とと十歳・キュウリを愛する夏 01
とと画・てへぺろなぼく
◇
シェフ修行の第一歩として、ここ何度か軽く小手調べしていたとと、ある日の夕方、小腹がすいたのかまた台所にふらりと立ち寄った。
お湯の入った鍋をかきまぜてみたり、包丁を触ったり、手伝いしたい気は満々らしい。
しかし、たまたまタイミングが合わず、やっていただく仕事が見当たらない。
「ごめんね。今日は、なし。」
とヨシコが言うと、何を思ったか、急にまな板の上に控えたキュウリを1本取り上げた。すでに両端を切り落とし、塩で板ずりしていたものだったが。
シェフの調理マインドを刺激したのか? さては乱切りにでもするのか??
と思いきや、
おもむろにガプッと……そしてあれよあれよという間に、食べつくしてしまった。
折角サラダに入れようと待機していた、なけなしの一本だったのに。
今夜のポテトサラダにはキュウリなし。まあ、たまにはこんなディナーもよし。
ということにしたヨシコであった。
◇
夕飯どきもまだほのかに明るい夏至の日暮れ。
ととは、近ごろカゼっぽかったのがようやく治ったものの、ごちそうさまの後もややけだるげに、食卓の椅子に座っている。
ヨシコが横に座って背中を向けていたら、めずらしくぴったりとその背中に頭をよせて、ずっとおとなしくもたれかかっている。
ケイちゃんにみてもらうと、
「寝てるみたいだよ」
というので、布団に寝かせようかと思い声をかけた。が、反応はない。
しかたなく、そっと動いて離れてみると、まだ目をつぶったままじっとしている。
でもよく見ると……姿勢はそのままだし、口元が笑っているでは。タヌキ寝入りですな。
とくに体調が悪そうでもなかったので、ヨシコはそのまま放っておいて、近ごろ少し気になっていた長女・ぴかを連れ、近くの小川にかかる橋まで散歩。
彼女は近頃、小学校で友達つき合いに悩んでいるらしかった。
ヨシコが詳しく聞きたくてもそういう事は素直に話してくれない年頃なので、とりあえず黙って二人きりでそぞろ歩きしてみることに。
さすが一年でいちばん日が長いだけあるが、それでも少しずつあたりが静まり返ってきたころ。
他愛ない話をしながら、母と娘はぶらぶらと橋まで歩いていく。
やがて、暗い青灰色の空に浮かぶ茜色の雲が川面にひときわ映え、あたりの景色も夕闇にまぎれてきたので、もうそろそろおうちに帰ろうか、と手をつなぎ別のコースをたどって家路につく。
明るい家の中にしかし、なぜかととがいない。
宿題苦戦中のとらに聞くと、ヨシコらが散歩に出てからしばらくは玄関の中に座りこんでいたのだと。
改めて見てみると、いつも履く靴がない。ついて来ようとしたらしい。
ヨシコはあわてて最初のコースを川までたどる。
おりませんがな。
その先にある、ととが時々あがりこんでしまうお友達のおうちに行ってみる。そこにも来てないと。ヨシコの友人も心配して息子を連れて出てきてくれた。
家族は手分けをして、近所の3軒ばかりを聞いてあるく。
どこにもいません。
前の広場も見てもう一度川を探し、ヨシコ、ちょっと途方にくれていた時。
ふと思い立ち、庭に停めていた軽自動車の中をみてみると
後ろの席で、ととがすやすやと眠っておりました……
ここにさえいれば、どこにお出かけしても置いて行かれないとふんだのだろう。
その寝顔に、ヨシコはついしんみり。
後になって長男の言うことがにくらしい。
「あ、そういえばさっきちょっとだけ車の中の明りがついたの見たよ」
だって。そういう手掛かりは先に名探偵に伝えなさい! とヨシコは長男をどつく。
夏至の夕暮れのちょっぴり切なくかなりドッキリな出来事でありました。




