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トンチキ異世界の短編集

異世界でも犬は正義

私は接客業をしている。

割とクレームの多い職場なのだが私は多分向いているようだ。


「なんでこんな簡単なこともできないの?」

「融通がきかないわね!」

「このくらいしてくれてもいいでしょう?」

 など、人によっては胃がキリキリする事だろう。私も最初はそうだった。でも、私はある技を身につけていたのだ。


それは…脳内で犬と仮定することだ。


目の前で意地悪な犬が吠える。

拗ねている犬。頑固な犬。意地汚い犬。嘘をつく犬。臭いのキツイ人はお風呂嫌いな犬。そう、彼らは人ではなく犬なのだ。

 

そう思えば、なんとなくみんな可愛く見える。


「はいはい、よしよし」と心の中で撫でてやれば、不思議とストレスもなくなる。


「犬こそ正義」

 それが私の座右の銘だ。


ーーーー


 

そんなある日の帰り道。

近所の人が犬の散歩をしているのを見かけて、思わず目を細めた。しっぽをふりふり振って歩く犬の姿は、やっぱり最高に癒やされる。


「絶対的正義…」


 ふにゃっと頬が緩んだ瞬間。

 段差に気づかず、足を踏み外す。


「わっ!」


 視界が回り、頭がガンと揺れ――



ーーー


そして気づけば、祭壇のような場所にいた。


少し冷たい空気、見上げれば豪華なステンドグラス。まわりを取り囲むのは、鎧を着た兵士やローブ姿の人々。


「召喚は成功した!」

「聖女様がお目覚めだ!」


「いやいや、何の話……」


私は混乱していた。

だが、次の瞬間もっと大きな衝撃を受ける。



ここにいる全員に、犬耳としっぽがついていたのだ。



ーーーー


「……っ、か、かわいい……!!」


 

兵士の耳がぴくりと動く。

 

キリッとした顔の司祭らしき人のしっぽが、ぷんぷん揺れている。

 

それだけで胸が温かくなった。


「最高…!!」


 

うっとり見つめていたら、周囲の人々が息を呑んだ。


「聖女様が我らを祝福してくださっている!」

「なんと慈愛に満ちたまなざし……!」


「いや、ただ可愛いと思っただけで……」


 

と、言いかけたが、もう遅い。

広場に歓声が響き渡る。



ーーー


 その後も私は、兵士を見れば「ドーベルマン系かしら」と心の中でラベルを貼り、村人を見れば「柴犬だ!」「あら、牧羊犬ね!」と勝手に分類した。

 

声に出してはいないはずなのだが、相手はなぜか嬉しそうに耳やしっぽを揺らし、雰囲気が和やかになるのだ。


「聖女様は人の心を鎮める奇跡をお持ちだ!」

「祝福の眼差しで皆を癒やしておられる!」




ーーーー


 

やがて私は「微笑みの聖女」と呼ばれ、玉座の横に座らされるようになった。


王様はそれはそれは立派な犬耳と立派なしっぽ付きのボルゾイを彷彿とさせた。


「聖女よ、我が国に平穏を」


 必死に頭を下げる王様を見て、私はつい口にしてしまった。


「まあ立派ねぇ〜良い子良い子」


 

王様の耳がぶわっと真っ赤になり、しっぽがブンブン振られた。

 

場は一瞬で和み、家臣たちが涙を流していた。




ーーーー


 

結局私は、異世界でもただ犬を可愛がっていただけだ。

 

でもそれで人が癒やされるなら、それでいい。


 目を細めて小さくつぶやく。


「……犬はすべからく、可愛い」


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