03
◇
今日はとと、ずっと心配そうに表をうかがっている。
本人いわく、「じいちゃん」を待っているとのこと。
じいちゃん、山の畑まで車で行ったはいいのだが、珍しくお昼ご飯の時間になっても帰らない。
じいちゃんは野生の人。お昼は11時半になれば必ずと言っていい程、ちゃんと食卓に座って待っている、のだが今日は珍しく戻ってこなかった。近所のパン屋であんパンでも買って行ったのだろうか?
いや、それにしても遅い。
ととは、ずっとじいちゃんの寝室から窓の外に向かって
「じ、ちゃ~~~~ん! まんま、よ~~~!! き、て~~~~」
と声を限りに叫び続け、途中なぜか猫の名も
「ま、りーーーーー」
と叫びつつ、最後には何故かシクシクと泣きだし家族を心配させたが、夕方遅くなって、ようやくじいちゃんが帰ってきたとたん、ケロリとしていたのは何故なのか、いまだにヨシコにも謎であった。
◇
夕飯の時のこと。
何かとキゲン悪かったとと、食事の態度が悪くケイちゃんから
「姿勢! ひじ!」
と注意を受ける。
ムッとしたところへ追い打ちをかけるように
「肉ばっかり食ってないで、野菜食べろ」
と、言われたとと、いつもならば、
「とさん、しゅき!」と何かにつけて叫んでおり、たまに叱られても何故か裏声で
「ふん!」
と、意地悪ぽくそっぽ向くくらいのものだったのだが、この時ばかりはよほど腹にすえかねたのか
「とさん」
静かに、ケイちゃんに呼びかけた。
「なに」
と応えた父に対し、はっきりと
「き、ら、い」
なんと、こんなにはっきりと嫌い宣言したのは、多分初めてでは? ヨシコもつい箸を止める。
あまりの堂々としたたてつき様に、いつもなら子どもに対してもすぐマジ切れするケイちゃん、思わず苦笑いを漏らしてしまった。
こないだはこないだで、
「かさん、しゅきとさん、しゅき」
と続けてから、
「じゃあ、ばあちゃんは?」
とばあちゃんから急に聞かれ、(さて、何と答えるのか)ヨシコがちょっとワクワクしながら答えを待つと、ととは少し間をおいてから、小さな声でしかし歯切れよく
「おんな」
と答えたのも、けっこうポイント高かったかもしれない。
何かと会話の弾む(?)小僧となってきた感触だった。
◇
「おとこ」なじいちゃんとは相変わらずラブラブな毎日。
しかし、じいちゃんの体調が徐々に悪くなっていった。
10年前に大腸がんで大きな手術してから、ずっと人工肛門となっていたじいちゃん。
それでも元気に働いていたものの、少し前に肺の手術をした頃から、徐々に認知症の症状が現れていた。
車に乗ろうにもキーをすぐ置き忘れたり、車のドアが開かないと言ってバールでこじ開けようとしたり、他の人には見えない何かが見え始めたり。
先日の山からなかなか帰ってこなかったのも、畑までたどり着いたはいいがもうろうとしてしまい、結局車の中で眠ってしまったのが原因らしかった。
物忘れも激しくなり、事故にもつながりかねなかったため、ついにヨシコは車のキーをこっそり取り上げた。
運転を諦めてもらうよう、何度も言い聞かせたがそれが逆に本人にはストレスになったらしい。
その頃から、症状はさらに悪化。いつもは仲のよいととが
「じいちゃん」
と近づいても反応が薄くなり、体調が悪い時には煩そうに背中を向けることも。
じいちゃんが運転する車に同乗して、スクールバス停や山の畑に一緒に行くことは、もうなくなってしまった。
それでもととは、じいちゃんを見かけるたびに
「あっ、じいちゃん!」
と脇にぴたりと寄り添い
「じいちゃん、うれしー」
と後をつきまとうのであった。
ある意味、さりげなくじいちゃんを見守る係のとと。
見方によってはとてもほほえましいが、ヨシコにとっては(文字通り)目の離せないふたりだった。




