第二日目⑩
昼を過ぎると、薬局は少し落ち着きを取り戻した。
午前中は途切れることなく人が来ていたが、今は待合室にも数人しかいない。
「少し休憩」
奈緒が椅子に腰を下ろす。
「お疲れ様です」
リツカは頭を下げた。
「リツカは疲れてないでしょ」
「見学も疲れます」
真顔で言う。
奈緒は少し笑った。
その時。
事務机の上に置かれた紙が目に入る。
リツカはそっと近付いた。
見慣れない文字。
読めない。
一文字も。
少しだけ胸が重くなる。
町の人の言葉は何とか分かる。
けれど。
文字だけはまだ遠い。
奈緒がその様子に気付く。
「勉強する?」
リツカが顔を上げる。
「よろしいのですか」
「少しくらいなら」
引き出しを開ける。
ノート。
そして一本のペン。
「はい」
リツカは受け取った。
細い棒。
羽根もない。
インク壺もない。
「これは?」
「ボールペン」
初めて聞く言葉。
リツカは慎重に持ち上げた。
軽い。
驚くほど軽い。
「これで書くのですか」
「うん」
奈緒が紙を引き寄せる。
さらさら。
名前を書く。
奈緒
そう書かれていた。
もちろんリツカには読めない。
しかし。
文字が生まれる様子は分かった。
「インクはどこに」
「中」
「中」
奈緒はペンを振る。
「入ってる」
リツカは目を丸くした。
「小さいのに」
「小さいから」
よく分からない。
この世界は本当に不思議だ。
「書いてみて」
リツカは恐る恐る紙へペン先を置く。
線。
黒い線。
紙の上に残った。
手が止まる。
もう一度。
線。
また出る。
「……」
もう一度。
出る。
「……出ます」
奈緒が吹き出した。
「出るよ」
「何度も」
「何度も出る」
リツカは感心したようにペンを見つめた。
異世界なら。
インクを用意する。
羽根を削る。
汚れないよう気を付ける。
乾かす。
それが当たり前だった。
なのに。
この世界では。
持つだけで書ける。
「素晴らしいです」
奈緒は肩を震わせて笑った。
その時。
机の端にあった鉛筆を手に取る。
「こっちも使う?」
「これは知っています」
リツカが答える。
細い木の棒。
見たことがある形だ。
奈緒は鉛筆を見て言った。
「じゃあ削ろうか」
机の隅に置かれた機械へ手を伸ばす。
リツカはまだ知らない。
数秒後。
この小さな機械に本気で驚くことになるのだった。




