第一話 柳葵
五霊派の十級門下生の二人の下に、柳葵という不思議な少女がつくことになった。
そして、柳葵の一日目が、今始まろうとしている――
おかしい。
おかしい・・・・・・
雪華は一人自分の部屋で考え込んでいた。
もちろんあの柳葵という少女のことについてだった。
なぜあの少女の教育係が必要なのか・・・・・
凋節亜が九級を受けさせるほどの実力の持ち主なのに、二人も十級門下生をつけるなんて―
―
絶対に何かある。
雪華はそう確信した。
―
あくる日。
いつものように五霊山に登ろうとする二人の後ろに背の低い少女がついていた。
そう、葵もまた試験まで一緒に五霊山に登るのだ。
「私、がんばりますっ!」
「五霊山はきついぞ?」
鈴雨と葵が話していた間、雪華は黙っていた。
葵はたまにこちらを気にするようにちらちらと見てきたのだが、雪華は気にせず、そのまま
でいた。しかし、葵がこちらを見るたびに、なきそうな顔をすることには雪華も困った。
「鈴雨、葵。いくぞ。」
雪華は葵に気を使い、わざと名前を呼んだ。それを聞いた葵はうれしそうに顔を輝かせ、
「はいっ!!」と元気な返事を返していた。
数十分後。
三人は山の中腰にいた。ここからが勝負、いよいよ険しくなるところだ。しかし葵はここま
で来て息ひとつ乱していない。相当な体力の持ち主だ。もちろん雪華も鈴雨も五霊山に登るな
んて朝飯前なのだが、初めて来る人間がこんなぴんぴんしているはずがない。ますますこの少
女が気になるところだ――
険しい山道を登り続け、ようやく五霊山の青い霧が見えてきた。
この青い霧は、一定の高さまで来ないと見えないものなため、まもなく頂上だと言うことが
わかった。雪華はふと後ろを見た。さすがの葵もここまで険しい道を歩き続けるのはつらかっ
たのだろう、二人のだいぶ後ろにいた。
「こ、ここ・・・・たいへ・・・ん、なんです・・・ね・・・・・」
息切れをしてとぎれとぎれの言葉を発する葵。
いつか初めて五霊山に登ったときのことを思い出させる。
「ほら、着いた。」
鈴雨がやさしく葵の手を引いた。目の前に見えるのは五霊陣。到着したのだ。
葵は自分の腕輪をはずした。きっとここまでは凋が教えたのだろう。それを陣の真ん中に置
くと、腕輪はほのかに内側から光り、それが消えたときに葵は腕輪を拾い上げた。
こうして葵とともに五霊山に登り続けること一ヶ月。
いよいよ試験の日がやってきた。
「これより、九級昇級試験を始める。」
試験官の言葉に受験者はごくっとつばを飲む。
葵は緊張しているのか、ずっと固まったままだった。
「大丈夫だよ」
鈴雨は葵に言った。
葵は少し戸惑い気味にうなずいた。
「第二回戦、柳葵」
「ほら、もう出番だよ?」
葵はばたばたと元気に走り出した。
「準備はいいか?」
闘技場の試験官が聞いた。葵は深くうなずく。その瞬間・・・・・・
地響きのような低い音が響いた。
「!?」
葵は息を呑んだ。目の前に現れたのは巨大な蛇。そう、この試験はあらかじめ用意された魔
物や妖怪をどのくらい早く倒せるかという試験なのだ。その大きさに葵は一瞬ひるんだ。しか
し観客席の雪華の腕を組み、自分の実力を監視しているような視線をみるなり蛇をにらみつけ
た。
――絶対に、雪華先輩に私を認めさせるっっ!!!
「天空につかえる龍よ集え
我が目の前に立つ者をなぎ払い
邪悪を浄化せよ」
葵が聞いたこともないような言葉を並べ始めた。
その瞬間、空から無数の光る雫とともに、美しい青い龍が降りてきた。龍は大蛇を包み込む
とそのまま天空へとのぼり、姿が見えなくなった。やがて、空からはひらひらと羽毛のような
雪が降り始めた。
葵は見事に大蛇を倒した。
闘技場は一瞬静まり、そして爆発音のような歓声が響いた。
「よくやった、葵。」
帰ってきた葵に鈴雨が笑いながら言った。雪華だけはずっと闘技場の観客席で固まってい
た。
「・・・・どうした?」
鈴雨は初めて見る雪華の表情に何かを感じた。
「あの子は・・・葵は・・・・龍家の者なのか・・・・・っ」
雪華は相当動揺していた。
「龍家?」
「そうだ・・・鳳、龍、虎、玄は四大名家とよばれていて、その中になにかつながりがあると聞いた。私の仙術の中にも・・・あの術と似たものがある・・・・・」
雪華は葵をみた。彼女は・・・・いったい何者なのか・・・・。
―
「彼女は何者なんです?」
「・・・・・・」
雪華は凋の元へ押しかけた。しかし凋は口を開く気はないらしく、ずっと黙っている。
家のことは、雪華にとってはとても重要なことだった。雪華には7歳より前の記憶がない。今、鳳家がどうなっているかもわからないし、唯一家のことを知る手がかりとして、ほかの三
家から情報を聞くことだった。
「これだけおしえよう。」
ついに凋も負けたのか、ようやく口を開いた。
「彼女は龍家の者ではない。本人は苗字を柳と言っているが実際は不明だ。」
「なぜ、違うとわかるんです・・・?」
雪華は聞き返した。
「龍家は女に秘術を伝えない。」
つまり、彼女が龍家ならば先ほどの術は使えない、ということだ。
そうであるのなら、どうして葵があの術を使える?
まだまだなぞは深かった。
しかし、6年前の鳳家の事件の鍵をにぎるのは柳葵、彼女だということをまだ誰も知らなか
った――