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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん
第三日目

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第三日目⑥

買い物を終えた頃には、


昼前になっていた。


駐車場へ出る。


春の日差しは朝より少し暖かい。


リツカは買い物袋を見つめた。


卵。


牛乳。


野菜。


肉。


そして。


一本のボールペン。


自分のボールペン。


袋の中にあるだけなのに、


何度も気になってしまう。


「大事そうだね」


奈緒が笑う。


「大事です」


即答だった。


車に乗り込む。


今日はもうシートベルトにも驚かない。


少しだけ慣れてきた。


帰り道。


窓の外には青い海が見える。


釣りをしている人。


自転車に乗る子どもたち。


小さな漁船。


穏やかな日曜日だった。


家へ着くと。


フミが縁側で洗濯物を畳んでいた。


「おかえり」


「ただいま戻りました」


ハクは庭で昼寝をしている。


帰ってきたことに気付くと、


尻尾だけ振った。


そしてまた寝た。


「寝ています」


「休日だからねぇ」


フミが笑う。


どうやら。


ハクも休日らしい。


昼食を済ませると、


奈緒は台所へ立った。


「肉じゃが作るから」


「手伝います」


リツカが即座に立ち上がる。


奈緒は少し考えた。


「じゃあ皮むきお願い」


「任せてください」


薬草の下処理には慣れている。


包丁も使える。


じゃがいも。


人参。


玉ねぎ。


リツカは丁寧に皮をむく。


奈緒は肉を切る。


台所に包丁の音が響く。


トントントン。


外ではハクが寝ている。


居間ではフミがテレビを見ている。


何気ない音。


何気ない時間。


不思議だった。


異世界では。


常に何かに追われていた。


薬の依頼。


病人。


怪我人。


暇な時間などほとんど無かった。


けれど今は。


急ぐ理由がない。


窓の外を見る。


青空。


白い雲。


洗濯物が風に揺れている。


「どうしたの?」


奈緒が聞く。


「いえ」


リツカは少し考えた。


そして。


静かに言った。


「休日というものが少し分かりました」


奈緒が手を止める。


「ほんと?」


「はい」


鍋から湯気が上る。


甘い香り。


醤油の香り。


だしの香り。


家の匂いだった。


「休むだけの日ではないのですね」


奈緒は少し笑った。


「どういうこと?」


「皆で過ごす日です」


奈緒は答えなかった。


けれど。


少しだけ嬉しそうだった。


夕方。


肉じゃがが完成する。


食卓に並ぶ。


ご飯。


味噌汁。


肉じゃが。


漬物。


フミが手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます」


リツカも真似をする。


そして。


肉じゃがを一口。


ほくり。


じゃがいもが崩れる。


甘い。


優しい。


温かい。


リツカの目が少し開いた。


「美味しいです」


奈緒が笑う。


「よかった」


窓の外では、


夕暮れの空が少しずつ赤く染まり始めていた。


第三日目も終わろうとしている。


この世界へ来てまだ三日。


それなのに。


リツカはもう、


この家の食卓に座っていた。


そして気付かないうちに、


少しずつ居場所を見つけ始めていた。

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