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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

はがりね

作者: あずま

「はがりね」という言葉について、ご存知だろうか。


 きっと貴方は、知らないだろう。むしろ、今日初めて聞いたはずだ。

「はがりね」は、実際には「はがりねさま」と言わなければならない。

 何故なら、敬意を持って名前を呼ばなければ祟られてしまうと言われているからだ。

 しかし、それ以外の事はあまり知られていない。

 地元民であっても、名前以外の情報を知らない者がほとんどである。

 では、はがりねさまの正体は何であるのだろうか?




 ーーーーーーーー




 夏休みは、誰であってもテンションが上がると思う。

 だって、世間の大人たちから「あなたは一ヶ月間休んでていいよ」と言われているようなものなのだから。

 私も、夏休みの初日は凄くワクワクした。

 高校に進学して初めての夏休み。

 あれがやりたい、これがやりたい、と想像を膨らませたものだ。

 しかし、今振り返ってみるとどうだろう。

 9月まであと一週間、やりたかった事の中で実際に出来たのは、一つか二つ。

 いや、問題はそれだけじゃない。実は、まだ終わっていないのだ。


「蓮夏、宿題はどう? もう終わった?」

「……」


 大沼蓮夏(おおぬまれんか)。それが私の名前。

 気に入ってはいない、普通ってところだ。

 まあ、名前自体が普通なのだから、普通にそういう評価に落ち着く。

 そもそも普通に考えて――


「こら! ちゃんと答えなさい!」

「……これ食べたらやろうと思ってた」


 素麵を啜りつつ、母の質問を適当に返す。

 まあ、その、そう、当然ながら夏休みの宿題は存在する。

 ただ、終わっていないのだ。一つも。


 夏休みの宿題、私は追い詰められてからやるタイプだ。

 いつからかは分からないが、恐らく小学生の頃からだろう。

 面倒だからこそ、後回しにしてしまうのだ。


「ごちそうさま」

「一番苦労するものからやりなさい」


 自室に戻って、鍵をかける。

 結局のところ、正論が一番耳に刺さる言葉だ。

 私だって、やらなければいけないなんて分かっている。

 そう、宿題をやらなければ。

 でもそれについて考えると、今度はもっと嫌な記憶が頭をよぎった。


「自由課題……めんどぉ」


 ベッドに身体を投げ出して、現実を見ないように目を閉じる。

 学校から出された宿題の中で最も面倒な宿題、それが「自由課題」だ。

 自由なテーマを設定し、自分なりに調べてレポートにまとめる。

 まったくテーマぐらいそっちで決めてほしいものだ。

 自由という言葉で誤魔化して、教師のエゴというか怠慢としか思えない。

 こういう中途半端な自由が一番面倒なのだ。

 本当に、ほんっっとうに面倒くさい課題。


「んー……」


 心の中で愚痴っていても仕方がない。

 そう思い、何のテーマにしようか思考を巡らせる。


「あのアニメ……いや、あんま詳しくないし」

「……ください……き……です」

「そういやあの漫画……うーん」

「右に曲がります。道を開けてください」


 私の思考を邪魔するかのように、救急車のサイレンが鳴り響く。

 かなり近くまで来ているらしい。

 もしかして、近くで事件でも起きたのだろうか?

 野次馬みたいなことはあまりしたくないけど、今は少しでもアイデアが欲しい。

 ちょっとだけ見に行ってみよう。


 外に出ると、数人が同じ方向に小走りで行くのが見えた。

 きっと彼らも私と同じ目的だろう。

 人の流れに沿って歩いていると、川のほとりに集まっている人達が見えた。

 多くは何の事件か分からないといった様子で、周りと雑談をしている。

 そのほとんどが私にとって無意味であったけど、その内の一つは私が知りたかった情報を語っていた。


「ね、ね、何があったのさ」

「田中さんトコのお子さんだよ。かわいそうに、まだ小学生なのよ」

「ああ、でもあれでしょ。『はがりねさま』調べてたんでしょ。

 それじゃあ仕方ないわよ、自業自得」

「そうねえ、ホトケさまを悪く言いたかないけど、ちょっと頭が悪すぎたわねえ」


 なるほど、水難事故か。

 警察も来ているし、状況とあの発言から推察するに多分それだろう。

 しかし、はがりねさまとは? 


 いや、もちろん知っている。この町に住んでいるなら誰でも一度は聞く名前だ。

 はがりねさまは町の土着神であり、祟り神として町の何処かに封印されているらしい。

「いい子にしていないとはがりねさまがお尻から入ってくる」というセリフは、この町で育った子供なら必ず一度は聞くことになる。

 でも、妙だ。「はがりねさま」なんて実際には存在しない。

 子供に言うことを聞かせる為の決まり文句だ。

 それなのに、なぜそこのおばさん達はあの名前を出したんだろう?




 ーーーーーーーー




 この日起きた少年の水難事故は、新聞に小さな記事として掲載された。

 曰く、警察は事故と自殺両方の線で追っていると。

 悲しいことに、夏の水難事故というのは珍しくない。

 結局、この件は不注意による事故と断定され、調査は終了した。


 同年、同じ川で起きた五件の水難事故と同じように。




 ーーーーーーーー




 朝九時、眠りまなこをこすりながら洗面台の前に立つ。


「ふわぁ……」

「顔洗ったら、朝ごはん食べなさい。今日は伯父さんに会いに行くんでしょ」

「はーい……」


 昨日、あの事件の後はがりねさまについて調べてみた。

 まず、ネットで軽くググった。検索結果は、一致する情報0件。

 全く関係のないサイトしか出てこなかった。

 当然っちゃ当然だ。

「はがりねさま」は民間伝承だし、マイナーすぎてまとめ記事すらない。

 期待するだけ損だった。


 なので、今度は母親に聞いてみた。

「はがりねさまについてどれぐらい知っているか?」

 結局、母も私とまったく同じ知識しか有しておらず、収穫はなかった。

 やはり母も本気で「はがりねさま」を信じてはいないようで、便利な言葉程度に考えていたらしい。

 つまり、何も新しい情報は得られなかったというわけである。


 これを受けて、私は考えた。

 恐らくクラスメイトに聞いても同じだ、皆「はがりねさま」をよく知らない。

 そして、古臭い民間伝承であるが故に、調べようとすら思わない。

 それは自由課題のテーマとしてダブりずらいという事であり、調べる価値があるという事でもある。

 この時期にもなると、みんな自由課題のテーマは決まっているはず(私はまだ決まっていなかったが)きっと好きな事や興味のある事、趣味なんかをテーマにするはずだ。

 そこで「はがりねさま」という一回りも二回りも意外性のあるテーマでレポートを書けば、クラスメイトの目線は私にのみ向くはずである。

 そういうわけで私の自由課題のテーマは、「はがりねさま」に決まったのだ。


「ん、あれ、ねー私の歯ブラシどこー?」

「知らない。そこにあるでしょ」

「なーい」


 蛇口から水を出しつつ、洗面台を漁ってみる。

 まったく、朝からトラブルなんてついてないなぁ。


「蓮夏、おはよう」

「おとーさん、私の歯ブラシ知らない?」

「それなら、ほら、そこにあるじゃないか」


 お父さんが指差した先には、目立つ色の歯ブラシが分かりやすく置かれていた。

 おかしい……さっきもそこは見たはずだけど。


「ん、ども」

「兄貴のトコに行くんだろ、『はがりねさま』について聞きに。

 母さんから聞いたよ。途中で投げ出すなよ、お前は三日坊主だからな」

「そう。あ、そう、それでさ、運賃代が欲しいんだけど」

「バイトで稼いだんだろ、それで払いな」

「けち」


 とまあ、両親と他愛ない会話をしつつ、朝の準備を終えた私はその足で早速出かけることにした。

 お父さんの兄、伯父さんはここからバスで十分程度の場所にある、アパートに奥さんと一緒に住んでいる。

 別に距離はそう遠くないから、歩いていっても良かった。

 気温が三十度を超えていなければね。


「伯父さん、おはよー」

「ああ、蓮夏ちゃん。暑かったでしょ、入って入って」


 伯父さんと顔を合わせるのは、年に数回しかない。

 仲が悪いとかそういう事ではない。単純に「会う理由がないからお互いに会いに行かない」という、まあ言ってしまえば現代的な寂しい理由だ。

 だからこそ、こうして実際に会うということは、それ自体が重要な用件があることを意味している。


「どうだい、喜美子さんは元気してる?」

「お母さんなら、いつも通りだけど?」

「そうかい、困ったことがあったら、いつでも僕を頼ってくれていいからね」

「実は、私欲しいものがあるの。おねが~い、パパぁ」

「ははは、蓮夏ちゃんにはかなわないなぁ」


 伯父さんは自分の財布から「ナイショだよ」と言って5000円札を取り出した。

「えっ! そんなに!」とオーバーに驚きつつ、

「やったあ、ありがとう!」と抱きついて感謝を述べる。

 これだけで、お小遣いが貰えるなんてチョロいものだ。


「やっぱり、伯父さんはいい人だね」

「はは、照れるなぁ」


 そう、伯父さんを一言で表すなら「良い人」だ。

 誰に対しても腰が低く、笑顔で親切。

 奥さんが羨ましく思うぐらいの優良物件だ。

 ただ、()()()()を除いては。


「それで、今日はどうしたのかな」

「うん、あのね『はがりねさま』について聞きたいの」

「……へえ、なんでかな」


 はがりねさまという言葉を聞いた瞬間、伯父さんから朗らかな笑みが消えた。

 この反応思った通りだ、何か知っている。

 ピリッとした空気をほぐす為、私は学校の自由課題で調べている旨を説明した。


「……なるほど、そういえば僕も学生の頃にそんな宿題があったなあ」

「伯父さんは何か知っているよね、だってオカルト研究家だもん」

「まあ、ね」


 そう、実は伯父さんは自称オカルト研究家なのだ。

 もちろん本業ではなく趣味としてやっているに過ぎない。

 伯父さんの表の顔はただの会社員、真っ当な善人である。

 しかし裏の顔は、オカルトなどという馬鹿げた事象を本気で追い求める変人だ。

 占いや幽霊のような超常現象を一切信じない私からすれば、まさしく理解不能な人種だ。


「僕が最初に興味を持ったのは、映画の中のエイリアンだったね。

 それから、オカルトと呼ばれるものには一通り触れたよ。

 妖怪、UMA、都市伝説、降霊術……その他諸々」

「じゃあ……」

「けど、『はがりねさま』だけはどうしても調べようとは思わなかった。

 お母さん……蓮夏ちゃんのお祖母ちゃんがどうても駄目だって」

「どうして?」

「…………『駄目なものは駄目。はがりねさまははがりねさま。それで納得なさい』

 いくら聞いてもそうとしか言ってもらえなかった」


 駄目なものは駄目? それって、なんだろう、凄く変だ。

 よく分からないけど、少なくとも私はそれで納得できない。


「申し訳ないけど、僕も『はがりねさま』はあまり詳しくない。

 多分、蓮夏ちゃんと同じ程度の知識しかないと思う」

「そっか……」

「けど、オカルト研究家としての考察は役に立つかもしれないよ?」

「考察? 何? 聞かせて」


 伯父さんは十年以上オカルト研究家としての活動を続けている。

 社会人としてはどうかと思うけど、今の私にはありがたい存在だ。


「考察というか経験則だけど『はがりねさま』は何か悪い事象を引き起こす存在なんだと思う。

 けど誰彼構わず祟りを振りまくような存在じゃない。

 きっと『トリガー』があるんだよ」

「とりがー?」

「例えば『こっくりさん』

 あれは複数人が集まって『こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください』と言うと十円玉が動くでしょ?

 それこそが霊を呼び込む合図、トリガーだ。

 超常現象には、必ずトリガーがあるんだよ」

「なるほど……」

「課題としてまとめ上げるなら、トリガーつまり『何をすれば祟りが起こるか』を調べるのは重要だよ。

 そしてそれと同等、いやそれ以上に重要なのは『どうすれば収まるのか』

 こっくりさんの例で言えば、『こっくりさん、こっくりさん、どうぞお帰りください』と言って十円玉がはいに移動するのを確認する。

 これをしなければ呪われる。

 逆に言えばこれさえしておけば被害無しで終えられる。

 つまり、『終わり方を知る』のは極めて重要なんだ」


 なるほど、これは興味深い。

 もはや考察でも経験則でもなく、ただのレポートに対するアドバイスだったような気もするけど、とても参考になった。


「おっと、そろそろ時間だ。ごめんね蓮夏ちゃん、僕はこの後用事があるんだ」

「ありがとう伯父さん、すごく参考になったよ」

「それは良かった。あっ、そうだ。もう一つ伝えたい事があるんだ」


 伯父さんはある古本屋について教えてくれた。

 それはここから歩いて数分の距離にあるようだ。


「その古本屋は色んな昔話や民間伝承を集めているんだ。

 きっと『はがりねさま』の本もあるはずだよ」

「何から何までありがとう、伯父さん」




 ーーーーーーーー




 蓮夏の伯父は知っていた。

『はがりねさま』について調べれば碌な目に合わないと。

 しかし、彼はその臆病な性格と人に嫌われたく無いという考えから、蓮夏にやめろとは言えなかった。

 あろうことか古本屋の事まで話してしまった。

 これは互いにとって最悪の行動である。

 だが、彼には一つだけ善い行動があった。

『終わらせ方を知る』それこそが蓮夏の中に入り込んだ祟りを消す方法だ。

 実は、蓮夏はこの時点で終わり方に何となく気づいていた。

 しかし、彼女の好奇心がそれを勝手に否定した。


 そのせいで、蓮夏は死ぬことになったのだ。




 ーーーーーーーー




 次の日、私は例の古本屋に赴いた。

 狙いはもちろん「はがりねさま」について記されている本だ。

 今日は「はがりねさま」について徹底的に調べて、納得できるまで帰らないつもりだったけど……既に帰りたくなってきた。


「…………」


 今、このお店には私と店主らしきお婆さんしかいない。

 そのお婆さんが、私が本を物色する様子をじっと見つめてくるのだ。

 正直怖い、なんだかクラス全体で怒られている時のような、緊張感を感じる。


「……あの?」

「なに探してるんだい」

「えっと……」

「グダグダすんじゃないよ、質問に答えな」

「は、はがりねさま……です」

「あんだって!!」


 店主の婆さんが、私の顔を凄い眼力で睨む。

 ああ、こんな事なら図書館に行けばよかった。


「なんで『あれ』なんだい」

「学校の課題で、調べているんです」

「そうかい、あんたにゃ悪いけど渡せないね。それと、『あれ』はさっさと忘れることさね」

「お願いします! どうしても必要なんです!」

「駄目なものは駄目だ!」

「お願いします! ください! 絶対になくちゃいけないんです!」

「分かった!貸しやる、だから手を放しな!」


 婆さんはそう言うと、カウンターの下から埃をかぶった本を取り出した。

 あの本は非売品らしい。そもそも客が手に取れる場所になかったのだ。


「売ることは出来ない、中身を写したら帰んな。

 それと、はがりねさまって名前だけは絶対に使うな。

『あれ』とか『祟り神』って書きな」

「はい、ありがとうございます」


 本を開き、重要そうな部分をかいつまんで手帳に写す。

 どうやらこの本は数百年に書かれたものを現代語に訳して再編集されたもののようだ。

 この辺りの怪談などをまとめたもので、「はがりねさま」は中盤のページにあった。

 曰く、「はがりねさま」は水にまつわる神様で、見ると祟られるらしい。

 深夜に川の付近を歩いていると、「人の形をしたこの世ならざる異形の姿のはがりねさま」に出会うと。

 分かりづらい言い回しだ、この本の筆者もそのような感想を抱いている。

 どうせ狂人の妄言をおどろおどろしく書いただけに過ぎないのだろう。

 なんともまあ怪談らしい話ではある。


「まったく、そんな本作るんじゃなかったよ」

「あっ、これ翻訳して書いたのお婆さんなんですね」

「若い頃興味本位でね、今思えばそんな事せずに焼いちまえばよかったよ」


 内容を写し終えたとほぼ同時に、スマホから着信音が鳴る。

 通知には「着いたよ、カフェで待ってるね」と表示されていた。

 それにスタンプを送信して、私は手帳をしまった。


「ありがとうございました。もう行きます」

「あんた、課題が終わったら『はがりねさま』について全部忘れな。

 それと、将来子供が生まれても絶対に言うんじゃないよ」

「わ、わかってます」


 婆さんの鬼気迫る表情に私はそう答えるしかなかった。

 もうこの古本屋には二度と近寄らないだろうな。


 さて、店から出た後私はカフェに向かった。

 彼と会う約束をしたのは昨日の夜の事だったけど、予定が空いていて良かった。


「や、やあ、こっちだよ」

「……」


 彼の正面に座り、クリームソーダを注文する。

 彼は既にコーヒーを半分程度まで飲んでいる、予定の時間より少し早く来ていたんだろう。


「そっちから誘ってくるなんて思わなかったよ。

 も、もしかして俺に好意があるとか?」

「は? 無いけど」

「ツンデレってやつ?」

「チッ……」


 コイツは私と同じクラスの男子。

 どういう人かというと……よく分からない。

 そもそも接点がほとんどない。

 同じクラスなのに妙だとも思うけど、本当に無い。

 コイツに関して知っていることと言えば、日本の神について詳しい事と、何故か私に好意を抱いているらしい事ぐらいだ。

 まぁ、両方とも噂好きな友人から聞いただけだから、真実は定かではないが。


「アンタ、神様について詳しいんでしょ」

「まあ普通よりかは詳しいよ。アニメとかゲームだどよく神をモチーフにしたキャラとか出てくるし」

「じゃあ、『はがりねさま』についてはどう?」

「……いや、あんまり」


 やっぱり、ここまでは予想通り。

 彼も「はがりねさま」を名前だけ知っている状態みたいだ。


「なんで『あれ』を……あっ自由課題?」

「そう、じゃあ今まで調べた事を話すから、何か思いついたら――」

「やめた方がいい」


 これまでのオドオドした態度から一変して、ゾッとするほど低い声で言った。

 まるで彼が彼で無いような。


「俺も中学生の頃に調べた事がある。だから言える。

『あれ』を調べるのはやめた方がいい」

「なんでよ。っていうか、調べた事あるなら教えてよ」

「検索してはいけない言葉ってあるよね。『暗い日曜日』とか『ががばば』とか。

 あれは別に、検索したら後悔するってだけで、直接的に命の危機に晒されるような事はない。

 だから要は、怖い話の延長線上。あくまで、タチの悪いいたずら程度の話だ。

 けど、『あれ』は違う。言うなれば『()()()検索してはいけない言葉』シャレにならない怪異なんだ」

「一体なにを見たの?」

「……なにも。あえて言うなら、悪夢かな。『あれ』を調べている途中、抗えない恐怖に出会った。

 調べる事自体が怖くなって、身体中をかきむしりたくなるほどの不快感があった。

 俺はそこで追うのを諦めたけど、今でも夢に見るんだ『あれ』が身体を這い回る悪夢を」

「私も今『はがりねさま』を追いかけているけど、そんなもの無いよ」

「それはきっと、大沼さんが強いからだよ。

 けど、これ以上の深追いは本当に駄目だ。

 もう戻れなくなる」


 それは本気で私を心配する故の警告。

 彼の警告を聞いて、素直に身を引くのが賢い選択なのだろう。

 しかし私はその裏、彼が調べた事に興味がある。


「私は引かない、引けない。必ず『はがりねさま』の正体を突き止める」

「大沼さん……」

「教えて、アンタが何を知ったのか」

「やっぱり凄いね大沼さん。分かった教えるよ」


 その時ちょうど、注文したクリームソーダが届いた。

 アイスとメロンソーダを一口ずつ味わい、伝票を確認する。


「実は、調べている途中で発見したんだ。祠を」

「祠? 『はがりねさま』の?」

「そう、祠はこの近くにある林にあるらしいんだ。

 どこにあるかまでは分からないけれど、行ってみれば何か手掛かりがあるかも」

「ふうん、なるほど」

「それと、これは俺の考えなんだけど、『あれ』は弱っているんじゃないかな」

「弱っているってどういうこと?」

「神様ってさ、信仰によって強さとか影響力が変わるんだ。

 多くの人に信仰されているような有名な神様は強力だけど、逆に誰も名前が知らないような神様だと、弱すぎて何もできない。『あれ』もきっと、昔ほどの力はなくてどうにか体裁を保っているだけなんじゃないかな」


 確かに。昔の文献には残っているのに今じゃ知っている人は少ない。

 少なくとも、影響力はそこまで多くないのだろう。


「参考になったよ、これで払っておいて」


 私は千円札をテーブルに置いて、カフェを後にした。

 さて、「はがりねさま」に関しての情報が大分集まってきた。

 家に帰って早速まとめよう。


「……か……蓮夏!」

「あっ、えっ?」

「ちょっと大丈夫? 帰って来てからずっと上の空じゃない」


 いつの間にか、私は家に帰っていたようだ。

 時刻は夜の九時。記憶はないが、今風呂場から出てきた所らしい。


「大丈夫だよ。お父さんは?」

「お父さんはって……本当に大丈夫? 明日病院行く?」

「だ、大丈夫だって。もう寝るね」




 ーーーーーーーー




 蓮夏のクラスメイトであるあの男は、「はがりねさま」を追って祟りにあった。

 しかし、調べる事を辞めて元の生活に戻ると、自然と祟りによる被害は収まっていった。

 彼の中には未だに祟りが潜んでおり、時折それが顔を出すこともある。

 しかし、それで彼が苦しむことになっても、自死を選ぶほどではない。


 彼は祟りのトリガーを引いたが、終わらせる事が出来たのだ。




 ーーーーーーーー




 夕方、暑いなりに気温が下がってきたので、私は祠を探しに林を歩いている。

 丸一日探し回る事も覚悟したけど、思いのほかあっさりと見つかった。

 石造りの、私の腰に届かないぐらいの小さな祠だ。

 何故か半壊していて、祀られる神様が可哀想なほどみすぼらしい。

 よく近づいて調べてみると、何かの文字が見える。

『??さま』と書かれている。??はおそらく漢字一文字だ。

 何かは分からないが、確実に「はがりねさま」では無い。


「『鎌さま』って読むんだよ。まあ、読めないだろうけど」


 振り返ると、あの日古本屋にいた婆さんが立っていた。

 なんだか覚悟を決めたような目をしている。


「この町には神様が二人いた。豊穣の祝福を下さる『鎌さま』と、水害の祟りをもたらす『はがりねさま』毎年夏になると感謝と畏敬の念を込めて奉納の儀式をするんだ。

『鎌さま』にはお米を『はがりねさま』には子供を。

 そうやってこの地域は、何百年も飢饉を凌ぐ事が出来たんだ。

 まあ、空襲でなんもかんも無くなっちまったから、今更どうでもいい話さね」

「貴方、何者なんですか?

『はがりねさま』の事、どこまで知っているんですか?」

「あたしはただの古本屋のばばあだよ」


 古本屋のばばあの身体が揺れる、次の瞬間私は息が苦しくなるのを感じた。

 あの人が恐ろしい速さで走って、私の首を掴んだのだ。

 いきなり走るなんて思いもしなかった。

 首を絞めてくるなんて思いもしなかった。

 油断した。


「かはっ……なんで……こんな……」

「ごめんねぇ。アンタを『あれ』にお供えするわけにはいかないんだ。

『あいつ』は飢えて死ななければいけないんだ。『鎌さま』のように」

「うぐ……きゅ……」

「ごめんねぇ、本当にごめんなさいねぇ」


 ばばあは泣きながら私の首を締めあげてくる。

 この老体のどこにそんな力が。

 まずい、このままでは気絶する、死んでしまう!

 生きたいという本能に従い、身体をジタバタ動かす。

 偶々近くにあった硬いものを掴んで、私はそれを思いっ切り振った。


「うぁああ!」


 ゴンッ!という鈍い音と共に婆さんが倒れる。

 空いた手で首を撫でて無事を確認する。

 目下の危機は免れた、しかし……


「……」


 婆さんは……側頭部から血を流して倒れている。

 まだ辛うじて息はあるらしい、指がピクピクと動いている。


「せ、正当防衛だ。アンタが悪いんだ、いきなり襲ってくるから」


 そう、これは正当防衛だ。

 そしてこれからやる事も、正当防衛になるはずだ。

 私は石を振りかぶって、婆さんの頭に振り下ろした。

 何度も、何度も、何度も、なんども……


「……か……んか……れんか……蓮夏」


 あれから、私はまた洗面台の水を見ている。

 もう何時間こうしているか分からない。

 けど、時間なんて大した問題じゃない。


「……蓮夏……蓮夏!……蓮夏!!お願い蓮夏!話を聞いて!!」

「…………なに? 母さん、今忙しいんだけど」

「なんでずっと水を出しっぱなしにしているの?

 なんでずっと水を見ているの?」

「決まってるでしょ。『はがりねさま』を見つけるためだよ」

「あなた、おかしいわ。つかれているのよ」

「……うるさい」

「蓮夏」

「うるさい!」


 いつまでも鬱陶しいので、殴り飛ばした。

 何か大きい音がしたけど、どうでもいい。


「……昨日、近所の林でお婆さんの死体が発見されたの」

「……」

「蓮夏、その日林に行っていたわよね? そして蓮夏がおかしくなったのもその日帰ってきてから」

「……」

「し、信じたくないけれど。あ、あなたが、あなたがやったの?」


 水の中に私が見える。

 反射した私の顔……それだけじゃない……後ろ、なにかいる。


「……!」


 私は後ろを振り返った。

 そして見つけた、はがりねさまの正体!


「ふふ、あはは」


 ああ、なんて、なんて可笑しいんだろう。

 はがりねさまは、こんな格好だったなんて。


「……行かなきゃ」




 ーーーーーーーー




「……えー、次のニュースです。

 先日川辺で遺体として見つかった大沼蓮夏さん16歳。

 警察は事故と自殺両方の線から……」


 ある団地の、ある一室。

 朝のニュースが、凄惨な事件を淡々と告げる。


「大沼さん、かわいそう。

 たった一人で娘さんを育てていたのに。

 やるせないわぁ」


 母親が自分の息子を見た。

 その心配そうな目を気にせず、少年は玄関のドアを開ける。


「行ってきまーす!」

「ケンちゃん、今日も秘密基地に行くの?」

「うん、もちろん。今日こそ暴いてやるんだ『はがりねさま』の正体を!

 ()()()()()()!」




 鎌さまははがりねさまを疎ましく思っていた。

 はがりねさまに消えてほしいと思っていた。

 しかし、結果的は消えたのは鎌さまの方だった。

 はがりねさまは進化した、現代でも生き残れるように。


 はがりねさまに興味を持った時点で、祟りを受ける。

 追えば追うほど祟りは進行していく。

 そして、祟りは伝染する。


 ここまで見てくれて、どうもありがとう。






 縺ッ縺後j縺ュ縺輔∪縺ッ遘√□

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