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魔法をなくした薬師  作者: 灯野 しおん
第二日目

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17/30

第二日目⑩

昼を過ぎると、薬局は少し落ち着きを取り戻した。


午前中は途切れることなく人が来ていたが、今は待合室にも数人しかいない。


「少し休憩」


奈緒が椅子に腰を下ろす。


「お疲れ様です」


リツカは頭を下げた。


「リツカは疲れてないでしょ」


「見学も疲れます」


真顔で言う。


奈緒は少し笑った。


その時。


事務机の上に置かれた紙が目に入る。


リツカはそっと近付いた。


見慣れない文字。


読めない。


一文字も。


少しだけ胸が重くなる。


町の人の言葉は何とか分かる。


けれど。


文字だけはまだ遠い。


奈緒がその様子に気付く。


「勉強する?」


リツカが顔を上げる。


「よろしいのですか」


「少しくらいなら」


引き出しを開ける。


ノート。


そして一本のペン。


「はい」


リツカは受け取った。


細い棒。


羽根もない。


インク壺もない。


「これは?」


「ボールペン」


初めて聞く言葉。


リツカは慎重に持ち上げた。


軽い。


驚くほど軽い。


「これで書くのですか」


「うん」


奈緒が紙を引き寄せる。


さらさら。


名前を書く。


奈緒


そう書かれていた。


もちろんリツカには読めない。


しかし。


文字が生まれる様子は分かった。


「インクはどこに」


「中」


「中」


奈緒はペンを振る。


「入ってる」


リツカは目を丸くした。


「小さいのに」


「小さいから」


よく分からない。


この世界は本当に不思議だ。


「書いてみて」


リツカは恐る恐る紙へペン先を置く。


線。


黒い線。


紙の上に残った。


手が止まる。


もう一度。


線。


また出る。


「……」


もう一度。


出る。


「……出ます」


奈緒が吹き出した。


「出るよ」


「何度も」


「何度も出る」


リツカは感心したようにペンを見つめた。


異世界なら。


インクを用意する。


羽根を削る。


汚れないよう気を付ける。


乾かす。


それが当たり前だった。


なのに。


この世界では。


持つだけで書ける。


「素晴らしいです」


奈緒は肩を震わせて笑った。


その時。


机の端にあった鉛筆を手に取る。


「こっちも使う?」


「これは知っています」


リツカが答える。


細い木の棒。


見たことがある形だ。


奈緒は鉛筆を見て言った。


「じゃあ削ろうか」


机の隅に置かれた機械へ手を伸ばす。


リツカはまだ知らない。


数秒後。


この小さな機械に本気で驚くことになるのだった。

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