許されればどうにかなるとお思いで?
「お前はわかってないようだから、言うがな。アレクシア」
婚約者のクリストフはそう切り出した。
彼の言葉にアレクシアはきょとんとした顔をしていた。
「俺はな、もっとビックな男になるんだよ。わかるか? こんなしけた贈り物をしてくる婚約者なんて釣り合わない」
そう言って彼が胸元から取り出したのは、アレクシアの贈った刺繍の入ったハンカチだった。
ハンカチはペシンとローテーブルにたたきつけられて、雑に広がった。
たしかに普段使いできるように、控えめな刺繍を施した品であるが、きちんとアレクシアの持ち味である魔法を生かして、彼に対する補助がかかるようになっている。
さらに言うと、普段使いしやすいながらも効果を感じられるように、既存の図案を構成し直して頭をひねって作った力作である。
それを彼はしけた贈り物と称した。
「俺ももうすぐ成人する。俺みたいな優秀な男が王都のパーティーに出たら美しく、技能も血筋も素晴らしい女がよりどりみどりだ」
「よりどりみどり、ですの」
「ああそうだ! お前のように、何の取り柄もなく、ろくに宝石もつけないような女ではなくてな」
彼に言われてアレクシアは、自身の体に目をやった。
たしかに、宝石の類いはあまり持っていない。
宝石には興味がないし、買ったりも特にしない。必要性を感じないのだ。
加えて、今のアレクシアは確かに地味で派手な服装もしていなかった。
真っ赤な赤毛だけは、燃えるように美しく手入れされているが、同じような髪色の女性はたくさんいる。
その上で、宝石で着飾り、全身が輝くような女性。そういう女性を彼は求めているということだろう。
「お前はたしかに魔法の才能があって魔法使いの資格も持っている。だけどな、宮廷勤めでもない魔法使いなんて、所詮は声のかからなかったお荷物!」
「……」
「ちょっと普通の貴族よりも魔法が使えるぐらいで、お前、偉そうじゃないか?」
「偉そうにしたつもりはないのだけれど」
クリストフの言葉にアレクシアは自分の言動を思い出す。
そう思われないように言動はもちろん、服装だって気を使っているつもりだった。
これでも、昔交流のあったお隣領地の彼に気に入られるようにと、手を尽くしたつもりだったのだ。
せっかくの婚約者なのだからと最大限の敬意を持って接しているつもりだ。
(それでも……)
「はっ、そういうところだ。そこですぐに謝罪の言葉も出てこない。俺は伯爵家跡取りなんだぞ、お前のような多少の才だけを誇って、ほかは何の取り柄もない女なんて俺からすれば無価値に等しい」
「無価値、ですか」
「ああそうだ。いわばお前との婚約は俺のただの踏み台に過ぎない。お前には王都で過ごしていた期間や、魔法学園で過ごしていた期間の人脈があるだろう」
「それは……ないとは言いませんわ」
「そういうものを存分に使って俺の王都デビューを補佐しろ。そこでよりよい血筋の華やかな女性を捕まえる。うまくいけば、どうせしょうもない仕事しかしてないお前に仕事を恵んでやってもいい」
「仕事を……恵む……」
「俺はお前を踏み台にして、当たり前にあるべき素晴らしい賞賛と生活を手に入れるのさ、お互い良い関係だろう?」
さらにクリストフは自分の展望を語る。
アレクシアとの婚約などは、クリストフにとってはただの上の段階に上がるための踏み台。
これからの足がかりでしかない。
それはあまりにアレクシアの思い描いている、婚約者の関係や未来とはかけ離れている。
「せいぜい、王都で俺をどんなふうにもり立てるか考えておけよ。こんな何の価値のないものなど作っていないでな!」
言いながらクリストフは、テーブルの上に置かれたハンカチをバシンとたたきつけて、プチンとアレクシアの中のなにかがきれた。
婚約を受け入れてくれたクリストフへの好意が飛んで消えていく、そうするとに目の前にいるのはアレクシアの努力を叩きのめして笑っている愚かな男だ。
「わかったら返事ぐらいしろよ!」
続けて言われてアレクシアは、ぐっと拳を握った。
それから「ええ」と短く言って、クリストフの置いていったハンカチをそっと手に取って、ふーっと深く息を吐いたのだった。
アレクシアは、王都に戻りクリストフとともに出席する王都の舞踏会のドレスを仕立てることにした。
そこで話を持ちかけたのは、服飾や装飾を専門としている紹介を抱える公爵家の跡取りであるギルベルトだった。
彼は、アレクシアの注文したドレスの注文書とアレクシアを交互に見据えてそれから口を開いた。
「君がこれを着るのか?」
「ええ、それ以外で、わたくしの採寸をとって注文をするはずがありませんわ」
「君が? これを?」
「何度も言わせないでくださる?」
アレクシアは、あれからそれなりに機嫌が悪かった。
もちろん誰にも彼にもそれを表に出すわけではなかったが、単純に気の知れた相手なので、頬に手を添えてにこりと笑って威圧的に言った。
「こわ」
「……」
「別にいつもと違うから言っただけだろ。怒るなよ。君怒ると君が思っているよりも怖いぞ」
「……そうでもないのだと思いますわ」
「せめて何があったか言ってから機嫌悪くなってくれよ」
「……」
「言いたくないと」
「そう言われると、わたくしが駄々をこねているみたいでしょう」
「実際そうだよ」
「…………」
「そんな顔するなよ」
ギルベルトは短く息をついて、アレクシアの子供っぽい言葉と態度に少し笑った。
たしかにアレクシアの方にもこのぐらいでは関係性がこじれたり、終わったりしないとわかっているから彼に甘えた部分があった。
だからこそ少しバツが悪くなって黙った。
「かわいい奴め。名が売れてもまだまだ子供だな」
「たかが二歳差で子供扱いはやめてくださる。たしかに態度は悪かったでしょうけれど」
「そうだな」
「でも、それくらい据えかねているんですのよ」
「誰に」
「……言ったらあなた、何かしらするでしょう」
「するさ」
「……」
ギルベルトの迷いのない言葉にアレクシアはやっぱり黙った。
言ってしまっては、やっぱり彼は勝手になにかをする。
これはアレクシアの仕返しであるというのに、彼はしれっとアレクシア以上のことをしてくる。
もちろん、地位が高くアレクシアのことを買ってくれているから守るという体裁なのだろうけれど、自分の問題だ。自分で片付けたい。
アレクシアはそう思ってもいいはずの年齢だ。
「なんせ、俺の大事な商売道具だ。誰かに勝手に心を折られたり使い物にならなくされたら大損害だ」
「道具、ねえ」
続けて言われたギルベルトの言葉にアレクシアは、責めるような目線を向けた。
傷ついている訳ではない。元からこういう人なのである。金勘定のことしか頭にない、商人気質の貴族だ。
強引さも否めない。
「怒るなよ。誰だって人に役割を求めて付き合ってる。友人なら体験を共有したり共感する仲間、恋人なら欲望を見たし会う相手、家族は共同事業者だ」
「……相変わらず情のかけらもない人ですわね」
「俺はそうでもないつもりでいるぞ、俺にとっての商売道具は仕事量的にも君だけ。大事な大事な商売道具だ。メンタルケアもするし、お望みならばなんでもするよ。家族周りも把握する」
「……」
「婚約者のことも」
最後に言われた言葉に、ギルベルトがほぼほぼあたりをつけていることを感じて、背筋がぞくりと冷えた。
「まぁ、君の言葉も尊重するよ。一応は、大事な君の言葉だからな」
「あなたって、怖い人」
「怖くなんかない。優しいだけだ。君がこのドレスを使って何するのか楽しみにしとくよ」
彼はそうして、目を細めてニコーッと適当に笑みを浮かべる。
まったく油断ならない男にアレクシアはふいとそっぽを向いたのだった。
クリストフが、言葉通りに王都にやってきたのはそれからしばらく後のことである。
王都で行われる舞踏会に、二人で向かう。
クリストフは出会い頭にアレクシアのドレスを見て即座にこう言った。
「ちゃんと自分の立場がわかってるようだな」
偉そうなその言葉の理由は、アレクシアが前回クリストフに会ったときよりもずっと控えめで、品格はギリギリ保ちつつもまったくもって目立たないテンプレートなドレスだからだ。
刺繍の類いも宝石もつけずにクリストフの言葉通り彼を主役にするための踏み台らしい装いになっている。
そういうわけで、クリストフは上機嫌で最低限のエスコートだけをしてアレクシアの前をずんずんと歩いた。
後ろに従者のようにくっついてくる従順なアレクシアの様子を見て興奮してふんぞり返っていた。
王城の華やかな雰囲気、地方貴族の小規模な集まりとは比べものにならない、人の量と美しい絵画や装飾。
光に反射してきらめくドレスの刺繍や宝石はクリストフの夢の世界への入り口だった。
華やかなワルツの音色が流れる中で、入場するとすぐにクリストフの方へと視線が集まる。
令嬢たちは頬を染め、ぱっとこちらを向いてヒソと言葉を交わして、それからこちらへと寄ってくる「ほら見ろ」と小声でクリストフは言った。
「ハンサムな俺のことを、美しく着飾った令嬢たちが噂している……!」
そして、寄ってきた令嬢の一人に、クリストフはすぐに言葉を切って、期待を向けたまなざしを向けた。
彼女は誰もが知る古くから続く名家の血筋で、見える範囲にいる同年代の貴族たちの中で一番輝いていた。
その光は彼女のまとう美しい宝石からも、そして彼女の身につけている、独特な紋様の刺繍からも発せられている。
「アレクシアッ!」
そうして彼女――ペトラは、アレクシアのことを呼んで、クリストフのすぐ後ろに隠れて見えなかったアレクシアのドレスを見た。
「……」
「お初にお目にかかります、ゼンケル公爵令嬢……お噂はかねがね、我が婚約者アレクシアと友人だったとは驚きました」
アレクシアの名前を呼んだことによって、クリストフはだから近づいてきたのだと合点がいって、彼女の目を見て内からあふれ出るような笑みを浮かべて挨拶をする。
しかし、ペトラの顔はみるみるうちに、表情を失っていく。
ペトラの後ろから追いつくようにアレクシアの元へとやってきた令嬢たちも、アレクシアの全身を視界に収めて嬉しそうだった表情は一気に色を変えていく。
それにクリストフは気がつきもせずに次々と女性が集まって人だかりになることによって「皆さん順番に話をしてあげますから」と彼女たちに言った。
「順番に? 話を? いいえ結構……アレクシア、どうしたんですのそんなドレス」
クリストフの言葉にペトラは怪訝な表情をしてアレクシアに声をかける。
ほかの令嬢たちも同様だ。
なんせ彼女たち、アレクシアの信者とでも言うべきような存在であるからだ。
(信者……というか、ファン? かしら)
「そんな……あなたがそんなドレスを着るなんて何があったのかしら?」
アレクシアがそう考えている間にも、ファン筆頭のペトラはアレクシアに問いかけた。
とても良い質問だと思う。
しかし、まっすぐに答えることはない。それをしては台無しだろう。ただ感じ取ってほしい。
「? 普通のドレスだろ」
クリストフは、鬼気迫る表情でアレクシアのドレスを気にするペトラにやっと疑問を持つ。
彼からすればなんてことのないドレスだ。アレクシアにふさわしい当たり前のドレスだ。
けれども、アレクシアのファンからすれば、異常なのだ。
なんせ普段は、魔力の宿った刺繍を全身にまとってギラギラと光り輝くドレスを身にまとう姿が舞踏会のお決まりの光景。
どんな美貌を持った令嬢も、どれほどはかない貴公子も、かすむぐらいギラッギラで、まぶしいぐらいとよく言われる。
そして周りをファンの女性たちに囲まれて新しい図案を発表したとなったら権利を求めて様々な人間がご機嫌を取りに来る。
そんなちまたで話題沸騰の魔法使いだからである。
アレクシアは刺繍が大好きだ。
身につけるのも人に贈るのも大好きで、刺繍だったら寝食忘れて没頭できる。
自分のドレスも従者の制服も、友人の衣装だって全部刺繍まみれにしてギラギラに魔法の光をまとわせても足りないぐらいの重度刺繍中毒者である。
そんなアレクシアのドレスはいつだって、どこにいても誰が見たときでも例外なく輝いている。
刺繍に出会った時から終始そんな様子なので、刺繍の申し子とあがめられている。
だから信者がいるのである。
そんな信者たちの前で、あまりにも簡素で、あまりにもつまらないドレスをまとう。
「このドレスは……わたくしをエスコートしてくださっている婚約者クリストフのために仕立てたもの。この姿がこの人にとって一番わたくしにふさわしい姿」
「!」
「クリストフはとてもビックで素晴らしい男性ですわ。彼とは幼い頃にも交流があって知っているけれど優しくてハンサムで――」
そして彼女たちが知りたい答えではない答えを言い、クリストフの望み通りの踏み台らしくクリストフを持ち上げた。
クリストフはその言葉を聞いてうんうんと大きく頷き「いやぁ、ここまで言われると恥ずかしいが」と前置きをしてから、胸を張ってペトラたち令嬢の方を見た。
「たしかに、人からはそう見えるのかもな。俺は、あふれんばかりの気品と気概を持ち合わせた実に将来有望な男だから」
クリストフはふっとハンサムな笑みを浮かべて、頭を軽く振って前髪をさらりとなびかせた。
「は?」
「今は、こんな適当に選ばれた婚約者の隣に収まっているが、こんな地味で、ちっぽけな女など俺には見合わなあい」
彼はそうしてアレクシアに言ったような言葉を言った。
ペトラの後ろにいる令嬢の額には青筋が浮かんでいる。
その隣の令嬢の形相はまるで鬼のようだった。
「俺は君のような、ゼンケル公爵令――」
「アレクシアをなんだと思っていますの。この偉そうなだけの間抜けな顔をした男は」
ペトラはドスの聞いた声で言った。
その言葉にクリストフは固まって目を丸くした。
「そうですわ。アレクシア様に無礼にもほどがある」
「アレクシア様の素晴らしさを知らないなんてよっぽど田舎者ね」
「田舎どころか、我が国の貴族ですの? 誰? この方は?」
「アレクシア様の刺繍は王都の令嬢誰もが憧れるというのに」
周りを囲んだ令嬢たちは口々にそう言葉を紡ぐ。
そこまで言われて、クリストフはやっとアレクシアのことを見た。
そうしてもう一度令嬢たちを見て、そのドレスにはふんだんに刺繍が使われていることに気がついた。
彼女たちの身につけている宝石よりも、よっぽど光を放っていて、普段のアレクシアほどではないがとても華やかだ。
「アレクシア様のことを知らずに、貶して、横暴で……こんな人と結婚だなんて……」
非難の視線が集まっている。
クリストフは大勢の女性から軽蔑のまなざしを向けられて、ひくりと頬を引きつらせた。
クリストフは即座に手のひらを翻した。
それはもう見事な手のひら返しであり、ニコニコヘラヘラとして舞踏会を終えた。
アレクシアはそれでも終始無言だった。
最終的に帰りの馬車の中で、彼はガタゴトと揺られながらアレクシアに言った。
「はぁ、今日はさすがに驚いたな。でもお前がそんなに王都ですごい人間なら言っておいてくれても良かっただろ?」
彼は気さくにアレクシアに話しかけてくる。
アレクシアはその様子を見て、やはりギルベルトのアレクシアは怒ると怖いと言う言葉は嘘だろうと思う。
「いや、それにしても俺は、幸運だな。実は最初から、なによりほしかったものが手に入ってたんだから」
「……」
「運が良い、これからも婚約者として――」
「運が良い?」
続けてクリストフはなにかを言おうとしたけれど、アレクシアは、聞き返した。
「そ、そうだろ?」
「いいえ、不運よ。あなたは不運ですわ。こうして縁を結びさえしなければあなたの人生もっと楽だったはずですもの」
「ど、どういう意味だよ……そ、そんなことよりどのぐらい稼いでるんだ? 教えてくれよ」
クリストフはまったくアレクシアの言葉の意味を理解しない。
そんなとぼけた彼の様子にアレクシアはまた彼を無視して、屋敷にもどった。
しばらくすると、婚約は向こうから破棄されて和解金も支払われた。彼の両親がアレクシアの元に謝罪にきて許しを乞うたが許さなかった。
そもそも許すとはなにかと言う話だろう。
アレクシアは彼の望む通り、踏み台を演じただけなのだから、勝手に周りがクリストフという人間を評価しただけだ。
いよいよ、クリストフがやってきた。
アレクシアはいつも通り、ギラギラと輝くドレスをまとっていて、彼はどこか憔悴した様子で、アレクシアの前に座る。
「…………頼む、アレクシア、お前の信者どもに俺のことはもう許してる、って言ってくれ!」
吐き出すように苦しげに言う彼に、アレクシアはやっぱり無言で静かに彼を見据えていた。
「お前が、信者たちを先導して俺の何もかもを邪魔してるんだろ? お前が、あのときの無礼を屈辱的に思ってるからっ、そうしてるんだろ?! 頼む、今まで縁の深かった貴族たちからも見捨てられ始めてるんだ」
「……」
「このままじゃ、じり貧だ! 謝る、なんでもする! だから怒ってないでなんとか言ってくれ!」
クリストフはアレクシアをすがるように見つめて言うが、そもそもその言葉が見当違いなのである。
アレクシアは何もさせていない、ただ判断を任せてあるだけだ。
そもそも人は、他人のことをこういう人だからああしろ、こうだからどうだと言われても簡単に全面的に信用したりしないだろう。
どうせアレクシアが言葉で言って、なにかさせてもそれはなが続きしない。
だから指示なんかしないそういう立場でもないし。
しかし彼らは、クリストフと縁を切ったり、彼の舞踏会での言動を伝えて婚約者のいない令嬢たちに注意喚起をして回る。
それはなぜか、彼女たちは自分たちでこの伯爵家跡取りの男に判決を下した。
関わるべきでも、結婚するべきでもない、見る目がなくて人を踏み台にするような男だと、知ったのだ。
だから、許す許さないなんかじゃない。
そもそももう許そうが許すまいが手遅れだ。
ビックになるだの何だのと言っておいて、あまりに人の心がわかっていない。
独りよがりで間抜けなことである。
「言ったところで、誰の態度も変わりはしませんの。あなたは、そんなこともわからないんですの?」
「そ、そんなことないはずだ! 俺はこれでも領地の方じゃモテてたし、お父さまやお母さまも不当な扱いだって言ってたんだよ!」
「だから、誰の行いも全部わたくしが仕組んだことで、わたくしの許し一つで全部が解決すると」
「そうにきまってる!」
「なら、そうしましょうか」
アレクシアが問いかけるとクリストフは鼻息を荒くして答える。
その様子に本当にこの人は愚かだと思う。
許しを得たところで変わりはしない。
そんなこともわからない。
しばらくの後に、公の場でそう発言してやった。しかしやっぱり、変わらず人に避けられ、婚活もうまくいかない彼の話をファンから聞くのであった。
しばらくすると、山のような婚約の打診が舞い込んできた。
捌くのが大変なほど次から次に使者が屋敷にやってきて、仕事に支障を来す可能性が出た。
仕方なくギルベルトに声をかけた。
さっさと新しい相手を探すためには、ギルベルトの情報網や人を見る目がほしかったのだ。
しかし、想定外が起こった。
「第二夫人なんかは娶らない、君だけだ。公爵夫人の地位ならより君の技術を広められる」
ギルベルトは、アレクシアを獲物を見る時の狩人のような目で見ていて、アレクシアは言葉が出てこない。
「我が公爵家は人材も厚いからな。公爵夫人としての仕事は最低限で問題がない。魔力も領地の運営にはいらない。君はただ、人と交流して素晴らしい技術を見せつけ今まで通り振る舞えば良い」
「……」
「まれに見る、好条件の結婚だろ? こんなに良い話はそう、来るものじゃない。アレクシア」
アレクシアのことを呼び、ギルベルトは善良な商人ですと言うみたいにニコーッと笑った。
「俺との結婚を選ぶのが最善策だ。ご両親にすでに話を通してある。何も心配することはないよ、君は、うんと言うだけでいい」
「……」
「賢い君ならわかるよな」
言質を取るための囲い込むような言い回しに、アレクシアはしばらく黙って、それから考えるように空に視線をやってから彼をみた。
またニコと笑う彼に、ふーっと深く息を吐いて言った。
「……あなた道具と結婚するんですの?」
それは最大限の皮肉だった。以前アレクシアのことをそう言い表しただろう。
「一番気に入りで一番大事な、がつく、道具とな」
「あら、否定はしないんですのね」
「しない、俺は君を使いたい。誰より俺が君の価値をもっとよりよく世に示せる、俺が君を誰もがうらやむ成功者にしたい」
「……」
たしかに実際、彼と組んでからアレクシアの名声はうなぎ登りだ。
元々刺繍まみれのドレスを着ていたアレクシアに、徹底するように言ったのもギルベルトだし、騎士や魔法使いのローブばかりを販売するだけでなく女性の心をつかむようなものを作れと言ったのも彼である。
ギルベルトは今までに、その的確なアドバイスと行動でアレクシアのことを成功へと導いてくれた。
ただし、言葉はあまり良くないし、ロマンティックでもなんでもない。
「……そういう人間はごめんか? アレクシア」
アレクシアが黙っていると彼はぽつりと聞いてきた。
こんな人だが、それなりに世渡りがうまくて人から好かれる人だ。
自分が言っている言葉の聞こえが悪いことぐらいは理解しているのだろう。
けれども彼はその上でアレクシアにこういう言い方をした。
「嘘も……まぁつける、言葉はいくらでも取り繕える。……それでもそうしたら……なんだろうな。なんとなくだが振られる気がした。こう、本当のことを言わないとアレクシアには俺の気持ちは伝わらないような気がした」
言われてその可能性を考える。
たしかに彼が突然普通の男のようになって、普通の女性が好むような完璧な男性になったとしてもアレクシアはそれを喜ばなかっただろう。
ペラペラの言葉にペラペラの嘘みたいなかっこいい態度。
そんなものを持って結婚を迫ってきたら……たしかに振っていた気がする。
今の彼の言葉は、たしかに一般常識から外れているが、それでもギルベルトの本心で、どんな言葉で表していても、今まで過ごしてきた時間も彼がやってくれたことも変わらない。
だからこそその上で、アレクシアは結婚するほど大事な相手だと思われていることが純粋に嬉しかった。
「だから、本音で言ってる。もちろん最低な自覚はあるが……大切にするから君がほしい……打算もあるし、俺は純粋じゃあないよ、ただ君には本当の自分を見せている」
「そうなんでしょうね」
「結婚してほしいんだ」
「……」
言われて、アレクシアはふーっと深く息をついた。
変わった人だが、たしかに本音だ、そしてその気持ちを嬉しく思ったからには、アレクシアは……。
「あなたって本当に変な人」
「普通だ、俺なんて」
「俺なんて、ですって。ふふっ。いいわよ」
「!」
「婚約しましょう」
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