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私+竜+俺=?  作者: 史華茉莉
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ドラゴンです

少し、長く、なって、しまった……でも、大切な事なので削りたくなかったんです

許してください(次も同じくらいかもしれない

 機嫌を直してくれたレーナを先頭に海岸沿いの街道から逸れて山間の道へと進路を進める。畑や果樹の並ぶ街道を更に進むと、足場の悪い未整備の道へと変化していく。

 徐々に街道であった道はケモノ道へと変化していった。

 木々が生い茂り、昼間でも薄暗い景色に不安になっていく私と臆せず迷いなく足を進めるレーナ。

 私は歩き辛い道に足を取られつつも遅れない様にレーナの後ろについていくのがやっとだった。

「エレンティアお姉ちゃん、大丈夫?」

「ええ、なんとか。よく脱走していたから、サバイバルは結構得意なのだけど、流石にドレスじゃ歩き辛いわね」

 ドレスを裂いて大きなスリットを入れ、ハイヒールのヒールを折って歩きやすく工夫をしているが、しっかりとした登山用品に比べれば天と地の差がある。

 せめて、運動靴に履き替えてから家出をすれば良かった。

「脱走……やっぱり、王族ってそういう人達ばっかりなんだ……」

「だ、脱走じゃなくて、脱兎! 飼っているウサギがよく脱走していたのを捕まえていたのよ!」

「サバイバルは?」

「キャンプが好きなのよ!」

「ふぅ~ん、分かった」

 レーナの信用していない疑いの半目は心に突き刺さるものがあった。


 長い緩やかな坂道を登り切ると簡素な木製の家屋が見えてくる。

「あそこがドラグニール様の家」

「え……あれが?」

 お世辞にも始祖ドラグニールが住まう住居とは思えない代物だった。

「元はあっちだったくらいだし……マシになったんだよ、これでも」

 あっち、とレーナが指を指したのは木製の家屋からやや右方向にある平らな大岩。目算、直径二メートルといったところだろうか。

「どうせ寝るだけだ、って言って本当に岩の上で寝るんだもん。幾ら何でも始祖様が野ざらしというのは他国への示しがつかないという事で……あの掘っ建て小屋を建てたの」

「…………」

 この時、私はここまでは落ちぶれない様に頑張ろうと静かに決意した。

「さあ、行こ。たぶん、寝てると思うから」

 私はレーナに手を引かれて木製の家屋の扉の前に立つ。

 間近で確認してレーナが掘っ立て小屋と称した理由が分かった。扉や外壁に使用されている木は薄く、内部が見えるくらいに隙間が空いている。窓もガラスがはめ込まれてると思いきや、枠組みだけ。屋根は木の板をぴったりと隙間なく敷き詰められている様だが、木の板並べただけの様なので雨漏りは必死。

 まさしく、張りぼての名が相応しいハウスだった。

 私が扉をノックしようとすると、

「あ、待って」

 とレーナが行動を制止してくる。

 次の瞬間、レーナは何を思ったのか扉を両手で持って持ち上げてしまう。

「この扉壊れてて、立てかけてあるだけなの」

 持ち上げた扉を外壁に立てかける。

「えぇー」

 家としての機能を果たしているか疑いたくなる。尤も、そこに住まう者は岩の上でも問題ないと公言しているような存在なのだから気にしていないのだろう。

「ドラグニール様、寝てるんでしょー?」

 ずかずかとレーナは遠慮なしに掘っ立て小屋に入って行き、私も少し遅れて入室する。

 内装は外装より酷い有様だった。

 床は無く地面。埃の積もった円形のバランスの悪いテーブルが一つと足の折れた椅子が一脚。干からびた簡易的な水場。壁には装飾品なのか草臥れたハリセン。

 部屋の隅にある剥き身の木製のベッドで二十代半ばくらいの白髪の若い男性が腹を出して眠っていた。

「これ……この方が始祖ドラグニール様?」

「そう、これがぐーたらドラグニール様」

 私はあまりにもな現実に言葉を失ってしまった。

 内心で抱いていたイメージとかけ離れてしまっていたからだ。

「レーナ。今だから言うんだけどね」

「?」

「私、でっかいドラゴンが荘厳な感じで丸くなって眠ってるイメージを思い描いてた」

「ああ、大丈夫。初めて見る人は大体同じこと言うから」

 レーナは諦めた様な冷めた目で、壁に吊るされてあったハリセンを手にするとドラグニールの頭部目掛けて振り下ろしていた。


 竜王種。ドラゴンの中でも希少な存在で、長寿の固体は一万年以上生きていると言われている伝説の存在だ。世間で知られている竜王種の代表とも言うべきが始祖ドラグニール。太古の昔には大陸を支配していたとも、幾つもの種族を根絶やしにしたとも真偽不確かな逸話が多く残っている。

 恐怖、畏怖の象徴とまで言われたドラゴンは今では……年端もいかない幼竜にハリセンで叩かれ、それでも起きまいと背を向けて必死に寝たふりを続けているのだ。

「ほら、ドラグニール様。お客様ですから起きてください!」

 ペシペシ、ペシッペシッ!

「絶対にお断りだ。俺はもう少し寝るんだよ!」

「何言ってるんですか!? もう何か月も寝てるじゃないですか!?」

「俺が何か月寝ようが、何年寝ようが勝手だろうが!」

「そうやってぐーたらしてるから妹様に玉座から追われるでしょ!」

「王位は俺からくれてやったんだよ。俺があいつに負ける訳ねーだろうが!」

「そういう負け惜しみは聞き飽きました! こんな落ちぶれた姿、あなたの巫女として恥ずかしいです!」

「お前が恥ずかしがろうが俺には関係ねーだろうが」

 

デッドヒートしていく子供の様な言い争いに、私は意を決して割って入る。

「まあまあ、二人とも落ち着いて下さい」

 二人の間に入って仲裁をしようとした私だったが、

「何だてめぇ? 部外者は引っ込んでろ!」

「これは私たちの問題です。エレンティア様は黙ってください!」 

 レーナにまで怒られ、家の外につまみ出されてしまった。


「…………」

 割って入る事も出来ず、周囲は木々で囲まれた森で暇をつぶす手段もなく、私は昼下がりの青い空を眺めて時間をつぶす事にした。

「……綺麗な青空ね」

『妹様からの呼び出しがあってもぜーったいに起こしに来ませんよ!? いいんですか!?』

『べ、別に起きようと思えば起きられる子だし、俺!』

 二人の醜い言い争いは苛烈を極め、沈静の気配はない。

 レーナが巫女だとか言っていた気がするけれど、何の事だろう?

 心地よい春の風が吹き抜け、驚異的な睡魔に身を委ねて私は目を瞑る。意識が微睡に落ちようとしていた時、膝の上に硬く暖かい、そして重い物体がのしかかってきた。

「ん、んんっ?」

 睡魔に負けた瞼は重く、気合で押し上げて、ぼんやりとした視界で膝の辺りを見下ろす。

 白……銀色の丸い物体が乗っていた。

「ん?」

 私はごしごしと手の甲で目をこすって、視界を鮮明に整えてからもう一度膝の上を見直すと――そこには膝の上に丁度収まるくらいの大きさの爬虫類……細く長い尻尾を持つトカゲ……一対の翼を持ったドラゴンが丸くなって眠っていた。

 そうそう、私の中のドラゴンが眠るイメージってこんな感じの――

「………っっ」

 悲鳴にならない悲鳴が漏れ出そうになった口を咄嗟に両手で押さえて塞ぐ。

 私の膝の上で気持ち良さそうに眠っている銀色のドラゴンを不用意に起こしたくなかった。

 その理由は、突然で勝手にだが、人の膝の上でこれだけ気持ち良さそうにしているのだから邪魔はしなくないし、つい今しがた背後で未だ争っている二人のお陰で『ドラゴンを無理に起こすと厄介な事態になる』という教訓を得たばかりだからだ。

 それに気持ち良さそうにされている分には、寝床とされている側としては悪い気はしない。

「このサイズだとドラゴンって可愛いわね」

 身の丈よりも巨大化してしまったレーナの姿を思い浮かべながら、そろりと銀色のドラゴンの背中をなぞる様に撫でる。今までに感じたことのない、堅くつやつやとした鱗の感触が指先から全身を駆け巡っていく。

さわさわ、すべすべ、ぺたぺた

「も、もうちょっとくらい大丈夫よね」

 私は両手をわきわきと動かしながら、銀色の小さな身体を包み込もうとゆっくりと近づけていく。

「……キュ?」

 手が止まる。

 銀色のドラゴンが目を覚まして小さな顔がこちらに向けて見上げていた。

「あー、えっと、これはそのぉ……あははは」

 両手を顔の真横に上げてひらひらとさせる。

 銀色のドラゴンは物言いだげに首をかしげると、その小さな翼を広げて宙に飛び上がる。翼を羽ばたかせて私と視線を合わせると、宝石の様なきらきらとした金色の双眸がこちらを覗き込んで来た。

 鼓動が高鳴る。

 私は動かずに銀色のドラゴンの行動を待った。

 銀色のドラゴンは私に顔を近づけ、何度か首を傾げた後、

「クルルルゥ……キュ」

 ぺろり、と小さな舌で私の鼻先を舐めた。

「ひゃん!?」

 私は咄嗟に身を引いて、壁伝いに逃げる様に距離を取る。

 鼓動が今までにないくらいに早く、身体が未知の体験に震えていた。その震えには恐怖も僅かに混じっていたが、殆どは期待と好奇心から来るものだった。

 背後でい・ま・だ・醜い争いを繰り広げている二人の例を考慮すると不用意な接触は厄介ごとに発展しかねない。否、間違いなく発展してしまうだろう。

 ここはレーナかドラグニール様を呼んで対応を仰いだ方が得策なのは明白だ。

 だが、私は好奇心に負けてしまった。

 好奇心に負けた私は、手を銀色のドラゴンに伸ばしていた。

(少しくらいなら大丈夫、きっと大丈夫)

 指先を銀色のドラゴンがチロチロと舐める。


「アハハハハッ」

 外から聞こえた笑い声に二人のドラゴンは不毛な行為を止めた。

 二匹は顔を突き合わせて声の正体に行きつき、揃ってドアの無い玄関から外に顔を覗かせる。

 そこには小さな銀色のドラゴンと楽しそうに戯れる人間の少女の姿があった。

 少女のドレスの胸元から覗く痣を見て二匹は同時に声を上げた。

「「あっ!!!」」


 豪華な扉の前にしてアリシアは思案する。

(ここまで来たのだから、もう帰ってもいいのではないでしょうか?)

 と、半歩足を引いて踵を返そうとする。

 この扉の先にいるのはドラグニール王国現国王レティシア。始祖ドラグニールの妹君にして、仕事をしないドラグニールを玉座から力づくで引き摺り下ろした竜王。人間をこよなく愛し、そしてアリシアの事を娘の様に誰よりも溺愛している御方だ。

「はぁ、やっぱり帰りま――」

 バァンと勢いよく扉が開き、巻き起こった風が髪やスカートを揺らす。

「なぁにをやっておる。さっさと入ってこんか!」

 扉を開けた人影はいない。レティシアが魔法で開けたのだろう。

 魔法と言うのは特別なものだ。扱えるモノは人間でも、それ以外の種族でも稀で、魔法が使えるだけで将来が約束されていると言っても過言ではない。特別な力。

 アリシアは使えない。

「はぁ……仕方ないですね」

 アリシアは重い足取りでレティシアの待つ玉座へと足を進める。

 だだっ広い謁見の間には人気は無い。扉の前にも普段はいるはずの兵士の姿は無かった。恐らくはアリシアとの時間を邪魔されたくないレティシアが人払いをしたのだろう。

「お久しぶりです、レティシア陛下。本当にお変わりありませんね」

「堅苦しい挨拶などいらん、いらん。ほれ、さっさと座らんか」

 玉座の前に用意された豪奢な長椅子に座る少女が隣に座れと手招く。蒼穹と真紅の二色の眼、白と黒の入り混じった長い髪、飾りっ気のないワンピース、外見は十二、三歳くらいの幼い少女こそが現国王であるレティシアその人だ。

「またこんな椅子を用意させて……」

「アリシアが来るのだ、これくらいの事は当然じゃ」

 嘆息一つ漏らしたアリシアがレティシアの隣に座ると、レティシアはアリシアの膝に頭をごろんと預ける。

「寝室の方はもっと豪華なのを用意させてあるからな!」

「…………」

 アリシアが今夜は帰宅できない事が確定した瞬間だった。

「それでエレンティアが家出したと聞いたが、どういう訳じゃ?」

「……はい、順を追って説明させていただきます」

 レティシアはアリシアの手を取り、自分の頭の上に乗せると撫でる事を要求する。


 一通り説明を終えた頃には陽は傾きオレンジ色の光が窓から差し込んできていた。

「なるほど、政略結婚とのう。まあ、我が国として好きなだけいてもらって構わんぞ」

 有難うございますとアリシアは会釈する。

「仕方がない事とは言え、国の為にエレンの幸せが蔑ろにされるのは支持出来ません」

「ふむ、しかし……相手はタリアフェルトの王子と言ったか?」

「はい、ヴァルトヘルツ様です」

「あの者がそういう事をするとは思えんのだがのう。それに、その結婚でレーティッシュ側にメリットはあってもタリアフェルト側に大したメリットは無いであろう? 姫一人を手に入れる為に国という手札を切るとは思えん。そのような愚策を労する国であれば、とうの昔に滅びておるわ」

「では、裏があるとでも?」

「裏というよりかは、もっと単純なものじゃと思うぞ」

 何かに気づいている風な口ぶりのレティシアにアリシアは疎外感を感じていた。

「そうやっていっつも教えてくれませんよね」

「当たり前じゃ。答えは自ら探し当てるものであって、誰かから与えられているだけでは成長などせん」

 理解はしていても納得は出来ない事柄はある。

 アリシアは力任せにレティシアの頭をぐちゃぐちゃに撫で繰り回す。

「ぬわぁ、な、なにををするアリシア。やめんかー!」

「でしたら、ヒントでも頂ければやめて差し上げますよ」

 膝の上から逃げ出そうとするレティシアの身体を羽交い絞めにして、更に強く撫でまわす。

 国王と手玉に取る侍女。何も知らない者が見れば、不敬罪として取り押さえられても可笑しくはない光景だった。

「ぐわぁぁ、分かった、分かった。じゃからやめろー」

 レティシアを解放したアリシアはポケットから櫛を取り出し、

「ほら、レティシア様」

 と手招いて乱れた髪を慣れた手つきで直していく。

「近年の我の扱いがぞんざいに感じるのは気のせいか?」

「気のせいですよ。可愛さ余ってなんとやらです。で、ヒントいただけますか?」

 アリシアは梳き終わった白と黒の入り混じったレティシアの長い髪を、白と黒が交差する様に編み上げて遊び始める。

「絶対に嘘じゃ……絶対に……まあ、悪い気はせんが……。それでヒントじゃが、エレンティアは相手の顔を知らんと言っておるのじゃろ? ならば一度、直接合わせてみればよい。そうすれば"色々"と解決すると思うぞ。結婚が嫌じゃと伝えるにも、直接言った方が良いじゃろうて」

「そう、かもしれませんが……」

「かも、ではなく、そういうものじゃよ。人間は一々、難しく考えすぎじゃ。もっと単純に生きた方が利口で気楽じゃぞ」

 レティシアの言葉を胸に刻み、アリシアは考え事をしながら作業の手を進める。気づけば十本の触手がレティシアの頭に誕生していた。


 国の財政が破綻するにしても、エレンティアの意志を尊重したい。

 それがアリシアの出した結論だった。

「ん? 下が騒がしいのう」

 レティシアが椅子から飛び降りて、十本の触手を揺らしながら窓際まで歩いて行く。アリシアもその背中を思う。

「何か下で騒いでいますね……上?」

 兵士たちが空を指して騒いでいた。

「あのバカ兄貴!」

 ふわりとアリシアの身体が宙に浮く。レティシアに担ぎ上げれらたのだ。

「レティシア様っ!?」

「黙っておれ、舌を噛むぞ!」

 レティシアはアリシアを軽々と担いで走る。

 アリシアは見た。窓の外に真っ白なドラゴンがこちらに向かって飛んできている姿を。

「あれって――」

 次の瞬間、謁見の間は轟音と土煙に包まれた。


 モクモクと謁見の間に充満する土煙が収まり、中から現れた三つの人影。

「ケホケホッ、ドラグニール様、無茶し過ぎです」

「はんっ! これくらい三割程度よ! ガッハハ」

「速い怖い落ちる怖い、ドラゴン怖い。もう絶対に乗らない!」

 三者三様。若干一名はドラゴン不信に陥りかけていた。


 いつの間にか喧嘩を止めたレーナとドラグニールが私の傍まで来ると「放置した詫びに空中遊覧に連れててやるぜ!」なんて甘い言葉に乗せられて、レーナとは比較にならないほど巨大な純白のドラゴンへと変身したドラグニールの背中に乗って空の旅に出発したのだった。

 出発した数秒後、私は判断を誤った事に気づかされた。

 空中遊覧と言うのだから、ゆったりとした風景を楽しめる様な速度で飛ぶのだと思っていたら、真面に呼吸も出来ないような猛スピード。しがみ付く手を少しでも緩めれば投げ出されてしまう乗り心地の悪さ。ワイバーンに変身したレーナが覆いかぶさって風よけの盾になってくれなければ、今頃は窒息して空中に投げ出され、四肢が空中分解していただろう。

 普通に飛行していただけならまだいい。低空、逆さま、宙返り、直滑降、スクリュー、蛇行……絶対に嫌がらせだ。レーナは「ヤッホー!」と楽しそうな声を上げていたが……ドラゴン怖い。

 二度とドラゴンなんかに乗るものかと心に刻んで誓う。

「こぉのバカ兄貴、なに人の家をぶっ壊してくれてるのじゃ!」

 土煙の中から飛び出した小さな人影が、豪快に笑うドラグニールに対して蹴りを繰り出す。

「おっと、あぶねぇ」

 ドラグニールは蹴りを軽々と交わして、その首根っこを捕まえた。

 白と黒の斑模様の長い髪を振り乱したシンプルなワンピース姿の少女。斑模様の髪を何本も編んで蛇の様にしているのが特徴的だった。

「くっ、何をするのじゃ!? 離せっ、クソ兄貴!?」

「相変わらず口わりぃな、お前は」

「お前では無いわ!」

 首根っこを掴まれた少女がバタバタと暴れてドラグニールの手から逃れて距離を取る。

「つーか、何だその髪型は。触手かよ、気持ちわりーな。アハハ」

「む? な、何じゃこれはっ!? アリシア! お主、我で遊び過ぎではないかの!?」

「レティシア様、気づいていなかったんですか? てっきり、気に入ってるものだと思って沢山作って見たのに……残念です。ヘンですけどね♪」

「アリシアァー」

 聞きなれた名前と声。力いっぱいの抗議をする少女の視線を追うと、そこにはスカートの裾を叩き汚れを払う私の専属侍女アリシアの姿があった。

「ア、アリシア、どうしてこんなところに?」

 そもそもここは何処なのだろうか?

 遊覧とだけ言われ行先は教えられておらず、周囲の景色をまともに見ている余裕さえなかった。何らかの建造物に衝突する、ほんの少し前に森を抜けたという事だけが唯一理解できている情報だ。

「むしろ、どうしてエレンがここにいるのか問いたいところなんですけどね?」

 状況を全く理解できず慌てている私とは打って変わって、アリシアは非常に落ち着いた反応を返してくる。

「どうしてって言われても――」

 説明の出来ない私は、レーナとドラグニールに助けを求めて視線を泳がすが、

「今日こそは引導を渡してくれるわ!」

「お前に出来る訳ねぇだろうが、ハッハハ」

「お二人とも頑張ってください!」

 ドラグニールと触手少女は肉体言語も用いて言い争い、レーナをそれを応援していた。

 三人は状況把握と説明に困っている私に気づいてくれる様子はなく、途方に暮れていたところへ――

「キュオ」

 ぱさぱさと翼を羽ばたかせた銀色のドラゴンが私の頭の上に乗っかって来た。

 出発の時、腕に抱えていた覚えはあったが……途中からの記憶がない。振り落とされて一人で飛んできたのだろうか?

「ん? そやつは……なるほどのう。クソ兄貴、面倒な事にしてくれおってからに」


 竜の巫女。ドラゴンに見初められた特別な存在。主従の関係ではなく、対等の関係として認められた唯一無二の心を許した相手という意味だ。魂と魂を繋ぐ一種の契約で、巫女となった者は主の位置を常に把握出来たり、能力の一部や魔法を扱えるようになる。

 レーナの様な下位に位置するワイバーン種には巫女を持つ能力はなく、ドラグニールの様な竜王種という最上位クラスのドラゴンにしか巫女は持てない。巫女となる資格は主たるドラゴンが認めれば『魂を持つ者』であれば特別な制限はない。人間や生物である必要すらない。

 例外として、既に巫女となっている者、巫女を定める力を持つ者を新たに巫女とする事は出来ない。

 そして一度結ばれた契約は、どちらかの命が失われるまで破棄する事は出来ず、複数の巫女を持つ事も出来ない。

「という訳で、お前はそこのちんまい銀竜に巫女として見初められたという訳じゃ」

「…………」

「こんな事にならない為に兄上を辺境に追いやって、それの管理を任せていたはずなんじゃが?」

「…………」

「…………」

「こうならない為に兄上とその巫女以外は近寄らぬようにと言い含めていたはずじゃな? 聞いておるのか二人とも!?」

「「すみませんでした」」

 銀色のドラゴンを頭に乗せた私、怒りを露わにした玉座に座る触手――レティシア、レティシアの隣に立つアリシア、そしてその中間で土下座をさせられている始祖ドラグニールとその巫女レーナ。

 レーナがドラグニールの巫女という事には驚いたが、それ以上に驚いたのは頭の上に居るドラゴンの事だ。

「この子が竜王種の子供……」

「子供と言っても二十やそこらでは赤子も同然じゃがな」

 そして私は気づかない内にこの子に巫女として見初めらててしまったらしい。その証拠に胸の心臓の辺りに鈍い銀色の紋様が浮かび上がっていた。

「で、でもですね。初見の一瞬で見初められるなんて予想もしないじゃないですか……」

 地に額を付けていたレーナが顔上げて弁明を図るも、

「誰も言い訳など聞きとうない。それに誰が頭を上げて良いと言った?」

「ごめんなさいです」

 レーナは自ら床に頭を埋める様に突っ込んだ。

 だが、この銀色のドラゴンが行動を管理され、巫女を定めない様にしている理由がいまいちピンと来ない。

 一つ仮説を立ててみる。竜王種というのだから、いわゆる王族であり王子の様なもの。見初める行為を言葉のまま嫁として娶ると解釈した場合、今の状況は勝手に他国の姫を嫁にしたとなる。これは国際問題になるとも言える。しかし、それが問題となるのであれば、貴族や王族と出会わない様にすればよいのであって外界から隔離されているような僻地で管理する必要はない。

 それに1匹に対して巫女は1人であれば、適当な相手をあてがってしまえば――

「……あっ」

 国にとって都合のいい相手をあてがう。

 それは自分が逃げ出した政略結婚と同じではないか……自分で立てた仮説に嫌気が指して私は考えるのを止めた。

「それでレティシア。エレンが巫女になった事でどういった問題が起きるの? 竜王種である点?」

 私の顔色を知ってか、アリシアが助け舟を出す様に玉座に頬杖をつくレティシアに言葉をかける。

 レティシアが私とアリシアの顔を一瞥してから、ゆっくり口を開く。

「半分正解で半分不正解じゃな。竜王種である点が問題だというのは当たっておる。じゃが、お前たちが考えておる理由とは異なる」

 まるで心を見透かしたようにはっきりと否定する。

「今お前たちは、その小竜が他国の姫を巫女とした点が問題じゃと考えたじゃろ?」

 どきっと鼓動が一度だけ大きく高鳴った。

 アリシアも同じように驚いた表情をしていた。

「それは違う。その小竜が誰であっても巫女を設けるのが問題なのじゃ。例え我が国の位を持たないものであってもな」

「「?」」

 私は、アリシアもまた同時に首を傾げる。

「まだ分からんのか? ならばもう一つだけヒントをやろう。その小竜が竜王種という事以外に『大した力を持っていない』という事が最大の問題じゃ。大の大人が五人もいれば容易く取り押さえられるじゃろうて」

 竜王種。名前だけでも象徴となる強大なブランドネーム。

 大した力を持たない。国力……戦力としては期待は出来ない。

 巫女。その国にはもれなくドラゴンという特典が付いてくる。

 そして巫女とはドラゴンが心を許すの存在。

「もしかして……」

「エレンティアの方は気づいたか」

「この子が自分の巫女を作ってはいけない理由……それは自分で自分の巫女を守る事が出来ない、という事でしょうか?」

「うむ、正解じゃ」

 レティシアは満足したように頷いてから言葉を続けていく。

「もしもの時、そやつはお主の身どころか、自身の身すら満足に守れん。力を持たぬドラゴンが巫女を持ってはならん。まして、巫女を持っておらんそやつの存在が明るみに出るのも問題なのじゃ。

 それに竜王という名はそれだけで意味を持つ。人間の間でも政治的利用価値として十分すぎる程のカードとなるじゃろうて」

そこでレティシアが言葉を切ると、控えていたアリシアがタイミングよく差し出したティーカップを受け取り、カップの淵に口をつける。

 アリシアって私の侍女よね?

 見事なまでのコンビネーションに少し嫉妬しながらも、レティシアの言葉を待つ。

「それにそやつを秘匿していたのにはもう一つ理由がある」

「それは?」

「それは……人の言葉も話せんし人化も出来ぬという事じゃ。人の姿になれれば正体を隠す事も言い訳も出来よう。巫女を定めたとしても触れ回らん限りはバレはせんじゃろう。

 そやつには力も無ければ人化も出来ん。それでいて巫女を作ってしまった。それが問題なのじゃ、はぁ」

 レティシアは大きなため息を付いてカップの中身を飲み干すとアリシアにお代わりを要求する。

 話をまとめるなら、自営の手段を確立すれば解決する――

「問題がそれで留まるのであれば我としては、人ひとり、国ひとつくらいどうでもよいのじゃ」

「えっ」

 話が終わったと思い込んでいた私は、自分でも思っても見ない素っ頓狂な声を出して体勢を崩す。頭の上に乗っていた銀色のドラゴンが落ち、両手でキャッチする。そして両腕で抱え直してレティシアの方へ視線を戻した。

「もしこの一件による何らかの派生でお主に問題が発生したとしよう。なれば、その発端はそのチビに、ドラゴンにあると非難されかねん。果ては戦争、人かドラゴンか……種の滅亡じゃ」

「そんなっ!?」

「絶対にあり得んと言い切れるのか? 人間の歴史において、責任の押し付け、すり替えはよくある事じゃろ?」

 世論を誘導し、責任を関係のない所に押し付けるなんてのは人間の社会では日常茶飯事。

 学校の教師というのが良い例だ。クラスで何かが起これば、問題を起こした生徒の責任だけなく、問題にかかわった相手がいれば相手も、それを止められなかったクラス全体にも、状況を分散させて有耶無耶にしようとする。酷い場合は王女である私がいながら何故未然に防げなかったのかと、責任を関係のない方向へ転換してくる。保身を第一に考える、それが人間という生き物だ。

 言い返せない自分に苛立ち、俯き、腕に力がこもる。

「キュ」と腕の中のドラゴンが泣いてくれなければ潰していたかもしれない。

「少し意地悪をゆーてしもうたな」

 場の空気が変わる気配がした。

 顔を上げた私の視界にティーカップを手に微笑むレティシアの姿が映り込んでくる。

「この事態は想定しておった。そやつが力をつけるのに数百年はかかる。そんなもの隠し通せる訳もなかろうて……ちゃんと対策は考えておる。

 それに巫女になってしまったものは仕方がない。が、一つだけ言わせてくれ」

 レティシアは目を瞑り、軽く深呼吸をしてから、今までない優しい目をして、

「そやつを責めんでやってくれ。それが巫女を選ぶという意味をどれだけ理解しておるかは分からんが、我々にとって巫女は全幅の信頼を委ねる相手の事。そやつが今、警戒一つせずにお主に抱かれているのは、お主の腕の中だからなのじゃ」

 そやつの事をよろしく頼む、とレティシアは深々と頭を下げる。

 話は一区切りを迎えた。


 その後、ドラグニールは一人で破壊した外壁と謁見の間の修理を命じられていた。

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