第三日目①
チュン。
チュン。
小鳥の声で目が覚めた。
リツカはゆっくりと目を開く。
見慣れない天井。
けれど。
昨日ほどの不安はなかった。
ここがフミの家だと知っている。
窓の外から朝日が差し込んでいた。
柔らかな光。
春の朝の匂い。
少し湿った土の香り。
どこかで味噌汁を作る匂いもする。
近所の家だろうか。
リツカは布団をたたむ。
顔を洗う。
着替える。
そして居間へ向かった。
時計を見る。
六時少し前。
異世界にいた頃と変わらない時間だった。
居間にはフミがいた。
湯気の立つ急須。
新聞。
そして。
足元にはハク。
まだ眠そうな顔で丸くなっている。
「おはようございます」
「おはよう」
フミが笑う。
「よく眠れたかい?」
「はい」
リツカは頷く。
その時。
気付いた。
奈緒がいない。
「奈緒さんは?」
フミが湯呑みにお茶を注ぐ。
「寝てるよ」
「具合が悪いのですか」
昨日と同じ質問だった。
フミが吹き出す。
「違う違う」
「元気だよ」
「ですが」
リツカは時計を見る。
六時。
十分すぎるほど朝だった。
「もう朝です」
「休みだからねぇ」
またその言葉。
休み。
不思議な文化。
フミは穏やかに笑う。
「奈緒は昔から休みの日はよく寝るんだ」
「そうなのですか」
「平日は頑張ってるからね」
リツカは少し考える。
頑張ったら。
休む。
まだ完全には理解できない。
その時。
ハクが立ち上がった。
ぶるぶるっと体を震わせる。
白い毛が揺れる。
そして。
玄関の方へ歩いていく。
「散歩です」
リツカが言う。
「正解」
フミが笑った。
「行っておいで」
ハクは振り返る。
まるで。
早く。
と言っているみたいだった。
リツカは少し笑う。
「行ってきます」
春の朝。
まだ冷たい空気。
青い空。
玄関を開ける。
潮の香りがした。
ハクが先に飛び出す。
リツカも後を追う。
休みの日。
何をする日なのか。
まだ分からない。
けれど。
今日は急ぐ必要がないらしい。
薬も作らない。
患者も来ない。
ただ。
散歩をする。
そんな朝があってもいいのだろうか。
ハクは嬉しそうに走っている。
遠くでは。
海が朝日に光っていた。
そして。
神社の石段の上では。
一匹の黒猫が、
いつものようにこちらを見下ろしていた。




