05
◇
とらはとらで低空飛行な日が続く。
そんな中、小学校最終学年の彼は一泊の修学旅行で東京へ。
この兄、東京の病院に何度か行ったりしたため地元の少年の中ではまあ、東京に詳しい。
なので準備の際も、いうことがにくらしい。
「東京じゃなくて、大阪に行きたかったなあ」とか
「全然楽しみじゃないし」だって。
持病もあるし、クラスに特に仲のよい友人もいないし、よけいにテンションが低い。
大丈夫なのかしらん? と思ってふとヨシコ、彼が寝た後に出しっ放しになっていた「旅行のしおり」をみてみたら、表紙に何かイラストを描いていた。
よくみると東京タワー、もんじゃ焼きのヘラ、ミッキー鼠、などを一筆書きで書き連ねてあり、最後に文字が
「たのしみ」
と、つながっているでは。
……やっぱりね。にんまりしながらヨシコはしおりをこっそりカバンにしまっておいた。
◇
ととは相変わらず元気。そして、なぜか同居のばあちゃんには何かと手厳しい。
相手が車いすなのを良いことに、叱られると
「おしゅり、ぺんぺ~~ん」
と、ケツ突き出しながら、あえて車いすの届かない場所まで逃げたり、何か言われると
「しらん!」
と応えたり、ばあちゃんから何か貸して、とか取ってちょうだい、と頼まれると
「いしししし」
と、妖しい笑いのみで、何もしてくれなかったり。
ばあちゃんはばあちゃんで
「まったくにくったらしい小僧だ!(やや静岡弁)」
と怒りきれない。
それでも、そんな二人の関係で一番面白いのが、就寝前の歯磨き。
二人並んで洗面台の前にスタンバイ。ばあちゃんが、まず歯をみがく。それから、入れ歯を外し、入れ歯をよく磨いてからコップに移し、次に喘息用の吸入薬をひと吸いして、よくうがいして、タオルで口を拭いて終了。
その間、ととはずっとばあちゃんの車いすの脇で待機。
ばあちゃんが歯を磨いている間ずっと
「ばちゃん、は。は。あーんして。『は』してー」
何かというと、入れ歯を早く外せという指示。
歯を外すと、今度は
「すー、して」
喘息の薬を吸入せよ、と。吸入の時には横で同じように呼吸してみせるらしい。
そしてすぐ
「はい、がらがらがらぺよ」
と。うがいも、前に頭を傾けるタイミングで肩のへんをぐいっと押さえつけ、水を吐き出すと、すぐに肩に手をかけてぐっと後ろに反らせる手伝いまでするらしい。
ある晩、水を吐き出す時、排水が気になって少し長い時間下をみていたばあちゃん、ととにひっぱられ、ふと姿勢を起こすと、曇った鏡になんと
「ばちん すき」
と指で書いた文字があって、つい吹き出してしまったのだと。
結局、2人は仲よしさんなのかも、とヨシコは判定。そしてととは案外、介護向きかも? と。
◇
じいちゃんはじいちゃんで、ととのお抱え運転手としても、暮らしの良きパートナーとしても、彼とうまく過ごしてはいた。
いつもバス停までの送迎は、だいたいおじいちゃんにおまかせなヨシコ。
自分が特に忙しいから、という理由ではなく、そろそろ認知関係に怪しくなってきたじいちゃんのボケ防止、というか、生きがい供給プロジェクトの一環、というか。
おかげさまで、この仕事に関してはとても熱心かつ積極的に取り組んでくれるじいちゃん。いつもは暮らしぶりの危ういじいちゃん、月日や時間についても、送迎のある日なら案外、しっかり把握できている様子。
かわいい孫を乗せているので、車の運転もかなり気を使っているようだし。
しかし、近ごろ先週位から、バス停で困った事案が発生しているらしく、ある朝、じいちゃんが弱り果てて帰ってきた。
原因は、一匹の猫。
なぜかスクールバスが到着する頃になると、どこからともなく一匹の猫がバス停付近に姿を見せるのだと。
初めてそれを見かけた日、ととは大興奮。
「あっ、まりだ~」
そのまま、バスにケツ向けて、猛スピードで猫追いかけ敷地の外へと走りしまったらしい。
「バスにも待ってもらって……追いかけて連れ戻すのにえらい苦労した」
と、ぼやくじいちゃん。
騒ぎはその日だけにとどまらず、なんと翌日も猫、登場。
そしてまた追跡劇。
そしてまたなんと翌日も……
どうも、その猫がナミキ家の飼い猫マリーに瓜二つらしく、しかもたまたまつけている首輪もそっくりだった、しかも若くてあまり物おじしない性格らしく近くまでやって来るのが、ととにはたまらん誘惑らしい。
しかしなぜ、そんな時にそんな場所に現れるか、猫。
猫が飽きるか、ととが飽きるか、根競べの日がしばらく続いた。




