クリーム色のスカート
独り暮らしの俺は、悩んでいた。
そもそも、食に関しては無頓着で大した物も食べなけりゃ、作れもしない。それに、オート調理ができるAIも只今故障中。なぜ、メンテナンス申請しなかった、俺。
反省もそこそこに冷蔵庫を開ける。中には、卵が2つにレタス、ミネラルウォーター、炭酸飲料の飲みかけ・・・と、ろくなものが入っていなかった。
冷凍庫も開けてみたが、保冷剤しか入っていない。
「仕方ない。主食もないし、買い出しに行くか」
必死の思いで自宅にたどり着いたのに、また外出する事を考えるとため息が出るが、緊張感が解かれたせいで俺も空腹だ。
身支度を整え、部屋を出るとさっきの警報が嘘のように平然としていた。
「ねぇ、何処に行くの?」
上着の裾をぐいっと引っ張られバランスを崩し、短い悲鳴と共に倒れこんだ。彼女が下敷きなる前に、どうにか体勢を立て直す。
「ったた・・・」
「あぅ・・・ごめんなさい」
「あ、あぁ、大丈夫。そっちこそ怪我は?」
おろおろする彼女。仕草なんかは、人間そのものだと思う。宇宙人のイメージとはかけ離れたものだ。
「私は、転んだくらいで怪我しませんから!大丈夫です!」
やたら強調した物言いだが、口の端をぎゅっと紡んで我慢している様に見える。
それもその筈、視線を下にやると膝の頭から血が垂れて、素材も解らない衣服に滲んでしまっている。
「我慢するな、怪我してるし。消毒するから来て」
「うぅ・・・」
二度目の帰宅は、出掛けてから僅か二分程度だった。
彼女をベッドの端に座らせ、足の様子を診るがどうやらただの擦り傷と、軽い捻挫のようだ。
久々に、救急箱と云うものを引っ張り出した。
中からは、常備薬の空ビンに包帯とガーゼ、消毒液が出てきた。久々過ぎて、この箱の存在を忘れかけていたのは内緒。
「足、ちょっと染みるけど我慢な」
「はっ、はいぃ!」
ぎゅっと、肩を掴む。華奢な腕からは想像もできない力で掴むものだから、Yシャツはくしゃくしゃになるし、爪が食い込んで少し痛い。
「ひやぁぁっっ・・・」
勢いよく消毒液が飛び出した。それと同時に彼女の体が跳ね、歯を食い縛って必死に痛みを堪えている。
消毒液で薄くなった血が、真っ白な足から垂れてくるのをガーゼで塞き止める。
「頑張ったな。痛くないか?」
ふるふると頭を横にふる彼女の瞳には、涙が滲んでいた。宇宙人でも、痛みを感じるし、涙も流すんだな。と、心の中で思いつつ、新しいガーゼで傷口に押し当てて包帯を巻く。我ながら応急処置は上手いもんだ。
「ごめんなさい・・・」
救急箱を片付けていた俺の背後に、弱々しい声がぶつかる。妙な紳士気質が出たのか、振り返ることはしなかった。
「別に気にしてないよ。それに、怪我もしなかったし」
「でも、私・・・」
救急箱を無造作にしまい、彼女の言葉に被せ気味に言う。
「お腹、空いてるんだろ?悪いが材料が無いんだ。良かったら、一緒に買い出し行かないか?」
「買い出し??」
「あぁ。宇宙には無い食べ物が沢山あるぞ!」
くぐもっていた彼女の瞳にようやく笑顔が戻っていく。良かった、やはり女性は笑顔が一番良い。
「行く!ちょっとまってて」
そう言うと彼女は、腕に着けていた時計のような物をタッチし始める。すると、一瞬にして服が切り替わる。
「それ・・・」
「えっと、これ、自分が認識した物を具現化する機械なの!」
自慢げな顔をする彼女の行動にも驚いたが、着ている服が未来の遺品そのものだったことに、もっと驚いた。
「さっき、ちょこっとだけクローゼットから覗いてたのを認識して、見えない部分は想像することで自分に認識させて作ったの。変じゃないかな?」
クリーム色のロングスカートをヒラヒラとさせながら確認している彼女は、まるで出会った頃の未来のように。
「??。やっぱり変かな?」
「えっ、い、いや、変じゃない。凄く似合ってるよ」
ぼんやり見ていた眼前に、彼女の顔が、息がかかった。取り繕うように虚空を見回す俺の手を彼女は取る。
「早く行こうよ!」
「ちょっ、足、軽い捻挫もしてるからゆっくりな?なっ?」
痛みも吹き飛んだのか、彼女は軽快な足取りで歩を進める。
(ごめんなさい)
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもないよ。ほら、早く早く!」
掠れた声もあってか、俺は彼女の言葉を聞き取れなかったが、一瞬見えた横顔は何処か悲しそうだった。