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あの人、Dのことですね?
知っていますよ。私は以前、駅前の公民館の中にある図書館で働いていました。Dはそこによく来ていたんです。
それに、有名でしたよ、その人。
え……うーん……本当は言っちゃいけないんですけど。
その……世界文学全集みたいな本を原語で読んでいました。
……そうそう、そういう感じの。
誰でもタイトルは知ってるけど、絵本とか子供用の簡略版しか読んだことないような。
それを原語でですから。英語とかドイツ語とか、もう色々。
研究者かと思いましたけど、好きな本を好きなように読んでいる感じなので、語学が達者な読書家かなぁって思ってました。
あ、いえ。だから覚えていたんじゃないです。
有名だったんですよ。オパックリーパーって。
OPACっていうのは、図書館の検索に使う目録で……いえ、目録と言っても本じゃなくて利用者端末です。
タイトルを検索すると蔵書がわかるパソコンのアレです。
そう。そのリーパー。死神って。
酷い呼び方ですよね。でも、Dが触った端末は必ず壊れるんです。
普通の人が壊れたって言っても、再起動すれば直る程度なんですけど、Dの場合は違うんです。職員が不気味がってました。
私は出納を、裏方を担当していたので、噂ではよく聞いていたんですけど直接会って話したのは一度だけです。
「動かなくなりました」
そう言われて、ちょうどカウンターにいた私が顔を上げるとDが無表情でカウンターの前に立っていました。
そうなると、職員が見た事ないくらい迅速に動き出すんです。
業者に修理の連絡をして、故障中の看板を出して、これ以上端末を壊されないように職員が代わりに検索して。
うーん……多分、Dに悪意は無かったと思いますよ。
どうして壊れるのか業者も不思議がっていたくらいですし、わざとパソコンを壊せるほど電子機器に詳しくなさそうでしたし。
それに、それ以外のことではDは悪い利用者では無かったです。
窓際のカウンター席に座って、静かに表情1つ変えないで本を読んでいました。
ボロボロの本も本当に丁寧に扱っていて、本を壊したり破いたりっていうのは一度も無かったと思います。
閉架書庫から原書の古い本を出してくるたびに、多分Dが大事に読むんだろうなって私は考えていました。
時々、触るだけでパソコンを壊しちゃうタイプの人っていますよね?
静電気を溜めやすいとか?
私も、仕事中に何もしてないのにパソコンが突然調子が悪くなったりしますし。
ただ、私はそういう時、すごく焦ってぺこぺこ謝っちゃうんですけど、Dは壊しても顔色1つ変えていませんでした。
アンドロイドみたいに。
本を読んでいる時もそんな感じで、本当に生きているのかな?電池止まってないのかな?って心配になっちゃいました。
私は赤毛のアンで泣ける人間なんで、本当に話を理解してるのかなぁって。
でも、本の読み方なんて人それぞれですもんね。
私はDが本を読んでいるところは好きでしたよ。
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羽生田 湖白
享年 29歳
死因 感電死