オムライス
すっかり落ち着き、平静を取り戻している小さな世界に不思議な少女と肩を並べ歩いてる俺は、適応能力の塊だなと思う。
「久々だな、こうやって誰かと買い物に行くなんて」
「え? 友達とか、家族と一緒に出掛けたりはしないの」
「彼女っていう選択肢は無いんだな」
苦笑しながら言うと、何故か彼女は目を伏せてしまう。何か、触れてはいけない事を言ったのだろうか。
押し黙る彼女を気にするあまり、電柱に盛大極まりない感じで激突した。技術も医療も発達した世界なのに、怪我はどうにも防げないものだ。口の中が鉄の味で一杯になるのを感じる。
「大丈夫!?」
心配そうに駆け寄る彼女は手を差し出す。とても小さく、枝のようなに細い手と腕は今にも折れてしまいそうで手をとることを戸惑った。
そんな戸惑う俺を余所に、いきなり手をとる彼女は想像も出来ない力で引っ張る。
「うわっ・・・とと。凄い力だなミラ」
「まあ、仮にもお星さまですから」
「理由になってないよ、それ」
さっきとはニュアンスの違う苦笑を浮かべながら、よろけるていた体を立て直す。それと同時に彼女はパッと手を放した。
「ごめんなさい」
「別に、謝る事じゃないよ。ありがとう」
赤面の理由を気にも留めなかった俺は、なんとも鈍感な野郎だ。けど、それが正解なんだ。今でも、俺は妄執に囚われてるんだから。
今度は、俺が目を伏せる番だった。
「さて、気をとり直して行くか」
「えっと、あのー・・・うん」
彼女に気を使わせまいと無理な表情が祟ったのか、余計に気を使わせてしまったのを感じた。
偽善者ぶって誰彼構わずいい顔するのは疲れてしまう事が分かっているのに、どうしても気にしてしまう。曖昧に笑っていれば誰も傷付かないのに。
「ほらほら、早くしないと店、閉まっちゃうから行くぞ」
「あ、ちょっと待って」
精一杯の明るい言葉は、なんだか自分に向けて言っているかのようだった。今の俺には額面どうりに言葉を紡ぐ事しか、受とる事しか出来ない。
空を見上げると、相変わらず薄緑色に発光している。そんな壁の向こうに見えない星々が外の世界で発光し続けているならば、死んでしまった人も存在しているんじゃないかと思えてくる程に。
ただ、イフの世界で違う誰かと出会い、その人が幸せな人生を歩んでいるのだとするなら俺はその幸せに頷く事が出来るんだろうか。
「そんなもの、解らないな」
「どうしたの?」
空を見上げ考え込んでいた俺の心の声は、どうやら行き場を失い口から出てしまったようだ。
「いや・・・今晩は、オムライスにしようかな、て」
「おむらいすって何?」
「素敵な食べ物だよ」
取り繕ったでまかせは少し無理があったが、オムライスって凄いな。話題を変えた途端彼女は食いついてきた。
「凄い、凄い! どんな食べ物だろうー」
キラキラとした顔は満面の笑みを浮かべ、オムライスを全力で想像している。
そんな彼女を見ていると、在りし日の出来事を思い浮かべて笑ってしまう。
「ほら、行こうよ!」
「ああ、そうだな」
今、浮かんでいるであろう月に背を向けて俺たちは歩き出した。
まるで、考えるのを止めてしまった自分自身に背くかの様に。