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近所でお祭りがあった。
ヨシコは留守だったものの、夕方少し涼しくなった頃、とらとぴかはいそいそと出かけて行った。
ととは、ゲームに夢中で出遅れたらしく、二人が出かけてしまってかなり経ってから、
「いく!」
と、外へ飛び出した、らしい。
あわてて追いかけるじいちゃん。
しかし、逃げ足の速い小僧に、認知力でも体力でも及ばない高齢者、あっと言う間にまかれてしまった。
それでもじいちゃん、現地にてようやくととを見つける。
ととはと言うと、祭りまで来たのはいいが鳴り始めた花火が怖いやら、人混みに憶したやら、きょうだいが見当たらないやらで、ややテンションが下がり気味。
道端に座り込んでいたのを、じいちゃんがようやく引っ張って立たせる。
しかし、そこから今度はどこかの土手だか草の多い所に入り込んでいったらしく(この辺りが、寅蔵の説明が全然はっきりしなくてヨシコには真相はつかめなかったのだが)、結果的に、どこかの溝にすぼっ! と落ち込んでしまったらしい。
後日現場を確認しに行ったヨシコは、溝があまりに深いのに仰天。ゆうに1.5メートルの深さはあって、そこに枯れ草などが少しかかっていて、天然の落とし穴のようになっていた。
何とかその恐怖の落とし穴からほうほうのていで帰ってきた二人。
ヨシコが帰宅した時にはとともじいちゃんも、ひじやらおでこやらに擦り傷だらけで、ふて寝の真っ最中。
それでもまあ無事でよかった、とヨシコはととをお風呂に入れる。
あとからじいちゃんが言う事がにくい。
「オレがととの命を救った」
ですと。そう思っていられるうちは、認知症の進行は大丈夫かも。
◇
小学部最終学年になって、ずっと希望していた居住地校との交流会が行われることになった。
訪ねていく先は、とともよく知っている地元の小学6年生、全11名のクラス。
支援学校で、ととの担任であるイワオ先生にも付いていて頂くことになっていたし、地元6年のサチコ先生も去年は長男・とらの担任だったのでととのことも含めてこちらの状況をよく御存知だったし、しかも幸運なことに、イワオ先生とサチコ先生とは同期でよく知っている同士、ということで、ヨシコはすでに大船に乗った気持ちだった。
さて当日。
めんどくさかったので、ヨシコはととを妹と一緒に集団登校させてしまう。
いきなりナゲヤリモードでんな。それでも先回りして、ヨシコは予め学校で待つことにした。
いつものパターンだと、玄関先や廊下でうろうろしてそのうち他所の教室に入り込んだり、いらん物触ったりしかねない男なのだが、今朝はなんとヨシコとととのために相談室を開けていて下さったので、そこに入って、大人しく座って待つこと10分。
6年の担任のサチコ先生が
「あ、ととくん! おはよう」
とやって来られた。
「ととくん、きょうはよろしくね」
優しい先生の言葉に、偉そうに
「うん」
とひとつうなづくとと。苦しうない、的目線。
間もなく、ととの担任イワオ先生が、キーボードを引っ提げて登場。
みると、赤、青、黄色のシールがキー2つずつに貼ってある。楽譜も色わけされている。
「ここの子どもらが威風堂々をリコーダーで吹くそうなんで、ととくん、伴奏を学校で習ってきました」
とのこと。なんと高度なことを。
そのうちに、6年のみなさんと先生が迎えに。みな口々に
「ととちゃん、行こう!」
「ととちゃん、荷物もつよ」
「ひさしぶり~」
と、彼を囲んでいる。
相変わらず、幼稚園の時からずっと優しい奴らだった。
さて本番の朝の会と交流。
まずは自己紹介、それからおはじきのゲームを教えてもらい一緒に取り組む、それからととがイワオ先生とダンスを紹介してみんなで踊ってみる、その後合奏、という短い時間ながらもぎゅっとつまった内容。
自己紹介でととは、というと……急に照れくさくなったのか、舞い上がってしまったのか一言も発せず。ただ、自分の顔をつまんで変顔をしてみせるのみ。
仕方なく、親のヨシコが代わりに紹介を。
次のおはじきは、グループに混じって楽しげにやっている。
フォークダンスは、支援学校で習ったタタロチカというロシア民謡っぽい踊りを、まず先生が説明して、ととと一緒に披露。
途中、もろ手をあげて「ヤクシー!」と叫ぶところで子どもら大興奮。
口々に「タクシー」やら「ランランルー」やら叫び出した。ととも大喜び。そしてみんなで輪になって踊ってみる。
踊りでかなり盛り上がったところで、今度は合奏。
みんなが笛でメロディーを吹く間、イワオ先生は「俺、指揮やるんでサチコさん、ととくん頼む」といつの間にかホスト交代、なぜかサチコ先生がととに貼りつき小声で
「あか、あか、あお、」
と指示して下さった。
ととも聞き分けよく演奏、おかげで、和音的には案外問題なく合奏ができていた。
こうして、和やかに、にぎやかに30分程度の交流は終了。クラスのみんなが玄関まで見送ってくれる中、お礼をいいつつヨシコとととは支援学校へと帰る。
とと、車に乗って一言。
「あ~、た(の)しかった~!」
充実した貴重な30分であった。地元の同級生にも何か、心に残るものがあれば、願いながらヨシコは車を走らせていた。




