とと十歳・何かと試練ですねの冬 01
とと画・寝しなに聞いた夜汽車の物語
◇
送迎担当のじいちゃんがついに
「オレ今日パス。」
と、ヨシコのところに運転手役をふってきた。
運転手交代して家を出る、そしてバス停である学習センターに到着。
念のために、車から降ろさずにパスを待つことに。しかし……
出がけにさんざん確認したにもかかわらず、バス停について3分ほどしたらととが急に
「うこ」
と、車から降りようとする。
なぜかバス到着直前に、もよおしてくるらしい。ヨシコも少しは慣れているので、施設の反対側にある公園のトイレに急いで連れて行く。
どうにか手際よくすませ、またバス停に戻る。
身も心も軽くなったせいか、少し浮かれ始めたとと、建物の正面玄関の自動ドアが動くことを発見し、うれしそうに中に飛び込もうとする。
あわてて止めるが、制止を振り切って中へ入りかける。
そこへ館長さんがやってきた。
「こら! 今日も中に入ろうとしているなぁ~」
とわざと怖い声を出す館長さん。
ととは一歩下がったものの、大喜び。この館長さんが大好きらしい。
館長さん、今度はヨシコに向って
「昨日はねえ、建物一周しちゃったんですよ!」
と、まるで部外者に説明する保護者のような口ぶり。ついヨシコも
「へーそうですかタイヘンですね~」
などと相槌うった、わけがなく
「ほんと、すみませんいつも~」
と殊勝におわび。
「ちゃんと言うこと聞くんだぞ」
との館長さんの言葉に、アメリカ人みたいに肩をすくめ両手を上げてみせるとと。
その後クネクネと逃げようとするととをヨシコは羽交い絞めにしつつ、バスを待つこと数分。
ようやくバス到着。白い屋根が天からの使いのように見えて、はああとため息ひとつついたヨシコはすっかり朝から疲れていた。
これを毎朝、加齢で弱りつつあるじいちゃんに任せていた自分は、やっぱり……
なかなか素晴らしいものがあるな、とまたここでも間違った自画自賛をするヨシコ、懲りないまま去りゆくバスを眺めていた。
◇
ある朝のとと、寝起きがものすごく悪かった。起きだしてしばらくしたら、激しく咳き込んで、一度水を吐く。
その後もぐったりしたまま、充血した哀しげな眼でヨシコを見ているので
「とと、今日、がっこう? びょういん? どっち」
と、両手の人差し指を出してみせたら、迷わず病院の方を指した。
まずスクールバス停仲間のリーダーさんに電話。
次に、かかりつけのお医者さまに電話。かなり混んでいるので11時に来て、と。
次に学校に電話。念のために一日休ませます、と担任に伝える。
たまたま代休で、兄と妹が休みのため、この二人に
「とと、だいじょうぶ?」
「ととちゃん、くるしくない?」
などと聞かれ、ますます病身モードに拍車がかかる。
ようやく11時が近くなったので、ととを連れて病院へ。
かなり混んでいる。が、めずらしくおとなしく座っている。ヨシコが熱を測ったら、36.0度しかない。
しかも、咳も出ず、顔色もよい。時々、ヨシコの顔を見上げて
「かさん、しゅき」
と言っている顔色もすごくいい。
診察室から次の患者さんを呼びにくる看護師さんにも
「こんちわ~」
と元気にあいさつしてるし。
やばい。ヨシコの背中に冷や汗が伝う。かなり仮病かも……
一時間の間、じっと座っているとと。それだけがいつもと違うくらい。
しかし、これも
「オレは風邪ひいて病院に来てるんだ」
という満足感のためだけでおとなしいのかも、とまで疑いたくなるヨシコ。
ちょっとそわそわした頃、小さなレシートの切れはしを持たせてみると、すごくうれしそうに、親指と人差し指ではさんで目の前にかざしながら、時々受付をちら、とみて顎をなでたりうなずいたりしてみせている。
これは、明らかにMr.ビーンの病院のシーンの真似だった。
少し前に、総合病院の待合室でも、受付番号の紙を持ってずっと1人遊びしながら待っていたことがあったのだが、レシートでもやってくれるとは。
まあ、ヨシコとしては便利でいいのだが。
一時間ほどして、ようやく名前が呼ばれる。その頃には靴を片方脱いで、かかとの皮をむいていたととだが、あわてて靴をはき、診察室へ。
症状がなくなっちゃったんです、とヨシコはお医者に正直に伝える。
それでも、喉と鼻の奥が少し赤くなってるから風邪には違いないでしょう、とのお医者さまのことばに何故か救われた思いを抱き、薬も出して頂いた後、体面を保てた二人は病院を去っていった。
家についたら、ととはもう元気げんき。それでもヨシコはととにとりあえず薬を飲ませて、あとはバーチャル石川遼とゴルフ対戦をしていただいた。
明日は学校だからね!! と背中に強く念じるのは忘れなかった。




