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チョコレートの頃

作者: 奈瀬理幸

 冷たい風が歌う二月。

 静寂に包まれた街は昼間の噂話をそこかしこに潜める。

 見上げれば澄み渡った空から無数の星たちが語りかけてくる。

 そんな素晴らしい夜である。


 美しい夜空の下、似つかわしくないため息をついている男がいた。

 吐き出した息は闇に白く広がり消えていく。

 長めの前髪がなびいては少し痩せた顔を夜風に晒している。


「めずらしいわね、タクミ」

 彼の隣には女性が一人。

「あなたの瞳に星が映らない夜があるなんて」

 言いながらくすくすと笑っている。

「エメ……からかうなよ」

 彼はコートの衿に首をうずめ呟いた。

「悩んでるって言ったろ……」


 一際強く風が舞った。

 まるで踊りたげにそよぐ金色の髪を彼女は耳元で押さえる。

「可笑しいわ。こないだまであんなに息巻いてたのに」

「君は……。二年前をこないだって言うのかい」

 彼はもう一度小さく息を吐いた。


「あなたには香水がいらないわよね」

 ふと、彼女から彼へのいつもの言葉。

 翳りを知らないような星たちの代わりに彼は控えめに尋ねる。

「……今も?」

「ええ」

 彼女は彼の手を取り頬をよせて頷く。

「……ねえ。だから君は僕と付き合ってるの?」

 そして彼から彼女へのいつもの返事。

「あら、うふふ」

 すると彼の恋人はいつでもこうして悪戯っ子のように微笑むのだ。


 星空を文字盤に例えるなら今宵の針は二人なのだろう。

 瞬きを散りばめた大きな時計がしばし音もなく進んだ。


「どうする気?」

 彼女に小首を傾げられて彼は言葉にされるのをきっと待っていた思いを口にする。

「日本へ帰ろうかな……って。君に一緒に来てもらえると……嬉しい」


 瞳に星の映らない夜がなんだろう。

 今の彼には彼女しか見えないし、彼女も彼だけを見ているのだから。


「いいわよ」

 流れ星ほどの時もかかっていない。

 たったそれだけの時間で二人は自分たちだけの輝きを手に入れたのだ。


 星は変わらず囁いている。

 夜はただ世界を染める。

 彼女はもう一度笑いかけた。

「でもレティシアが大騒ぎするわね。抹茶、柚子、桜の塩漬け──って」

「……ああ、そうだね」

 ようやく彼が笑顔を見せた。


 二人は手を繋いで歩いていく。

 ブーツの踵は石畳で控えめな音を立てる。

 片方の影がくるりと回った。

 もう片方も答えるように動きを止める。


 午前零時。

 恋人たちは星々の見守る中、互いに愛を誓う。




 スズカケの木から数えて四番目のショーウィンドウは、街で一番人気のチョコレート・サロン。

 雪代卓海はそこでショコラティエとして働いている。

 甘い香りに誘われた客がガラスの扉を押し開けて今日もベルを可憐に鳴らす。


 店内のショーケースにはチョコレートが綺麗に整列している。

 端から端まで丁寧に並べられたチョコレートたちから客は思い思いの一粒を選ぶ。

 好きなもの、気になるもの、流行りのもの、おすすめのもの、それからいつもの。


 人は自分がそのチョコレートを選んだつもりでいる。

 だが実はチョコレートのほうが自分たちを買う客を選んでいたりするのだ。

 そのことに気づいている客は少ない。

 人肌で溶けてしまうという繊細な菓子は案外気難しいもの。

 心を開いてくれる時を人は待たなければならないのである。


 雪代卓海はそんなチョコレートに好かれた幸運な人間だった。

 彼の手にチョコレートはよく馴染み、彼の心にチョコレートは常に寄り添った。

 そうして彼が作り出したチョコレートは美しく儚く魅惑的な一粒となってショーケースを輝かせる。


 フランスの著名なコンテストで優勝し、チョコレート界に彗星の如く現れた日本人ショコラティエ・雪代卓海。

 彼の才能を誰より高く評価した元ショコラティエ ジョルジュ・ヴァランタンに連れられ、彼の工房に入ることになった。


 雪代の作品に工房のショコラティエたちも街の人々も夢中になった。

 彼のチョコレートは人気を博し、新作もどれも好評で、あっという間に看板ショコラティエとなった。


 客はタクミ・ユキシロの生み出すチョコレートを楽しみに日々このチョコレート・サロンを訪れる。

 いつしか人々のたしなみの一つになっていた。




「なあ、タクミ。このショコラのマーブル模様なんだけど、斜めがいいかな、まっすぐがいいかな。どう思う?」

「あれ……? さっき作ったのはどっち? そこにあった試作は?」

「食べたよ」

「……なぜ」

「おいしそうだったからさ。みんなもうまいって喜んでくれたんだ」

「デュシャン……。今日は見た目を比べるって日のはずじゃなかったっけ……?」

「そうさ! だからほら、今やってるんじゃないか。なあ、どっちがいいと思う?」


 雪代の向かいの製菓台でひらすら明るく喋っている男は同僚ショコラティエのデュシャン・オリオル。

 陽気で呑気なフランス人。

 食べることが大好きで特に甘いものに目がない。

 試作品や失敗作が消え失せたと思えば大抵デュシャンが平らげている。


「ちょっと。たまには自力で解決しようって少しは思ってみたらどうかしら? 子供っぽいのは味覚だけにしてちょうだい」

「レティシア、君はそんなんだからいっつも彼氏と長続きしないんだぞ」

「デュシャンがビター班に転属されたがってるってオーナーに伝えておくわ」

「ごめんなさい」


 デュシャンが半泣きで謝っている、金髪を編み込んだ女性は同僚ショコラティエールのレティシア・フォンテーヌ。

 冗談は通じるが仕事には厳しいフランス人。

 その一方でしょっちゅうバカンスに出かけてはダメンズに引っかかる。

 大概帰ってきてから数週間で別れそのたびにデュシャンをやけ酒に付き合わせている。


 口喧嘩の絶えない二人だがそれゆえにどうせそのうちくっつくのではないだろうかと雪代は思っている。


「タクミ~。お客様がお呼びですよ~」

「あ、はい」

 二人の毎度の喧嘩を傍観していると工房のドアの小窓がパカリと開いてレジ係に呼ばれた。


 工房を出てサロンに入ると雪代の視界は見慣れた金色でいっぱいになった。

「タクミ!」

「エメ!」

 ふわりと漂ういつもの香り。

 雪代は恋人を優しく抱き締め返した。

「どうしたんだい? 今日は夕方まで仕事じゃなかった?」

「レティシアに本を届けに来たのよ。家よりここのほうが近いでしょ? それでついでにタクミの顔も見ていこうかなと思って」

「僕はついで?」

「あら、不満?」


「エメ! 本ある!?」

 雪代がエメの金髪をゆるく指に絡めたりして戯れていると、先ほどまでデュシャンと言い争っていたレティシアがサロンに飛び込んできた。


「レティシア。もちろん持ってきたわ。これよ」

「ありがとう! 助かるわ!」

「デザインの本なんて、レティシアだって持ってるんじゃないの?」

「これはもう売ってなくって。今月の企画案、私まだ提出できてないのよ。今度は一次くらい通らなきゃ。デュシャンには負けてられないわ!」

「忙しそうね」

「ええ。私自分が二人欲しいわ」

「あら。レティシアは一人いれば十分よ」

「なんですって!」

「うふふ」


 おしゃべりに花を咲かせるレティシアとエメ。

 二人は姉妹である。

 ちなみに妹のエメも男運のない姉のレティシアが同僚のデュシャンとそのうちちょうどよくまとまるのではないかと思っている。




 レティシアが張り切っている企画案。

 実は雪代も提出すべき用紙はまだ真っ白なままだった。


 ジョルジュ・ヴァランタンがオーナーを務めるこのチョコレート・サロンの工房では、月に一度所属ショコラティエたちによる新作発案会が開かれている。

 審査は二つの段階があり、一次は書類選考、二次は試作品選考だ。

 雪代は工房入りして以来、二年間の発案会全てで毎回新作に採用されてきた。

 だが今月はどうにも気が鬱いでいて手付かずのままだった。


 世間は彼をチョコレートに好かれたショコラティエと呼ぶ。

 誰もが崇め羨むその称号。

 しょっちゅうチョコレートを扱うコツを聞かれるが雪代はただあるがままにチョコレートと向き合ってきただけだ。


 耳をすませばチョコレートの願う声が聞こえる。

 手触りはチョコレートからのヒント。

 見てくれは鏡か泉。

 そして香りは導き。

 自分はその全てを五感で受け止めチョコレートが望む形になるための手助けをしているだけ。


 天才が天才たる所以は一番シンプルなところを己の道として捉えているということなのかもしれない。

 人にいくら説明したところであまりわかってもらえまい。

 天才はときに人に教えることが苦手である。


 そんな雪代だったがここ最近自分自身に疑問を抱いていた。

 果たして僕は期待に応えられているのだろうか? と。


 オーナーも同僚もお客様も僕の作品を素晴らしいと言ってくれる。

 なら僕が作るチョコレートたちはおいしくて美しいのだろう。


 だが。


 本当にこれでいいのだろうか。

 もっとみんなを満足させられる作品があるのではないだろうか。

 僕はまだそれを見つけられていないのではないか。


 僕はただチョコレートたちのあるがまま、ありたいがままに作っている。

 ……それだけでショコラティエといえるのだろうか?

 もっとチョコレートたちを羽ばたかせられる形がどこかに存在するのではないだろうか?


 雪代には己の才能の自覚がないだけにその真実も見えていない。

 またライバルと呼べる存在がいないことも彼を自身への疑惑へと誘い込んでいる。

 このまま内に迷い出口の光を探せなければ彼はチョコレートにすら好かれなくなってしまうだろう。

 そしてショコラティエではなくなるのだ。




 雪代は歩いていた。

 途中、革靴の先で数日前の雪の名残をなぞってみる。

 白から灰色へと移ってしまった雪はまるで彼の今の心の中を描き出したよう。

 少しの力で簡単に踏み崩せた。


 道端の雪を踏みながら雪代は一人灰色の空を見上げた。

 厚い雲の仮面に隠れるなんて今日の太陽はうら若き乙女のようだ。


 こんな調子では迷ってしまう。

 今まで手を伸ばさなくとも暖めてくれていた日の光なしでは。

 もし誰かの呼んでくれる声があれば道を見失わないだろう。

 あるいは自らが何者にも勝る輝きを放つことができれば。


 雪代は溶け残った雪をただ踏んで歩いた。


 やがて見覚えのない通りに来ていることに気がついた。

 道の片側にはスズカケの木。

 もう片側にはショーウィンドウ。

 濃い青色のクッションに大きな歯車と小さな歯車が二つ仲良く置かれている。

 扉には銀色の飾り文字で「時計工房」と書かれていた。


 雪代は歯車を見つめた。

 なんてことのない金属片が職人の手を経てこんなにも美しい一品になったのだろう。

 磨き上げられた歯のひとつひとつは今日のような曇り空の下でも決して艶を失わず自分の役目を忘れることなく働くのだ。

 なんと健気で愛おしいことだろう。


 雪代が歯車に見惚れていると、ぽつり、ぽつりと雫が落ちてきた。

 冷たさを秘めた雨粒が、通りを、木々を、街を、雪代を、しっとりと包んでいく。

 この季節の雨は堪える。

 雪代は思わず目の前の時計工房の扉を叩いた。


「いらっしゃいませ」

 霞がかった声に迎えられた。

 店の真ん中の机の向こうに老人が一人座っている。

「こんにちは」

 雪代は会釈をした。

「雨は多くをなだめる」

 老人は静かに立ち上がった。

「ある者は去り、ある者は残る。ある者は失い、ある者は得る。ある者は決め、ある者は待つ」

 ゆっくりと話しながら雪代のほうへやって来た。

「あなたは時間に困っているわけではない」

「ええ……はい」

 雪代は答えた。

 老人は幾度か頷いた。

「こちらへ」

 そして店の奥に消えていった。


 店の奥には工房があった。

 老人は雪代にルーペを渡し、言った。

「ここから見てみなされ」

 それから懐中時計を差し出した。


 雪代が言われた通りに覗いてみると、円く狭い時計の中できっちりはめ込まれた華奢な部品たちが細かく振動していた。

「……こんなに動いているのですか」

 雪代は目が離せなかった。

「時計の中は言わば宇宙であり海であり心でもある」

 老人は静かに言う。

「あなたにはどのように見えますかな」

「……知らない世界が……あります。こんな小さな中に」

 老人はゆっくりと頷いた。

「ほかにもご覧になりますかな」

「ええ、ぜひ」


 老人は雪代の気の済むまで様々な時計を見せてくれた。

 円い時計、四角い時計、細長い時計、薄く平たい時計、湾曲している時計、半月形の時計、球体の時計。

 全て見終え、雪代はルーペを返した。

「素敵です……。どれもあなたが?」

「幸い私も時間には困っていないものでしてな。あなたと似ている」

「僕に?」

「さよう」

 老人は雪代をじっと見た。

「あなたもその手で作り出されるものがあるはず」

「……ええ」

 雪代も老人の瞳を見つめ返した。

 霜が降りた冬の湖のような不思議な瞳だった。

 老人は言った。

「ただしこの時計たちは私が作るのではない」

「……は?」

「私はそこにあるべきものをあるべき形にするのみ。彼らは私に見出だされ、組み立てられ、生まれるのを待っている。私はその手助けをするのみ」

 雪代は黙って聞いていた。

 老人の話は今、雪代の探す何かへ答えを与えてくれている気がした。

 老人は続ける。

「だがときに……自分が信じられない。これでよいのかわからない。どこかにまだ見ぬ世界があるように思えてしまう。ゆえに……」

「……自分を……疑う……」

「まことに」

 老人は雪代の言葉に微笑んだ。

 雪代はじっと考え込んだ。

 老人は一度雪代の両手に目をやり、それからまた口を開いた。

「彼らはあなたに語りかける」

 雪代は頷いた。

「ええ」

「あなたは彼らの思いを受け取っている」

「はい」

「あなたは彼らから愛されている」

「……はい」

「あなたは彼らを愛している」

「ええ」

「あなたは彼らに恋をしていない」

「……はい?」

 老人は微笑をたたえたまま言った。

「彼らに恋をし、彼らを愛する。彼らに胸をときめかせ、彼らに胸をえぐられ、彼らに胸を騒がす。燃え上がる炎に焼かれるように、凍てつく氷に囚われるように、姿を変える月を憂えるように、物言わぬ石に焦がれるように。さすれば自ずと見えてくる。あなたが求めるべきものは恋心。私たちが恋し、愛せばこそ、彼らはより輝く。あなたの思いに答えぬほど彼らは薄情ではない」


 静かだった。

 老人も雪代も何も言わなかった。

 店の外ではあの雨も止んでいた。


 店の柱時計が、ポーン……と時を打った。

 雪代は急に現実に引き戻された。

「今、何時ですか?」

「二時になったところのようだ」

「ぼ、僕戻らなくては。──ありがとうございます。もやもやが晴れました」

「それはそれは。何よりなこと」

 雪代は扉に手をかけ、振り返った。

「あの、あなたのお名前は……?」

「私かね。私の名前は──」




「──タクミ? タクミ!」

「……え?」

「どうした、ぼーっとして。昼ごはん、ちゃんと食べたのか?」


 いつもの仕事場だ。

 甘い香りに満ちたチョコレート・サロン。

 目の前ではデュシャンが喋っている。

「……昼?」

「なんだ、食べ過ぎか?」

 雪代がおうむ返しに聞くとデュシャンは笑った。

「ほら、午後の開店だ。がんばろう」


 工房の入り口に勤務表と名簿が置かれている机がある。

 とても古い机だ。

 午後の欄に名前を記入しようとして雪代はふと引き出しに目が行った。

 年季の入った取っ手をそっと引く。

 ──コロン。

 中で何かが転がった。

 引き出しは壊れているようで半分も開かなかった。

 雪代は中に手を入れ音の正体を取り出した。


 ルーペである。


 さきほど老人の工房で借りたルーペである。

 レンズには細かな傷がつき筒はところどころ削れている。

 それでも確かにあのルーペであった。


「──ていうことがあったんだけど……」

 その日の仕事が終わってから雪代はエメにルーペを見せ老人の話をしてみた。

 彼の恋人はルーペを覗き、万華鏡みたいとはしゃいでいる。

「……どう思う?」

「おじいさんのこと? ほかに関係ありそうな物は見つからなかったの?」

「うん……ルーペだけさ」

「面白かったんだったらいいんじゃないかしら。思い出の品ってことで大切にしてあげましょうよ。それに、そういうことはあんまり深く考えちゃダメよ? 素敵なままとっておくの」


 帰り道。

 二人は手を繋いで歩く。

 真昼の雨で街に残っていた灰色の雪はみんな溶けて消えていた。

「修理に出してみようかな。直るかな……?」

「プロに頼むんだから大丈夫よ。行きましょ。あっちにカメラのショップがあるわ」

 エメに手を引かれ雪代の歩調も速まる。

 着いた店はガラス窓もショーウィンドウもよく磨かれていた。

 ここなら任せても大丈夫だろう。

 二人は店のドアを開けた。


 雪代とエメが店から出てきた時にはあたりはすっかり暗くなっていた。

「……大事(おおごと)なのかしら」

 エメが呟いた。

「大事……なのかなぁ」

 雪代も呟いた。

 彼の手にはレンズとネジを交換しニスを塗り磨いてもらって、見違えるようになったルーペの包みがある。


 カメラショップでは店員たちがルーペに群がった。

「──二百年ほど前の時計師です。名前はクラウス・ジロンド。現在のショコラ・サロンがある店舗の最初の店主でした。彼の技術はひじょうに優れていましたがそれゆえ受け継げる弟子に恵まれず、彼一代で店を畳みました。彼の作品はほとんどが革命で行方不明です。このルーペはとても貴重なものですよ。どうか大切になさってください」

 世にも有名な時計師 クラウス・ジロンド。

 そのルーペがチョコレート・サロンから発見とは面白すぎるらしかった。

 店舗の初代店主ということを考えればそこまで不思議なことでもないのだが、彼に関する物があまりにも世に残っていないため二百年の時を経て発見されたルーペはそれだけでドラマチックであるらしい。

 帰り際、二人は店員たちに拍手喝采で見送られた。


「……つまり、あなたとクラウス・ジロンドさんはお友達なの?」

 エメが尋ねる。

「いや……どうだろう。……似ているとは言っていたけど」

 雪代は答える。

「クラウスさんも……悩んだことがあったんだと思う。一人で解決できたんだから僕なんかよりずっと偉大な人だ」

「あら。彼にも良き相談相手がいたのだと思うわ」

 エメは雪代の指に自分の指を絡ませた。

「そうかもね」

 雪代は優しく握り返した。


「今月の発案会はどうするつもり?」

「……うん。大丈夫。これから提出するよ」

 エメに聞かれても雪代は微笑んで答えられた。

 ──クラウスさん。ありがとうございます。

 心の中で時計工房の老人に礼を言う。

「……日本へ帰る話はどうする予定?」

「……もう少し……ここにいたいんだけど……指輪は買いに行こう」

「うふふ」

 恋人が笑った。


 ふんわりと、チョコレートの香りがした。

「あなたには香水がいらないわよね」

 エメが言う。

 雪代の手はいつもチョコレートを触っているせいかいつでも甘い匂いがする。

「だから君は僕と付き合ってるの?」

「うふふ」

 二人のいつものやり取りである。

「レティシアに騒がれなくて済みそうね。和風ショコラの材料くらい自分で調達してもらわなくちゃ」

「ああ……そうだね」

 二人は顔を見合わせて笑う。

「……あら」

 エメが雪代の瞳を覗き込んだ。

「タクミ。瞳に星が映ってるわ」

「僕は目が黒いからね」

「素敵」

「……エメ」


 石畳に伸びる二つの影がそっと重なった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 趣味性の高い世界観に好感が持てます。全体的にすごくロマンチックですね。その雰囲気は好ましく思います。 主人公の周りのキャラもユーモラスで、場面の空気を和ませていると思います。 [気になる…
2015/05/10 18:38 退会済み
管理
[一言] とにかく文体が綺麗だと思いました。 言葉の繋ぎや単語選び。 文字のが並んでるというより、文章一つで画の様な感覚を覚えました。 天才ゆえの迷いや苦悩や少しファンタジーな雰囲気が作品全体をよ…
[一言] 自分も偶然、題名にショコラと入れていました。 残念ながらショコラティエやパティシエの話では有りませんが。 とても読みやすく勉強になる作品でした。 ひょっとしたらその道のお仕事をされてい…
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