ピッツァへLETS'GO-②
「……しかし、こんなにも使われるのですか？」
「皆さんにも食べてもらいたいですし、一枚でそこそこ乗せますからね」
どでんと調理台に乗ったチーズの塊達は圧巻だった。これを今から削らなきゃいけないんだけども、それはコックさん達がやってくれることになった。
コックさん達もピッツァに興味津々で、今日のまかないで食べられるのだとわかればすっごくうきうきしてくれている。
頼むから腱鞘炎にはならんでね？
ゴーダっぽいこの塊削るのには根気がいるもの。
昨日のフィーさんのとこで使わせてもらったナチュラルタイプはなかったからしょうがないからね。それでも、熟成チーズが使えるだけ感謝しなくっちゃ。普段僕とかが使うのでも要冷蔵のシュレッドタイプだしね。
後、個人的にはモッツアレラっぽいフレッシュチーズが使いたかったけども、クリームチーズもなさそうなこの厨房では断念せざるを得ない。
ってことはチーズケーキもないのか？
勿体ないぞ！ 今度時間あればリコッタチーズ作って挑戦してみよう。あれくらいなら作るの簡単だし、ピッツァにも乗っけれるしね。
けど、クリームチーズも諦めない！
さて、時間も限られてるからいよいよ生地作りだ。
強力粉はたくさんあったよー。今朝食べたフランスパンっぽい丸パンちゃん用に使われてた粉が別の貯蔵庫にこれまたずらりと。紙袋に入ってたのには驚いたけど、一袋２トンサイズのが並んでる姿は圧巻だったよこちらも。
「どれくらい使われますか？」
「えーっと……皆さんのも合わせるとこの一袋の半分は最低だと思いますね」
コックさん達は全員で１０名くらいだけども、せっかくだから給仕のお兄さん達にも食べてもらえれたらなと思いまして。そっちの人数も聞いたら男女合わせて１０名くらいらしい。僕達入れて約３０名くらいだけど、１人最低１ピースでいいんだってさ。
こっちでは急に決まっちゃったし、今日出すまかないの仕込みも準備されちゃってるらしいからね。それでも、エディオスさんやフィーさんがたくさん食べるから多めに用意はしておかないとな。
セヴィルさんはどれくらい食べるんだろう？ 昨日のメインはペロリと食べてたけどもさ。
袋はライガーさんが担いでくれました。見た目優男な感じですがやっぱりそこは男の方ですね。お見それしました。
「それとサルベでしたっけ。僕が探してきますから先に初めててください。カティアちゃん、どれくらい必要かな？」
「そうですね。乾燥してるのと瓶で貯蔵してるので違ってきますが……」
「どっちもあるよ？」
「じゃあ、乾燥してるのでお願いします！」
生イーストやドライが本当は望ましいけども、もしここで作ることになるなら普通の天然酵母よりも乾燥したのがいいと思うのね。作り置きを先に使うのがローテーションに作られる酵母を使いきるのにもいいし、パンの方にも比較的新しい酵母を使う方がいいからさ。
ライガーさんが取りに行っている間、僕らは手を洗って計量をやります。
「とにかく大きいボウルと仰いましたのでこちらですが……」
僕の目の前にはピッツァ生地を仕込むのに充分な大きさのボウルがあります。
フィーさんの小屋じゃ適度な大きさだったけど、こっちじゃ量が格段に違うもの。かーなり大きいのじゃないとね。
ちなみに僕は木箱の上に乗っております。大人サイズの調理台じゃ顔がせいぜいですもの。昨日はローテーブルより少し高い台だったから大丈夫だったんだけどね。とほり。
「じゃあ、僕が合図するまで粉を入れてください」
「わかりました」
マリウスさんも結構な力持ちで、ひょいっと持ち上げて封を開けてしまいます。覗いて見える強力粉の滑らかさ。これ一級品だよね？
エディオスさん達が食べるのにしか使わないって感じだけど、ここはご好意に甘えて使わせていただこう。フィーさんはその間に砂糖やお塩を計っていただいてます。
「こっちは終わったよー？」
「ありがとうございます。……あ、マリウスさんそれくらいで大丈夫ですよ」
「はい」
「サルベ持ってきましたー」
粉がちょうどいいところでライガーさんが戻ってきた。ならば、次はぬるま湯とオイルですな。
あらかじめ大きめの鍋に湯を沸かしておいてもらい、それを適度に水と混ぜて温度を調節。だいたい４０度から４４度くらいだから手を突っ込める温度でなくてはいけないんですよ。酵母に使うのはもうちょっとぬるめの方がいいかな。
それぞれを手際良く準備している間に、マリウスさんに使うオイルを持ってきてもらいます。フィーさんのとこでも使ったオリーブオイルもどきはこっちだとリンネオイルなんだって。フィーさんにこっそり教えてもらいました。
すべてがそろい投入し終えると、僕は袖をまくってボウルの中身をこね出します！
「よいしょっ、と」
最初はぐちゃぐちゃ、次第にまとまりが出てくると傍観してたマリウスさんやライガーさんがしげしげと眺めてきました。
「パン生地にぬるま湯とオイルをか……？」
「考えもしなかったですね？」
という呟きは横に流し、僕は昨日よりも多い生地を真剣にこねます。この身体じゃ、いくら補填があっても一苦労だもの。とにかくもっとまとまるまでこねていきますよ。
「……よし。あ、すみません。台に少しだけ粉を振ってもらえませんか？」
「ああ、いいよ」
まとまってきたところでライガーさんに頼むと、横の台に粉を振ってくれました。そこにまとまった生地を乗せて昨日同様に更にツヤが出てくるまでひたすらこねます。
「カティアー、僕その間にマトゥラーとかやっておこうか？」
「あ、探してくるだけで大丈夫ですよ？」
「そだね。僕ソースの方はそんなに作るの見てなかったし」
「では、私も行きますね。ライガー、お前は見させてもらいなさい」
「そうさせてもらいます」
それぞれ分担して作業に取り掛かってくれました。
ありがたいことです。その間に僕は大きな生地を一生懸命にこねますよ。
こねて伸ばして折り曲げてを繰り返し、大きな生地の表面にもちっとしたツヤが出てくる。よし、そろそろいいだろうか。
それを半月状にまとめてボウルに戻す。
「これでボウルいっぱいに膨らむまで放置です」
「ああ、そこはパンと一緒だね？」
けど、ラップがないので濡れ布巾をかけておかないといけない。なので、ライガーさんに教えてもらって手拭いを２本貸していただきそれを濡れ布巾代わりにボウルに乗せます。
今日は生地が大きいから３時間くらいかかるだろうから、その間にソースと具材を手早く仕込まないとね。
「あ」
「ん？ どうしたんだい？」
「あ、いえ。大丈夫です」
危ない危ない。うっかり口に出すとこだったよ。
と言うのも、コンソメ擬のあの美味な調味料の名前を僕は知らないのだ。さっきフィーさんが探しに行く前に呼び止めておくべきだったな。
それならば、こっちは手早く出来るマヨネーズソースを仕込むことにしましょう！
「ライガーさん、卵やお酢とかお借りしていいですか？」
「え、それって具材に使うのかい？」
「ソースの一つに使います！」
「ソース……ああ、オーラルソースみたいなのかな？」
「え……っと、そうです」
マヨネーズって言わなくてよかったよ。
オーラルソース……うん、覚えたね。
僕が手を洗っている間に、ライガーさんが材料を用意してくれることになった。
「いつも使う材料も持ってきてみたよ」
揃いましたのは、有精卵っぽい赤い卵にお酢や砂糖、リンネオイルとは違う菜種油っぽいオイルにお塩。基本的なマヨネーズを作るのに必要な材料だ。
「ありがとうございます」
「どれくらい作るのかな？ 分量教えてくれたら僕が混ぜるよ」
「お、お言葉に甘えさせていただきます……」
ミキサーや電動のホイッパーがないから、僕がかき混ぜてたら１時間以上かかるもの。頼れるとこは頼らせてもらおう。
分量を教えると、オイル以外の材料をボウルに投入してホイッパーでかき混ぜるお姿はさすがはベテラン料理人だと思ったよ。力まず余計な力を入れずにホイッパーをくるくる動かすのは様になってますね！
僕が時折オイルをちょびちょび足していくと、マヨネーズ特有のどろっとしたソースが出来ていきます。
「持ってきたよー」
最後のオイルを足したとこでフィーさんとマリウスさんが戻ってこられました。
調理台に続々と材料が並びますが、やっぱりコンソメ擬の調味料はありませんでした。あとは、乾燥オレガノと胡椒も。
「フィーさんフィーさん」
「なーに？」
ちょいちょいと手招きしてフィーさんに来てもらう。僕の前に来てくれたとこで手を引いて少し奥の方に移動する。
「すみません、欲しい材料がこっちの言葉だとわかんないので」
「ああ、読めばいいんだね？ いいよー、いっぺんに思い浮かべてね」
「はい」
昨日のように脳内にイメージして、材料を読み取ってもらいます。
「うーん。そっちのコンソメって言うのはポルトで、オレガノは乾燥のヘルネでいいね。って言うのも、あれってそれぞれ個体名で呼んだりしないからさ。胡椒はこっちでも胡椒で大丈夫だよ」
「わかりました」
聞いといてよかった。
異世界人だってバレたらエライことになりそうだし、焦っちゃダメだけど早くこっちの言葉覚えないと。ああ、後は字が問題だけどね。
とりあえず、足りないものをまたマリウスさんにお願いして僕とフィーさんはアリミン(玉ねぎ)のスライスを大量に用意していきます。
みじん切りもいいけど、スライスでも大丈夫なんだよ。今日はたくさん仕込むしこの方が効率的だと思ってさ。
しかしフィーさんの包丁捌き、なかなかのものです。僕が簡単に見本見せたら一発でたたたんと切っていきます！
「フィーさん凄いです」
「野菜料理はしょっちゅう作るからねー」
と言うことはベジタリアン？ あ、でも昨日の夕飯はお肉食べてたから小屋や本邸だとあんまりお肉食べないのかなぁ？ 不思議です。
マリウスさんとライガーさんにはマトゥラー(トマト)を潰していただいております。ヘタを取り適度にカットしたマトゥラーをボウルの中でぐちゃぐちゃに潰す作業……うん、なんかスプラッター映画を連想しそうだったから適度に流しておくよ。その間に僕はオラドネ(ニンニク)のみじん切りを用意して鍋で炒めます。
ここの厨房も竃で、火はフィーさんに点けてもらいました。
「オラドネのいい匂いだねー」
「ですね。アリミン入れてもらっていいですか？」
「いいよー」
ドバッと投入してもらい、しんなりするまで炒めるよ。昨日よりも量が多いからちょっと時間がかかるけどね。
それをきつね色にならないよう水分を飛ばしつつ炒め上げまして、そこに潰しが完了したマトゥラーをざーっと入れてもらいます。生トマトだから、少し熱くなってから調味料を入れますよ？ これポイント。
ふちにふつふつと気泡が出てきてから計量した調味料を投入しまして、ターナーで軽く混ぜてからこれを一煮立ちするまで放置。マトゥラーソースの下準備の完成でっす。
「結構シンプルですね？」
「うむ。ポルトを入れる辺り、そこまでコストはかからない。まかないでいくらか試してみるか」
料理人お２人にはまずまずの評価をもらえましたよ。さて、次は具材だね。
マヨネーズ使うから、テリヤキチキン作らねば！ あれはよく合うのだ！
「具材仕込みましょう！」
「気合い入ってるねぇ」
「ピッツァ作りは僕の生き甲斐ですもの‼︎」
いくら食べても飽きないし、お腹にたまりやすい。おやつにもいいですしね。
あ、そうだ。せっかくだしデザートピッツァも作ってみよう。
生クリームとココア使ったのがいいかなぁ？
デザートピッツァと言えば、自分はチェーンレストランで働いてた時よく見たなぁ。食べたことはないけど（笑）
