宿屋とキャンプ
ブータが屋台から解放された頃には太陽は沈み、月と星達が空と大地を照らしていた。
屋台の主人から弟子入りを望まれたり、客からは何処で店を出すのか聞かれたりする。
冒険者カードを見せて本業は冒険者だという事を伝えても、冒険者なんか辞めて料理人になればいいのにと言われる始末だ。
一応屋台の主人にさっきの串焼きの焼き方を教え、秘伝のタレを1ビン渡す事で騒ぎは収まったが、ブータはこの街の住民達に凄腕の料理人として認識されてしまった事だろう。
別にどうしても冒険者をやりたい訳じゃないので、料理人として活動しても問題はないのだが、ブータには魔王を倒すというクエストがある。
アルファに長い間留まって情報収集をするならともかく、そんな気がサラサラないブータにとって、この街で料理人をやる気は少しもなかった。
取りあえずイリアにオススメされた善闇亭に辿り着いたブータは、カウンターの店主に空いている部屋が無いか聞いてみる事にした。
カウンターには占い師の様なフードを被った男が座っている。
善闇亭が宿屋だと事前に知らされていなかったらブータはここを宿屋とは思わなかっただろう。
「すいません、部屋は開いていますか?」
「空いてるよ。1泊900zだ。飯は朝だけ。」
カウンターに座った男はチラリとブータを見ると直ぐに目を逸らした。
これで客商売が成り立つのだろうか?
「取りあえず一晩泊めてほしいんですが。」
「まいど。2階の奥から2番目だ。」
ブータが900zを出すと、カウンターの男は鍵を渡してきた。
ブータはそれを受け取り言われた部屋を目指す。
カウンターの男には少し思う所もあったが、この店にはこの店のやり方があるだろうし、こんな夜分に押し掛けた自分が文句を言っても、あの男の心には何も届かないだろうと思ったので放っておく事にした。
(しかし、あれでよく店番を任されてるな。よくクビにならない物だ。)
ブータはそんな事を考えながら、眠りに着くのだった。
・・・
ブータはゲームの時に付けていたスキルの影響なのか、空腹になるのが早い。
満腹になるまで腹に食事を詰め込んでも5時間もすれば空腹を警告するようにお腹が唸り声を上げ始めるのだ。
そのせいか、ブータの朝は早い。
あまりの空腹に危険を感じた脳みそが、無理やりブータを起こすのだ。
ブータが朝起きて初めにやる事は、鞄の中に保管してある食糧を平らげる事である。
平らげたら次は洗顔だ。ブータが外にある井戸を使う為に部屋を出ると、数人の男が不安そうな顔でキョロキョロしているのが見えた。どうやらこの世界の住民達は朝が早いらしい。
「おはようございます。どうしたんですか?こんな朝早くから?」
「俺はこの宿に泊まっているんだが、さっきまで地響きみたいな音がしていたんだよ。モンスターか何かがこの店に入りこんだんじゃないかって皆不安になってな。」
「そ、そうだったんですか。」
ブータは冷や汗をかいた。多分だが、それはブータの腹の音だ。
気配を探っても魔物の気配を感じられない事からもそれが間違いないと分かる。
「いま、店主が衛兵を呼びに行っているから、モンスターがいても衛兵が何とかしてくれるだろうし、多分大丈夫だけどな。」
「そ、そうですね。」
今更あれが自分の腹の音だとは言いづらい。
適当に愛想笑いをした後、ブータはもう宿屋には泊まるまいと心に誓った。
他の客に迷惑を掛ける訳にはいかないからだ。
(今日は野宿に必要な道具を買うのと野宿ポイントを探すので時間が潰れそうだな。)
ブータは深いため息を吐いた。
・・・
「まさかあのカウンターの男が善闇亭の店主だったとはなぁ。」
ブータはテントを探しながら呟いた。
彼が衛兵を連れてきた時は思わず2度見してしまった位だ。
結局モンスターは見つからず、そのまま朝食になった訳だがこの時も店主はブータを驚かせた。朝食はシンプルにサラダとパンとシチューだ。
しかし、その味付けはブータを唸らせる程に素晴らしく、少なくともこんな小さな宿屋で出て来る料理ではなかった。
隣に座っていたおっさんに聞いてみると、彼の名前はジャンといい、元天才宮廷料理人として名を馳せていたようだ。
料理の腕前は確かなんだが口下手で人見知りの為、宮廷から逃げるように退職し、親の宿屋を継いだらしい。
ジャンは料理をするだけで良いと思っていたのに両親が揃って他界し、カウンターにも立たないといけなくなった。
その後は接客の悪さから客は店から離れて直ぐに潰れると思いきやその料理の評判から隠れた名宿として評判を上げているみたいだ。
まぁ、ジャンの事は良い。
彼は良い奴だ。美味しい肉を持って行ったら料理してくれる約束を取り付ける事もできたし。
そんな事より今はキャンプ道具を探す事に集中しなくては。
ブータはキャンプ道具を探しながらも明日にでも魔の森で肉を調達する事を考えていた。




