汗と血が飛び散った。
命を失った者が、続々と倒れて行く。
俺とクッカが遂行した、作戦クッカとは……
襲撃者全てを強制転移させる、強力な魔法を使った大技であったのだ。
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