03
◇
近頃のととのお気に入りは居住地の中学校。
スクールバスで送る際の通り道上にあり、朝夕にいつも正門前を通りかかる。
今春からとらも通い出して、兄の制服姿を
「かい~~(かわいい)かっき~(かっこいい)」
と、称賛して止まないとと、中学校という存在も近頃になってようやく、気になりだした様子。
ととも来春から中学部なので、ヨシコもそれとなく目を向けさせるようにはしていた。
その朝も、学校前を通り過ぎる時に
「ほら、とと、中学校だよ」
と声をかけてみた。
ととはいつもいつも見ているわけではないが、たまに正門前で挨拶指導をしている先生に手を振ったり、ボランティアで掃除をしている女子生徒らをじっと目で追ったりしている。
そしてつい最近ヨシコが気づいた事実。どうも、とと、女子中学生の数人から手を振ってもらっているらしい。
その時も、4人ほどの女子が門の前に立っていたのだが、ととに
「ほら、お姉さんたちいるね」
と声をかけるかかけないかの時、なんと彼女らが
「ばいば~~い」
と、手を振ってくれたでは。
ちょっと恥ずかしそうに手を振り返したとと。
たまにふざけて投げキッスしたり、変ガオしたりして通り過ぎることもあるのだが、なんとか嫌われずに良好な関係を保っているようでヨシコはひと安心する。
そういえば、冬休みや夏休みに、中高生のボランティア養成のため、ととを時々貸し出す(?)ことがあるのだが、この学校の生徒さんにも何度かお世話になった覚えが。
もしかしたら、その時知り合った子たちかな? と後からヨシコは気づく。
そのうちの1人は、何度かその講座に参加してくれていたらしいのだが、去年の講座の後、アンケートにこう書いていた。
「……運命なのか、去年の時に続けて今年もとと君の担当でした」
活動中、かなり振り回されたらしい。
すみません、とその都度ヨシコも感謝の気持ちを伝えながらも謝ってはいたのだが。
それでもあきらめずにまた付き合おうとしてくれるその姿勢が、家族としてはとてもうれしいヨシコだった。
よい所もわるい所も色々みて、ぶつかり合ったり、なごみ合ったりしながら、お互いのことを認めてお互いのことを尊重していけると、本当に有難いなあ、と。
少しずつ、地域でつながっている、という思いがしたちょっとうれしい一こまであった。
◇
兄はついに中学生。2キロ以上の道のりを自転車で通うようになっていた。
ある朝早く起きてきた兄、しかし目がうつろ。
しばらく朝の支度をしていたと思ったら急に
「行きたくない!」
と荒れ始める。
小学校の時もたまにあったことだが、中学になってもこれかよ、とヨシコは心中で毒づきながらもきわめて忍耐強く話を聴いてみる。
原因は、体育の授業。
このクソ暑い中、学校周りを2キロ近くも走る(しかもタイムも測る)、それが負担になってきたとのこと。
元々運動が苦手な彼。クラスの中でも一番ビリっけつになる上、後からスタートする女子にも抜かれ……
すでに走り終えたクラスメイトから励まされるのも屈辱的だし、からかわれることもたまにあるらしく、新しい人間関係もだんだんと慣れが出てくるにつれ、イヤな面も見えてきたようす。
しかも持病のせいか、すぐ喉が渇いて辛い。
それじゃあ、ズル休みして体育サボれば? とヨシコがいうと、そんなズルはすぐばれるから無理!! とまた荒れるとら。
じゃあ、一生懸命やるしかないのでは? と振ると、一生懸命走っても、必ずビリだからイヤだ!!! と。
つまり自分の中で八方ふさがりになっているのだね。
そんなこともあってか、頭痛も激しいらしい。
「もうどうしていいか判らないよ!! どこかから飛び下りて足でも折りたい!!!
どうしてできないことをやらなきゃならないの?」
とまで言いだす長男。
ヨシコは少しの間腕を組んで考えていたが、
「まあ、日々の積み重ねで走る距離に慣れるしかないのでは? とりあえず、今、外走って来よう!」
と、うまく誘い出し、長男とふたり、朝っぱらからすぐ近くの広場をグルグル回ってみる。
顎を引き気味に、足はあまり引きずらず、呼吸に気をつけて、などと具体的に教えているうちにどうやら、気持ちも落ち着いたらしい。
とらは何とか気を取り直し、学校へ出かけていった。
この長男、基礎体力はあるようなのだが、とにかく自信がない。
あと、走るということに苦手意識が大きすぎて、走る前からすっかり、あきらめモードに入ってしまうらしい。
少しでも体を動かすことが好きになってくれれば良いのだが、とヨシコ願いつつさて、夕方となる。
とらはぐったりして帰ってきたものの、やや表情は明るくなったようで。
聞いてみたらやはりビリだったものの、とりあえず完走はしたらしい。
しばらくしてから、ふと言うに
「ねえ、ハリー・ポッターの学校っていいよね」
ホグワーツのこと? あそこ宿題多いんじゃないの? なんで?? とヨシコが聞くとなんと
「だってあの学校、体育の授業ないじゃん」と。
え、そうなんですか? 今度校長に聞いてみるよ。と、ヨシコはとりあえず答えておいた。




