起きたら?-②
ぱちぱちと目を瞬くと、少年の姿をした神様らしきその人はまた僕の髪を撫でだした。
「うーん……間違いないね。この感じはこの世界のものじゃない! って、君一体どこのもの? にしては、小さい子供の姿も解せないけど」
「えーとー……」
嬉しい行為のはずが、いきなり冷や汗ダラダラに一変。
尋問され始めましたよ、これが神様っ!
いや、質問はさっきからあったけども。
とにかく何か言わないと!
「えーと……信じられないでしょうが、目が覚めたら樹の前に居て。ここには喉が渇いたので来たばかりです……」
「それは見てたからわかるけど……うーん……姉様達のいたずらにしては派遣する必要はないし……兄様にしても変だな?」
「え、あの……」
見てたんですか⁈
だったら手ェ貸してくださいよっ!
ここまで移動するの無茶んこ大変だったんですからね⁉︎
ぷくっと頬を膨らますと、彼はくすくすと笑い出した。
「まあ、いたずらではなさそうだね。君も結構困ってる感じだったし」
「はぁ……」
「とりあえず、初めましてだね。僕は外見だけじゃ信じられないだろうけど、この世界を統括する『神』だよ。フィルザスって言うけど、言いにくいだろうからフィーでいいよ?」
「よ、よろしくお願いしますフィーさん」
まさか先に名乗ってもらえるとは思わなかった。
名乗ってもらったからにはこちらも名乗らなくてはと口を開いたけど……何故か全然自分の名前が思い出せなかった。
「ん? どうしたの?」
「あ、あの……思い出せないです、自分の名前が」
「は?」
間抜けた声出させちゃったけど、それどころじゃない!
自分の名前を忘れる奴があるかぁって思うだろうけど、まさにそうだよ。頭振っても思い出せないーっ‼︎
「ふーん。どうやら本当みたいだね? 全然ちっとも?みたいだけど、ここに来たこともかー。どーれどれ」
と言うと、フィーさんは手を僕の額にずらし、手のひらをぴたっと這わせた。
なんだろう、と僕はジーっと彼を見るがさっきのふざけた様子から一変して、きりりとしまったお顔に。
美少年だから余計にドキドキするよ。思わずごくんと唾を飲み込んでしまった。
「£+¢¿&¡」
すみません。
何呟いてるのか、至近距離なのにてんでわかりませんです。
とにかくなんぞやと思っているうちに手は離され、フィーさんはまたうーんと首を捻った。
「記憶辿ってみたけど、嘘じゃあないね? あ、でも君が来た世界はわかったよ」
「え」
なんと新情報です!
教えて教えてフィーさんっ‼︎
僕があわあわしていると、彼はまたよしよしと頭を撫ぜてくれた。
「はいはい、落ち着こうね。えーっと、君が来たのは『蒼の世界』だよ。ここは僕の管理する『黑の世界』だからね。構成物質が違うのはすぐわかるんだ」
「あおの世界……?」
パードゥン?
地球とは違う意味なのだろうか。
宇宙用語でもないだろうし、と言うことは。
「はいっ」
「ん、どーぞ?」
「ここは地球じゃないんですか?」
「んー……星は同じだけど、平行する世界が違うってとこかな?」
「おおぅ……」
勢いよく手を上げて質問してみたが、答えは似たようなのが返って来た。
やっぱり異世界に変わりないけど、ここも地球の一部みたいだ。
しかし、この神様謎だ。
僕の言葉の内容ちゃんとわかっているところがである。
「フィーさん……」
「んー?」
彼はわかっているのかわかりにくい笑顔を浮かべていた。それではぐらかされるのもやぶさかではないが、ここはきちんと聞くべきだろう。
「なんで、『地球』って言葉がわかったんですか?」
「ああ。言っただろう? 僕には兄様や姉様がいるって。この地球を構成する世界はね、ここと似た感じで平行していくつもあるんだ。蒼の世界の兄様とは仲が良いからね。珍しい話はよく聞くんだ」
なるほど、さっきもらしてた『兄様』や『姉様』はそう言う訳か。
ん? 仲が良いってことは。
「僕がここに来た経緯は?」
「あ、ごめん。それはわかんない」
「あぅ……」
意味ないじゃん。
不思議呪文で調べてたんじゃないですか。
てか、立ってるのに疲れた。座らせてもらおう。
僕が地面に座ると、フィーさんも横に腰掛けてきた。
「?」
「あ、ううん。見てて面白いなぁって」
「はぁ……」
ツッコミ親友にもよく言われるが、どうも僕は見てて飽きない存在らしい。神様にまで言われるとは思ってなかったけど……。
「それに見た目と精神の年齢差が著しく合ってないね。どー見ても、蒼のじゃ5歳くらいなのに、君はちっともそぐわない」
「ご、5歳って……」
そんなにもちみっこいの⁉︎
これじゃあピッツァ仕込むのに一苦労じゃすまないよぉー……。
フィーさんはまたもやうーんと首を捻ってから、急にぽんっと手を叩いた。
「そうか。こちらとの物質に変換させちゃえばいいか?」
「ふぇっ⁉︎」
なんか物騒な物言いが耳に入りましたよフィーさん!
けれど、肝心のフィーさんはそうと決まったらと言う雰囲気で、意気揚々に僕を抱き上げた。
「ぴゃっ⁉︎」
「ここじゃ手間取るから僕の小屋に行こうー」
後半棒読みですが、ツッコむ間もなかった。
フィーさんは素晴らしい跳躍を活かして、巨大樹を後にされました。
♦︎
「っと、到着ー……って、ちょっと大丈夫かい?」
フィーさん加減と言うものを知りましょうか?
根っこの跳躍終わってからここまでの姫抱っこ、かなりぐわんぐわんしましたよ。
スタタタって、黄門様の弥七親分みたいに走り出しますもん。ゲロってないだけ良かったよね。
要するに、酔いました。絶叫もんに乗ったああ言う感じで。
「ありゃー? 結構ゆっくりめにしたつもりだったけど、ダメだった?」
あれでですか! フィーさんの本気って一体どんなけ。
けれど返答出来ない僕は、彼の腕の中でぐったりしてました。人生初のお姫様抱っこだったのに、実感湧く間もなかったよ。乗り物だったと思おう。タチ悪すぎだけどね。
フィーさんに抱っこされながらなんとか頭だけを上げると、目の前に木造の家があった。
これが、フィーさんの言う小屋かなぁ?
「あ、本邸は別にあるんだ。ここは休息の為に使う憩い場ってとこかなぁ?」
「このサイズでですか」
普通の平屋に見えるけど。
まあ、深くはツッコまないでおこう。
なんかそんな気がした。
フィーさんは僕を地面に降ろすと、服のシワを丁寧に治してくれた。
「さて、お客様は久しぶりだね。今日は来客の予定もあったからあそこで昼寝しててたけど、思わぬ収穫だよ」
「お客様、ですか?」
来客があるのか。
悪いことしちゃったなあ。でも、こっちは巻き込まれた側だ。どうしようもない。
って、来客あるのに昼寝ですか。いいのかなぁ?
フィーさんは扉のノブに手をかざした。
ぽわんと白い光が灯り、すぐに消えた。
今度は無詠唱だったよ。さっきのは必要だったのかなぁ?
とりあえず扉が開いたようなので、横に立ちました。
「はい、どーぞ」
「お、お邪魔しまーす……」
扉を引いた彼に促されて、先に中に入った。
作りは僕の居た世界とそこまで差はないみたい。
玄関とか普通にあったよ。
「マント置いてくるから、右の奥の部屋に入ってて? お茶は席に着いたらあるだろうから」
「ある?」
見えない召使いさんでもいるのだろうか。
質問しようにも彼は別の部屋に行ってしまったから、とりあえず言われた通りに入ることにした。
「これで小屋って、本邸はどんだけすごいのかなぁ……?」
入って3秒、項垂れる。
だって、目の前に二十畳以上もあるリビングが広がっていますよ。僕の住んでた1DKの部屋なんかすっぽり入りますよ、これ。
とは言え、突っ立ってる訳にはいかないのでどでーんと佇んでるソファに向かいますよ。
「おお……ふっかふかぁ」
ナイスな座り心地ですよ。
失礼だけど、レストランにあったソファもなかなかだったのに上回っているよ。いや、それ以上かも。
ふと、机に目を向けるとフィーさんが言っていたように、熱々の紅茶セットがありました。
不思議ハウス?
キョロキョロしててもしょーがないと思い込み、お茶いただきます。風味がちょいと強めだったけど美味しいですよ。だれが淹れてくれたのかな? お礼言いたいのに。
二口目を口に運ぼうとしたら、フィーさんが戻ってきました。
「あ、いただいてます」
「いいよー。先に言っておいたしね」
と言って、彼は僕の向かい側に座った。
ぽふんと小君良い音。やるよねぇ、僕もさっきしちゃったけど。フィーさんは家主なんだから遠慮する必要ないし。
「あ、フィーさん」
「んー?」
「このお茶って、どなたかが準備してくださったのですか?」
「あー、違うよ。ここに来たらすぐ淹れれるようにして置いただけ。身の回りの世話人とかは本邸にしかいないから」
「そうですか……」
じゃあ、フィーさんの計らいなんだ。
ありがたき幸せ。お茶美味しいですよ。
礼を言うと、彼はひらひら手を振ってなんてことないように笑顔を作る。
あれ、そう言えばなんか忘れてるような……?
「さて、物質変換だけど。どれくらいこっちに合わせられるかだよね? その年齢からいくつ引き上げられるか僕も検討つかないし」
「ぶっ」
おおぅ、忘れてたよ。
この人、僕の身体になにかしようとしてたんだっけ!
紅茶は軽くむせただけで済んだよ。
フィーさんに大丈夫かと聞かれたけど、こくこくと頷いておいた。実際は喉にえぐみが溜まったけどね。まあ、耐えられないほどでもない。
「ぶっ、物質変換って、僕帰れないんですか?」
神様なんだからそこ無理なの?
「うん。返すのは難しいね」
がびーんっ。
効果音つくなら絶対こんなんだな。
手に持った紅茶のカップ落とさなかったのには褒めてやりたいよ。意味ないと思うけど。
フィーさんはふぅって紅茶に息を吹かせてから飲み始めた。
「行きはヨイヨイ帰りはって、そっちの言葉であるでしょう? 一方に送るのは簡単なんだけど、そこからまた送るのは神である僕でも至難の技なんだよ」
「じゃあ、僕ずっとこっちで……?」
「未練があるのは当然だけど、ごめんね。多分そう思ってて」
ごーん……。
帰れない。
もう、夢見たあの職場にも通えない。
ツッコミ親友とのかけあいも出来ない。
しゅんとしてしまった僕は、少し俯いてしまう。
当たり前だ、いきなり自分の周りのすべてを失ってしまったのだ。ショックが大きいのは当然だよ……。
「ごめん。いきなり驚いたよね?」
フィーさんが僕に隣に腰掛けてきて、頭を撫でてくれた。
少年っぽい大きな手はあったかいです。
ちょっとだけ気分が落ち着いたよ。現金だ。