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わたしとDは友達ですよ。
……やっぱり。そう言うと、皆おかしな顔をするのよ。
ボケたおばあちゃんが若者の同情を本気にしている、みたいな、失礼な顔。
そう思われても無理は無いわ。いいですよ。
わたしとDは歳がとても離れているから。孫?それとも、ひ孫くらい?
でも、本当にわたしとDは友達なんですよ。とっても仲良しだったの。
初めて会ったのは、Dがボランティアで演奏に来た時。
老人相手なんてって、他の子たちはつまらなそうな顔をしていたんだけれど、Dはキラキラ輝いていて楽しそうに演奏していたの。
かっこよかったわ。少し、昔の女学校時代を思い出しちゃった。
わたしは勉強ばっかりで、友人たちの浮ついた話には参加できなかった。
ええ、今はこうでも、当時は優秀な真面目な学生だったのよ。
同級生が好きな先輩とか他の学校の生徒とかに憧れてお手紙を渡したりするの、本当はわたしもやってみたかったのかしら。
だから、その後のお茶の時間に、わたしからDに話しかけたの。
歳を重ねると怖い物が無くなっちゃうのよね。
嫌な顔をして断られるかなって思ったんだけれど、Dは一緒にお喋りしてくれたのよ。
そしたら、すごく楽しくって……おかしいわよね。こんなおばあちゃんとあんなに若い子なのに。
でも、本当に、久しぶりにとても楽しかった。
それから、わたしはDを自宅に招いてお茶をしたり、お花見に行ったりもしたわ。
そう、少し遠出して、大きなホールの演奏会を見に行ったりもした。
Dは、あの楽器を時々わたしの家で吹いてくれたの。
ええっと……フルートでもトランペットでもなくて……。
なんて言う楽器だか、わたしは最後まで覚えられなかったけれど、とても綺麗な音色だった。
今でも耳の中でちゃんと覚えてる。
住宅街の真ん中だから、Dは遠慮していたんだけれど。
あそこはわたしみたいに一人暮らしの老人ばかりだもの。
子供の声にうるさく言う人は時々いたけれど、Dの楽器に文句を言ってくる人はいなかったわ。
それで、最後に会った時も、演奏してくれたの。
ええ、縁側でお茶をしていた時に、わたしが吹いてってお願いしたのよ。
いつもの曲を吹いてくれてから、わたしは拍手をして……ちゃんと言わなきゃって、ずっと言えなかったこと、やっと言ったの。
もうこの家は管理できないし、わたしも歳だから息子が住んでいる街の、ここからは遠く離れた施設に移るって。
そうね……Dはそれを聞いて喜んでくれたわ。
年寄りは身内の近くにいるのが一番だし、わたしが大きな家で1人で暮らすのが大変だってわかっていたのね。
でも、すぐに泣き出しちゃった。
わたしも友人と別れるのが本当に寂しかった。
多分、いいえ、絶対に、Dがわたしにとって人生で最後の親友だもの。
「ぜったい死なないで」
って、Dは泣きながらそう言うのよ。
自分よりもずっと長生きしているおばあちゃんにそんな事を言うなんて、なんだか可哀想になっちゃった。
わたしの妹は、Dよりもずっと小さい時に同じことを言って別れたの。
妹とは、それきり会えなかったけれど。
Dにはまた会いたい。
元気にしているかしら。
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洛山 ツキヱ
享年 110歳
死因 老衰