行儀良く
この形状のオムライスは、卵の焼き加減に全てが掛かってると言っても過言ではないくらい重要な工程なのだ。全神経を、右手に携えている菜箸に込めて集中する。
その空気が伝わったのか、ミラも黙ってフライパンを凝視している。
乾いた焼き音がキッチンに伝わる絶好のタイミングだ。
左手で取っ手を掴み、スナップを効かせてひっくり返す。注意しなければいけないのは、高い位置から返してしまうとせっかく半熟に仕上げたのに身が割れてしまい、台無しになってしまうという所だ。
「よっし、綺麗に出来たな」
焦げ目1つなく輝き、表面は卵特有のツヤと張りに包まれたその半熟オムレツを、準備していたチキンライスにそっと乗せる。絶妙なバランスを保ってるそれを包丁で中心に切り込みを入れ、持っている刃を返して背中で広げる。
「うわぁー、凄く綺麗」
真っ赤なチキンライスをトロトロと輝く半熟卵のオムレツが徐々に包んでいく。際限なく包んでいくその様に、顔を輝かせるミラの髪からは一本の癖っ毛が右に左に忙しなく動いている。見ていると何だか犬を彷彿とさせる。
それを視界に入れつつ缶に入ったデミグラスソースを取り出し、鍋で温める。本当は、デミグラスソースも作りたかったのだが時間が掛かりすぎてしまうので今回は市販の物で済ませた。
出来上がったオムライスにソースをかけると、甘酸っぱくコクのある香りが顔全体を包む。
「いい匂いだねー、これで完成?」
「ああ、タンポポオムライスの完成だ」
2人分の調理を終え、簡易折り畳みテーブルを広げた上に置く。何故だか知らないが、食卓の席に着くミラは正座をしている。
「正座してると足、痺れるぞ」
「ううん、これで良いの」
そう言うと、長い睫毛を蓄えてる瞳をそっと閉じる。
「私も・・・パパも、誰かの命を犠牲にして今を生きていけてるの。でも、もう死んじゃってる命にありがとうを言っても伝わらないから、せめてものお礼の為にきちんと食べないといけないから」
驚いた。
その衝撃は、得体の知れない大きな質量に体ごと潰されていく感覚。
「言葉を失うくらいの衝撃」って言うのはまさにこの事を指すのだろう。何より、口も潰れて閉まっているのだから。
いつの間にか口元を覆っていた右手は震えていた。理由は簡単な事だ。
ミラの放った殊勝な言葉を、俺は聞いた事が有るからだった。
それは、俺がまだ未来と付き合い始めた頃までに遡る。