解けてたり解けてなかったり-③
もくもく湯気に視界が覆われるけど、アナさんの案内で足元はなんとか大丈夫だった。
身体は先に洗うだろうけども、シャワーって多分ないよね。あれは一応家電みたいなものだし。
「着きましてよ。ここで身体を洗いますの」
と言ってくれたので覗いてみると、シャワーはやっぱりないけどバスチェアや洗面器はあったよ。すべて木製なのが素晴らしい。今の現代社会じゃ埋もれて珍しいもの。
それとびっくりしたのが、ボディソープやシャンプー類はガラスっぽい容器に入っておりました。こ、壊さないよね僕……。
「どうかなさいましたの?」
「あ、えと……その容器がガラスっぽいんで壊さないかなぁって」
「あら、大丈夫ですわよ。これは魔術で強化してある特別製ですの。ここの高さから落としてもヒビ以前に欠けたりもしませんわ」
なんと、ここでも魔法が。
って、フィーさんが魔法でピール(巨大ヘラ)創ってくれたのも見てたし、こっちの世界じゃやっぱり科学より魔法が発達してるんだろうな。
と言うか、ものに魔力が宿ってる時点で科学顔負けだよね。
とりあえず、アナさんに倣って身体を洗うことにした。
しかし、素晴らしく泡立ちの良いシャンプーですよ。僕の髪が見えないくらいだね。洗面台の鏡が曇ってるから見えないけど、感覚からそう思ったのだ。
お湯とかはトイレにあったような蛇口から出てきております。なのに、シャワーはないのね。ちょっと残念だ。
だけど、それを覆す出来事が起こった。
ブワン。
アナさんの方から風が吹いてきたのでなんぞやと振り向くと、彼女の紅い髪がなびいていた。
え、どこから風が?
あ、これももしかして魔法?
「あら、どうなさいましたの?」
風に髪をあおられていながらも、アナさんがこちらに気づいてくれた。
なんだか、その仕草が一枚の絵か映画のワンシーンに見えますよ。美人は役得ですね。
「?」
「あ、すみません。僕の世界だと魔法って全然ないから凄いなぁって」
「まあ、そうですの⁉︎ 一体どのように生活なさっていらっしゃいますの?」
「えーっと……科学って言う技術が発達してまして、こっちの魔法みたいな力でものを動かしたりするんですよ」
具体的な説明を求められると困るけども。
「でしたら髪を流すことが出来ませんわね。お手伝いしますわ」
「あ、ありがとうございますっ」
王女様にしてもらうのは申し訳ないと思うけども、ここはご好意に甘えておこう。でないと、洗面器で何回も流さないといけないから手間がかかるもの。
僕の髪もブワンって風にあおられて、お湯とシャンプーが流れていった。さらさら流れていく感覚がなんとも言えないですね。
髪が洗い終わってからボディタオルで身体を洗い、こっちは洗面器で普通に流します。
そいでもって髪をタオルでまとめてから、いざ湯船へと向かいます。
「ほわぁ……」
湯気で見えにくいんだけど、その隙間からピンクや白に赤といった色が見えますよ。これがメインのお花かな?
「ふふ。驚かれまして?」
「あ、はい」
「でも、見ていては風邪をお召しになりますからつかりましょう?」
「そうですね」
つかってゆったり疲れを取りたかったよ。
ちゃぷんと湯に足を入れるとちょうど良い温度が感じ取れる。良い湯ですね!
そのまま真ん中くらいまでざぶざぶ進んでいき、アナさんがつかり始めた辺りで僕もつかる。
ちょっと熱かったけど、段々と体に染み渡っていく。くぁー、この感覚なんとも言えませぬ!
周りの薔薇っぽい花びら達も何とも言えん光景ですよ!
「ふふ。ちょうどよろしくて?」
「はい」
ぽかぽかしてくるからちょっと寝ちゃいそうだけど我慢我慢。
「けれど、驚きましたわ。ゼルお兄様が御名手になられるとは」
エディオスさんもだけど、アナさんも相当意外みたいに思われている。セヴィルさん、あんなけ美形だからモテそうなのになぁ?
「セヴィルさん人気ありそうですけど……」
「ふふ。見た目はですけどね。あの『冷徹宰相』として名高いお兄様ですもの。女中達や淑女の憧れの的ではありますが、ご自身がまったく興味を持たれていませんでしたのよ」
「へぇ……」
もったいないと思うけれど、現在は『僕』の婚約者さんだ。
また考えちゃったけど、僕なんかでいいのかなぁ?
成長してたらまだいいけども、いかんせん見た目8歳児だ。釣り合う以前に、範疇外な気がするよ。
「カティアさん、ど、どうなさいましたの?」
「え?」
いや、アナさんの方がどうしたのって顔ですけども。
すると彼女は僕の顔に手を伸ばしてきて、目元をそっと拭ってくれた。
あ、てことは。
「涙ですわよ」
やっぱりかぁ。
どうも、幼い身体の性で涙腺が緩くなってきてるのかなぁ? フィーさんの小屋でも泣きそうになってたし。
「……っ。だ、大丈夫です」
ごしごしと手首でこするが、アナさんの方は納得いってないご様子。少し眉間に皺を寄せていた。
「涙には訳がありますわ。わたくしではお力になれませんの?」
「え……っと」
どう言っていいものだろうか。
けど、従兄妹同士だし、この際聞いてみてもいいかなぁ? 何せ、婚約者とは言え相手のことまったく知らないのだもの!
「あ、あの……」
「はい」
「セ、セヴィルさんって、じょ、女性の好みってとやかく言われない人なんでしょうか?」
「え?」
苦手でも、好みくらいはあるだろう。
恐る恐るアナさんに伺うと、彼女は一瞬目を瞠ったように見えたが、すぐに考える仕草に変わった。
「そうですわね……美人よりは可愛らしい方にはたまに目配せすることがありましたが……おそらく、カティアさんのような方ですわね」
「はい?」
「ええ、そうですわ! ゼルお兄様があれだけ熱心にお手で触れられていましたもの。きっと可愛いらしい女性が好みなのですね‼︎」
納得してらしてるところ申し訳ないけども、僕はちんぷんかんぷんですぜ。
聞くに美人より美少女好みはわかったけど、それが僕とどう関係が?
首を傾いでいると、アナさんは口元に手を添えて笑い出した。
「ご自覚ありませんのね? それだけ愛らしいお顔立ちですのに」
「あ、愛らしい?」
「まあ、ご自身のお顔を見られていませんの?」
「そ、そう言えば、見てないですね……」
「でしたら、少しお待ちくださいな」
と言って、アナさんは空中に丸く円を描いていく。
その中にふっと息を吹きかけると、あら不思議。宙に浮かんだ鏡が出来上がりましたよ。
「ご覧くださいな」
「お、お借りします……」
促されてその鏡を引き寄せてみる。
すぐに金色が入ってきたが、それは髪色なのはすでに確認済みだ。問題は容姿の方。
恐る恐る覗いてみると、異常に白い肌が目に入ってきた。
はて、僕は普通に日本人の黄色い肌だったような?
って、手が普通に白きゃ顔だって白いよ! おバカさん過ぎて忘れてたね!
それから、顔全体が写し出された。
目に入ってきたものすべてに、鏡の中の顔が驚愕で歪む。
「な、なんですかこれ⁉︎」
あり得ないと僕は口をあんぐり開けてしまう。
「まあ、以前とは違いますの?」
「あ、いえ。顔立ちはそこまでは……じゃなくて、こんな目の色じゃなかったんです‼︎」
そう。顔立ちは小さい頃の写真とそこまでは変わってはなかった。
だけど、瞳の色がてんで変わっていたのだ。一般的な茶褐色だったはずが、虹色と言う摩訶不思議な配色になっていたのです。
「あら、瞳の色も元々違いましたのね。わたくしは初めそのお色で神霊と勘違いしてしまいましたの」
「あの、そのオルファって言うのは……?」
「神々に準ずる聖なる存在のことを言いますの。わたくしは直接は拝見したことはありませんが、とても神々しい方々と伺っておりますわ」
と言うと、聖人とか呼ばれちゃう人のことかなぁ?
って待てやおい。僕はそんな珍妙な輩ではございませぬぞ。神々しくも欠片もない。それはセヴィルさんに値するよ。
とりあえず鏡は返却ですが、返した途端にアナさん無詠唱で消してしまいました。
「ご理解いただけまして?」
「え?」
「ですから、カティアさんが愛らしいお顔立ちのことですわ」
「ふ、普通だと思いますけど……?」
虹色アイ以外はごくごく普通の顔立ちだと思うのだけども。
あ、でもツッコミ親友と出かけてた時たまに声かけられてたな。あの子も顔はいい方だったからそっちだと思ってたけどね。
「まあ、自信を持ってくださいまし! ゼルお兄様があれだけ触れてくださるなどあり得ませんもの‼︎」
「そ、そうですか?」
単に子供だから頭を撫でてくれてたと思ってたけども、どうやら違うっぽいです。
アナさんは藤色の瞳を爛々と輝かせて尚も続けた。
「ええ、あれだけ触れてくださることなど、宮仕えの小姓達にもありませんわ。調べるだけでしたら、お兄様ですと目視で出来ますもの」
「もくし……って、見るだけでですか?」
「はい。お兄様の観察眼はピカイチですわ」
ん? たしか最初に物すっごいガン見されてたのって、ひょっとしてそれかな?
「そう言えば、最初に物すごい見られてたんですけど……」
「でしたら、そうですわね。あら、わたくしと合流してからはそこまではご覧になっておりませんわね」
たしかに。
でも、触れられて悪い気はしなかったんだよなぁ。
だって、超絶美形になでなでされてたんだもの。嫌だと思わないよねぇ。
とりま、このままここで喋っていてはのぼせるだろうとアナさん共々上がることにした。
そして、僕はこの時忘れていた。
セヴィルさんやエディオスさんにあれだけ釘刺しされてたアナさんの趣味に、この後付き合わされるということを。
忘れてましたねぇ〜♪( ´▽`)
さぁて、主人公はどうなることやら。




