登録
「ではまずこちらに記入をお願いします。」
ブータは職員さんに用紙を貰う。用紙には幾つかの記入欄があり、どうやらこれは名前や年齢、出身地などを書く用紙の様だ。
異世界補正なのか、知らない文字なのに読む事も出来るし書くことも出来る。
ブータは良く分らない文字をスラスラ書いている自分に驚きと戸惑いを覚えた。
「はい、お名前はブータさんですね。出身地は良く分りませんが、まぁいいでしょう。申し遅れましたが私はイリアといいます。ここで受付をしているのでこれからも会う事は多いと思いますが、よろしくお願いしますね?」
「はい、こちらこそ。」
イリアは用紙に不備が無いかチェックをした後、一枚のカードと一冊の小冊子を机の上に乗せた。
「こちらが冒険者カード、本の方は依頼ノートになります。」
「依頼ノート?」
「そう、依頼ノートです。これは受けた依頼の成功や失敗の履歴を書くノートになります。因みに依頼を5回連続で失敗するとギルドを辞めていただく事になるのでお気を付けください。」
「そりゃあ、厳しいですね。」
ブータの呟きにイリアはクスリと笑う。
「そうでもありませんよ。5回も連続して依頼を失敗するような人は滅多にいませんし、そんなに失敗する人はギルドの仕事は向かないでしょう。ここの仕事は危険も多いですから。」
確かにそうかもしれない。モンスターと戦う事もある冒険者には小さな失敗が命取りになる事も多いだろう。失敗がそんなに続く様なやつは何処かで取り返しのつかない失敗をするものだ。
「依頼ノートは依頼を受ける際に職員が預かり、依頼完了時にお返しする形になります。」
「わかりました。」
「では次に冒険者カードの説明を―――」
・・・・
(な、長かったなぁ……)
ブータがギルドの説明から解放されたのはあれから3時間後だった。
説明をするイリアはイキイキとしていて、それはまぁ、目の保養にはなったが、ギルド建設までの歴史まで話された時には流石にブータも少しグロッキーになっていた。
こういう説明は大体の冒険者が聞かずに去ってしまうらしく、嫌そうな顔もせずに聞いてくれるブータを見て、イリアは止まらなくなってしまったらしい。
他の職員さんが来て止めてくれなかったらまだ話していたかもしれない。
「まぁ、美味い食堂とか安い防具屋とかも教えてもらえたし良しとするか。」
既に空は暗くなり始めている為、ブータは依頼を受けずにギルドを出て宿屋を探す事にした。
まずはイリアにオススメされた【善闇亭】に向かう。
ここのご飯は絶品らしい。
宿自体は小さく、隠れた場所にある為あまり知られていないが、アルファの宿屋のなかで一番のオススメ宿のようだ。
アルファには武器防具、食材から料理屋まで様々な店が集まっている区画が存在する。オススメされた善闇亭もここにあるらしい。
店が集まりすぎて迷路のようになってしまっているが、どこも活気にあふれている。
酒場では既に出来上がった酔っ払い達が騒いでいるし、その隣の武器屋では冒険者が武器と財布を交互に睨みつけていた。
(賑やかで良い場所だ。)
アルファは活気で満ちていた。少なくともこの店が集まった場所は活気であふれている。
ブータはイリアにオススメされた善闇亭に向かう前に何処かで腹ごしらえをする事にした。
幸いな事にお金はまだタンマリとあるのだ。ケチケチする事もないだろう。
ブータは屋台でまず焼き鳥を買ってみる事にした。
見た目は普通の焼き鳥だ。店主に貰ったその場でブータは焼き鳥を一口に食べる。
(こ、これは!)
次の瞬間、ブータは焼き鳥を吐きだしたい衝動に駆られる。
マズイ訳ではないが、薄味でしかも火を通し過ぎて硬くなったそれはブータをイラつかせるには充分過ぎた。
「店主、焼き過ぎではないだろうか?」
「お客さん、バカ言っちゃいけないよ?何?イチャモン付ける気かい?」
ブータの言葉に店主が怒鳴る。
どうやらこの世界の焼き鳥はこれが基準らしい。
この屋台は安く味も良いと評判の屋台だったらしく、周りの人間の目も冷たい。「あそこの焼き鳥をまずいとか何様だ。」とか「あのブタどんな味覚してるんだよ。」とか陰口が聞こえてくる。
「そんな風に言うならお客さん、手本を見せてみろよ!なぁ!?」
「ふむ、別に良いが。」
この世界の住人はこんなにも沸点が低いのだろうか?
ブータは溜息を吐きながら頷く。
「設備を貸してもらっても良いだろうか?食材は手持ちがあるから大丈夫だ。」
「いいだろう。やれるものならやってみろ!」
ブータは店主に頼んで串を何本か貰い、鞄から出したジャックベアーの肉を小さく切って串に刺した。
次にゲームの時に愛用していた調理アイテム【秘伝のタレ】を鞄から取り出して肉に満遍なく塗って行く。
後は少し焼いたらまたタレを塗って、もう一度焼くを3回ほど繰り返す。
(こんなもんだな。)
ブータは出来上がった肉串を店主に渡す。
濃厚なタレの香りが店主の鼻をくすぐる。
「食べてみるといい。」
「ふん、こんなの匂いだけ……」
店主は肉串を噛んだ瞬間に溢れる肉汁に目を見開く。
瞬間、肉は何の抵抗もなく噛み切られ、店主の口の中には瞬間タレの味が広がった。
「どうだろう?口に合わなかったかな?」
「ちくしょう…美味ぇよ。文句が出てこない。」
何時の間にか店主は泣いていた。悔しいからじゃない。美味すぎるからだ。
店主は感動して涙を流したのだ。
ゴクリ
屋台の外で唾を飲み込む音が聞こえた。
気付けば屋台の周りには冒険者や住民達が財布を握り締めて肉串を凝視している。
「それ、売ってくれないか?」
一人の男性が耐えきれずに声を上げる。
それを皮切りに屋台を囲っていた人達全員が騒ぎ始めた。
「えーっと、どうしたもんかな。」
この状況では売らないと言う選択肢はないだろう。
ブータはしかたなく肉を焼く準備を始めるのだった。




