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甘木高校美術部

バレンタイン、杞の国の空の行方

作者: 藤桐 稲花

 1月末頃。

「あと半月か」

 家でいつものようにライトノベルを読んでいた少年、ショウはふとそんなことを呟いた。


 彼は甘木高校1年、部活動選びの時期に偶然足を運んだ美術部が実はイラスト同好会同然の状態になっているのを知り、楽そうだという理由で入部した。

 普通の部として成立していない集団にはどうも変な人物が集まるらしいが、それでも何とか約1年やってきて、今はもう半月もすればバレンタインデーという時期。


「クリスマスはあんなだったからルリは期待できないし、どうせ他の奴らもわざわざ作っちゃ来ないよな」

 そんな時期なものだから、最近は少々気になってきていたりするのだが、何がと言えば、誰が誰にどうのこうのとかいう、普通気にするような所ではなく、部内で手作りチョコが振る舞われるかなどという至極どうでもいいことだったりする。


 それから、それとなく聞いてみるとかそれとなく頼んでみるとか、しばらくそれとなくを並べて色々と考えた結果、

「こりゃ無理だな。 しゃーない、自分でやってみますかね」

 基本的にキッチンに立たないのにいきなりこんなことを思いつくあたり、どうやら馬鹿らしい。



 と言うわけで近所のコンビニにやってきた。

「まあ、適当に板チョコ見繕っておくか。姉さんもそれでいいだろうし」

 先程ショウが家を出ようとしたときに、彼の姉が

「買い物行くならこれで私にも何か買ってきてー。ついででいいから」

 なんて言っていた。忘れて帰ると後が怖いので、本当についででも何か買っていくのは忘れてはいけない。


「ま、こんなもんかね」

 適当に、とは言ったものの、何があるか分からないので大分多めに買い込んだ板チョコの袋を持ってコンビニから出ようとしたところ、

「あれ? ショウどうしたの?」

 正面から呼び止められた。

「ん? ああルリか」

「どうしたの?」

「それがなぁ……」


 話しかけてきた相手はショウと同じ部活の1年女子で、ルリ。端的に言って単純で天然。

『はあ、とりあえずコイツでよかったな』

 そう思いながらショウがルリにもっともらしくでっち上げた話は、姉がバレンタインに向けてチョコ作るから板チョコ買ってきてって頼まれた、というもの。


「ふーん、てかお姉さんいたんだ」

 どうやら信じたらしい、本当に単純で何よりだった。

「いた。地味にハイスペックなせいで俺は肩身が狭い」

「へー」

 平坦な声で返したルリの視線はやや生暖かい。


「……何だその顔」

「別に?」

「いいや、その顔は『あれ、家族自慢? 意外に仲良いんじゃないかな、チョコ買いに来てるし』って顔だ」

「いくらなんでも深読み過ぎ! 最初のトコくらいしか思ってないよ!」

 どうやら大体当たっていたらしい。

「おお、意外に当たるもんだな。まあもちろん後半は冗談だし」

「ぇえ? か、からかったの?!」

「無論」

「うう、ひどい」

「分かりやすすぎるお前が悪い」

「むう……」

 ルリが不服げに見上げた先にあったのは、してやったりと得意満面のショウのドヤ顔だった。


 そこでルリは反撃に出るべく話題を変える。

「そういえばさ、お姉さんってどんな人?」

「覚えてたのかよ。……大学2年で、俺が言うのもなんだがそこそこ美人。今年はどうしても手作りしてあげたい相手がいるんだそうだ。普段台所とか立たんくせに」

 確かにショウの姉が普段台所に立たないのは事実だが、ショウと違って別にできないわけではなく、まだ家族単位の量で作るのが難しいからやらないだけだ。

 それに実際のところ、今年のバレンタインは残念ながら暇らしい。


「そうなんだ。ところでショウの家族ってどんな感じなの?」

 ショウは面倒な質問だと思った。うっかり色々聞き出されかねない、というか自分で何を言うか分からない。

「……4人家族、親と姉貴と俺」

「何か淡泊な言い方」

 これはやっぱり逃げるべきか、ふとそんなことを思ったショウは

「あまり聞くな。俺は帰る」

「え? ちょっ!」

 その通りに逃げた。


 ◇ ◇ ◇


 それから1週間。2月に入るころ、ショウは部活に顔を出していなかった。

 と言うのも、思いのほかチョコ製作がはかどらないのだ。

「こんな面倒いもんだったのか」


 放課後帰ってから、ただでさえあまりまとまった時間が取れないのに、焦がしたり、歪になったり、そもそも最終的に何が作りたいかが決まっていなかったりして、ただ時間だけが過ぎる日々がしばらく続いていた。

「結局、何作ったらいいんだ?」

 色々と試行錯誤している割には、目的が全くない。端的に言えばそれは無駄な作業の連続なのだが、当の本人は全く気付いていない。


「ショウ、またやってるの?」

「あ、姉さん」

「そんなに熱心にさ、……もしかして彼女でもできた?」

「んなわけあるか。部活に持ってくんだよ、当日手作って来そうな奴がいないからさ」

「ショウって昔から変なところ真面目よね。何でだか知らないけど」

「うるさい」

 ぼそっと呟いたショウの様子に楽しげな視線を送りつつ、彼の姉は「ところで…… と言った。

「さっきから思ってたんだけど、結局何作りたいの?」

「それが決まらなくて困ってる」

 その一言に思わず盛大に転びそうになった姉がやっとのことで立ち直った後に言った。

「……馬鹿なの?」

 その声音には最大限の心配が籠っていたとかいないとか。



 その後姉が言った

「まあ、決まらないんだったら適当にカップケーキでも作っていけば?」

 という助言のもと、結局ショウが作るものはケーキに決まった、まではよかったのだが、

「やっぱ難しいな……」

 結局ここからまた試行錯誤の連続、所謂ループが始まってしまったのだった。

 そして、彼の失敗の記録の断片が以下である。


 ――1回目――

「あー焦げたよ」


 ――2回目――

「またかー。ま、初めはこんなもんか」


 ――5回目――

「ぬぅ……、またかよ。これでもう5回目だぞ」


 ――10回目――

「あーもう! どうなってんだこいつは?!」


(中略)


 ――今、何回目?――

「あれ? 朝?」

 気付けばもう翌日の日の出だった。


 全くどうしようもなく何かに嵌ってしまったショウは、その日の帰り、適当に見つけたお菓子のレシピ本を買って帰った。


「さて、今日はリベンジだ」

 疲れた顔でそう呟いて、ショウは今日も製作に取り掛かった。


 取りかかった、のだが、

「……やべ、これどういう意味だ?」

 レシピが読めない。

 説明すると、疲れ目で文字が霞んだり、折角見えても普段読まない物だから、よく回らない頭で読んでも意味が分からない。とまあそんな状況。

 おそらく1回休めばどうにでもなるのだが、やはりはっきりしない意識ではそっちに頭が回ることもない。


 結局この日も、ショウが気付いた時にはすでに朝だった。



 そしてその日、事は起こった。

 3時間目、英語の授業中。

「それじゃここ読んでくれるか。あー、じゃあ黒羽(くれは)

「はい」

 余談だが、ショウの苗字は黒羽と書いて『くれは』と読む。


「えっと、――――、」

 しばらくは指されたページの英文を淡々と読んでいたのだが、

「――っ」


 ガタタッ


 急に声が途切れたと思うと、さっきまで自分が座っていた椅子を蹴散らしてショウが倒れた。

「おい黒羽! 大丈夫か!」

「っ……、ああ、すいません、最近寝不足で」

 ショウはすぐ立ち上がったが

「本当にただの寝不足か? とりあえず保健室行ってこい」

「はあ、すいません」

 たった2日でまさか倒れるとは思っていなかったショウだが、彼の場合普段の睡眠時間がかなり長いほうなので、ある意味仕方ない。それに、眠いときに突然意識が飛ぶことは立っていてもままあることである。


 結局今日彼は早退した。残りの授業にも出ようと思えば出られたが、一度保健室に行ってしまったので気分が乗らなかった。


 帰ってからふと気付いて普段あまり使わない携帯を開くと、

「うっわぁ」

 見たことのない件数のメールが届いていた。

「ルリとユミと、部長からも来てる」

 ユミもルリやショウと同じ部活の1年生、部長はまあ読んで字のごとく、ちなみに2年生。


 ショウは来ていたメールに一通り目を通してみた。

 その内容をまとめると

 ルリ:「この間はごめん。なんか悪いこと聞いちゃったみたいで。謝るから部活出てきて、お願い!」

 ユミ:「ルリさんから大体の事情は聞きました。でも、何で急に部活出なくなっちゃったんですか? みんな心配してますよ。早く戻ってきてくださいね」

 部長:「急に休部してみんな気にしてる。どうにかなるんなら早く出てきてくれ」

 と、つまり『早く部活に戻ってこい』だ。


「さっさと仕上げて部活戻らないとな、こりゃ」

 とは言ったものの、今日のショウはとにかく眠かった。

「しゃあない。明日からやるか」

 ので、寝た。


 ◇ ◇ ◇


 そしてまた数日たち、2月13日。つまりバレンタイン前日である。

「あのレシピも隅まで読みこんだし、まあ大丈夫だろ」

 今日は体調もそこそこ、ショウは今度こそと意気込んで台所に立った。



 結果は、吉。

「よっし、何とか間に合ったな。なんか多いけど、まああいつらだし大丈夫だろ」

 女性陣の食欲に期待するのはどうかとも思うが、甘い物に関してはギリギリ許される、のかもしれない。


「さて、最近の懸案事項もやっと片付いたことだし、今日は寝よう、っと言いたいとこだけど、心配かけたみたいだし、一応メールしとくか」

 そう思って携帯を開くと、またメールがかなりたまっていた。

「今度は全部ルリからだ……」

 さすがに申し訳なく思って、毎回ほぼ同じ内容のメールの一番新しい1件に返信しようとしたのだが、

「何て言ったものか」

 この状況でどんなメールを送ればいいか、今のショウには皆目見当がつかなかった。


「ええい! 書けないなら書かなきゃいいんだ!」

 数分間悩んだ挙句の結論は、ひどく投げやりなものだった。そんなわけで、結局送ったメールの本文は

『明日、絶対に部活動出席の事』

 の一文だけ。とりあえずこれだけは言っておくべきだと思った一言だった。

「さて、寝るか」

 その日ショウは久しぶりにぐっすり寝た。おかげで次の日は素晴らしい目覚めだったとか。


 ◇ ◇ ◇


 そしてやってきた2月14日、放課後。

「はあ、いざってなると足が重いよな」

 ショウはそんなことをひとりごちながら、いつものように廊下に置いていた荷物を取りに教室から出た。すると

「あれ、鞄は?」

 置いていたはずの鞄がない。教室掃除の見回りに来ていた担任に聞けば

「昨日から言ってただろう、今日は外部から来客があるから廊下に荷物置いてたら撤去するって。多分今なら生徒指導の先生の所じゃないか?」

 とのこと。


 で、職員室に行ってみると、

「ああ、あれね。じゃあ今出してくるから、これ実験室に運んどいてよ」

 生活指導担当は物理教師、運んでくれと頼まれたものは大量のプリントの束だった。


 仕方ないのでさっさと運んで戻ってきた。疲れはしたがこのくらいは何と言うこともない。

 しかし、今度は例の教師が職員室にいない。

 その後数分待たされた末に、どこかから戻ってきた彼は

「いやー、もう戻ってたのか、すまんすまん。似たような鞄が何個か来てて、どれがお前のか分からなかったから、一回実験室行ってきたんだ。ちょっと来てくれ」

 などと言うからたまらない。やはり仕方ないのでついて行って、こういう時の回収品が集まっている部屋に来た。


「えっと、ああ、これです。ありがとうございます、先生」

 目的の鞄が見つかったのでそう一言言って帰ろうとしたショウだったが、

「あ、ついでだからもう1つ頼まれてくれないか」

「はい?」


 と、こんなことが積みあがり、解放されたときに気づけばもう放課から1時間経っていた。

「今何時って5時?! 聞いてねえよ!」

 職員室前から部室へ、意外に長いその道のりをショウは全力で走り抜けた。

 そして部室のドアを開けながら

「悪い遅れた!」

 そう叫びながら部室に入っていった。


 ◇ ◇ ◇


 1時間後、ショウ含め美術部の面々はそれぞれ帰宅の途についていた。

 ショウは1人だけ帰る方向が違うため、今は1人で歩いている。

「しっかし、いきなり飛びつかれるとは思わなかったな」

 ショウが部室に入ったとき、突然ルリが泣きながら飛びついてきたのにはさすがの彼も驚いた。思っていた以上に心配をかけていたらしく、他の部員たちからも大分責められた。改めて反省した。


 そしてその後は雑談だったり遊んだり、おおむね楽しい1時間だった。だがしかし、1つだけどうしても許せなかったことがあった。

「俺のケーキ、あんな綺麗に平らげやがって……、まだ1個も食ってなかったのに……」

 彼の持ってきたケーキは、とある原因で彼の口に入る前に平らげられてしまったのだ。

 皆曰く、「結構おいしかったからまた作ってきて」だそうだ。

「ったく、次とか誰が作るかコンチクショー」


 こうして、彼の怒りと他の部員たちの安堵を残して、バレンタインの夜は更けていった。


どうも、表編からいらした方は引き続いて、そうでない方は多分初めまして、作者こと藤桐です。


何とか間に合いましたバレンタイン2本目です。

こっちの執筆は大体1週間前から思いついたように始めたので間に合うか心配でしたが、何とか間に合って本当に良かったです。


こっちの短編は次回いつ書くか分かりませんが、細々と進めていく予定なので、今後ともよろしくお願いします。

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