夜半の迷い事-①
最初はセヴィルの視点からです。
主人公の視点は途中からになります。
☆ ☆ ☆ (セヴィル視点)
風呂から上がり、いつもは魔術で乾燥する長い髪をタオルで乱雑に拭く。
切ろうか悩んでずっと伸ばし続けてきたが、いい加減切ったほうがいいだろうか。長さもだが、毛先はどうやったって傷むのだから。
その際に、アナには言わねば煩いからそこは了承を得ねばならないだろう。従兄妹とは言え、まったく世話を焼きたがる妹分だ。
(……そう言えば)
そのアナの側には、今日自分の婚約者となってしまった少女が共にいる。
思い出して、急に羞恥が込み上げてきた。
「……まさか、本当になるとは」
過去の幼い『約束』でしかなかったのに。
フィルザス神の指摘を受けねば、自分以外の誰かが彼女の対にならなければならないと、暗に脅しをかけられたが……俺は、既に受け入れていた。
彼女をエディオスの執務室で相見えた時から、あの子は俺のだとわかっていたからだ。
彼女はまだ混濁していて思い出せていないようだが、いずれは話さなくてはいけない。
かと言って、どうしたものか。
元来、女子供には手を焼いてた自分が、いきなりとは言え出来たばっかりの婚約者とどう交流をすれば良いのかわかりかねる。
今日見た限りでは、嫌われていないようだったが。
コンコン。
ノックが入り口から聞こえてきた。
夜半前とは言え、こんな時間に一体誰が?
エディオスの場合はいきなり開けるからまずあり得ない。
仕事に関しても、急ぎのは特になかったはず。
ならば急用かと急いで扉に方へ向かった。
が、
「やっほー、セヴィルっ」
「……フィルザス神」
開けてみたら居たのは自由気ままな創生神だった。
彼も風呂に入ったのか髪が若干湿っていた。服も平素は好んで漆黒を纏っているが、今は替えの生成りのローブとズボン。
一体なんの用だと問おうとしたが、彼の後ろに人の気配があることに気づいてそちらを見遣る。
そこには、従兄弟でこの城の王たるエディオスが壁にもたれていた。顔色は、いささか呆れじみたものだった。
「よう」
「……何をしに来たのだ」
「アナが面白いことをするっていうじゃない。覗きに行こうよ?」
「……何故行かねばならない」
女児の着替えなど……と口にしそうになるのを止めた。
アナの着せ替えについてはほとほと困ってはいたが、今日の対象者はカティアだ。
先にいくらかアナに注意はしたものの、こう言ったことに関しては聞いた試しがない。むしろ、引き離して彼女を休ませるのに自分達が行った方がいいだろう。フィルザス神は純粋に着せ替えを見てみたいと言う好奇心からだろうが。
「エディオスは何故来た?」
「一応は注意しても、あいつの場合日付前まで起きるだろ? 着せ替え抜きにしてもカティアとだべるだろうからな」
「……そうだな」
俺と似たような考えでいた。
まったく、統括補佐の役職が離れると箍が外れやすいのがあの従兄妹の悪いところだ。300歳以上いっているのに、まだ成人前の幼さが抜けないところがある。それは兄としても注意はした方がいいだろう。
「ねぇ、行かないのー?」
こっちの気苦労は一切気にせず、少年姿の神は早く行きたいとうずうずしている。
俺達よりも遙かに歳を重ねているのに、この神は俺達が幼い頃から一切変化してない。いや、こちらが歳を重ねたからこそこの神の無垢さが目立ってきたのか。
とにかく、いつだってフィルザス神は純粋無垢だ。時折、腹黒い一面も見えたりするが。
「ゼル、どうする?」
「……行くしかあるまい」
この神抜きにしても、カティアを救出した方がいいに決まっている。あの姿で夜分遅くまで起きていては身体が保たないだろう。
ひとまず、部屋を軽く見渡してから俺達はそこを後にした。
「カティアびっくりしてるだろうなぁ」
アナ達と別れた十字路に差し掛かったところで、フィルザス神が楽しげに言いだした。
「? 何がだ?」
「あの目だよ。あえて言わずでいたけど、もうさすがに鏡は見てるだろうしね」
「ああ、あの色はなぁ?」
たしかに、あの瞳の色は稀有だ。
一見純金のような髪色の方が目立ちそうだが、顔を合わせてしまうとあの不思議な瞳の色に心を奪われそうになってしまう。実際、俺はしばらく目視も忘れて魅入ってしまっていたからだ。
エディオスに指摘された時は恥ずかしくて思わず顔を背けてしまったが、カティアは大丈夫と首を振っていた気がする。
「たしかに、相当驚いてるだろうなぁ?」
そう言うエディオスの声はやけに楽しげだ。
大方、カティアの驚いて喚く姿を見たさに、連れてくる時も言わずでいたのだろう。こういう所は、フィルザス神とよく気があっている。
時折辟易するが、同時に少しばかり羨ましいとも思っている。俺には、そこまで気の合う仲となる輩が少ないからだ。隣国の王は唯一別格だが。
それでも、神とこのように交流を得るなど普通はあり得ない。
最も、この創生神とはエディオスと俺が幼少時代に出会ったのがきっかけで、気兼ねない付き合いを続けてられているのだが。
「さぁて、着いたねー」
そうこうしている間に、アナの部屋の前に到着していた。夜分に淑女の部屋に訪れるのもいただけないと思われるかもしれないが、あのアナの部屋だ。
従兄妹と言う気兼ねなさから、エディオスに引きずられてよくアナの部屋で晩酌をするのも少なくない。以前はエディオスらの姉もいたが、嫁いだ彼女は今はここにいない。
「んー? なんか静かだねぇ?」
フィルザス神が扉に耳を傾けていた。
こんな分厚い扉越しにただ耳を傾けるだけで音が確認出来るなど、この創生神くらいしかいないだろう。
しかし、静かだというのは不自然だ。
あのアナがはしゃがずにいられるわけがないのに。
「アナー? 僕だけど、開けてくれるー?」
ノックしながらフィルザス神が中に声をかける。
反応があるかいささか心配になったが、少しして扉が開いた。
「あら、フィルザス様……お兄様?」
アナは少しだけ開けて顔を覗かせてきた。
僅かだったので、中は見えない。カティアはいるのだろうか。
「おい、アナ。カティアいるんだろ?」
「嫌ですわエディお兄様。カティアさんのお姿を拝見されたくて?」
「それもあんが、もう寝かせろよ。あいつ結構強行軍だったんだぜ?」
「まあ、そうでしたの? ですが、お兄様。あれをご覧になられてもお止め出来て?」
「何?」
そう言ってアナは大きく扉を開けた。
俺は、その後少しだけ記憶が飛んでしまったのを後で思い返すことになった。
♦︎
あり得ない。
なんでこの見た目にこうもマッチするんだ。
僕は着せ替えられてしばらく、鏡の前で項垂れていた。
(この金髪の性もあるだろうけど、どうして『ドレス』がこんなにも似合うんだい!)
七五三さんの頃は全部お着物だったから、今風にお洒落着は着せられなかった。
成人式の時は二次会くらいはドレスにしたけども、それもあんまり華美でないごく普通のレンタルドレスだった。
何が言いたいって、こんなフリルやレースふんだんのドレスなんか着たことがねぇのですよ‼︎
ただ、瞳が摩訶不思議な虹色だから大人しめな空色のドレス。これはアナさんのお古を更にサイズを小さくしてもらったものです。
彼女が色々悩んだ結果の割には、比較的早かったように思う……まだ続くのかな?
だけども、アナさんさっきから黙ってるよね?
くるっと振り返ると、僕はカチンと固まってしまった。
だって、いつに間にか後ろの扉が開いていて、向こう側にギャラリーが出来ていたのだから。
「え、ちょっ……えぇ⁉︎」
なんで全員いるんですか⁉︎
フィーさんとエディオスさんはしげしげ見つめてくるし、セヴィルさんはぽかんと口を開けていらっしゃる。
ど、どう対応すればいいのコレェ‼︎
「おいアナ。よく良いのが見つかったなぁ?」
「一度しか着なかった物がちょうどありまして。わたくしの紅では空色はあまり似合いませんもの」
「まあ、そうだな。って、ゼル。お前何固まってんだよ!」
「っ、あ、あぁ……」
「カティア可愛ーい!」
賛辞もらえるのはいいけども、僕固まってて動けませぬ。しかも、振り返ったままと言うあまり良い体勢ではございません。
「あらあらカティアさん。皆に見つめられてしまって緊張なさいましたの?」
ええそうですよ。
なんで、こっち来て立たせてもらえませんか?
じとーっとアナさんを見つめてやると、気づいたのかこちらに来て立たせてもらえました。
「って、なんで皆さんいるんですか⁉︎」
「面白そうだったからー」
「一応はお前の救出に来たんだぜ? なあゼル?」
「あ、ああ……」
フィーさんの言うことはわかった。この神様は面白いことがあれば何が何でも面白い方向に持って行きたがる。今日の半日程度でそう言うのはなんとなしにわかったのです。
かく言うエディオスさん達は僕救出に来てくれたようだけど、セヴィルさんがなんか歯切れが悪い。
どうしたのかな?
「っかし、服一つでここまでなるとはなぁ? こう言うの着せたんなら宝石一つくらいつけてもおかしくなくね?」
「でしたら、白の洸石などいかがです? お目のお色がこのようですからシンプルなのが良いと思いますわ」
「だなぁ?」
あれ? エディオスさん僕を救出してくださるんじゃないんですか?
根本的にこの人もフィーさんとそっくりだったよ。忘れてたね!
「……っ、おい。カティアを部屋に戻す為に来たのだろう。お前まで乗じてどうする」
あ、セヴィルさん復活?
エディオスさんに軽く小突いて諌めてくださいました。
「へいへい、そうだったな。つーわけでアナ。もう終いだ」
「まだ1着目ですのに……」
「明日もあるだろ? 今後の予定も組んでねぇんだ。フィーもカティアもしばらくはうちに居ていいしな」
「ほえ?」
まだ居てもいいんですか?
そう言われてしまうと、少しだけ恐縮してしまう。
だって、することがないんだもの。
「それならさー? 明日のお昼ご飯はカティアのピッツァ食べようよ」
今思いついたようにフィーさんが手を上げた。
「お、いいなぁ。カティア頼めるか?」
「えっと……厨房をお借り出来るなら」
「今日行った方のなら、昼時はまばらだからな。許可は明日の朝に俺があそこの料理長に出すから、あいつらと作ってくれよ。新人は喜ぶぜ?」
「そ、そうでしょうか?」
あの絶品料理をお出しする宮廷料理人と僕が渡り合えるなんて思えないけども、エディオスさんがこう言うのなら気さくな人達なのかな。
「ピッツァ?」
「なんですの、それは?」
あ、そっか。
この2人にはまだ説明すらしてなかったね。
けど、その前に着替えたいので脱衣所に駆け込んで着替えに行くのであります。




