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私+竜+俺=?  作者: 史華茉莉
3/4

誤解と俺と

3話で終わるなんてのは幻想だ!

もう1話続きます


色々忙しくて次回更新は遅れると思います

 早朝の謁見の間は物々しい雰囲気に包まれていた。

 レーナに叩き起こされた私は、身支度を終えると朝食……ではなく、玉座の少し段差になった影に身を隠す様に指示された。玉座にはレティシアが鎮座し、隠れている私の隣には銀色のドラゴン、アリシア、レーナ、ドラグニールと昨日からのメンバーが顔を列ねる。

 少し顔を覗かせて広間の様子を探る。

 昨日とは様子が一変して、ずらりと道を作る様に整列する兵士達の姿。鈍色の甲冑に帯剣までされた厳重警戒状態だ。

 謁見の間の扉がゆっくりと開く。

 軽装の帯剣をした青年を先頭に重装備の騎士二名がレティシアの眼下で立ち止まると膝をついた。

 あの方は、とアリシアが微かに言葉を漏らしていた。

 知り合いなのだろうか?

「レティシア陛下、このような早朝からの謁見を許して頂き感謝いたします」

「本当に無礼なやつじゃの。まあ、頭を上げよ。お主でなければ追い返していたところじゃ」

 深々と頭を下げる青年の言葉に対して、レティシアはぶそんな態度で対応している。

「それで、要件は察しておるが、お主の口から述べてみよ」

「こちらにレーティッシュ王国第二王女、エレンティア=レーティッシュ様がご滞在と伺いまして。急を要する案件の為、是非にもお取次ぎを願いたく参った次第になります」

「どこでそれを聞いた?」

「さる筋より、エレンティア様がこちらの海沿いの村に滞在していると聞き、訪問したのですが……村長より、王城へ出向いておられると教えていただきました」

「なるほどのう。して、そのさる筋とは?」

「申し訳御座いません。それは口にすることは出来ません」

「ほう、我の言う事が聞けぬとな」

「申し訳御座いません」

 頑なに拒む青年の態度に、レティシアは何故か溜息を吐いた。

「本当にお主は相変わらずじゃのう。そろそろ我はこの空気に限界じゃ」

「レティシア様もお変わりなく。私も堅苦しいのは苦手です」

 暫く二人は視線を合わせた次の瞬間。

「アッハハ」「ふっはは」

 二人は大声て笑い始めた。

「お前たち、もう持ち場に戻って良いぞ。すまぬかったな、早朝から茶番に付き合わせてしもうて」

「はっ! また何かありましたら御呼び下さい」

 レティシアが兵士達に指示をすると、兵士たちは一礼をしてぞろぞろと広間から退出していく。

「では、我々も」

「ああ、悪かったな」

 青年の後ろに控えていた重装備の騎士二名も立ち上がり、同様に退出していってしまう。

『久しぶりだな、今から飲みに行くか?』『話は長くなるらしいからな、そのつもりだ』『夜通し走ったからクタクタだぜ』『パァっとやろうぜ!』

 ドラグニールの兵士達と重装備の騎士達が仲良く談笑する背中が扉の向こうに消えていった。


「なにこれ……」

「俺ら最強だから兵士とか普通いらねーじゃん?」

 私の疑問にドラグニールが小声で答えてくれる。

「でもよ、他国の王子が来たのに殺風景な場に通すってのは様式的にどうなのよって事で、あんな茶番をするワケよ。他のヤツなら最後まで通しきるんだけどよ。あいつも堅いのは嫌いなヤツだからな。

 それと一つ言っておくが、レティシアのヤツも俺と同じくらい適当な性格だからな」 

 はぁ、と意外な一面に相槌を打つ事しか出来なかった。

 他国の王子。

「あの人って、やっぱり――」


 扉が閉まり、静まり返った謁見の間の沈黙を破ったのはレティシアだった。

「やはり、いつも通りが一番じゃ」

 玉座の中で姿勢を変えてレティシアがだらけ始める。

「俺もあの二人以外の前では王子らしく振舞っていますが、疲れますね」

 青年は床に胡坐をかいて座り、今までとは一変した雰囲気でレティシアに対応する。

「それでエレンティア様の件ですが……」

「エレンティアには会わせん! 断固拒否じゃ!?」

 ふん、と鼻を鳴らしてレティシアはそっぽを向いてしまう。その口元は笑っており楽しそうだった。

「えぇー、何でですか! どうしても話さないといけない事があるんです!」

 青年は前のめりになりながら食らいついていく。

「どうせ結婚の件じゃろ?」

「ど、どうしてそれを……」

「我は何でも知っておる……というか、あやつが家出をしてきた理由なのじゃから、受け入れた我が知ってて当然じゃろう。

 それにのう。我はお主の事を見損なったぞ」

「な、何故?」

「好いておる女を金の力で手に入れよう等とは。人としての程度が知れるわ!」

 心底楽しそうな笑みで青年に指を指して宣言する。

「お金の力? 何を言っているんです? それにどうして、そんなに笑顔なんですか!?」

 どうやら青年は会話について行けていない様子だった。

 名前は分からないが、十中八九、あの青年が私の政略結婚の婚約相手なのだろう。

 政略結婚のセオリーとして、デブのオヤジや陰湿な性格の変態が相手だろうと思っていたが当てが外れてしまった。政略結婚という手口を使っていなければ第一印象は悪くはなかったが、使っている時点で既に最悪だ。

 尤も、政略結婚という手口を使われなかったとしても今のところは結婚する気は毛頭ないのでご免被る。

 政略結婚なんてものを前向きに捉えている様子な相手の精神状態は理解不能だ。

「お金の力とは一体どういう事ですか? レティシア様」

 結婚とは相手の意志を無視してでもしたいものなのだろうか?

「何よゆーておる。お主はレーティッシュの財政を救う為の新しい貿易条約か何かを結ぶ引き換えに姫を差し出せと要求したのであろう? それを金の力と言わずに何という」

 そうだ! そうだ! 相手の意志を無視するのは良くない。

 そもそもの話だ。私と青年は面識はないはずだ。気分を悪くしない程度の色男で、王子という身分であるなら立場上忘れるなんて事は無い。腐っても王女としての立ち振る舞いを式典の場では怠った事はない。

 そして何よりもの話だ。私の悪行――自由な性格、公務からの逃亡癖、サバイバル趣向といった姫らしからぬ行動は周辺国に周知の事実として知れ渡っている。破天荒姫という蔑……愛称があるくらいだ。

「は? 条約に託けるなどという愚行はしてません」

「ほう」

 何やら話が急展開を迎えている様な気がする。

「確かにある話し合いの席の後で陛下に、それとなくお話をしましたが……まずは話をする席を……その設けて頂けないだろうかと……まあ、そんな感じで、お願いをした感じで……」

 青年が気恥ずかしそうに歯切れが悪くさせながら言葉を紡ぐと、

「まごまごするな気持悪い!?」

 レティシアは直球に罵倒を投げつける。

「ちょっと酷いですよ、それは……あ、そういえば、陛下に結婚の意志はあるのかと尋ねられたので、可能性があるのであればとお答えしましたね」

 と、青年は先ほどとは打って変わって恥ずかしげもなく言葉を追加した。


『先日の話し合いの席で、お前との結婚の話が挙がってな……』

 私は今更ながら父上に言われた言葉を思い返してみる。この次の瞬間、私は逃亡していたのだ。

 話し合いの席で結婚の話=政略結婚だよね!?

「話が可笑しな方向に向かっていますね、エレン」

「面白そうになってきたじゃねーか」

 冷たい視線のアリシアと子供の様な笑顔のドラグニールが同時に言葉を投げてきたが無視する事にした。

 レティシアはしばしば目を瞑り一考してから、ゆっくりと目を開く。夜空の星の様な紅と蒼の双眸がきらきらと輝きを放つ。

 口元が今まで以上に歪み切っており、嫌な予感しかしなかった。

「そういう事らしいぞ、エレンティア」


 たった今、俺の耳の鼓膜は内容を疑いたくなる言葉で震わせた。

 全身の毛穴から嫌な汗が噴き出る。同時に鼓動が張り裂けそうな勢いで速く高く鐘を打ち鳴らす。体温が2,3度下がるような感覚に見舞われる。

「はっはは、な、何をおっしゃいますか、レティシア陛下。じょ、冗談がきついですよ」

 俺は動揺と焦りを隠せない声で言葉を否定しようとするが、

「あっははははは、我がこんなに面白い事で冗談を云うワケなかろう」

 そんな言葉の後に、ほれと顎で示された先では「ちょっと、この始祖トカゲ離しなさいよ!」「こんな面白れぇ事から逃げるんじゃねえよ」「面白いのは貴方達だけでしょうーに」「エレン、滑稽ね」「アリシアは助けなさいよ!」と支柱にしがみ付くエレンティアとそれを引きはがそうとする始祖ドラグニール、その二人を笑顔で見守るメイド服を着た少女の姿があった。

 ぞっと背筋が凍る。

 今までの話を聞かれていた。その上でエレンティアが逃亡を図ろうとしている事実に。

 恥ずかしさとショックから、視界が歪み、真っ白になり、俺の意識は暗転していく。

「ん? おい、どうしたヴァルトヘルツ? おーい、寝るのではない」

 誰かが俺の名を呼ぶ声が――


 目開くと、窓から差し込む茜色の夕日が出迎えてくれる。

 眩しさに目を細目て、徐々に光に慣らしていく。

 鮮明になった視界で周囲を見渡す。華美な調度品で彩られた豪華な部屋。窓は全開に開け放たれ、カーテンは両側でしっかりと纏められて固定されている。窓の先に見える見覚えのある街並みがあった。

 ここはドラグーン城のどこかの一室だろう。

 俺は立ち上がり、眩しい西日が差し込む窓を閉めて、カーテンを引く。カーテンの生地は薄く、閉じても茜色の光を殆ど遮る事は出来ず大差なかった。

 部屋の隅に厚手のカーテンらしき物体が丸めて投げ捨てられている。

「これは嫌がらせだろうか……」

 コンコンコン。ノックが聞こえ「どうぞ」と返事をするとメイド服の少女が会釈をして入室してくる。

「お目覚めになられたのですね、ヴァルトヘルツ様」

「えっと、君は確か……」

 先ほど謁見の間でエレンティア達を見守っていた、以前にも何処かで会った記憶のある少女だ。かなり古い記憶の中にその断片を思い出せた。

 何かの式典の時に誰かに付き添っていた――全然、思い出せていない!

「エレンティア様の専属侍女をさせて頂いております、アリシア=クラフトデリアと申します」

「エレンティア様の……申し訳ない。完全に忘れておりました」

 喉に引っかかった小骨が取れた様に、俺は掌を拳で叩いて納得する。

「いえ、私は使用人ですのでお気遣いなく」

 アリシアは軽く会釈をした後、真っすぐにこちらを覗き込んでくる。

「じぃー」

「お、俺の顔に何か付いていますか?」

 突然覗き込まれた事に動揺を隠せず対応する。

 ある程度は女性への免疫はある。が、アリシアの様な――俺の人生の中で五本の指には入る事は間違いない可愛らしい女性に覗き込まれて素で対応できる訳がない。出来るやつがいるとすれば、相当な朴念仁か女性に興味のない野郎だ。

 勿論だが、美しさも可愛さもエレンティアには劣る。

「顔色は宜しいようで安心いたしました」

「いや、面目ない。寝ずに走って来た睡眠不足が祟った様で――」

「まさか、あの程度の事で気を失ってしまうなんて……そして徹夜を言い訳にしようとする方に私のエレンを渡す訳にはいきませんね、ふふふ」

 歯に衣着せない鋭い言葉で俺の心を抉ったアリシアは薄気味悪い笑いを漏らす。

「ぐっ……」

 無意識の内に言い訳をしようとした自分が情けなかった。

「結婚の件を決めるのはエレンですが……あ、こんな無駄話をしている場合でありませんでした。今から食事の予定をしているのですが、もし起きていて食欲があるのであれば同席してはどうかとレティシア様がおっしゃっておられました。

 体調がすぐれないのであれば、軽いお食事をお部屋までお持ちいたしますが?」

 ぐぅーと大きな腹の虫が躊躇いなく出席に同意する様に声を上げた。

「えっと……お願いします」

 陽も落ち、外は暗くなり始めている。

 昨夜は馬での移動が続くとあって軽く済ませていたし、今まで眠っていて朝も昼も食べていない。胃袋が躊躇いなく要求する声を上げるのも納得できる。

 しかし、こういう時は王城で出てくる高級なマナーを守らなければならない料理よりも大衆向けの和気藹々とした料理の方がいい。むしろ、普段からそっちの方が気を使わなくて楽でいい。

「あの、その席に――」

「安心して下さい。もし逃げてもちゃんと捕まえて座らせますから」

 俺の言葉は、先回りをされたアリシアの笑顔に遮られる。


 食堂に到着すると、そこはもぬけの殻だった。

 場所を間違えたのではと思ったが、アシリアは迷わず食堂の奥にある扉へと歩いて行く。扉の隙間からは僅かな光と笑い声が漏れていた。

「すぐに戻るから待っててって言ったのに」

 不満を口にしたアリシアが扉を開けると賑やかな声が溢れ出してきた。

「アリシア、遅かったのう。ヴァルトヘルツも起きておったか。ほれ、早くこっちこい」

 顔を赤く染めたレティシアが酒瓶を片手に手招きをしている。

 部屋の中央に配置された大き目のちゃぶ台に多種多様な料理と酒が並べられている。イメージしていた食事会とは異なり、完全に宴会会場だった。

 入口から見て正面奥にレティシア陛下が座り、そこから右回りに一人分の空白、エレンティア王女、一人分の空白、連れて来た兵士二人、ドラグニールの兵士が二人、ドラグニールの巫女レーナ、始祖ドラグニールが卓を正座や胡坐をかいて囲んでいる。

 宴会は既に始まっている。アルコールが入った面々は出来上がりつつある。

「ヴァルトヘルツ、一緒に飲みましょう!」

「ささ、王子こちらへ」

 連れて来た二人の兵士が揃って自分たちの近くに空いている空白へ両手で指し示す。

「さあ、ヴァルトヘルツ様、こ・ち・ら・へ」

 いつの間にかエレンティアの背後に移動していたアリシアが彼女の頭を押さえつけながら、その左隣を掌を広げて笑顔で案内する。

「ア、アリシア、に、逃げ、逃げたりしないわよ」

「あら~では、どうして立ち上がろうと態勢を変えているんですか?」

「べ、別に逃げる為じゃないわよ。いざという時の為よ!」

「いざという時は私が守りますから安心して座っててくだ、さい!」

 アリシアに頭を強く押さえられたエレンティアは渋々といった表情で正座をし直した。

「えっと、失礼します」

 俺は遠慮しがちにエレンティアの隣に腰を下ろすと、

「失礼と思うなら帰ればいいのに」

 と憎まれ口を叩かれました。

「エ・レ・ン」

「い、痛い痛い痛い、頬っぺた千切れるっ!! ごめんなさいごめなさーい」

 エレンティアは大粒の涙を目尻に浮かべて「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にすると、そっぽを向いて黙々と食事に没頭していき、取り付く島を与えてくれなかった。

 嫌われてしまっている様子だった。


 詳しい話の経緯は不明な点があるが、どうやら話がどこかで食い違ってしまっていたのだろう。今回の話は縁談の話ではなく、政治的ではない個人的な友好関係を築きたいというのがレーティッシュ王と交わした内容の本筋だ。そりゃ、心に決めた女性ですから、将来的に結婚を考えているかと問われれば『考えています』と回答するのが男というものだ。恐らくは、この辺りの言葉のせいで食い違いが発生してしまったのだろう。

 誤解があったとしても謁見の間での会話を聞かれていたのであれば、誤解は溶けているはずだ。しかし、目を合わせず、口をきかず、話しかけるなオーラを漂わせているエレンティアの横顔――可愛らしい――を見るに、それ以外の要因があると考えられる。

 もしかしたら、王を介するという外堀を埋める様な回りくどい策を労した事に機嫌を損ねているのだろうか?

「先ほどから何か御用があるのでしょうか?」

 視線に堪えかねたエレンティアが端々にトゲのある言葉と共に視線だけこちらへ向けてくる。

「い、いえ、その……すみません」

 苛立ちに満ちた視線に気圧された俺の口から漏れた言葉は何故か謝罪だった。

「は? 謝るくらいなら、あっ、ひ、ひたぁい、ありひあ」

「いい年をして不貞腐れるのもいい加減にしてください」

 エレンティアの両頬をこれでもかというくらいに引っ張るアリシアの姿は、子供を躾ける母親の様に見えた。前へ後ろへ、上へ下へ、伸ばして縮めて、ぐるぐる回して、エレンティアがアリシアの腕を叩いてギブアップの意志を示すまで続いた。

「はぁはぁ、い、いつも以上に容赦がないと思うのだけど!」

「はい。いつも以上に引っ張りましたから」

「ぐぬぬっ」

 アリシアは姫の専属侍女というよりも、お目付け役兼教育係という立場に思えた。

「ヴァルトヘルツ様、申し訳ありません。実はエレンは――」

「わーわーわー」

 エレンティアが全身を使ってアリシアの声と姿を遮る。が、頭を掴まれて座らされ、口の中に食べ物を次から次へと詰め込まれて喋れなくされてしまう。

「むぅーむ……うっ」

 必死の形相で懇願するエレンティアの願いは聞き入れられない様子で、特大の肉を口に叩き込まれて沈黙する。そしてアリシアは何事もなかったかのような笑顔を浮かべて――この二人の間では日常なのかもしれない――一つ咳払いをしてから言う。

「この子は自分の早合点で……陛下の方にも言い方の問題があった様ですが、それで色々とやらかしてしまい引っ込みがつかなくなって意固地になってしまってるんです」

「…………」

「恐らくですが、それならば完全に嫌われてしまえばいい。よし、最悪の対応をしてやろう。粗暴な態度でも取れば愛想も尽かすだろう。と、言う感じの結論に至り実行しているんです」

「…………」

 もぐもぐと口を動かしているエレンティアの方へ視線を向けると、流れる様に視線を逸らされてしまった。

「俺、嫌われてる訳ではないんですね?」

「ええ、嫌ってはいないと思いますよ。嫌われようとしているだけで」

 ホッと胸を撫で下ろす。安心したお陰か、ぎゅぅと腹の虫が大きな声で鳴いて胃袋が食べ物を要求してくる。

 横から色々な料理が綺麗に盛り付けられた皿がすっと差し出されてくる。顔を真っ赤に染めたエレンティアだった。

「はい……これ。あ、味は中々よ」

「あ、有難うございます」

 突然の事態に挙動不審になりながら料理の盛られた皿を両手で、エレンティアの手を触れない様に気遣いながら受け取る。今ここで、よくある受け取る時に手を触れてしまったハプニングを起こせば、パニックになる事が目に見えたからだ。

 正直なところ……へたれな部分もありました。

 肉と野菜が彩りと全体のバランスを考えられて盛り付けられた一皿。テーブルの上に並ぶ多種多彩な料理の中から色合いと栄養を考えて取り分けられたのが伝わってくる。

「そこの二人ぃ! 話が終わったらさっさと飲まんか!」「つげつげぇ!」「さあ、王子。どうぞどうぞ」「朝まで飲みましょう!」

 今まで関わってこなかった外野達がこれ見よがしにと酒瓶を手に割り込んでくる。

 ぎこちなかった俺のエレンティアの関係は宴会が佳境になる頃には気にならなくなっていた。


 床に散らばる酒瓶、酒樽、酔い潰れた面々。まさに死屍累々。

「わらぁしのお酒がのめなぃってんれすかぁ?」

 身体をふらふらと揺らしながら酒を注ごうとするレーナ。その殆どは俺の持つコップに入る事はなく床にばら撒かれていく。

「あーあー、レーナさん、飲み過ぎですって」

 容姿は十歳程度にしか見えないレーナだが、御年七十歳を超えており俺よりも三倍は長く生きている。見た目に反してアルコールを摂取しても問題は無い。

「おあすみならい」

 ぱたん、と酒瓶を抱えてレーナは眠ってしまった。

「全く……みなさん、考え無しに飲むんですから」

 アリシアが呆れたようなため息を漏らしつつ、酔い潰れた全員に毛布を掛けて回っている。

「いつもこうなんですか?」

「……大半は」

 ばつの悪そうな表情をしていた。

 ふとエレンティアの姿が見えない事に気づく。自室に戻って休んだのだろうか?

「エレンならデザートを作って来ると言って厨房に行きましたよ」

「そ、そーなんですか?」

 俺の心中を察したアリシアが答えを教えてくれる。

「あと面白いモノが見られると思いますよ」

「?」

 バァーンと勢いよく背後で扉が開く音が聞こえ、咄嗟に身構えて振り向く。そこには両の掌に大きな御盆を一つづつ乗せた人影が片足を腰の高さまで上げた状態で立っていた。

「ハーイ、みんさん。楽しく飲んでマースカ? あれ~? もう生き残りは二人だけデース? この程度で潰れるなんてダメダメデースネッ!」

 白と黒を基調としたロングスカートのメイド服姿で、頬を仄かに赤く染めた超ハイテンションのエレンティアだった。

 み、見えない!

「あの子、アルコールが入ると意味が分からないくらいにテンションが高くなってしまうんですよ。でも、あの状態でも意識ははっきりしているし、平衡感覚や判断能力は変わらないので酔っているとは言い辛いんですよね。困った事に……」

 言葉通り、しっかりとした足取りで真っすぐ歩いている。

「何故、メイド服?」

「可愛くありません?」

「可愛いですけど……一体どこから」

「私の予備ですよ。料理をするのに借り物の服を汚すのは嫌だからって着替えたんですよ」

 俺は生返事だけ返して、あとはただただエレンティアの可愛らしい姿に瞳を奪われていた。

「生き残っているヴァルトヘルツとアリシアには新作プリンの試食の権利を与えるマース!」

 エレンティアは俺の前でしゃがみ込み、二つのお盆を床の上に置いて「まずは一つ選ぶデス」と催促をしてくる。

 一つのお盆に6皿、合計12皿のプリンが用意されている。見た目はどれも同じで、よくあるカラメルソースがかけられていないシンプルなものだ。あえて選ぶという行為が必要なのか疑問に思ってしまう。

 俺が一番近い皿を取ると、続いてアリシアが別のお盆の方から一皿、最後にエレンティアもアリシアと同じお盆から一皿選ぶ。

「因みに変更と残すのは禁止デース」

「え? これ何かあるんですか?」

「ふっふふ、これはロシアンプリンデース!」

「ロシ……アン?」

「ソウデース。プリンの中にはそれぞれソースが仕込んであるデス。

 ヴァルトヘルツが選んだお盆の方には、3つは果物のあま~いソース、残りは緑野菜の激苦ソース、唐辛子エキスたっぷりの劇辛ソース、発酵調味料で作った激臭ソースが混ざってマース。

 そしてこっちは、3つは同様に果物のソース、三倍の濃縮カラメルソース、普通のカラメルソース、チョコレートソースが混ざっていマース」

 喜々とした子供の様な無邪気な笑顔で地獄への入り口の説明をしていくエレンティアは、テンションが高いというよりも完全に別人だった。ヴァルトヘルツが抱いていたエレンティアに対するイメージ像はカケラも残さず砕け散ったのは言うまでもない。その一方で子供の頃に一度だけ今の様に無邪気に笑うエレンティアの姿を思い出した。

「って事は、俺が選んだ方はハズレ率が高いって事ですか!?」

「ヴァルトヘルツは馬鹿デース? ヴァルトヘルツに近いお盆だけハズレが入ってるって事デス」

 悪魔の様な笑みを浮かべるエレンティアが俺の手にスプーンを握らせる。

「さあ、天国と地獄の境界を開くデース! あ、アリシア。激臭ソースだったら即効でこの部屋から脱出するデス。今回のは自分でもヤバイと思うくらいのバイオ兵器を作ってしまったデス」

「ちょ、ちょっとエレンティア様、タイム! ストップ! やり直しの要求を――」

「ダメデース!」

 エレンティアが俺の腕に抱きつき、二の腕が柔らかな双丘の狭間に飲み込まれる。まさしく俺の精神は天国と地獄の境界に立たされていた。腕だけでなく、身体にまで押し付けられる至高の感触。肩の上に乗せられた悪戯っ子の顔。

 小さな両手が俺の手を包み込み、スプーンの先端をプリンへと近づけていく。

 抵抗すればするほど俺の精神を蝕む天国の様で地獄の時間は続き、プリンの中身を開くことで肉体的な天国か地獄が決定づけられる。

「さっさと地獄に落ちるデース!」

 プリンの中身が開かれ、赤い液体が流れ出す。


「面白くない」

 酔いが醒めてきて、元のキャラに戻りつつある私は安全圏のプリンを頬張りながら不貞腐れていた。

 ヴァルトヘルツが選んだプリンから流れ出た赤い液体は激辛ソースではなく、イチゴをベースにした果物のソース。見事に六分の三を引き当てていたのだ。

「あの場合、激辛ソースを引き当てて味覚破壊コースが定番じゃないの!?」

 横暴な言い分をヴァルトヘルツに投げつける。

「そう言われても……」

 ひと舐めしただけで味覚が狂いそうなレベルの辛さに仕上げていた一番の大当たり。相手がどんな顔をするのか楽しみで仕方が無かった。

 当てが外れて非常に不愉快である。

 初めからロシアンを企んでいた訳ではない。予定よりも生地を多く作ってしまい、少し魔が差してしまったのだ。そこからは心のまま、思いの行くままに作ってしまった。

 後で寝ている誰かの口に放り込んで処分しておきましょう。

「ほう、三人だけで美味そうなものを食べておるのう」

 白黒の小さな頭がぬっと飛び出して、宝石の様なオッドアイが私を見上げてくる。

「レティシア様、起きてらしたんですか!?」

「あれだけ、騒がれれば嫌でも起きるわい」

 ふわぁ、と大きな欠伸を一つして私の隣にレティシアが胡坐をかいて座る。ノンスリーブのワンピースだった為、白と青の縞模様の下着が無防備に晒されていた。本能のままに視線を奪われていたスケベ男には取りあえず平手を打ち込んでおいた。

 ドラゴンであるレティシアにとっては気に留めない様な事なのだろうが、少女――女性の姿をしている以上は恥じらいの一つも気にかけて欲しい。

「少しは周囲の目を気にしてください」

 ズレ落ちた肩ヒモを戻し、対面に座っているアリシアが差し出してくれたブランケットを広げてレティシアの下半身を覆い隠す様に被せる。

「我は別に気に――」

「「私たちが気にするんです」」

「わ、わかった……」

 ブランケットを取り払おうとしたレティシアの手を押さえ、アリシアと二人して強く言うと渋々といった表情で納得して貰えた。

「うーむ、変な感じがする……ま、その内慣れるじゃろう。さて、一つ頂こうとするか」

 おもむろにレティシアがヴァルトヘルツに近い方のお盆に乗るプリンへと伸ばした手を、私とアリシアは同時に掴んで止めていた。

「何じゃ? まだ何かあるのか?」

 レティシアが不機嫌そうに柳眉を釣り上げて交互に視線を向けてくる。

「そっちは危険なので、こちらからお願いします」

 安全圏が乗るお盆の方へ誘導する。

「そういえばロシアンがどうとか言っておったな……ふふん、なるほどなるほど」

 不敵な笑みを浮かべたレティシアは私たちの手を振り払い、危険地帯のプリンを一皿、二皿と手にとっては「くんくん」と次々に臭いを嗅いでいく。

「これは香辛料系の香り、こっちはドブの様な臭い、こいつは異臭という訳ではないが他の二つとは違う臭いがしたのう。当たっておったか?」

「ご名答ですわ」

 エレンティアは自分でも分からない様に配置をシャッフルしていたが、選び出されたプリンの臭いを間近で嗅いでみると微かに他とは異なる違和感が嗅ぎ取れた。レティシアの様に中身まで断言できる程では無く、その点はドラゴンの嗅覚ともいうべきものなのだろう。

「これは意外と食えるやもしれんな」

 三つ目に選んだ皿――レティシアの嗅覚が正しければ激苦プリンを除けて、残りの二皿を手に持って立ち上がる。

「あの二人には、まだ罰を与えておらんかったからな。けっへへへ」

 まずは気持ち良さそうに酒瓶を抱えて眠るレーナの傍で腰を下ろして仰向けにすると「こっちの辛そうな方でよいか」と片方のプリンをレーナの口の中へ押し込み、手で口を塞いだ。プリンの中身が溢れ出した事で目を覚ましたのか、じたばたと暴れ出すレーナ。しかし、レティシアが馬乗りになって押さえつけ、暫くして動かなくなる。

 あの二人――次の矛先はドラグニールへと向かった。

 レティシアは豪快ないびきをかいて眠るドラグニールの足を掴んで窓際まで引っ張って連れていくと、その巨体を軽々と抱えて窓の外へ突き出す。そして口の中へプリンを放り込むと――窓から捨てた。

 満足そうな笑みを浮かべて戻って来たレティシアは、私たちが止める暇もなく避けてあった激苦プリンを食べ始める。

「やはり、我は好きな味じゃ。エレンティア、帰る前にレシピを書いてくれんか?」

 深い緑々としたドロドロソースのプリンを美味しそうに食べていた。


「最近、我は非常に退屈しておる」

 ひとしきりプリンを堪能したレティシアが本題と言わんばかりに宣う。

 私は空になった皿を片付けながら、その動向を見守る。ヴァルトヘルツとアリシアも同様に視線を向けていた。

「そこでじゃ、お前たち一つゲームをしようではないか」

「お前たちっとは、俺達三人の事でしょうか?」

 ヴァルトヘルツの質問に「うむ」とレティシアは頷く。

「まずは確認じゃ。ヴァルトヘルツ、お前はエレンティアの事を好いておって、将来的には結婚をしたいと考えておるんじゃな?」

「ええっ! ちょっと、いきなり……えっと、そうです」

 あ、何だか次は私に振られそうな予感がする。

「うむ。そしてエレンティア。お前はこやつと結婚する気はないのだな?」

「えっと……今のところは色々とやりたい事もあって、結婚とか考えられません」

「将来的には可能性があるのか?」

「あると思います」

 ヴァルトヘルツがガッツポーズをしていた事を見逃さなかった。減点。

「ふむ。ならば、こうしよう。

 お前たち二人は、明日、鬼ごっこをせよ」

「「はい?」」

 私をヴァルトヘルツは仲良く首を傾げた。

「鬼はヴァルトヘルツで期限は正午から日没までじゃ。ルールは特に制限を設けんが、使用した手段がそのまま相手に評価されると思う事。

 そしてヴァルトヘルツが勝った場合、エレンティア、前向きに結婚の事を考えてやれ。考えるだけで構わん。

 エレンティアが勝った場合は、エレンティアから話が無い限りは諦めるのじゃ」

「ど、どうして私たちがそんな事を!」

「か、勝手に決めてもらっては困ります!!」

 横暴だ、と二人揃って抗議すると、レティシアは溜息を漏らした。

「今回の騒動で迷惑を被ったのは我じゃぞ? どこぞの姫が漂流してきたの事情を聴いて滞在の許可を出したのも、どこぞの王子の早朝からの謁見に対応したのも、銀色のチビの件もそうじゃ。結果として今は丸く収まったとはいえ、面倒事を他国に持ち込んでおいて、はい終わりというのは無しだとは思わんか?

 道化になって我の提案に乗っかる程度、迷惑料としては安いものと思わんか?」

 家出の件や巫女の件を並べられると言い返す言葉が見つからない。弁明したい点もあるが、早合点や知識不足による不注意が要因であり、反論は出来なかった。

 ヴァルトヘルツの方にも思うところがある様で、私たちは提示されたゲームを了承した。

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