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Dと仕事で組んでいたのは、しばらく前。
ボロニアビーチで別れるまで、俺のパートナーとしては長く一緒にいた方だ。
……何の仕事をしてたかって?
言うわけないだろ。
今喋ってることは外に漏らさないってあんた言ってたけど、俺は全然信用してない。
だいたい、研究者っていう胡散臭い奴らが俺は嫌いなんだ。
偉そうに専門用語を並べて、相手が理解できていないのを見てにやにやしてんだろ?
馬鹿を相手に商売してりゃあ儲かるんだろうな。
………あぁ?何だよ。
……そうだ。確かに、俺が言えた事じゃない。
あんた、見かけによらず肝が座ってるなぁ。
まぁいいや。
とりあえず、仕事内容は察してくれ。
俺は、Dと組んで仕事をしていた。
あんたが知りたいのはそれで十分だろ?
Dは特別役に立つわけでもなかった。
まぁな、頭は悪くないし語学は達者だし、でもそんな奴は珍しくない。
自慢じゃないが、俺と組みたいって人間はわんさかいるんだ。
そういう奴は人間離れした怪力を持ってたり、世界有数の金持ちだったりなんだが、大抵思い上がっていて俺の言う事を聞かないですぐに自滅する。
Dは……少し勘が冴えてるだけだったな。
あいつがヤバいって言えば、本当にヤバかった。
いいや、そんな大層な能力じゃないさ。
ただの勘だ。便利っちゃあ便利だが、全ての危険を避けられるわけじゃない。
Dは自分の感覚を過信していなかったし、何より謙虚だった。
だから、俺はDと組んでいた。
その時は、本当にピンチだった。
これは死ぬなと思った。
覚悟を決めるよりも先に、これは生きて帰れないって、今まで歩いていた道の先が消えているのに気付いた感じだ。
俺もDも足をやられてまともに動けない。
相手は武器を持って多勢に無勢で、追手は次々増えていく。
ぴゅんぴゅん音を立てて銃弾が目の前を掠めて行く。
銃を向けられたのは初めてじゃなかったが、あいつらすごい勢いで撃ってくるんだ。安いギャング映画みたいに。
隠れていた壁が銃弾でばりばり崩されていって、もうすぐ俺の頭も削れてくんだろうなって。
本当に死ぬんだって思うと、案外何も考えられないんだな。
生き汚くて無様に足掻くのが俺の取り柄だと思っていたけど。
ただ、目の前が霞んで、朝出て来た家のベッドが見えて来たんだ。
いつも汚ねぇ部屋だなあって思ってたのに、それが現実を遮るように視界に広がって、今から寝るんだって馬鹿みたいに考えてた。
最後に思い出すのが、死に別れた両親でも故郷の風景でもなくて、潜入先のボロアパートだ。
傑作だろ?走馬灯にしてはお粗末過ぎて、俺の人生は何だったんだって呆れちまったよ。
そしたら俺の横にいたDが、手帳を出して何か書き込んでた。
遺書でも書いてるのか?って聞いたんだ。
そしたら、もう仕事はうんざりだから今月の予定をさっさと片付けてスペイン辺りにバカンスに行くってさ。
一緒に行く?ってスケジュール調整しながらのんきに聞いてくるんだ。
俺が隣で走馬灯を見てるのによ。
Dは予定を書き終えると、いつもみたいに音を立てて手帳を閉じて、胸のポケットにしまった。
「今は死なないよ」
そう言って、全然怖がってなかった。
ああ、本当に死ななかった。
今あんたの目の前にいるのは幽霊じゃないぜ。
運良く脱出経路を見つけて、途中の追手も何とか片付けて生き延びたんだ。
俺は、もう死んだものと思ってたから、生きて帰れて驚いた。
嬉しいとかじゃなくて、運を使い果たしたんじゃないかって少し怖くなったよ。
……何でDと別れたかって?
仕事のパートナーってのは、長く同じ奴とやるもんじゃないんだ。
また、組みたいかって言われたら……そうだな。
Dとなら、俺はどんなピンチも生き延びられる。それは確かだ。
でも、それじゃつまらないだろ?
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蕨野 トオリ
享年 44歳
死因 飛行機事故